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【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


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人攫いの隠れ家 01

 セルマの言っていたアジトに着いたのは、誘拐されてから四日が経過した時だった。

 アジトの所在はどこかの街中ではないかと思うのだが、それがどこなのかはわからない。檻が乗せられていた馬車は、移動の間ずっと幌とカーテンで閉ざされていたためだ。


 カーテンが開かれるのは飲食物を支給される時だけだった。

 味や質はともかくとして、三食きちんと支給はされたし、汚物もこまめに処理はしてくれたから、確かにセルマ達は良心的な部類の悪党という事になるのだろう。


 しかし檻の中の四日間が屈辱的な体験だったのは間違いなく、後半のマイアは盥を抱えてひたすら吐き気をこらえる移動となった。


(ここからもし脱出できたら絶対許さない)


 それはマイアだけでなく、全員の共通した気持ちだっただろう。

 現実を考えたら厳しいのはわかっているが目を背ける。希望は最後まで捨てたくなかった。




 幌馬車のカーテンが外から開けられた時、マイアの視界に飛び込んできたのは倉庫を思わせる空間だった。

 石造りの頑丈そうな建屋の中には、大量の木箱が積み上げられている。


 セルマたちは用意周到で、檻を開ける前に鉄格子から人数分の手枷と足枷を投げ込んできた。


「風呂とまともな食事にありつきたかったら全員そいつをはめな。全員がはめたことを確認したら出してやる」


 セルマの態度は高圧的だった。この四日間一味の様子を観察してわかったのは、セルマが連中の中で一番高い地位にあるという事だ。


「こんなの付けなきゃいけないの……? やだよ、重いよ……」


 ファリカがカーヤに手枷をはめると、カーヤは今にも泣きそうな顔をした。

 手枷も足枷も金属製で、鎖で動作を制限するつくりになっているため結構な重量がある。確かにカーヤにはかなり酷だと思われた。


「チビはいいだろ? こんな足枷まで付けたら動けなくなるぞ」


 カーヤを庇う発言をしたのはアイクだった。

 ネリーやマイアに対しては生意気な物言いをするアイクだが、年の離れた妹がいるらしくカーヤに対しては優しい。

 馬車の中では両親を恋しがって泣くカーヤをなだめる場面も見られた。


 エミリオと同じく根は悪い子ではないのだと思う。


 孤児院でマイアを執拗に虐めてきた男の子との違いは育ちの差だろうか。

 生活が安定しないと人は他人に優しくできない。それをマイアは痛いほどに知っている。


「……まぁいいだろう。そのちっこいのは手枷だけでいいよ。愚図られても面倒だ」


 セルマは舌打ち混じりに吐き捨てた。

 カーヤ以外の全員が手枷と足枷をはめると、檻の鉄格子がようやく開け放たれた。

 だが、周囲は一味の男たちに取り囲まれているため、とても逃げられる状況ではない。


「ついてきな。まずは入浴からだ」


 マイアは他の面々と一緒にセルマに従い、その背中を重い足を引き摺りながら追いかけた。

 馬車が停まって時間が経過したことで酔いは治まってきたものの、まだ地面が揺れているような気がする。




 セルマが立ち止まったのは、倉庫の床に設置された金属製の排水溝の前だった。

 セルマが目配せすると、手下たちが排水溝の蓋を開ける。

 すると黒い布が一枚敷かれていて、更にそれを取り払うと降り階段が姿を見せた。


「足元に気をつけながら降りな。怪我なんかするんじゃないよ。値が下がるからね」


 そんな忠告をするくらいなら足枷を外してくれればいいのに。

 足枷には歩行を妨げない長さに調節された鎖が付いている。歩くのに支障はないが、走るのは難しいという絶妙な長さだ。


 マイアたちはアイクを先頭に、足を引っ掛けないよう気を付けながら慎重に階段を降りていった。




   ◆ ◆ ◆




 階段を降りた先は、半地下を思わせる廊下になっていた。

 壁の上部には小さく横に細長い窓があり、そこから外の光が差し込んでくる。

 窓の間隔は十センチ程度しかないので、そこからの脱出は難しそうだった。


「リズと言ったかね。まずはあんたからにしよう」


 セルマはマイアたちを一旦並ばせると、虜囚全員の顔を見比べた上でマイアを指名してきた。


「あんたは今回の『商品』の中でまず間違いなく一番高値で売れる。ついでに何回か吐き戻してたろ。ピカピカに磨いてもらいな」


 吐いたのは閉塞した空間で、長時間乗り物に揺られたせいだ。

 幌とカーテンで閉ざされた荷馬車の中は、乗り物に弱いマイアにはかなり辛い環境だった。

 自分の吐いたものを見て更に吐き気がこみ上げてくるという悪循環にも陥ったので、一緒に檻の中にいた人たちには申し訳なかったなと思う。


「あんたはあたしに付いといで。他の連中は一旦閉じ込めておきな」


 セルマは手下に指示を出すとマイアに向かって付いてこいと言わんばかりに顎をしゃくった。




   ◆ ◆ ◆




 セルマに連れていかれた浴室の脱衣所には、暗そうな中年の女が待機していた。

 面皰(にきび)のできやすい体質なのか、顔全体の痘痕(あばた)が痛々しくて、マイアはさりげなく目を逸らした。目鼻立ちは悪くなさそうなのだが、でこぼことした肌が全てを台無しにしている。


「ユライア、仕事だよ。これから五人連れてくるからね。順番に磨いてやっとくれ」

「……へえ、今回は随分と小綺麗なのを連れてきたんですね。私の手間が省けるからありがたいですけど。貧民窟の浮浪児は何回洗っても汚れが取れないですから」

「その分浮浪児の時は給金を増やしてやってるだろ? 今回は祭のどさくさの中で調達したからね。見な。こいつが一番の収穫だ」


 セルマはマイアの頭を掴むと中年女――ユライアに顔を見せつけた。


「えっ……魔術師!?」


 ユライアはマイアを見てぎょっと目を見張った。


「そうだよ。美しい青金の瞳だろう? 魔術師のくせにあたしらに捕まるっていうのもビックリだけどね。浮浪児何匹分になるか今から楽しみで仕方ないよ」


 セルマはニタリと邪悪な笑みを浮かべた。

 青から金色に変化する魔力保持者に特有の瞳は、自分でも神秘的で綺麗だと思う。

 だけど人攫いどもに褒められてもちっとも嬉しくない。

 むしろ魔力保持者である事がマイアの価値を上げ、この連中に大量の金貨が渡ると思うと怒りが湧いてきた。


「大丈夫なんですか? セルマさん。魔術師なんでしょう? 反撃されませんか?」


 対するユライアは不安そうだった。


「大丈夫だろ。こいつらは羽根筆(クイル)がなきゃなんにも出来やしない。羽根筆(クイル)は取り上げて絶対に奪い返されない場所に隠してあるからね。安心おし。今のこの子は普通よりもひ弱なただの人間だよ」

「じゃあ安心ですね。高値で売れたらちょっとは私にも還元してくださいよ」

「考えとくよ」


 聞いているだけでムカムカしてくる会話である。


「じゃあ後は任せたから、磨き終わったらあたしの部屋に連れてくるように」


 セルマはユライアにそう伝えると脱衣場を出ていった。

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