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【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


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捨てる大聖女あれば拾う傭兵あり 02

「私、よく生きていたわね。ダグの剣は心臓を逸れていたのかしら」


 マイアは気まずい沈黙を破るために発言した。するとルクスも同意してくる。


「正直なところ、俺も息があった事に驚きました。制服の胸のところにこれくらいの大穴が開いていて、血みどろだった上に埋められていたのにまだ息があったんで……息があったからこそ見つけられたんですけど、そこから目が覚めるまでに回復するなんて、聖女の自己回復力は凄いですね。俺がやったのは着替えさせて体を綺麗にしたくらいなので……」


「致命傷を受けても回復するっていうのは聞いた事がないから、たぶん心臓は逸れていたんだと思うけど……」


 自分でも生きていた事にびっくりである。


「私、埋められていたのよね? よく見付けられたわね……」


「人探しは得意なんです」


 ルクスはそう言ってへらりと笑った。


「……ここはどこなの? まだフェルン樹海の中?」

「はい。ただ、さすがに俺も意識のない人を背負ってホットスポット内を歩けるほどの技量はないんで、まだあんまりベースキャンプからは距離を取れてないです」


「私を見つけてから二日が経っているのよね? もしかしてあなた、脱走兵になったの?」


 遠征中の軍からの脱走は正規兵なら軍法会議ものだし、傭兵の場合はギルド内での信用をかなり落とすはずだ。報酬は前金と後金に分けて支給されるので、後金は当然貰えないし、違約金を請求される可能性もある。


 マイアの質問に、ルクスは軽く肩をすくめるとわしゃわしゃとふわふわの髪の毛を掻き回した。


「……そうですね、そんな感じです。正直後金が貰えないのは痛いですし、ギルド内の評価とか考えるとまずいと言えばまずいんですが、治癒魔術という希少な才能の持ち主が殺されかけたってのが許せませんでした」


 不覚にもドクンと心臓が高鳴った。

 ルクスは自分の身の危険や不利益も顧みずマイアを助けてくれたのだ。

 医学に初歩の魔術、礼儀作法と、これまで立派な聖女になる為の勉強ばかりしてきたマイアは異性に免疫がない。


 だから歳が近くて優しそうな男の人にこんな事を言われるとちょっとときめいてしまうのだ。

 ……と自分に言い訳をする。

 そして気持ちを引き締めた。勘違いしてはいけない。ルクスが助けてくれたのはマイアが『聖女だから』だ。本人だってそう言ったではないか。


「……あなたには貸し一つあったはずだけど、それ以上の事をして貰ったのね。それにしても二日も魔術師の結界外で生き延びられるなんて凄いわ」


「ああ、まぁ、俺は色々とあるので……」


 何やら言葉を濁されてマイアは心の中で首を傾げた。


「そんな事よりマイア様、これからどうします? 俺としてはあなたを害そうとしたティアラ様のいるベースキャンプには帰したくないです。王子様はかなり必死にマイア様のこと探そうとしてたから心は痛みますけど……」


「そうね、私もティアラ様やダグが怖い」


 ついでにアベルの冷たい視線も脳裏をよぎった。

 常に冷淡だったあの人が、マイアに気持ちが……なんてルクスの評価はちょっと信じられない。


「ここまで来たらこの際なので、マイア様の安全が確保されるまではお付き合いしようかと思うんですが、俺がマイア様に示してあげられる道は二つです」


 そう告げると、ルクスは指を二本立てた。


「まず一つ目、この国の首都まで送るので、国王陛下に直接何があったのかを申し立てる。ただこれは、正直賭けっていう側面もあると思います。ティアラ様は力のある世襲貴族のお嬢様ですし、おまけに再生という極めて強力な治癒能力の持ち主でもある。政治的判断が働いてマイア様の訴えは握り潰されるかもしれない」


 ルクスの指摘にマイアは身を震わせた。

 確かにその指摘は的を射ている。トリンガム侯爵家といえば国境の番人と呼ばれる名家だ。

 建国時に大きな功績のあった家で、その忠節を買われて東の国境に封じられ、隣国アストラの動向を監視する役目を任されたという武の家柄である。


 名門世襲貴族によくあるように魔力保持者をよく輩出する家柄で、現在の当主にしてティアラの父のオード・トリンガムも魔術師だったはずだ。


 魔力保持者同士で婚姻したとしても、子供への魔力器官の遺伝確率は二、三割と言われているので、二代続けて魔力保持者を、それも娘に聖女を輩出したというのは快挙と言っていい。


 国王夫妻はマイアの後見人となり、色々と気にかけてはくれたけど、ティアラとマイアの言い分が食い違った時にどちらを信じてくれるかは、確かにルクスの指摘通りわからない。


 マイアの訴えが握り潰された場合マイアの扱いはどうなるのだろう。討伐遠征の途中で男と逃げた愚かな聖女と言われるのだろうか。ろくでもない予想しか出て来ない。


 顔をしかめて黙り込んだマイアにルクスは小さく息をつくと、「こっちの方が俺のおすすめなんだけど」、と前置きしてから口を開いた。


「いっその事こんな国捨ててアストラに亡命する」


 ルクスの口から飛び出してきたのは、東隣の魔術大国の名前だ。考えた事もなかった選択肢である。


「……そんな事が可能かしら」


 国境はホットスポットでもある険しい山岳地帯で隔てられており、隣国に向かうには特別に整備された街道を通るしかないのだが、この街道には関所が設けられている。この国が魔力保持者の国外流出を簡単に許すとは思えない。


「俺が手を貸せば結構高い確率で成功するって言ったらどうします? 国境を越えた後の伝手にも心当たりがあります」


「……成功確率が高くて亡命後の生活保障もあるのなら亡命一択ね。だけど、私はまだあなたが信用できない」


 少し考えてから答えるとルクスは苦笑いした。


「当然ですね。マイア様と俺はまだ知り合ったばかりだ。だからとっておきの秘密を教えてあげますよ」


 ルクスはそう宣言すると左手を目の前に持ってきて、その中指にはまっていた太い銀色の指輪を引き抜いた。


 すると髪の色が焦げ茶から金茶に、瞳の色が茶色から緑金へと変化する。

 マイアは特に瞳の色の変化に目を奪われた。

 中央は緑色、虹彩の輪郭が金色に変化する瞳は魔力保持者の証だ。


「魔術師……?」


 呆然とつぶやくと、ルクスは頷いた。


「何で魔術師がこんな所で傭兵なんかやってるのよ……」


 この国では、聖女ほどではないが魔術師も貴重な人材だ。

 王立魔術研究院の付属学校卒業後はもれなく全員が宮廷魔術師として召し抱えられて、軍人や研究者など魔術に関わる仕事に従事する事になる。


「俺はこの国の魔術師じゃありませんから」

「えっ……」

「俺はアストラの出身です。……この国には諜報員として入り込みました」


 マイアは大きく目を見開いたまま食い入るようにルクスの顔を見つめた。

 髪と瞳の色が変わった事で大きく受ける印象が変わった。


 頬にそばかすが散っているのも穏やかそうな顔立ちも変わらないのに。

 ありふれた茶色から明るく華やかな色合いに変わったことで、素朴な印象は消え、どこぞの貴公子と言われても通用する見た目になった。


 いや、魔術大国アストラの魔術師という事は彼は貴族に相当する特権階級の人間だ。

 アストラはイルダーナとは違い、魔術師により統治される国である。たとえどんなにいい家に生まれても魔力器官が発達しなかったら平民という扱いになる国だったはずだ。


 魔術師だという告白も驚きなら諜報員という告白も驚きだ。確かにとっておきの秘密だが……。


「どうしてそんな事を私に明かすの」


 マイアは警戒心をあらわにルクスを睨みつけた。


「マイア様が今置かれてる状況を色々と考えた結果、正直に身分を明かして真正面から口説く方がいいと思いました」


「口説く」


「はい。ルクス・ティレルは偽名で、私の本当の名前はルカ・カートレットと申します。アストラの国家諜報局に所属する国家魔術師です。聖女マイア殿、どうか我が国にお越し頂けませんか? 当国はあなたを国家治癒魔術師として受け入れる用意があります」


 ルクス……いや、ルカのその発言を聞いてマイアは彼が自分を助けてくれた理由を納得した。それと同時に心の中に落胆も広がる。


 不利益も顧みず助けてくれたのだと思って、ちょっとときめいた自分が馬鹿みたいだ。

 どうして忘れていたんだろう。人は基本的に自分に得がなければ動かない。マイアが聖女としての勉強を頑張ったのだって充実した衣食住のためだ。


「ルカ様が私を助けてくれたのは引き抜く為だったのね……?」


 今のマイアでは、彼が隣国の回し者である事を国に訴える事もできない。そこも計算の上で正体を明かしたに違いない。とんだ食わせ者だ。

 睨み付けるマイアに、ルクスは軽く肩をすくめた。


「……確かにその通りです。傭兵ルクス・ティレルとしての実績を捨ててでも取り込む価値があると判断いたしました。ですがあなたを助けたのは、あなたの境遇に思うところがあったからでもあります」


「どういう意味ですか?」


「出自を原因に侮られるなどアストラではありえない。それも高い治癒能力と魔力を兼ね備えた聖女だというのに。……もし不快に思われたら申し訳ないです」


 同情されていたと思うと確かに少し嫌な気持ちになった。

 だけどそれを彼にぶつけるのは得策ではないと頭の中で計算する。


「……不快だなんて思っていません。助けてくれた事にただ感謝しています。ありがとうございました」


 マイアはルカに向かって頭を下げた。


 そして彼が魔術師という事で、色々な事に説明がつくと気付く。

 地面に埋められていたマイアを見つけた事も、ベースキャンプを出奔して二日間も寝たきりの人間を抱えながら無事に過ごせた事も、探知魔術や結界魔術の使い手であれば十分に可能だ。


 そしてルカの傭兵と言うには細い体格にも得心がいった。

 魔力保持者は一般的に筋肉が付きにくく体つきも華奢になる傾向がある。

 魔術という強力な力の代わりに、体力や身体能力面で普通の人間に劣るという欠点があるのだ。

 肌も日差しに弱いから、自然回復力の高い聖女と違って魔術師は肌をあまり露出しないようにしている者が多い。ルカのそばかすは日に焼けたせいでできてしまったものだろう。

 だからただ一つ、整合性が取れないのは、彼が優秀だと噂される剣士である事だ。


 マイアはちらりと天幕の隅に置かれているルカの剣に視線を送った。彼が愛用している剣は刺突用の細身剣に分類されるが、中でも大振りで無骨なエストックである。

 貴族が決闘用に好んで使うレイピアよりもずっと長く大きいため、扱うには相応の筋力が必要なはずだ。


「俺が剣を使うのが不思議ですか?」


 マイアの視線に気付いたのか、ルカに尋ねられた。


「はい。どうしてこんなに大きな剣が使えるんですか? 魔術師なのに」

「俺が一番得意なのは身体強化魔術だからです。その代わり属性系は苦手で」


 答えながらルカは左の袖をまくった。

 すると、あらわになった素肌には、ソードリリーという花を意匠化した文様が黒い染料で書き込まれていた。


「刺青……?」


 この国の兵士や傭兵の間では、験担ぎの為に刺青を入れる者が少なくない。

 ルカの体に刻まれているソードリリーは、戦神マウォルスを象徴する植物でもあり人気の図案だ。


「はい。よく見てもらうと魔術式が書き込まれています」


 確かにルカの言う通りだった。近付いてよく見ると図案の中にさりげなく魔術式が書き込まれている。


「魔力を流すとこんな風に術式が発動します」


 その発言と同時に刺青の中の魔術式の部分が金色に発光した。


「異国では普通の剣士に擬態するためにも羽根筆(クイル)をおおっぴらに使う訳にはいかないので。……擬態できるからこそ諜報員として酷使されてるんですけど」


 ルカは苦笑いしながらまくった袖を元に戻した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くなってきましたねー。そばかすの扱い(活動報告)とか、いい感じで好きです。 [気になる点] この国の聖女の労働者としてのありかた、見られ方がすごく変(ほめてます)。 古風なブラック根…
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