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16.アルエストの本音

 エレナの話は結局、こちらをおびき出す為の餌だった。

 彼女がどうして俺を標的にしたのかは、分からないが。


 アルエストは、エレナの誘いをきっぱりと断り、秘書官と共に屋敷を後にした。

 もう遅いので、ぜひ、泊って行かれて下さい、と執事に言われたが、アルエストは、一刻も早く帰りたかった。逃げたかった。


 泊まろうものなら、流石に、もう止められない。あれだけ格好をつけて、それは出来ない。

 

 正直、ヤバかった。

 現時点、まだムラムラしている。あの、柔らかい胸の感触・・。よく止まれた。


 思わず安堵のため息が漏れた。


「一体、どんな話をされたのですか?隣に居ても、全然話し声が聞こえなかったです」

秘書官が、訊いて来た。

 アルエストは、嘘とホントを混ぜて誤魔化す。

「防音が良いんだな。あそこなら、安心して秘密の話が出来る。なに、気にすることは無い。彼女の話は嘘だったよ。こちらを揶揄(からか)ったんだ。嫌がらせさ」

「そうでしたか・・。全く、無礼な人ですね」

 アルエストは、沈黙した。


 彼女は、一見愚かだ。

 だが自分の欲望の成就の為に、真っ直ぐに向かって来る姿は眩しくもあった。胸が熱くなった。

 

 俺は、どうやって彼女から逃れたのだろう。

 自分でも分からなかった。


 アルエストと、秘書官は、ディセナで一泊し、王都へ帰還した。


 

 数日後。


 アルエストは、休暇を取り、マーニの屋敷に戻って来た。

 ここに戻ると、港町特有の活気に触れることで、自分の活力なっている気がしていた。


 表で、商館番頭のカイネスと鉢合わせた。実質的に、商館と港を仕切っているのはこのカイネスだ。ヴェルエラは主人であり顔役で、重要な取引の時に出張っている。

「旦那様!ご無沙汰をしております!」

「おお。カイネス。調子はどうだ?」

「そろそろ、良いご報告が出来ると思います」

「そうか。お前がいないと、ここは回らない。頼りにしてるぞ」

「ありがとうございます」

 ふいに、カイネスが顔を曇らせた。

「ところで、旦那様・・」

「どうした?」



 アルエストは、居間に入った。

 カーテンを閉め切った部屋に、ヴェルエラがいた。

 ソファに座り、ここでは無い何処かを見ている。

 ヴェルエラは、派手を好まないが、商館に出る時は常に目新しい格好をしていた。長い金髪を頭の後ろでまとめ、上はシャツに高い襟の上着、下は一見普通のドレスの様だが、パンツの様に股で二つに分かれていた。動きやすそうだ。新しく仕立てたのだろう。


 ヴェルエラは、午前中は商館に顔を出し、取引相手と話をしたが、それが終わるとすぐ屋敷に戻った。


「ヴェルエラ・・」

 アルエストの声に、ヴェルエラは、驚いて顔を向けた。

「アルエスト・・」

「どうした・・?」

本当は、何があったかをカイネスに聞いていた。


 ヴェルエラは、暗い顔をして何も言わず、アルエストから逃れる様に顔を背けた。

「ヴェルエラ」

アルエストは、ヴェルエラに歩み寄る。ヴェルエラの座るソファまで来ると、もう一度声を掛ける。

「ヴェルエラ」

 ヴェルエラは、アルエストを見た。薄い青い瞳が、涙で揺らめいていた。顔は、感情無く凍てついていた。

「どうした」

「ご存知では」

 アルエストは、微かに微笑んで沈黙した。

「ミリアが死んだの」

 取引相手から、一年前にギエナ伯に嫁いだミリアが死んだ事を聞いた。早産になり、子供は産まれたが間も無く母子ともに亡くなったという。


 ミリアは、結婚が嫌だと、伯の事を怖いと言っていた。それをヴェルエラが言い聞かせて嫁がせた。


「あの子が死んだのは私の所為よ」

ヴェルエラが、まるで自分に言い聞かせるように言った。

 アルエストは、内心怒っていた。何故そうなる。

「なら俺も同罪だ。お前にミリアを説得させたのは俺なんだから」

 ヴェルエラは、悲しみに顔を歪めた。

「あの子は結婚は嫌だと言っていたの。それを無理やり私が・・」

「誰の所為でもない。人は皆、いつか死ぬ」

 ヴェルエラは、堪えきれず顔を伏せた。

「私、もう、政略結婚に関わりたくありません」


 アルエストは、追いすがる様にソファに座り妻の身体を横から抱き締めた。


「どうして女ばかりが、政治の道具にされて、命の危険を冒して子供を産まなきゃいけないの?」

「それは、俺にはどうにも出来ない」

「もう嫌」

 ぎゅっとつむったヴェルエラの目から、涙が零れた。ぱたぱたとアルエストの腕に涙が落ち、袖に染みを作った。

「お前が関わらなければ、女たちは自分を道具と思ったまま、人生を諦めて絶望したまま嫁ぐことになる」

 ヴェルエラは、びくりと肩を上げてアルエストを見た。頬と口の横が涙で濡れている。

「お前が、彼女たちの心を救って来たんだ。運命を受け入れて、自分の意思で行くのだと思えれば、幾らかは心安らかに暮らすことも出来るだろう」

 ヴェルエラは、涙を流しながら、アルエストを見ていた。


 ――ああ、そうなんだ。


 アルエストは、心底納得した。


 ヴェルエラの悲しむ姿を見ると、胸が張り裂けそうになる。俺のヴェルエラ。お前を守りたい。お前の悲しみを消したい。もう悲しませたくない。なのに、俺は。俺が。いつもお前を悲しませている。

「俺には、お前が必要だ。お前がいないと生きていけない」


 その言葉は、偽りなくアルエストの本音だったが、それを言うには、最悪の状況だった。


 ヴェルエラは、悲しく、力無く微笑んだ。夫の愛と言う名の糸に搦め捕られていると感じていた。

「悪い男・・」

 それでも自分は、夫の役に立ちたいと思ってしまう。辛いと感じながら、アルエストの愛を失いたくない。傍にいたい。ずっと傍に。


 アルエストは、ふっと自嘲した。

 妻の内心など、少しも察することなく、妻に追い縋っている自分を恥ずかしいと感じながら、


 ――黙れよ。


 アルエストは、熱くヴェルエラを見つめると、何もかも飲み込もうとする様に妻の唇を自分の唇で塞いだ。



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