11.天敵
ヴェルエラは、アルヴァリオン家の屋敷を訪れた。
エレナは、丁度、レイオスと、馬で散歩に出る所だった。
エレナは、男の着る様な、黒いパンツと長い皮のブーツ、長袖のシャツに黒革のベストという勇ましい出で立ちで栗毛の馬に跨っていた。長い金髪は、後ろで馬の尻尾の様にまとめ、赤い絹の細い紐でゆったりと結んでいた。
「あら、ヴェルエラ様、ごきげんよう」
エレナは、不躾に、馬上からヴェルエラを見下すように挨拶した。後ろから付き従うレイオスは、主に何も言えない。
ヴェルエラは、内心、むかっと来たが、冷静を装う。
「どちらに行かれるのですか?」
「何故、貴方に行き先を教えなきゃいけないの?」
こいつは・・・っ!
ヴェルエラは、耐える。
「叔父君から、お話を伺っておられませんか?私が今日ここに来ることを」
「私は、会うなんて答えてないわよ」
「そうですか。散歩に同行しても?」
「え?貴方、ドレスじゃない。それで馬に乗る気?」
ヴェルエラは、確かに濃い青色のドレス姿だったが、ふくらみの無い簡素なつくりで、足元も足首までの革靴だった為、動き易い方ではあった。
「ええ。一頭お貸し頂けますか?」
エレナは、顔を顰めた。
余計、面倒なことになったわ。
エレナは、馬で散歩することを諦められず、ヴェルエラに馬を貸す事にした。
厩番が、新たな馬を連れて来た。灰色の毛をした馬だった。せわしなく首を動かし、嫌がっている様にも見えた。
ヴェルエラは、カチンときた。
わざと気難しい馬を連れて来たわね・・。
エレナは、上からにやりと微笑んでいる。
引き下がれるか!!
ヴェルエラは、鼻から息を吐くと、芦毛の馬の顔に近づいた。
「貴方の事、教えて」
ヴェルエラは、微笑んで、馬の顔に手を近づける。馬は嫌がる様に首を逸らす。
「ふふっ。大丈夫?ヴェルエラ様。ホントに乗れる?」
エレナが、嘲笑う様に言った。
ヴェルエラは、エレナに反応しなかった。目の前の、芦毛の馬に微笑みかける。
「人見知りなのかしら。ごめんなさいね。こんな、新顔のおばさんを乗せるのは嫌よね」
そう言いつつ、慣れた手つきで馬の首を撫で始めた。
くいくいと、馬は、最初こそ逃れようと首を動かしていたが、撫でられるのが気持ちいいのか、段々と、ヴェルエラに顔を寄せて来た。
エレナは、苛立ちを露わにし、冷たい目でヴェルエラを見下ろした。
ヴェルエラは、微笑んだ。
「かわいい。いい子ね。ちょっと貴方の背中、借りるわよ」
ヴェルエラは、そう言って、鐙に足をかけ、ひらりと跨った。
「おぉっ」
ヴェルエラの軽やかな身のこなしを見て、レイオスが、感嘆の声を上げた。
エレナが、じろりとレイオスを睨んだ。
レイオスは、気まずそうに小さく俯いた。
「行くわよ」
エレナが、さっさと歩き出す。
それに、ヴェルエラ、レイオスが続いた。
少し歩いて、ヴェルエラの馬が、エレナの馬に並んだ。
「何の用?」
つんとして、エレナが訊いた。
ヴェルエラは、あくまで穏やかに、口を開く。
「エレナ様の結婚の話ですよ」
「馬鹿じゃないの。私は、結婚なんてしないのよ」
「聞いてます。ですが、この先もお一人だなんて、寂しくはないですか?」
「別に。使用人なら、沢山いるし、レイオスだっているし。何も困らないわ」
ヴェルエラは、具体的な名前が一人だけ出て来た事が、気になった。
「レイオスとは?」
「そこにいるでしょ」
エレナは振り向きもせず、応える。
ヴェルエラは、少し後ろを振り向いた。若い執事見習いが、困った様に顔を伏せた。