初指名
朝7時。
昨日の夜9時から真未と飲んで10時間が経った。
流石に2人ともべろべろになってしまった。
会計をミオンさんにお願いすると5万円と書かれた伝票がやってきた。
それもすべて真未が払ってくれた。
「担当の店来てくれるんだったら全部出す!てか初回代も私が出す!」
酔いすぎて財布の紐もゆるくなりすぎているのだろう。
かく言う私も始めて行くホストクラブが楽しみで仕方がなかった。
飲んでいる間もどんな感じなのか、どんな人がいるのかと真未にたくさん聞き、真未も今までホストクラブで撮った写真や動画をたくさん見せてくれた。
「これが先月やった担当のバースデーのタワー!急遽言われて全然用意できなかったから150万の小っちゃいやつなんだけど…」
と言って綺麗な紫色を主体とした装飾をしたシャンパンタワーの写真を見せてくれた。
その時撮った動画には酔っぱらいながらも幸せそうな真未とその隣に真未の指名する担当ホストが笑顔でお酒をタワーに注いでいた。
「すごいね…」
そんな写真や動画をつまみにぐびぐびとお酒を飲んで、どんどん鏡月を開けていった。
バーの外に出ると朝日がまぶしかった。
「こんな明るいのにホストクラブってやってるんだね~」
「そうだよ~私もはじめびっくりしたもん!あ、ちょっと担当に理央連れてくこと言うね~」
そう言って真未は担当ホストのるか君に電話し始めた。
「おっけ!初回大丈夫だって!うちの店すぐそこだからいこ!」
酔っぱらって足元がふらつかないまま真未に手を引っ張られ朝の歌舞伎町を歩いた。
「ここだよ!」と真未が足を止めたのはバーから歩いて1分と近い距離にあるビルだった。
ここの3階にホストクラブがあるらしい。
緊張も少しあったが楽しみで仕方がなかった。
どんな感じなんだろう。どんな人がいるんだろう。
わくわくしながら真未とエレベーターを上がった。
3階に到着すると大きな扉があった。
重そうな扉の奥からは音楽がかすかに聞こえる。
真未はそのまま扉を開けてそそくさと中に入っていく。
「理央!はやく!」
真未にせかされ中に入ると大音量で流れるBGMに圧倒されてしまった。
すぐに入り口から目に入るカウンターから数人が「いらっしゃいませ!」と声をかけてくれた。
「あ!岩ちゃん!この子初回で連れてきた!」
先ほど声をかけてくれた人とはまた違う雰囲気の体格の良いスーツ姿の男性がこちらにやってきた。
「では何か顔つきの身分証はございますか?」
私は言われたまま財布からマイナンバーカードを取り出す。
先月20歳になったばかりだから年齢はセーフだ。
「ありがとうございます。では席にご案内しますね。」
エレベーターに乗るまではあんなにノリノリだったのに、店内の雰囲気に圧倒されて借りてきた猫状態になってしまっていた。
「理央~!そんな緊張しなくて大丈夫だよ~!」
案内された席に真未と対面に座ると先ほど「岩ちゃん」と呼ばれていた男性がタブレットをもってやってきた。
「まず、初回の料金説明をしますね。60分1000円で鏡月と割ものが飲み放題で、場内も2人までなら無料です。」
「こちらが男本でして、3人まで写真指名できます。誰にしますか?」
男性がタブレットをスライドすると先ほどの料金が書かれた画面から、きらびやかなホストの宣材写真が出てきた。
そのタブレットを机の真ん中に置き、真未とのぞき込む。
「この人は№1で代表の如月さん。この人は№2のシイサさん。この2人は役職だからやめといたほうがいいかも。」
「役職だと何が悪いの?」
「エースが強いから初めのうちはあんまり相手されないかもだから。」
エースとはそのホストに1番お金を使うお客さんのことだ。
なるほどそういうことも加味して選ばなきゃいけないのか。
真未が次にスライドする。
「この人は連夜さん。だけど私、連夜さん指名してる姫と仲いいからやめてほしいかもw」
「この人はけんと、この人はたか、この人はうちの担当~」
と言って「るか」と書かれた写真で手を止めた。
るか君は地雷系男子といった感じのメイクをしたホストだった。
「安心して~w私好みじゃないからw」
と言ってたくさん写真を見て吟味したがあまり写真では違いが判らなかったので真未におすすめの人を3人選んでもらった。
タブレットを男性に返すと、割ものは何がいいかと聞かれたので「緑茶で」と答えた。
真未もお酒を注文するのかと思ったら
「アップルジュース頂戴!あとるかの男梅サワーも!」
と言った。
「あれ、真未はお酒飲まないの?」
「ほら私誕生日まだだからさ、お店の中でお酒飲めないんだよね~酔いたいときは事前にこうやってバーで飲んでから来てるんだよね。だからシャンパンとかも飲めないからおろしても私だけジンジャーエールw」
と歌舞伎町なのにホストクラブはそういうところはしっかりしているんだなと少し感心した。
乾杯をしてしばらくすると真未の担当のるか君がやってきた。
「るか君~今日友達連れてきた!」
るか君は真未の隣に座ると私を見て無言で会釈するなり、スマホを取り出しゲームをしだした。
私の想像ではもっとホストってギラギラしているイメージだったのだがるか君の無口な感じを見て驚いた。
「あ、普段からこういう感じだからあんま気にしないで~!みんなこうじゃないからねw」
と真未がフォローを入れる。
とても不思議な感じだった。
先ほどのバーでは店員さんであるミオンさんがお客さんである私たちを全力で楽しませようと、会話をたくさん振ってくれたりしたのにホストクラブはなんでもありなのか…。
「はじめまして!ハルヒです!」
1人目に来たのはハルヒ君という人だった。お店の名前が入った無地の紙に手書きで名前が書いてある名刺を渡される。
「名前はなんていうの?」
と言いながら小さい紙を出してきた。
「それはなに?」
「あ、これは初回に来た子の名前と、お酒は濃いほうがいいか~とかたばこは吸うか~とか書くメモみたいなやつだよ!書いたら机に置いといたら他の従業員もわかるし、何回も聞かれると疲れちゃうでしょ!」
そんなシステムがあるのか~と感心しながらメモの欄を埋めていく。
「名前は理央で、お酒は普通の濃さでいいです。あ、たばこは吸うけど火はつけなくて大丈夫です。」
ハルヒ君はそれを聞いてすらすらと書いていく。
「理央ちゃんね!ホストは初めて?」
「初めてなんです!」
緊張してあまりうまく言葉が出てこないが、ハルヒ君が次々質問してくれるおかげで会話は途切れなかった。
しばらく頃、店内にマイクの声が響き渡った。
「ハルヒ、ハルヒお願いします。」
「あ!俺呼ばれちゃったからそろそろ行かなきゃなんだけど理央ちゃんLINE教えてくれる?」
あっという間の時間だった。
スマホの画面を見ると5分ほど時間が過ぎていた。
「あ、いいですよ!」
QRコードを読み取ってもらい、ハルヒ君とラインを交換する。
「今スタンプ送ったから!またラインするね!俺のこといいな~って思ったらまた呼んでほしいんだけど…」
そんな会話を遮るかのようにまた違うホストが席にやってきた。
「こんにちは~たかです!」
先ほどとは違って宣材写真に名前が書かれた名刺を渡される。
「あ、え、どうも…」
会話を遮られた戸惑いと、なんといってもたか君のカッコよさに圧倒される。
ハルヒ君もかっこいいのだが、たか君のほうが断然私好みだった。
「あれ?あんま会話盛り上がってなかった?」
かっこよすぎて緊張してしまいなにも話せなくなった私にたか君が聞く。
「そんなことないっすよ!全然盛り上がってますって!」
ハルヒ君が反論する。
しかし、相変わらず言葉が出なくなった私はグラスを手に取りお酒をぐっと飲み干す。
「結構飲むね~今まで真未と飲んできた感じ?」
「あ、え、そうです。今も結構酔ってて…。」
目が合わせられない。
そんな私にハルヒ君が何か感じ取ったのか、急に話の方向性を変えてくる。
「え、もしかしてたか君ドンピシャだった感じ?w」
それを聞いてたか君がにやにやしだす。
「え!ほんと?!ねえこっち見てよ~!」
とおもむろにたか君が私の肩を触って目を合わせようとしてくる。
急なボディタッチに慌てて顔を赤くする私。
お酒に酔っているせいでいつもより熱く感じる。
「え、顔真っ赤じゃん~もうこれは俺確定じゃん~!」
たか君が真未のほうを向く。
「なあ真未!理央ちゃん俺ドンピシャだったんだって!」
「え、じゃあ飲みなおししちゃいなよ理央!」
飲みなおしとは、初回で来たお客さんがいいなと思ったホストを指名として切り替えることだ。
要は、初回料金ではなく真未と同じ指名料金にして「担当」にすることだ。
「でも折角だからもうちょっとほかの人楽しみたいかも…」
これは本心だった。
真未から聞いた話だとあと4~5人はいろんなホストの人がきて吟味できるといっていたので、すぐに決めるのはもったいない気がした。
「じゃあ、場内2人まで無料だから俺を場内にして、ほかの人の感じも見てみるのは?」
場内とはいわば「キープ」みたいなものだ。
うーんと酔ってぐちゃぐちゃになった頭の中を整理しようとしたとき、ハルヒ君が静かに席から抜けて行った。
少し申し訳ない気がした。
最後のほうは会話の蚊帳の外みたいになってしまって…。
そんな悩みもきにせずたか君はぐいぐい来る。
「場内しちゃいなよ!」
どんどんと近くなる距離と、握ってくる手に耐え切れず
「わかった!たか君場内する!」
と半ば押され気味で場内指名にした。
たか君は嬉しそうな笑顔を見せて
「お願いします!」
と声を出し、場内になりましたよと知らせるハンドサインをほかの従業員に見えるようにした。
顔がタイプの人に酔っぱらってるときにこうも近づかれると緊張するのかと恥ずかしかった。
ほんとに初々しい女の子になった気分だった。
助けを乞うように真未のほうへと視線を向けるが、真未はルカ君といちゃいちゃモードに入っていたので諦めた。
たか君はいろいろと話しかけてくれるがなかなか頭に入ってこない。
店内のBGMの大きさも相まって全く集中できなかった。
たか君と話している途中にもほかのホストの人が指名にしてもらおうとたくさんアピールしてくれるがもうすでに私はたか君のとりこになってしまっていた。
恋愛経験は割としてきたほうだったが、こんなイケメンにお店に来るだけで好かれている現状が非現実的でまるで夢を見ているかのようだった。
ここに来る前にちゃんとメイク直ししてくればよかった。
もっとちゃんとかわいい服とか来て来ればよかった。
絶対お酒臭いよね…。香水とか振ってこれば。
と頭の中で大反省会。
たか君に好かれたい一心だった。
時間はあっという間に過ぎ、一時間が経過していた。
すると「岩ちゃん」がまたタブレットを持ってまたやってくる。
「すみません。お時間になりましたので延長はいかがなさいますか?」
料金表には30分の延長で5000円と書かれている。
正直お財布には2万円。真未がバー代をすべて奢ってくれたおかげで全然余っている。
延長しようかな…と言おうとしたとき、
「飲みなおしするよね!理央!!」
と煽る真未。
「飲みなおしっていくらなの…?」
と聞くと岩ちゃんが丁寧に教えてくれた。
「飲みなおしですとフリータイムで指名料込みで一万円で、そこに飲み物などの料金が追加されます。そして金額の合計にサービス料の40%とTAXの10%がかかります。」
全然どれくらいかかるのかが計算できなかった。
そもそもホストクラブのお酒がどれくらいの値段なのか知りもしなかった。
「飲み物代は鏡月が3万円で割ものが1000円なのね。まあ5万円あれば足りるよ!」
とたか君。
お財布には2万円。
一応クレジットカードも持ってきたがあまり普段から使いたくはなかったが…。
お酒の勢いもあり、
「じゃ、じゃあたか君で飲みなおしします…。」
と言ってしまっていた。
「ありがとう~~!!!!」
とたか君が両手で私の頬を撫でてくれた。
なんだこれは。沼だ。
と高揚する気持ちと裏腹に5万円の出費か…と勢いで使ってしまったことに少し後悔もしていた。
すぐにマイクで「飲みなおしいただきました~!」と誰かの声が聞こえてきた。
ついにホストクラブで「担当」というものを作ってしまった。
私は一体どうなるのだろうか。ホス狂いというやつになってしまうのか。
と内心焦っていたがたか君が手を握ってきたのでそんな考えどうでもよくなってしまった。
あれよあれよと真未とたか君に煽られ、私はお店に来た時よりも泥酔しきってしまった。
「ラストオーダーの時間ですがなにかありますか?」
岩ちゃんがまた席にやってきた。
「理央!初回と2回目の来店はシャンパン1万円でおろせるから行っちゃいなよ!」
真未の声が聞こえてくる。
もう泥酔しきった私はお金の心配などしていなかった。
シャンパンをおろすという行為を私もしてみたかった。
今が楽しければなんでもいい。
「え!じゃあおろしちゃう~!!」
「マジ!めっちゃうれしいありがとう!!!」
今はたか君の喜ぶ顔が見れればそれでよかったし、たか君の目の前で渋るという行為ができなかった。
すぐにシャンパンがやってきた。
本来ならシャンパンにもサービス料やTAXなどがかかるようだったが今回と次回のみ1万円ぽっきりでいいとのことだった。
しかも、それだけではなくシャンパンコールも見せてくれるらしい。
ホストクラブのシャンパンコールと言えばお店のホストがぞろぞろとやってきてお祭りのようになるあれだ。
「それではそれでは~7卓の素敵な素敵な姫様より~初回の見直しで~シャンパンいただきました~!」
「あざす~!!!!」
「それでは王子から一言いただきましょう~!」
マイクがたか君に渡される。
「え~っと、今日が初ホスクラで初飲みなおしということは、俺が初担当ってことですね!そんな初めてを俺にしてくれてありがとう!絶対幸せにします!よいしょ~!!」
ポンっとコルクを開いた。
なんだこれは。付き合ったのか??
ホストクラブってこういうものなのか???
と想像以上に甘い言葉を言われてさらに戸惑う私。
さらに音楽が大音量で流れ、それに合わせてホストたちがコールを始める。
もうすでに私には何を言っているのか聞き取れなかった。
グラスにお酒が注がれ、真未たちとも乾杯する。
「ありがと~!!!!!!!」
とほかのホストたちが言いながらみんなでシャンパンのビンを回して口のみしだす。
そしてあっという間にシャンパンが空っぽになってしまった。
なんだかショーを見せられた気分だった。
初めてのことだらけすぎてもう訳が分からなくなってきた。
シャンパンをおろした余韻にたか君と浸っていると伝票がやってきた。
恐る恐る伝票を開いて中を見てみる。
100,000
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、、、、!
当初は1000円で終わる予定が0が2つ増えてしまった。
顔が引きつっていたのかたか君が「大丈夫だった?」
と聞いてくる。
「あ!全然大丈夫だよ!お会計カードでいいかな?」
急いでカードを取りだして渡す。
「ありがとう!じゃあ渡してくるね!」
たか君が席を立ったのをみて真未が話しかけてくる。
「どうだった?初ホスト!たか優しいでしょ~!」
「楽しかったけど、会計こんな行くと思わなかったよ~~」
「大丈夫!鏡月とかは次来た時に余ってるやつまた飲めるし、シャンパンおろさなかったら15000円とかでいけるから!」
意外と安いと思ってしまった。
10万円使ったすぐではそらそうかと自分に突っ込んでしまう。
嵐のようにいろんなことを一気に体験して気疲れしてしまった。
真未はこんな世界で毎日生きているのか…と驚きと尊敬の気持ちが交互にやってきた。
会計も済ませ、お店を後にする。
お店の前のエレベーターで
「今日はありがとう!すっごいうれしかったよ!またLINEするね!」
とたか君に見送ってもらった。
真未と一緒にエレベーターに乗り込み、再び朝日を身に浴びる。
お店の中の暗さとの差が激しすぎて思わず顔をしかめてしまう。
「いや~今日は新鮮だったなぁ~連れてきてくれてありがとね~!」
「こちらこそ楽しんでもらえてなにより!じゃあ私こっちだから!」
とそそくさと真未は帰路にかえってしまった。
私は酔いもさめないままふらふらと新宿駅のほうに帰る。
スマホを見るとたか君からLINEが早速来ていた。
しかもどうやら長文らしい。
マメな人だなと思った。
帰ったらゆっくり読もう。
そう思ってスマホをしまった。