見習いの大聖女 02
欠損の再生ができる大聖女が魔蟲討伐に加わった事は、瞬く間に第一部隊の間に広まって全体の士気を上げた。
ティアラが施せる再生の奇蹟は一日に一人か二人が限度だが、既に第一部隊の隊員の中には、手足を切り落とさなければいけないような状態だった負傷者が三人出ていたので、彼らにとってティアラの存在は希望の光になった。
それは勿論瞳を治してくれたダグにとってもである。
「ティアラ様は凄いです。まさか私の目がもう一度見えるようになるなんて……」
ダグはこの討伐の間はまだマイアの護衛をしつつ衛生兵を務めるが、討伐が終わり次第訓練を受けなおし、騎士としての復帰を目指す事になった。
マイアの治療を手伝いながらも興奮状態が治まらないようで、すっかりティアラに心酔している。
ティアラの突然の討伐参加から早いもので既に二日が経過していた。
救護用テントでの治療に関しては、ティアラは魔力と相談しながら欠損の治療を優先して行い、通常の治療はマイアが担当するという事になった。
治癒魔術の負担が減ったことはマイアにとっては喜ばしい事だった。しかし……。
「ねえマイア様、マイア様は私とあなた、どちらが殿下の婚約者に選ばれると思います?」
ティアラから尋ねられたのは、彼女に誘われて一緒に昼食にあたる食事を摂っていた時だった。
討伐遠征中は日の出とともに行動し日の入りとともに眠りにつくので、朝六時に朝食、十時に昼食、十五時に夕食にあたる食事を摂る。
マイアが招かれたのは、ティアラの訪れと共に増設されたトリンガム家の天幕である。
ティアラの父、トリンガム侯爵は娘を溺愛しているらしく、この討伐に参加させるにあたってティアラ専用の豪華な天幕と護衛、そして使用人を一緒に送り込んできた。
その中には専属の料理人もいて、目の前に並んだ食事は、アベルの天幕で出る食事以上に豪華な貴族的なものだった。
サンドウィッチにスコーン、ペストリー、そして香りのいい緑色のお茶。この国では緑茶は外国からの輸入品なので高級品である。上流階級でなければ口にできない。
トリンガム家の天幕は、内装も豪華なら食事が載ったお皿も豪華で、ここだけフェルン樹海の中にいる事を忘れそうになる空間になっていた。
ティアラは食事を運ばせると人払いをした。二人きりで話したい秘密の話があると宣言され、切り出されたのがアベル王子の婚約者の話だったという訳である。
「……殿下の結婚相手に選ばれるのはティアラ様で間違いないのではないでしょうか。だって私には欠損の再生は出来ませんから」
マイアがティアラの質問に答えると、ティアラは不安そうに上目遣いでマイアを見つめてきた。
「でも、再生には大量の魔力が必要になります。それに私、細かな傷を治すのはどうも苦手で……。マイア様は数をこなしていらっしゃるしこれまでの実績もありますでしょう?」
ティアラの態度からは、アベルへの恋心とマイアを意識している事が十二分に窺える。
「アベル殿下がお好きなんですか?」
単刀直入に尋ねたら、ティアラは頬を紅潮させた。そして熱に浮かされたような瞳をこちらに向けてくる。
「ええ……子供の時からの憧れでした」
ティアラは侯爵家のお嬢様だ。アベルと面識があってもおかしくない。
「私、十二歳の時に邸が火事になって……崩れてきた柱の下敷きになって両足を失った上に全身に大火傷を負いました」
突然の告白にマイアは目を見張った。
今目の前にいるティアラは五体満足だし肌も陶器のように滑らかで、そんな大怪我を負った痕跡は全く見当たらない。
「すぐにお父様が莫大な寄付金を積んで王妃陛下に治療して頂いたんですが……助け出して貰うために切り落とした足は元には戻りませんでしたし、焼け爛れた皮膚も完全には治りませんでした。特に呼吸器が火事の時の熱気で焼けたのが大きくて、どうにか命は繋いだものの寝たきりの状態になりました。だから殿下どころかまともに嫁ぐこともできないと諦めていたのですけど……」
ティアラは一度言葉を切った。
「マイア様みたいに魔力器官が急発達して、聖女の魔力に目覚めたんです。五年前の事でした。そうしたらみるみるうちに大怪我が良くなって、なんと足も生えたんですよ!」
うふふ、と微笑みながらさらりと言われたがその内容はマイアの理解の範疇を超えていた。
聖女の魔力が目覚め、異様に高まった自己治癒力のおかげで肌やら呼吸器が治るのはなんとなく想像がつくが、失われた足が再生するなんて聞いた事がない。
「足が……生えたんですか……?」
「ええ。それで伝説の大聖女様並の治癒魔力があるんじゃないかって大騒ぎになって……でもお父様ったら過保護なので、絶対に外に漏らさないで下さいって国王陛下にお願いして、こっそりと領地の中で聖女になるための勉強をするのを認めてもらったんです。だって私が大聖女エマリア様並の治癒魔力を持ってるかもなんて大っぴらになったら、悪い人に目を付けられるかもしれないでしょう?」
「はあ……そうだったんですか……」
「お勉強が終わって聖女認定される目処が立ったのでようやく外に出る事を許して貰えたんです。そうしたらどうしてもアベル殿下とお会いしたくなって……またお父様に頑張って貰っちゃいました」
ティアラは小首を傾げてうふふ、と微笑んだ。
少し話しただけだが、彼女はふんわりとした独特の空気感の持ち主である。
妖精めいた顔立ちもあいまって、どこか浮世離れした印象を受けた。
どうしよう。少し苦手なタイプだ。あんまり深く関わり合いになりたくない。マイアは反射的にそう思った。
「今回、こちらに無理に来たのはマイア様に会うためでもあったんですよ。殿下の一番の妃候補と言われている方がどんな方なのか見てみたくて」
その言葉に殺気のようなものを感じて、マイアは身を震わせた。
そして悟る。ああ、やっぱり自分の直感は正しかった。
要はこのお嬢様は、マイアを値踏みしつつ牽制するためにここに呼び出したのだ、と。
女の子特有の恋愛感情が絡んだ時のいやらしさを感じてマイアは内心でげっそりした。
「私ではアベル殿下には釣り合わないと思ってます」
「そうでしょうね。食事のマナーも立ち居振る舞いもがさつでちっとも優雅ではありませんもの」
上品に微笑みながらも目は笑っていないし、言葉にも棘が含まれている。その姿にマイアはティアラの本性を見た気がした。
「ティアラ様という血筋も能力も文句の付けようがない方が出てきたのですから、きっと上の方の人達もティアラ様を殿下にと判断されると思いますよ」
「あら、物分りがいいのね」
「元々私、アベル殿下には気に入られてませんし……」
何より身分の高い人には逆らわず、へりくだっておくのがマイアの処世術である。
「そうなの?」
「はい。ですから私の事はどうかお気になさらず」
これは本心だった。だってアベルとはちっとも仲良くなれる気がしない。
「……ところで話は変わりますけど、マイア様は私が来るまで毎日殿下と食事を共にされていたそうね。二人きりでお食事なんてとっても羨ましいわ」
彼女が来てからの夕食と朝食はアベルとティアラとマイア、三人で摂るように変わった。
皆まで言われずとも彼女の言いたいことがわかった。マイアは先手を取って申し出る。
「今日は熱が出た事にしますね。体調不良という事にすれば辞退できると思いますので」
マイアの言葉にティアラはにっこりと微笑んだ。
「物分りのいい方は大好きよ。私たちお友達になれそうね」
こちらとしてはあなたには近付きたくないです……。
とは面と向かって言えなくて、マイアはへらりと笑って誤魔化した。




