表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/60

旅の終わり 05

 侯爵家の居城で一夜を明かし、どうにかシェリルが経営する宿屋に辿り着いたゲイルは、あらかじめ用意してもらっていた一室に転がり込むと、倒れ込むようにベッドに横になった。


 ネリー・セネットの記憶操作を終えた後、城内の使用人の認識をずらす事でトリンガム侯爵の私室を拝借したゲイルは、そこで地獄の副作用と戦いつつ脱出に必要な魔力回復につとめたのだった。


 今が月の満ちている時期で正直助かった。そうでなければ、薬の助けを借りたとはいえあそこまでの魔術の連発はできなかっただろう。

 満月だからこその苦労もあった訳だが――。

 ゲイルの脳裏をよぎったのは暴走したルカの姿だった。


 満月期のルカは些細な事がきっかけで暴走する。

 今回の暴走のきっかけはマイアだったのか非人道的な禁忌の魔術のせいか、あるいは両方か。

 何にしても、ルカがマイアに何か特別な感情を抱いているのは間違いない。

 でなければ人攫いへの報復の時に、こっそりとマイアの羽根筆(クイル)を壊すはずがない。


(あの馬鹿)


 あれは恐らく亡命後のマイアの聖女としての職務を制限させるための行動だ。

 傷口の浄化や護身のための初級の攻撃魔術などが使えなければ、特に軍に帯同するような遠征業務には就かせづらくなる。

 

 ゲイルはルカの行動に気付いていたが、あえて目を(つむ)った。

 噂に聞くマイアのこの国での扱いはぞんざいなものだったから、羽根筆(クイル)を作り直す時期が休暇になればと思ってしまったのだ。


(馬鹿は俺も同じか)


 ゲイルは自嘲の笑みを浮かべると腕で目元を覆った。

 満月期の魔力回復は早い。薬の副作用も既に治まってはいるが、城の中では常に気を張っていたから精神的に酷く疲れていた。


 思えばルカに呼び出され、攫われたマイアの追跡に同行していた時から気疲れの連続だった。

 一般的な貴種(ステルラ)であるゲイルから見たルカは体力おばけである。それに付き合わされたのだ。たまったものではない。


 マイアに明かすつもりはないが、悪党どもの馬車が蟷螂(かまきり)型の魔蟲に襲われた時に降った雨はゲイルの魔術によるものだった。

 雨雲を呼ぶ術式自体も難しいのだが、天候を操作するにはかなりの魔力が必要となる。そのため正確にはゲイルとルカの二人がかりで雨を降らせた。


 付かず離れずの距離で人攫いの馬車を追跡した上に陰ながら警護するのは、身体能力的に普通の人間に劣るゲイルにはかなりきつい道程だった。


 だけどようやくケリが付いたので肩の荷が下りた。ゲイルは深く息をつく。

 ほどなくしてゲイルの意識は深い闇の中へと飲み込まれていった。




   ◆ ◆ ◆




 体の中に温かい何かが流れ込んでくる。

 お腹の上に温石(おんじゃく)を乗せられて、そこから発生する熱が全身に広がっていくような感覚だ。温かい熱の心地よさの源を確かめるためにゲイルは目を開いた。


 すると、薄暗い部屋の中、茶色の髪の人影がこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 ゆっくりとまばたきを繰り返すとぼやけていた人影がくっきりとした像を結ぶ。


「マイア……?」


 瞳の色も髪の色も凡庸な茶色に変わっていたが、見覚えのある顔にゲイルは温もりの正体を悟った。


「大丈夫ですか? おじさま」


 おじとめいという偽装はもう終わる。しかしまだマイアがそう呼んでくれるのが何だか照れくさい。


「治癒の魔力を流してくれたのか」

「過労で倒れたとシェリルさんから聞いたので……少しでも回復の助けになればと思いました」

「ありがとう。かなり楽になった」


 眠る前は重だるかった体が劇的に軽くなっている。体の中の魔力量はまだ万全ではないが、半日もすれば全快するだろう。


 移動後の予行演習のつもりなのか、マイアはアストラの衣装を身にまとっていた。恐らくシェリルが用意したものだろう。よく似合っている。しかし首元の留め具が留まっておらず、そこから無骨な金属製の首輪が覗いているのを発見し、ゲイルの中に不快感と怒りが湧き上がった。


(あのクソ領主)


 城を出る前に二、三発殴っておけばよかった。

 ゲイルは眠りにつく前、シェリルから首輪の解呪を依頼されていたのを思い出した。彼女によると、魔術具の首輪は術式がかなりごちゃごちゃしているらしい。


「マイア、首輪を見せてもらってもいいか?」

「えっと、体調は……?」

「マイアに癒してもらったから問題ない。もう少し留め具を緩めてもらえるか?」


 マイアはこちらを気遣うような視線を向けながらも、首元の留め具に手をかけた。


 あらわになった首輪にゲイルは慎重に魔力を流し、中に仕込まれた魔術式を解析する。


 城の地下で少しだけ触れた時も面倒な術式が組み込まれているような気配がしたが、これは確かに複雑だ。シェリルがこちらに丸投げしてきたのもわかる。シェリルは光と水の属性魔術を得意とする魔術師だ。特にこの二属性を複合させた幻を操る技術に長けている。一方でそれ以外の魔術は不得手なので、細かい魔力操作が得意で元魔術具研究者のゲイルに押し付ける事にしたのだろう。


 なお、ルカはもっと当てにならない。彼は身体強化に特化した貴種(ステルラ)で、魔術師というより軍人に近い。生活魔術や諜報活動の際に役立つ魔術以外は身に付けておらず、その代わりに様々な武器の扱いや体術を学ばされていた。


 ゲイルは気を引き締めると、魔力を操り、絡まった糸のようになっている術式を少しずつ解き始めた。




   ◆ ◆ ◆




 カチャリと音が聞こえ、ずっと首をいましめていた忌々しい首輪がようやく取れた。

 マイアはふうっと息をつく。


「くそっ、腹立つな。()れて傷になってる」


 舌打ち混じりに吐き捨てたゲイルにマイアは首を振る。


「すぐ治りますから」

「そういう問題じゃないんだよ」


 ゲイルは手の中の金属製の首輪を睨みつけた。


「取ってくれてありがとうございます、おじさま」

「ゲイルでいい。もうおじとめいの設定も終わりだ」


 ゲイルの言葉にマイアはまばたきを繰り返すと、躊躇いがちに尋ねた。


「でも、その名前はおじさまの本当の名前じゃないですよね……?」

「ああ……シェリルから聞いたのか?」

「はい。あの……、おじさまの本当の名前は何ですか? ……もし差し支えなかったら教えて欲しいです」

「ヘクター・ギレットだ」


 断られるのも覚悟していたのに、ゲイルはあっさりと答えてくれた。


「そんなに簡単に教えていいんですか?」

「……もうゲイルの名前は使わないからな。俺もルカと一緒だ。本国から帰還命令が出てる」

「えっ……?」

「この国の人間に魔術を使うところを見られてしまったからな。基本的に被害者に該当する人たちにかけた暗示の魔術は精神に異常をきたさないよう加減してあるから、早ければ二、三日で解けてしまう」

「私のせい、ですよね……?」

「あー、それはその通りだけど気にしなくていい。俺にとってはむしろ役得だ」


 顔を曇らせたマイアに向かってゲイル――いや、ヘクターはひらひらと手を振った。


「俺の場合、元々諜報に回されたのが懲罰人事だったんだ。昔ちょっと色々あってな……」


 そう告げるヘクターの顔は、どこかばつが悪そうだった。


「年齢的にもそろそろ帰国の話が出てもおかしくなかったし……俺が元は研究者だって話はしたよな? 帰国後はそっちに復帰できる事になったから、本当にマイアが気にする必要はないんだ」

「待ってください。ヘクター……さんはそれで良くてもルカは……? 彼も異動になるんですか?」

「そうだろうな。恐らくは軍に行かされる」


 マイアは息を呑んだ。


「アストラの軍はマイアがそんな顔しなきゃいけないほど危ない場所じゃない。諜報よりよっぽど安全だ。こっちだと本来の能力を隠して平民(オリジン)に擬態しないといけないからな」

「あ……確かに、それはそうですね」


 ヘクターの言葉にマイアは安堵の息をついた。


「それと今後は呼び捨てでいい。あんまりかしこまったのは好きじゃないんだ」

「あの……できたら今後もおじさまと呼ばせて頂きたいです。敬愛する年上の男性という意味で。だめですか……?」


 おずおずと尋ねると、ヘクターは「物好きだな」とつぶやいて苦笑いをした。


 室内の空気が和やかになる。マイアが治癒を施したおかげか、青白かったヘクターの顔色にも赤みがさしていた。


「あの、ヘクターおじさま、かなり無理をしたって聞きました。体におかしな所があれば遠慮なく私を頼ってくださいね」

「ありがとう。マイアのおかげでだいぶ良くなったからもう大丈夫だ。元々ただの魔力切れだしな」


 そう言いながらヘクターは大きく伸びをした。そしてマイアに向き直る。


「マイア、ルカと駆け落ちしたんだって?」


 唐突に言われてマイアはぽかんと呆気に取られた。


「ネリー・セネットがそう言ってた。魔蟲の討伐遠征を抜けた理由としてそんな風に説明してたんだってな。突然言われて正直かなり驚いた」


 事情を把握した瞬間マイアはかあっと体全体が熱くなるのを感じた。


「元々ネリーとは顔見知りで……他に言い訳が思いつかなかったんです」

「いや、結果的には良かったと思う。いい感じに俺たちの事を誤解してくれたから、案外暗示が解けたあともこっちに有利な証言をしてくれるかもしれない。随分と懐かれたんだな」

「そうですね。あの子の好意は純粋に嬉しいです」


 マイアはネリーの顔を思い浮かべ、口元をほころばせた。

 ネリーの祖父、ザカリーは面倒な患者だったが、その患者に向き合った結果ネリーの信頼が得られたのだから頑張った甲斐があったというものだ。ネリーには攫われてからずっと助けられてきた。だからこそ地下室で見た彼女の青ざめた姿には心が痛んだ。


「あの、ネリーの記憶も操作したんですか……?」


 思い切って尋ねるとヘクターは小さく頷いた。


「本人の了承を得て一時的にマイアや俺たちの事を忘れてもらった。細心の注意を払って軽めにかけたから後遺症が残ることはないはずだ」

「そうですか……」


 ヘクターが断言するなら大丈夫と考えていいのだろうか。

 しかし、どう言葉を連ねられても、精神操作系魔術が怖いものという印象はやはりぬぐえない。


(ごめんなさい、ネリー)


 マイアにはただ心の中で謝ることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、星の評価を5にして応援して頂けると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ