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【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


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贄 02

 少し時は遡る。

 ネリーは他の三人と一緒くたに一室に閉じ込められ、憤慨を隠せなかった。


「ファリカさんとカーヤと同じ牢なのは構わないわ。同じ女同士ですもの。何故あなたも一緒なのかしら」


「不本意なのは僕も一緒だ。女に囲まれて僕が喜んでるとでも思ったのか!」


 アイクが言い返してきた。その顔はほのかに赤くなっている。


「もしかして恥ずかしいの?」

「当たり前だろ!? お前は僕をなんだと思ってるんだ」


 アイクがもう少し年齢が上だったら鼻の下を伸ばして喜んだのかもしれない。しかし彼はネリーよりも二つ下の十一歳だ。女性を意識し始める年頃ではあるが、恥じらいが勝つのだろう。


 ネリーたちが閉じ込められた牢は、監獄というよりは一見すると普通の部屋だった。

 人攫いのアジトと同じく半地下に位置するようで、随分と高い位置に横長の窓がある部屋だ。

 室内には清潔な寝具があり、戸棚やテーブルなど、最低限の調度類も備え付けられていた。

 暖房はないが、ベッドの上に置かれていた毛布を被ればどうにか耐えられる室温である。

 儀式魔術の生贄にする為に買われたという話だから、これはきっと健康を損なわないための配慮なのだと思う。


「リズお姉ちゃん、大丈夫かな……?」


 ファリカに縋るようにしがみついたカーヤがぽつりとつぶやいた。

 途端に室内の空気が重くなる。


 今頃あの魔術師貴族の男に酷い目にあわされているに違いないと思うとはらわたが煮えくり返った。


「あの野郎……一体どこのどいつなのよ」


 侍女仕込みの下町言葉でつぶやくと、意外な所から答えが返ってきた。


「トリンガム侯爵だ」


 返事をしたのはアイクだった。ネリーは目を丸くする。


「なんでそんな事知ってるの?」


 上流階級の子供は基本的には限られた箱庭のような世界で過ごすものだ。

 両親と深い親交のある貴族と接する機会はあっても、見知らぬ上流階級の大人と接する事はほとんどない。礼儀作法を身につける前の子供が地位の高い貴族に失礼を働いたら家の恥になるためである。


「うちの顧客だからだよ。お父様が邸に連れてきたのを見かけた事がある」


 そういえばアイクの生家、ブレイディ男爵家は国内でも有数の貿易商だった。


「トリンガム侯爵家と言えば国境の番人じゃない。どうしてそんな名門の当主が……」


 こんな犯罪に手を染めたのだろう。

 ネリーはマイアを連れ去る直前のトリンガム侯爵の顔を思い出した。

 明らかにマイアの正体に気付いたような表情をしていた。

 マイアは有名人だから、高位の貴族なら顔を知っていてもおかしくはない。

 ただの魔力保持者ではなく、特殊な魔力を持つ聖女である事がバレたのだ。自分のこれからも不安だが、それ以上に一人連れ去られたマイアの身が気がかりだった。




   ◆ ◆ ◆




 目覚めたマイアの視界に入ってきたのは、天窓から見える真円に近い月だった。


 室内に差し込む月明かりに手を伸ばすと、体内の魔力が満ち足りているのを感じる。


 ゆっくりと体を起こして辺りを見回すと、随分と豪華な部屋の中だった。

 壁紙、家具、絨毯、カーテン――室内に置かれている全てのものが女性的なデザインの高級品で、まるでお姫様の部屋である。


 直前の記憶を探ったマイアは、地下の魔術陣の月晶石に無理矢理触れさせられた後、トリンガム侯爵の魔術でこの部屋に運び込まれた事を思い出す。

 あれは短距離転移の魔術だった。

 魔術陣に血を供給した影響か、頭痛と吐き気が酷かったので、月の光が大量に差し込むこの部屋で休むように言い渡されたのだ。


 天窓だけでなく、解放感に溢れる大きな窓があるこの部屋は、高い尖塔の最上階に位置しているようだ。

 窓から見える景色から推測するに、ここはトリンガム侯爵家が所有するどこぞの城塞と思われた。


 だけどそれがどこなのかまではマイアの乏しい知識ではわからない。こんなことならもう少し真面目に地理の勉強をしておけば良かった。


 マイアはベッドの脇に置かれていたルームシューズを引っ掛けるとゆっくりと立ち上がった。


 ふらつきも目眩も感じず問題なく歩ける。体調に問題がないことを確認してから、マイアは窓の側へと移動した。


 ――結界が張られている。


 部屋の内側全体に、微弱な魔力の流れを感じてマイアは顔をしかめた。

 下手にこの魔力には触れない方が良さそうだ。

 組み込まれている術式がどういうものなのかは何となく察しがつく。

 触ったらビリビリするとか術者に感知されるとか、マイアをここに監禁するためのものに違いない。

 首輪という魔術具も付けさせたくせに、ご丁寧な事だ。


 カーテンが開け放たれているのは月の光を取り込む為だろう。満月に近い月光には聖女のもつ自己回復力を底上げする効果がある。

 季節的に肌寒さを感じてもおかしくないのに、室内の温度は適温だし、窓に霜や水滴がついている様子がないのは魔術の仕業だろうか。


 天窓から見える月の形や体内魔力の状態から考えるに、恐らく今の月齢は十四か十六。

 十四だとすれば二日眠っていた計算になる。


 自分の体を見下ろせば、魔術布の服を着たままだった。

 少し不安だが、服から魔力を抜いておいた方がいいかもしれない。アストラの最新技術にトリンガム侯爵が気付いたら確実に面倒な事になる。


 魔術布に込められた魔力はマイア自身のものだから、抜き取るのは簡単だった。これが他人の魔力なら難しい所だった。他者の魔力は波長が異なるので無理に操作しようとすると布が破損する可能性がある。


 背後から物音がしたのは、服から魔力を抜き終えた時だった。

 後ろを振り向くとドアが開いていて人影が見えた。

 続いて壁の魔術灯が一気に点灯し、室内がパッと明るくなる。


 魔術の明かりに照らし出された人影は女中(メイド)のお仕着せを着た中年の女だった。


「お嬢様のお目覚めをお待ちしておりました。丸二日間お目覚めの気配がございませんでしたがご気分はいかがでしょうか?」


「……いいと思うの?」


「生憎私にはお嬢様のご気分は量りかねます」


 表情も感情もこもらない女の返答に、マイアは苛立ちを覚えた。

 二日眠っていたということは、やはり月齢十四。推測は当たっていた。


「随分とタイミングよく現れたのね」

「そちらの控えの間でお目覚めをお待ちしておりましたから」


 女は自身が出てきたドアを手で示した。この部屋唯一の出入口は、使用人の控え室に繋がっているらしい。


「この部屋には旦那様の結界魔術に加えて監視が付いております。どうか無駄な抵抗はなさらないで下さい」


 状況は詰んでいる。犯罪者にいいように扱われるしかない今の立場が悔しい。


「何かお召し上がりになりますか?」

「……食べるわ。できれば軽めで消化のいいものを用意して下さい」

「かしこまりました。厨房に申し伝えます」


 女は一礼すると、足音一つ立てずに部屋を出て行った。




   ◆ ◆ ◆




 女中(メイド)が持ってきたのは病人食の定番、麦のお粥だった。

 パンや穀物をスープやミルクでお粥に仕立てたものがこの辺りでは体調不良の時に食べられる定番の食事である。


 ここはどこ? あなたの名前は? 他の人はどこにいるの?


 女中(メイド)への質問は無意味だった。何を尋ねても答えられないの一点張りで、トリンガム侯爵から余計な事を話すなと言い含められているようだった。


 給仕する女中(メイド)の動作は手馴れていて、よく教育されたベテランという印象を受けたので、マイアは早々に詮索を諦めた。

 王家や高位貴族に仕える優秀な使用人は口が硬い。無駄な努力はしない主義なのだ。


 マイアは黙々と食事を口に運んだ。

 しっかりと食べなければ体を損なってしまう。少しでも体力を維持し、どうにかしてここを逃げ出す方法を探らなければ。マイアはまだ諦めていなかった。


 お粥を完食すると、女中(メイド)が話し掛けてきた。


「旦那様が体を綺麗にする魔術をお嬢様に掛けて下さっていますが、気になるようでしたらクローゼットの中の衣服は自由にお使い頂いて構いません。ここから出して差し上げる事はできませんが、それ以外の要望がございましたらお申し付け下さい。できる事とできない事がございますが、なるべく叶えて差し上げるようにと言い付かっております」


 女中(メイド)の口調は相変わらず淡々としていて無愛想だ。


「後ほど旦那様がいらっしゃいます。それまではゆっくりお過ごしください」


 旦那様、とはトリンガム侯爵の事だろう。マイアは身構えた。

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