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【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


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檻の中 04

 檻の中、酷く揺れる荷馬車、しかも幌とカーテンで閉ざされ、外の新鮮な空気が入ってこない。

 と、なると――。


「う……」

「お姉ちゃん、大丈夫?」


 口元をおさえてぐったりと檻の壁にもたれかかったマイアに声をかけてきたのは、意識を取り戻したカーヤだった。


 目を覚ましたカーヤとは、「魔術師だったんだ、嘘つき」なんて会話があったりもしたのだが、その時点で既にかなり気持ち悪くなっていたマイアにまともに相手をする余裕はなかった。


「魔術師様はひ弱だなぁ」

「仕方ないでしょう。魔力保持者は元々丈夫ではないんですから。あなたのような中身も神経も図太い人間と違って繊細でいらっしゃるのです」


 憎たらしいアイクにネリーが言い返した。

 アイクと違って他の三人は優しいが、正直今ネリーとアイクが遣り合うのを耳元で聞かされるのは辛かった。


「ネリー様、アイク様、体調の悪いリズ様の近くでそんな大声を上げてはいけませんよ」


 たしなめてくれるファリカと小さくて可愛いカーヤは良心である。


 普通は子供の方が乗り物には弱いものでは無いだろうか。

 それとも、魔力保持者である自分が虚弱なのがいけないのだろうか。

 ルカと一緒の時と違って、人攫いの一味にこちらへの気遣いは期待できない。

 吐き気を必死にこらえながら、マイアはひたすら馬車の揺れに耐え続けた。




 一体何時間くらい耐えた時だろうか。唐突に馬車が停まった。

 何事かと思い顔を上げると、檻を隠すカーテンが開き、セルマが皺だらけの顔を覗かせた。そしてマイアの傍に座り込むカーヤに視線を向けてニタリと笑った。


「……そこのチビ、生きてたのかい。結構な事だよ」


「おい! 僕たちをここから出せ! 金ならいくらでもやるぞ! お父様に連絡したら支払ってくれるはずだ! 僕はブレイディ男爵家の嫡男なんだからな!」


 アイクの言葉にマイアは呆気に取られた。


 一味が顔を出したらただじゃおかない、ぶっ殺してやる、などと袋から救出された直後は息巻いていたくせに、いざセルマを目の前にすると懐柔するような発言を始めたからだ。


 ちらりと他の人達の顔を窺うと、揃いも揃ってマイアと同じような表情をしていた。


「へえ、あんたも貴族のお坊ちゃまだったのかい」

「そうだ! お前らに取られた指輪に家紋が入ってる! それを見せればお父様も信じてくれるはずだ」


 セルマが反応したのでアイクは一気にまくし立てた。しかしその訴えをセルマは鼻で笑う。


「いらないよ。確かに身代金は魅力的だけどね、うちの組織は目先の利益に釣られて捕まるような危険は犯さないんだ。そこのお嬢様にも言ったけどね。その分依頼主に色を付けてもらうだけさ」


 アイクはぐっと悔しそうに詰まった。


「貴族の血統ってのはさ、魔力保持者とまでいかなくても魔力器官が大きめの人間が多いらしくってね。あのお方が仰るには実験材料としては申し分ないそうだよ。そう簡単に手に入るもんじゃないけどね。祭りは皆全体的にガードが緩む。そう当たりをつけたのが正解だったよ」


 アイクも攫われた理由はネリーと一緒だ。祖父の湯治に付いてきて、祭礼に参加したはいいものの、周りを取り囲む大人の使用人が鬱陶しくて撒いて一人楽しんでいたところを狙われたらしい。


「今回は貴族の子供二人に魔術師が一人、大豊作だ」


 そう言ってセルマはにんまりと笑った。


「うちの領内で貧民窟や下町の子供を誘拐したのはお前たちなの?」


 ネリーの質問にセルマは目を細めた。


「そうさ、お嬢様。貧民窟の浮浪児共は臭かったからね、連れていくのも辟易したよ」

「よくも抜け抜けと……」

「お嬢様もあいつらと同じ運命を辿るんだよ。良かったね。きっと喜ぶよ」


 そしてセルマはキヒヒヒヒッと耳障りな笑い声を上げた。


「とりあえず飯と水だ。感謝しな。あたしらは同業の中でもかなり良心的な方なんだ。先方も健康状態のいい人間を望んでるからね。ちゃあんと食事は食べさせてやるし、アジトに着いたら入浴もさせてやるよ」


 言いながらセルマは後ろに目配せした。

 すると、セルマの背後には男が控えていて、携帯食料と思われる包みと水筒を鉄格子の隙間から差し入れてきた。


「……お手洗いに行きたくなったらどうすればいいのよ」


 ネリーが顔をほのかに赤く染めて尋ねた。


「そこにおまる(チャンバーポット)があるだろ」


 セルマが指さした場所には、陶器製と思われる蓋付きの壺が置かれていた。


「これにしろですって……」


 屈辱を感じているのだろう。ネリーの体は小刻みに震えている。


「垂れ流しじゃないだけありがたいと思いな! 定期的に回収して綺麗にはしてやるよ」


 高圧的に言い放つとセルマは馬車から身を離し、ぴしゃりとカーテンを閉じた。




   ◆ ◆ ◆




 中に差し入れられた食料は、ビスケット状の携帯食だった。

 ファリカとネリーが分配して持ってきてくれたが、馬車酔いのせいで食欲がないマイアは手をつける気になれなかった。

 下手に胃に食べ物を入れたら確実に戻す。


 マイアはため息をついて、水筒の水を少しだけ貰って唇を濡らすにとどめた。

 排泄の事を考えると、水分も極力控えたいところである。


 これから自分はどうなるのだろう。

 ルカはきっとはぐれたマイアを探してくれているとは思うけれど、まさかこんな風に人攫いに連れ去られたとは夢にも思わないだろう。

 それは他の四人の家の人たちも同じで、外からの助けはまず期待できない。


「なあ魔術師様、イカれた魔術師の人体実験って具体的にはどんなことをされるんだ?」

「知らない方が幸せだと思う」


 アイクに尋ねられてマイアは言葉を濁した。

 過去の摘発事例はいくつか知っているが、そのどれもがろくなものではない。


 例えば生肝を取り出して魔術具の原料にしたとか、魔術薬の試験に使ったとか。

 これは隣国の事件になるが、まだ女性のお腹の中にいる胎児に魔術的処置を加え、完璧な兵士を作る実験を繰り返していたという噂も聞いた事がある。


「まさかあんたも……」

「しないわよ! そういう事するのはよっぽど頭がおかしい人! 研究者には頭の回路がおかしくなってる人がいるのは否定しないけど……」


 マイアは答えながら「死んだら解剖させろ」と言われた事を思い出した。


「あんたは魔術師としてはどんな仕事をしてたんだよ」

「私は平民の出身だから……普通の魔術師が嫌がる仕事を押し付けられるのよ。毎年の魔蟲討伐遠征への帯同とか……」


 アイクの質問にぱっと思い付いたのは、討伐遠征に駆り出される魔術師の姿だった。彼らはマイアと一番関わりが深かった魔術師でもある。


「なんで魔蟲の討伐遠征が嫌がられる仕事なんだよ。騎士と一緒に行動できるんだろ?」

「魔力保持者は体があまり丈夫じゃないからよ。長時間の移動があって野宿をしなければいけない討伐遠征は体の負担になるの」


 魔術師にとって討伐遠征は嫌がられる仕事だ。

 平民出身のマイアに厄介な患者が回されるのと同じように、遠征に駆り出されるのは、発言力の弱い若手か生まれつきの身分が低い者と相場が決まっていた。


「少し考えればわかるでしょうに……」

「何だと!?」


 ネリーがアイクを煽るような発言をするから、また不穏な気配が漂い始めた。

 マイアは心の中でため息をついた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでて辛い、描写が丁寧で想像でき過ぎて辛いです。早くルカに来て欲しい
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