10.夫婦の夕食
その日、アルエストはマーニの自分の屋敷でヴェルエラと夕食を共にしていた。
ヴェルエラは、滅多に機会の無い夫との夕食に、幸せを噛み締める。
ヴェルエラの食事は、客を招く時以外は質素だった。
今夜は、燭台と言う燭台に火を灯し、昼間の様に明るくして、二人で豪勢な食事をしていた。
「今夜は、何かあるのかしら?」
ヴェルエラが、意地悪く言った。
「何も無いさ。強いて言うなら、いつもの相談かな」
そう言って、アルエストがナイフで一口にカットした子羊の肉をぱくりと口に放り込んだ。
「ああ・・」
目に見えて、少し、がっかりするヴェルエラ。
アルエストが、苦笑を浮かべる。
「なんだよ。そんなにがっかりすることか?」
「そりゃ、別に今日は、私の誕生日という訳でも、断食明けという訳でも何でもない日ですけど」
「母の誕生日でもないな」
「父の誕生日でもないですけど」
「何だよ」
「貴方とこうして食事をすることが、なかなか無いですから。それだけで、私にとっては、特別なのです」
もぐもぐと、口を動かしながら、アルエストはヴェルエラを見る。ヴェルエラは、まるで少女の様に寂しそうな微笑みを浮かべている。
アルエストは、身体が疼いた。嚙み砕いた肉を飲み込み、にやりと微笑む。
「お前・・今夜は一睡も出来ないぞ。覚悟しろよ」
「えっ?!」
ヴェルエラは、どきりとして、顔を朱くした。
「アランダ卿だが」
「はい」
食事があらかた終わった所で、アルエストが切り出す。
「息子の再婚相手を探しておいでだ」
「はい」
そう答えてから、ヴェルエラは、アランダ卿の子息が子供が出来ない事を理由に離婚したと聞いたことを思い出した。すうっと、心臓が冷たくなる。
「ヴェルエラ」
アルエストの声に、はっとなるヴェルエラ。
「すみません。ぼおっとして」
アルエストは、ゆったりとテーブルに肘を突き、掌に顎をのせた。優しく微笑み、
「気にするなって、言ってるだろ」
「はい」
「さて・・どこまで話したかな」
「アランダ卿の御子息の結婚相手」
「それなんだが・・アランダ卿は、息子の希望を叶えてやりたいと言っている」
「というと」
「一度婚約し、破談になった相手が息子の希望なんだそうだ」
「それは・・・」
「アルヴァリオン家のエレナ嬢・・否、女主人だ」
ヴェルエラは、顔を固くした。
エレナは、以前から結婚はしないと周囲に公言しており、男子しか継げない家に未婚のまま留まり続けている。そのくせ、財産権利だけはしっかり保持しており、金の採掘権を盾に国王をも黙らせていた。
後見人の叔父は、実質の当主の筈だが、エレナにいい様に利用されているともっぱらの噂だ。但し、彼女を結婚させたら、相手の家から報酬を得られる、との話もあった。
アランダ卿の息子は、本当にエレナなんかが良いのかしら。それとも彼女の財産が目当てなのかしら。
どちらにしても、エレナが自分の財産が目減りする結婚を許すかどうか。
「相手が悪いですよ。彼女は前々から結婚しないと言っているのに。それを私に説得させる気ですか?」
アルエストは、苦笑する。
「俺も、彼女一択には考えていない。だが、相談を受けた以上、一応動かないと」
「恩を売る気ですか」
「彼女がうんと言えばな。ダメならモリス家を推す」
ヴェルエラは、それならいいか、と思った。