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13.ミリア

「ミリアは、好きな人いるの?」

フィリアが、顔を赤らめて訊いて来た。

 ミリアの刺繍針を刺す手が止まる。

「す、好きな人?」

ミリアは、顔を朱くした。


 公爵令嬢のフィリアと、ミリアは、生まれた年も同じで、親近感を持っていた。互いの屋敷に先生を招き、共に刺繍を習っていた。今日は、フィリアの屋敷にミリアが来た。

 二人は、居間のソファで黙々と縫っていたが、先生が席を外した為、二人で雑談が始まった。


「ねえねえ、どうなの?」

「え、えと、、どうかな・・」

「何故、誤魔化すのよ」

「だって・・好きなのか・・良く分からない・・」

ミリアが、頭に思い浮かべていたのは、使用人のアダルだった。

 アダルは、幼い頃から見習いとして屋敷に奉公していた。その頃は、ミリアにとって良い遊び相手になっていた。アダルは、小柄だが、優しくて、頼りになった。


 ミリアは、お転婆で、木に登ったり、小川を飛び越えようとしたり、平気で無茶な事をする。それをアダルがいつも助けてくれた。と言うか、大抵、落ちて来たミリアを受け止めようとして下敷きになったり、一緒にずぶ濡れになったり、要するに、巻き込まれただけ、とも言えた。


 ミリアが振り返ると、いつもアダルは笑っていた。何でもない事の様に。


 ミリアにとって、アダルの笑顔が、この世で最も大切なものだった。その笑顔を見るだけで、自分らしくいられる気がした。


 フィリアが、幸せそうに微笑んだ。

「きっと、それって好きってことだわ」

 ミリアも微笑んだ。

「そうなの・・?」

だが、その微笑みは、すぐに消えた。

 好きでも、彼と一緒になることは出来ない。


 フィリアは、微笑みを消さなかった。

「ねえ、私の好きな人、教えるわ」

「え?」

「来て」

 二人は、刺繍を置いて窓際に歩み寄る。

 フィリアは、窓の外に目を向けると、その姿を探した。

「あそこよ」

 フィリアの父と打ち合わせ中の設計士のエレオがいた。

 ミリアは、顔を朱くした。

「まあ!素敵な方!あの方がフィリアの好きな人なの?!」

「そうよ」

「素敵!どちらの方なの?」

「エレオは、普通の家の人なの。でも、優秀な設計士なのよ。私、あの方と結婚するの」

「え?!」

ミリアは、目を見開く。

「そんなこと出来るの・・?」

「出来ますよ。私がそうしたいのだから」

フィリアは、堂々と言った。

 ミリアは、顔を伏せた。私には、無理。嫁に行かねばならない身だもの。でもフィリアの家は、他に跡を継げる男子がいないから・・。ひょっとしたら、フィリアは、本当に好きな人と結婚出来るかも知れない。

 ミリアは、顔を上げた。

「良かったわね、フィリア。二人はお似合いよ。きっと上手くいくわ」

「ありがとう」

フィリアは、嬉しそうに微笑んだ。


 ミリアは、何故か、心が凍るような気がした。



 その後、フィリアは、ミリアの予想に反して、エレオではない人と結婚することになった。

 ミリアは、それを知った時、衝撃を受けたと同時に、良かった、とも思った。

 人の不幸を喜びたくは無いが、彼女だけ、好きな人と結婚できるなんて、ずるい、とも思っていた。

 ミリアは、自分がどんな人間かを知った。


 ミリアの結婚相手が、隣接するギエナ領の当主アンダロスに決まった。アンダロスは、妻に先立たれたばかりで、亡妻との子供は皆早死にしていた。子供を成したいアンダロスと、隣接する領地を安全に行き来したい両家にとっては渡りに船だった。ミリアは、抵抗しても無駄と思い、何も言わず受け入れた。


 両家の顔合わせで初めて会った伯爵は、十歳以上年上で、エレオともアダルとも違い、愛想の無い神経質そうな男だった。

 ミリアは、恐怖した。

 こんな人と暮らすの?絶対無理よ。

 

 日を追うごとに、ミリアは、結婚に抵抗を感じる様になった。

 その内、アルヴァリオン家のエレナの話が伝わって来る。

 エレナは、独身を貫く気だ。あの、宰相の奥方の説得にも応じなかった、と。

 

 私も、拒みたい。アダルと結婚できるとは思わないが、あの人は嫌。

 

 ミリアは、勇気を出して、父に結婚が嫌だと言った。

「馬鹿な。何を言うか!」

父は、最初、相手にしなかった。母は、父の顔色を伺うばかりで何も言えない。

 ミリアは、粘った。

「絶対に嫌!どうしてもと言うなら、ヴェルエラ様を連れて来て!あの方となら、話すわ!」



 父は、ヴェルエラを呼び寄せ、ミリアはヴェルエラと会う事が出来た。


 この方が、ヴェルエラ様・・。


 ミリアは、目の前のヴェルエラを見て、惚れ惚れとした。決して華美では無い濃い青色のドレスを着たヴェルエラは、充分に美しく、聡明に見えた。

 宰相様の奥方になれる訳だわ。どの女も、この方には負ける。


 ヴェルエラは、微笑んだ。

「私の顔に、何か付いていますか?」

 ミリアは、慌てて首を横に振った。

「いいえ。ヴェルエラ様の美しさに、見惚れていたのです」

 ヴェルエラは、思わず笑みをこぼした。

「まあ。そんな事言われたの初めてだわ」

「そんな筈、無いですわ」

 二人はひとしきり笑って、ゆったりと並んでソファに座った。


「結婚が、不安なんです」

ミリアが、自ら切り出した。

 ヴェルエラは、少し、気が抜けた。結婚が嫌なのでは無く、不安なのか。

「どの様に不安なのですか?」

「その・・相手の方が・・その・・」

「気に入らない?」

「そ!・・うでは無く・・・」

「では無く?」

「あの方・・・なんだか怖くて・・」

「ああ・・」

 ヴェルエラは、内心、そうだろうと思った。彼女自身、ギエナ伯と以前、会ったことがあるが、気難しい男と感じた。しかもあちらはかなり歳上。話が合わないだろうし、話を合わせる人、という風にも見えなかった。

 だが。

「ですが、もう決まった相手です。今更、覆せません」

「そうですが・・」

 ヴェルエラは、気の毒に思ってはいた。だが、政治的な理由で、妥協は出来ない、説得してくれ、とアルエストに言われていた。

「拒んだとして、どうしますか?既に両家は婚姻の為に動いていますし、お金もかかっていますよ」

ヴェルエラは、現実を言った。


 ミリアは、泣きそうな顔になった。


 どんなに政略結婚を拒みたくても、花嫁修業以外の教育を受けていない自分は、結局、家の力無しには生きていけない。行けと言われたら行くしかない。分かっている、分かっている。・・分かっている・・・。


 でも、分かって欲しかった。この不安を。聞いて欲しかった。

「私は、ただ、貴方と話がしたかったの。貴方なら、分かってくれると思ったの・・」

ぼろぼろと涙を流しながら、ミリアは言った。

 ヴェルエラは、少し躊躇いながら、ミリアの背中に腕を回し、抱き寄せた。

「うああぁっ」

ミリアは、安心した様に、或いは絶望した様に、大声で泣き出した。

「どうしてっ私はっ・・あの人と結婚しなきゃいけないのっ」

 ヴェルエラは、何も言えなかった。

「エレナは結婚しなくてもいいのにっ!なんでっ?!」

 ヴェルエラの顔が厳しくなる。

 あの女の所為で!余計に苦しむ子がいるじゃない!!

 あの女の所為で!!


――私、貴方の事が嫌いなの。人の自由を奪う為に働いてる貴方が――


 ふいに、エレナの言葉が、ヴェルエラの脳裏によみがえった。


 本当に憎まれなければならないのは誰なのか。


 ヴェルエラは、ただ、呆然と、ミリアの悲しみを受け止めた。



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