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【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


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東へ 03

※流血描写があります。

 日が落ちる頃になると、街道の人通りはぱたりと途絶えた。

 闇の中の移動は危険なため、野営したり旅人の家へと移動したりするからだ。


 この大陸の大きな街道には、ところどころに旅人の家と呼ばれる小屋がある。交易商人たちによって整備された無人の施設だ。

 雨風を避けて眠る程度の事しかできないが、ごく稀に携帯食料や薪などが置かれている場合もある。


 マイアたちは、基本的には馬車の中で野営するつもりだった。

 旅人の家では見知らぬ他人がいたら一緒に眠ることになる。知らない人と同じ屋根の下で過ごすなんて嫌だし、魔術や魔術具が自由に使えなくなってしまう。お互いが魔力保持者であることを考えると、馬車で過ごす方が絶対に快適だ。


「そろそろ休む準備をしようか」


 ルカはパティを操作して馬車を街道の外の草叢(くさむら)へと移動させた。

 街道は伝令の早馬が夜を徹して走ることがあるから空けておくのがマナーらしい。


 街道の右側は常緑樹の森に、左側は荒野になっていて、馬車が移動したのは森側だ。

 ルカはパティを手近にある木に繋ぎに行った。

 マイアは馬車の中の木箱からパティのために人参を出してやる。


 馬車の旅のいい所は、野菜や果物を持ち運べる事だ。気候的にも今は痛みにくい時期である。

 日持ちのする根菜や林檎を中心に、魔術具の助けも借りて色々な食材を詰めて来たので、この旅ではフェルン樹海を抜けた時よりも充実した食生活が約束されている。


 マイアはカッティングボードとナイフを取り出すと、人参を食べさせやすいように縦に長く切ってやった。


 しかし、パティの所に向かおうとマイアが馬車から顔を出した時、異変が起こった。

 背後の森の中から何かが飛来し、ルカの左肩に吸い込まれていった。


「っ……」


 微かなうめき声と共にルカの体がよろめく。その姿にマイアは目を見張る。

 夕暮時の赤い日差しに照らされて、ルカの肩から矢が生えているのが見えた。


 ひくりと喉が変な音を立てた。手の中からパティのために準備した人参のスティックが滑り落ちて地面に散らばる。


「馬車に戻れ!」


 ルカの厳しい声が飛ぶが、体が動かない。

 ルカは舌打ちすると、懐から羽根筆(クイル)を出し、殴り書きで魔術式を書いた。


 防御壁の発動と、次の矢の飛来は同時だった。

 キィン! という乾いた音がして、壁に弾かれた矢が地面に落ちた。

 その音に驚いたのか、パティはその場で大きく棹立ちし嘶いた。


「落ち着けパティ。ちゃんと守るから」


 壁を維持しつつ、ルカはパティの体を撫でた。

 するとぶるる、と鳴いて、パティは地面を蹄で掻いた。


「よし、いい子だ」


 宥める間にも森の中からは断続的に矢が飛んでくる。ルカはパティが落ち着いたのを確認してから、こちらに向き直った。


「リズ、ちゃんとした防御壁を作り直すから、森の時みたいに術式が完成したら魔力を流して欲しい」


 マイアは頷くのがやっとだった。

 自分を叱咤して足を動かし、簡易の壁を維持しながら魔術式を書き直しているルカの元へと急ぐ。

 そして書き上げられた魔術式に触れて魔力を流し、二枚目の壁を完成させた。


「元を断ってくる。リズはこのまま壁の維持を」


 二枚目の壁の発動を確認してからルカは簡易の壁の魔術を解除し、腰の剣を抜いた。

 そして次の瞬間には地面を蹴り、一瞬でマイアの目の前から消えた。


(えっ……)


 断続的に飛んでくる矢を剣で叩き落としながら、異様な速さで走るルカの姿にマイアはポカンと目と口を開けた。

 瞬く間にルカの姿は森の中に消える。


(本気の身体強化魔術……? でも……)


 肩に矢が刺さりっ放しだった。

 そんな状態で動いて大丈夫なのだろうか。痛くないのだろうか。

 ルカが心配で青ざめたマイアの気持ちを察したのか、ぶるん、と小さく嘶いてパティが鼻面を寄せてきた。

 馬特有の匂いがした。決していい匂いではないが、ここまでマイアを連れてきてくれたパティの匂いだと思うと少し安堵するのが不思議だった。


 ぼんやりしているといつも髪を狙ってくるくせに今はただ寄り添うだけだ。そんなパティの態度に、本当に賢い生き物なのだと実感する。


 矢はいつの間にか飛んでこなくなったが、何となく怖くて壁は消せなかった。マイアは防御壁の魔術を維持したまま、パティの鼻面を撫でた。


 少しごわついた毛の感触とぬくもりに、緊張が少しずつ解れていく。

 その時だった。森の奥から鳩が飛んできた。

 鳩はパティを繋いだ木に留まると、ルカの声で喋りだした。


「リズ、壁はもう解除していい。このまま真っ直ぐ森の奥まで来て欲しい」


 ルカの通信魔術だ。


「パティ、待っててね」


 マイアはパティに声を掛けてから、壁の魔術を解除してルカが走り去って行った方角へと向かう。


 木々の合間を走ると、土の匂いに混じって鉄錆びた匂いがした。


 ――血の匂いだ。

 討伐遠征への同行時にさんざん嗅いだからすぐにわかった。


 きっとこの先には恐ろしい光景が待っている。そんな気がした。


 そして、その予想はあやまたず、更に先に進んだマイアの目の前に飛び込んできたのは、どこか見覚えのある荷馬車と、その手前に折り重なるように倒れる二人の男の姿だった。


 一人は傭兵風の武装した男。左手に弓を持っているから、きっとこいつがマイア達を狙った射手だ。右手の肘から下が失われ、傷口から大量の血液が滴り落ちている。

 切り飛ばされたと思われる手は、男のすぐ側に矢を手にした状態でごろりと転がっていた。


 もう一人は右肩と左の太ももを刺し貫かれたようで、丸くなって倒れ込んでいた。この男には見覚えがあった。酔い止めの薬をくれたライウス商会の馬車に乗っていた下男だ。


 下男は辛うじて意識があるが、傭兵の方はピクリとも動かない。


「リズ、こっち」


 馬車の中からルカが声をかけてきた。

 マイアはルカの方へと向かう。


「表の二人はセシルがやったの……?」

「ああ。ちょっとやりすぎたかと思ったけど、もう少し痛めつけても良かったかもしれない」


 ルカの冷たい顔に心臓が嫌な音を立てた。

 だけど怖いと思ったその気持ちは、馬車の中に倒れ伏す二人の人物の姿に一瞬で霧散する。


「エミリオ……君……?」


 マイアに酔い止めの薬をくれたアンセル・ライウスとその息子のエミリオだった。二人とも顔が無惨に腫れ上がっていて、明らかに暴行を受けた形跡がある。


「ねえ、ちゃん……?」


 ひゅうひゅうと荒い息をつきながらエミリオがつぶやいた。


「表の二人に殴る蹴るの暴行を受けたらしい。下男と傭兵が共謀して積荷を奪おうとしたみたいだ」


「もともと、しりあい、だったみたいで……」


 ゲホッとエミリオが咳き込んだ。その拍子に唇から血が漏れた。内臓が損傷しているのかもしれない。


「エミリオ、もう喋っちゃ駄目だ。もう大丈夫だから」

「うん……」


 弱々しく頷くと、エミリオはすうっと意識を失った。


「……アストラに無事たどり着く事だけを考えたら関わるべきじゃない。でも……」

「助けたいと思ったから私を呼んだのよね? 治癒魔術を使ってもいい?」

「完治させてしまうと怪しまれると思う。だから……」


 ルカは手加減しろと言いたいのだろう。


「内臓の損傷だけを癒すようにしてみる」


 見たところ、エミリオよりアンセルの方が状態が悪い。

 あまりにも程度が酷いとマイアの治癒魔術では癒しきれない。間に合う事を祈るしかない。


「セシル、上半身だけでいいから二人の服を脱がすのを手伝って。どんな状態なのか診たい。先にアンセルさんを診るからエミリオ君の体は毛布か何かで保温しておいて」


「わかった。他に手伝えることは?」

「積荷の中に打撲に使えそうな薬がないか探して」


 マイアはアンセルに駆け寄った。

 アンセルの周囲にはロープの残骸が散らばっており、手首や足首には赤い紐状の跡がある。


「もしかして縛られてたの?」

「ああ。とりあえずロープだけは切った」


(なんて酷い事を……)


 酷いのはライウス商会の馬車に追いついた時の自分たちの対応もだ。

 きっとあの時からアンセルとエミリオには異変が起こっていたに違いない。


 面倒に巻き込まれたくないから接触しない事を選んだ。

 自分たちにも事情はあったとはいえ、罪悪感が湧き上がった。


 エミリオの服を脱がすのはルカに任せて、マイアはアンセルの服の(ボタン)に手をかけた。


「ひどい……」


 あらわになった素肌は、至る所がどす黒く腫れ上がっている。


「下男が今までの鬱憤を晴らすように手酷くやったらしい」

「子供にまで手を出すなんて」


 なんて屑なんだろう。

 マイアはアンセルの胸元に手を当てると魔力を流し込んだ。

 魔力を届ける先は体内の臓器。この肌の状態だと恐らく損傷している。


 ……良かった。手応えがある。手遅れの場合は魔力が通らないからすぐにわかる。ちゃんと魔力が通るという事は、この人は助かる。


 治しすぎないようにしなければいけないのが心苦しい。

 ひとまず命を繋ぐ治療は、戦争の最前線や災害時など怪我人が多すぎる時にだけなされる処置だ。


(ごめんなさい)


 心の中でアンセルに謝る。

 こんな旅の序盤でマイアが聖女だと誰かに知られる訳にはいかない。だから仕方ないのだと自分に言い聞かせた。

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