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口汚い宇宙人野郎

作者: 雉白書屋

 その男はボロアパートの部屋に入ると、ふんと鼻を鳴らし、荷物を降ろした。

 男は出所したばかり。新たな始まりの時と言ったところ。

しかし、それは決して更生、これからは良い人間として生きようというものではない。

 刑務所は寒々しく劣悪な環境で心はささくれ立つばかり

看守も意地悪で飯も質素、虫歯は治療ではなく抜歯、風呂は……と、不満を挙げたらキリがない。

 唯一の癒しは現実逃避、いや彼にとっては現実的であると言えよう。

 犯罪計画を練るというものは……。


 さあ、晴れて自由の身。どうしてやろうか。

計画した通り、あのクソッたれな看守を殺してやろうか。

いいや、それよりも俺が刑務所に入れられるきっかけになった

あの質屋の店主のクソジジイの骨を粉々にしに行こうか。それも計画の一つだ。

 いやいや、まずは女だ。手当たり次第に犯してやろう。

それもいいが、まずは金かな。また強盗をして稼ごう。

コンビニ、いや手頃な家でいいだろう。ノウハウはある。

 ああ、詐欺も良いな。刑務所内で色々と情報交換できた。

うんうん、楽しいな。塀の中で考えるだけのと

実行に移せる状況にあるというのは全く違う。

 っと、情報と言えばとりあえずテレビでも点けるか……。


 情報収集は欠かせない、と考えた男だが、テレビを点けると少々驚いた。

どうやら番組を中断し、緊急放送をしているらしい。

雑にヘルメットをかぶった女性アナウンサーが真面目な顔をして原稿を読んでいる。


『う、う、宇宙人がち、地球に攻めてきました!』


 はんっ、と男が鼻で笑ったのも一度きり。

チャンネルを変えると、どの局も同じような放送をしていた。

これはドラマや映画の演出やおふざけではなさそうだ。


 宇宙人……そう言えば刑務所仲間から差し入れの雑誌を借りた時

そんなことが書いてあったような気がする。

UFOの目撃情報が急増だとか……まあ、女のページを探すのに夢中だったから

よく覚えてはいないし、どうせデマだろうと思っていたが、まさか本当だったのか?


 そう考えた男は一先ず座り直し、テレビを食い入るように見始めた。

攻めてきたと言うからには、すでに攻撃があったのだろう。

いったい何人の人間が死んだのか。混乱具合はどんなものだ?

場合によっては火事場泥棒というのもありかもしれない。

 そのまま続報を待っていると現地と中継が繋がったと映像が切り替わった。


「あっ!」


 男がひとり、そう声を漏らすのも無理はない。

無数の円盤から放たれた光線のようなもの。破壊されていく街。

空に向けて発砲した警官はたった今、舌を伸ばしながらグニャグニャと溶けていった。

 どうやら光線の色によって効果が異なるようで

それを浴びた人間はパン! と爆散したり

口から内臓を吐き出して死んだり、自分で目玉を抉り出し発狂死したり

とにもかくにも惨憺たる光景であった。

 こんなもの、よくもテレビで流せるなと男は思ったが

気にする余裕もないほどの非常事態というわけだろう。

チャンネルを変えても、またしてもどの局も同じような映像。地獄絵図であった。

 これには男の騒ぎに乗じた犯罪計画もすぐに引っ込んだ。

そしていつの間にか体がブルブル震えていた。


 出所して早々、何という事だ。おまけにこの惨劇の舞台の一つは隣町ではないか。

ああ、今の悲鳴は外からだろうか。遠く、風に乗って来たようだ。

窓から何か、これは人が焦げた臭いだろうか……。


 男は咳き込みながら窓を閉め、上書きするように鼻を床の畳に擦り付けた。

しかし、鼻の奥にまで届いた死臭はあの映像と相まって記憶に色濃く残っていた。

 また悲鳴が聞こえた。今度はテレビからだ。

体の骨が折れていく老人。どうやら光線を浴びたようだ。

その近くの女の腹からは芋虫のような奇怪な生物が勢いよく大量に飛び出してきた。


 ……もうテレビは消そう。見たくない。

 そう思い、リモコンに向け手を伸ばした男。

 だがピタッと動きを止めた。テレビに映る円盤と同じように。


『見たか、地球に巣食う思い上がった下等生物どもめ』


 と、気にならない程度にイントネーションに違いを感じるそれは

どうやら宇宙人の声らしい。円盤からスピーカーのようなもので音声を流しているようだ。


『お前らの同胞のクソ惨めな姿を見たかと聞いているんだ。

お前らクソッたれのゴミクズに相応しい死に様をなぁ。

まったく反吐が出るぜ。お前らはメチャクソ汚い、汚物以下のゲロビチクソ製造機だ。

生きる価値も何もない、ダニ以下の存在だ。

わざわざこうして殺してやるのも面倒だぜ。

排泄行為をするために生きているアナル生物どもがよぉ』


 宇宙人はその後も延々と罵り続けた。

そして時々思い出したように破壊光線を撃っては、また罵るを繰り返す。


 男はただ蹂躙されていくだけの人類を見て、次第に憤りを覚え始めた。

しかし、拳を握るのが精一杯。どうすることもできない。

相手は空だ。戦闘機が来てくれたかと思えばあっけなく撃ち落された。

 おまけに宇宙船はわざわざ戦闘機の背後にピッタリつき

舐めまわすかのように撃墜もした。戦力、技術力の差は歴然であった。

 罵り、笑い、人々の命乞いはむしろ残虐な殺し方への呼び水となっていた。


「クソが! あのクソ宇宙人どもをどうにかできないのか!」


「おいおい誰がクソだって? 口からクソの臭いを出すクソ生物ちゃんがよぉ」


「あ!」


 アパートのドアを破って入ってきたのは恐らく、いや間違いなく宇宙人。

大きな目玉、細長い手足。尖った口、頭部には産毛のようなものがあり

不快感を煽る見た目であった。

 背は高いが細い、これなら勝てそうだと男が思ったのも束の間。

宇宙人が手に持っていた光線銃を男に向け、引き金を引くと

男は一瞬にして体の力が抜け、紙のようにヒラヒラペタンと床に頬を擦り付けた。


「おい、相棒。見てみろよこのゴミを。ケツを突き上げてやがるぜ」

「ああ、どうやら相当、俺たちのモノが欲しいみたいだなこの低脳は。

敵か味方かの区別もつかねぇ、てめえのケツの穴をほじくってくれる相手なら

喜んで涎垂らすクソ好きの虫ケラ以下の猿もどきが」


「な、ひゅ、ひゅざけんにゃぁ……」


「おいおい、クソッたれが何か言ってるぜ。耳が腐りそうだ」

「翻訳機を切るか? いや、それだと楽しみが減っちまうか」


「て、ひゃ」


「まあ、こいつのウンコ言葉なんてクソ以下のゲロだがな」

「ああ、脳みそまでクソ色だろうがなクソクソオブクソだ」


「てめぇひゃあ、かくごしひょろ……」


「さっさと脱がせちまおうぜ。犬以下の畜生が服を着ているのを見ると

笑いで腹が痛くなっちまうよ」

「ここで始めるのか? 他の汚物野郎どもと一緒にやらなくていいのか?」


「ひ、ひぃ……」


「さっきからションベンがしたかったんだよ。ここにちょうどいい穴があるわけだしな」

「聞いたか、おら便器野郎、てめえで脱げよ。骨を折られたいのか?」


「は、ぐぅ……」


「ああ、力が入らねえってか? じゃあ口開けな。おら、ははははは!」

「うまそうに飲んでやがるなぁ。収容所でも飲めるからな。嬉しいだろう?」


「ひゅ、ゴボガボ、ひゅうようじょ?」


「お前ら人間どもは家畜にもなれねえクソ動物だからな。

収容所でたっぷり可愛がってやるのさ。ありがたく思えよ」

「それが俺たち宇宙人の最近の娯楽、暇つぶしなのさ。

さ、早く連れて行こうぜ、こいつらゴミ同士でケツの毛食わせ合おう」


「ひぃぃぃ」



 こうして宇宙人の収容所に入れられた男の地獄の日々が始まった。

 罵詈雑言と拷問、それも嗜虐趣味に溢れたもの。

繰り返されるその地獄のような毎日を

同じ収容所に入れられた人間同士で励まし合い、なんとか耐え忍んでいた。


 そして時が流れ……。



「あ、う、あ……」


「あ、気づいたんですね、大丈夫ですか?」


「あ、あふぇ? た、たすけが?」


「ええ、こちらにサインを。ええ、そうです。治療は済みましたので外に出て大丈夫です」


「う、うちゅうじんは?」


「奴らは数年前、人類一丸となって撃退しました」


「す、すうねんまえ?」


「ええ、ですが奴らの、そう鼬の最後っ屁とでも言いましょうか

収容所を特殊なガスで満たし、中にいた人たちを仮死状態にしていったのです」


「あ、ああ、それで、ちりょうを……」


「ええ、上手く行って良かった。あ、ですがくれぐれも宇宙人の話は外でしないでください」


「え、どうし、て?」


「皆、心にかなり深い傷を負ったのです……。

もう二度と思い出したくはないでしょう。あなたはどうです?」


「いや、いやいやいやいやぁ……」


「ですよね、さ、もうお帰りいただいて結構ですよ」



 男はいそいそと立ち上がり、その部屋、そして建物から出て行った。

 外は青空。快晴も快晴。いい天気であった。

 目を細め、空を眩しそうに見上げる男は

もう二度とあの宇宙人たちのような汚い言葉遣いはしないだろう。

 嫌というほど眺め、味わった暴力的な行いもしないであろう。

 収容所の人間同士で協力し、支え合ったあの気持ちを社会復帰しても忘れないであろう。

 

 薬品と脳への刺激、そして暗示による新たな囚人更生プログラムは順調である。

その証拠に世界は男が刑務所に入れられ、今日出所する前と何ら変わりないが

男の目にはそれはそれは美しいものに見えているのだから。

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