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【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


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欠けゆく月 01

 ルカを見ると気持ちが落ち着かなくなるのは、きっと月が痩せ細っているせいだ。

 マイアは市場をルカと並んで歩きながら、こっそりとため息をついた。


 今の月齢は二十八。明後日は新月だ。霧月(ブリュメール)ももう終わるのかと思うと感慨深い。

 この大陸にあるほとんどの国は、月の満ち欠けを基準とした暦を採用していて、新月の日を朔日(ついたち)としている。


 アベル率いる陸軍の魔蟲討伐部隊は恐らく既にフェルン樹海を引き上げて次のホットスポットへと向かっているはずだ。


 陸軍第一部隊が担当するもう一つのホットスポットは、ここから更に北に位置するヴィアナ火山の山麓部である。

 時折小規模な噴火を繰り返しているヴィアナ火山は周辺の地熱が高いため、長く魔蟲が活発に動くし氷点下まで冷え込んだ日に雪が降っても決して積もらない。

 そのため第一部隊の魔蟲討伐遠征は、先にフェルン樹海に向かい、更に気温が下がるのを待つのが慣例となっていた。


 これで一旦は逃げきれたはず、というのがルカの見解だ。

 とは言え油断はできないので、マイアはアルナに協力してもらって化粧を派手にし、髪を巻いて顔の印象を変えた。

 髪も瞳も魔術具の指輪で茶色に色を変えているし、そう簡単には気付かれないはずだ。




 この街に着いたのは月齢が二十四の日だったから、これでローウェルにやってきて五日目だ。


 二日をかけてクライン商会の棚卸の手伝いが終わったので、マイアはルカに誘われて旅の準備の為の買い出しに来ていた。

 このローウェルは商人や傭兵の行き来が盛んなので旅の必需品を扱う店が充実している。


 まず向かったのは鞄を扱う商店だった。

 

「セシルさん!」


 店に入るなり、店番をしていた十代後半と思われる若い女の子がこちらに向かって駆け寄ってきた。

 金髪に飴色の大きな瞳の持ち主で、なかなか可愛らしい。


「ご依頼頂いていた物入れの修繕ですが、もうできあがってますよ」

「えっ、もう終わったの? 仕上がりは後二日後って聞いてたのに」

「お父さんが頑張ってくれました。すぐお持ちしますね」


 愛想良く出てきた女の子だったが、マイアの姿に気付くとぴくりと頬を引き攣らせた。


「今日は彼女の鞄を見に来たんだ。……リズ、鞄は背嚢と肩掛け、どっちがいい?」

「どれくらいの収納力の物があればいいのかにもよるかな……」

「基本は馬車移動になるから、当座の着替えに貴重品、それから二、三日分の食料が入ればいいと思う」

「うーん、あまり大きくなくていいのなら肩掛けの鞄がいいかも」


 背嚢より肩掛けのほうが圧倒的に見た目が可愛い。

 マイアは店内を一通り見回すと、シンプルな焦げ茶の肩掛けの鞄を手に取った。


 帆布に皮を組み合わせて作られたその鞄は、主素材が布なので見た目よりも軽い。


「……それ、私が考えた鞄です。お気に召しましたか?」


 どこかムスッとした顔で店員の女の子が声を掛けてきた。


「もう少し見てもいいですか?」

「……どうぞ」


 その仏頂面は店員としてどうなんだろう、と思いつつも、マイアは鞄を開けて中の仕切りや外側のポケットのマチ幅などを確認した。

 女の子の態度に思うところはあるし、彼女が制作に携わったとおもうとちょっと複雑だが、品物自体は使いやすそうで結構いい。縫製がしっかりしているところが特に気に入った。


「それにする?」


 ルカに尋ねられ、マイアは頷いた。


「じゃあこれと修繕の終わった物入れと、支払いは一緒で」


 ルカがマイアの手から鞄を取り上げて女の子に渡した。


「合計で三万ベルになります」


 女の子は慌てて笑顔を作ると会計をし、鞄をルカの修繕を頼んでいた物入れと一緒にして藁紙に綺麗に包んでくれた。


「仲良さそうですね。羨ましいです」


 どこか未練がましい言い方に苦笑いが浮かんだ。

 店をふらりと訪れた格好いいお兄さんにちょっと憧れを抱いたけれど……という女の子の感情が一連の態度からは透けて見える。


「……特別な関係に見えたのかな」


 マイアは店を出てからぽつりとつぶやいた。すると、ルカは目を細めて微笑んだ。


「あの子にそう見えたんだったら旅がやりやすくなる」


 その淡々とした発言に、意識しているのは自分だけなんだと思い知らされた気がした。

 冷静に考えればルカはアストラに戻れば貴族に相当する階級の人だ。所作や物腰からは育ちの良さが窺えるし、顔だって格好いい。

 だからきっと国に戻れば色々な意味で不自由していないに違いない。

 ルカが優しくしてくれるのはマイアが聖女で、それがアストラの国益に繋がるからだ。それ以上の意味なんてない。


 こんな事で一喜一憂するなんてばかみたい。

 マイアはルカの隣を歩きながら心の中でつぶやいた。




   ◆ ◆ ◆




 保存食にマイア用の寝袋、そして追加の防寒具。

 色々と買い込んだ結果荷物が持ちきれなくなったので一旦クライン商会に戻ると、店舗の方からやってきたアルナに声をかけられた。


「お帰りなさい。ちょうどいい所に帰ってきたわ。セシル、悪いんだけど店番変わってくれない? ゲイルがかなり調子悪いみたいなのよ。でも今日はお得意様の所への配達があって……」


「店番代わるのは構わないけど、何、あのおっさん、もしかしてもう新月症候群の症状出てんの?」


「たぶんそうだと思う。あの人、特に月の影響が出やすいみたいだから」


 新月症候群とは、新月前後の魔力保持者に特有の体調不良の事である。

 月経前後の女性に似ていて、情緒不安定になったり体が思うように動かなくなったりするのだが、女性のそれに個人差があるように、魔力保持者の場合もどれくらいの症状が出るかは人によって大きな違いがある。


「今月は近点月だからそれも影響してるかもなぁ……」

「えっ、今月って近点月だっけ?」


 ルカの言葉にマイアは思わず反応した。


 長い観測の歴史の中で、月は二年に一度の周期で地上に近付いたり遠ざかったりを繰り返していることがわかっている。

 『近点月』とは、月が地上に最も近付く月周期を指す言葉だ。

 その時期の新月は魔力保持者の肉体や精神に、いつも以上に大きな影響を与えると言われている。


「リズは大丈夫なの?」


 アルナに尋ねられ、マイアはこくりと頷いた。


「今のところは。私の場合は新月の日以外はあまり影響はないんですが、今月が近点月だともしかしたら寝込むかもしれないですね」


 普段は少し気持ちの浮き沈みが激しくなるのと、体がだるくなる程度で済むのだが、近点月と聞くと不安になった。

 二年前の近点月の時の新月は、ベッドから一日中起き上がれなかった記憶がある。


「大丈夫よ、もし寝込んでも私やセシルが付いてるからね。じゃあセシル、悪いけど店はお願い。私は配達の準備をするから」


 そう言い残すと、アルナは慌ただしく裏手の倉庫へと向かった。


「セシルは平気なの?」

「俺はあんまり新月の影響は受けない特殊体質なんだ。体調はともかく魔術の威力はかなり落ちるから外に出たくはなくなるけど」


 アストラが魔術大国にも関わらず、他国への領土的野心を示さないのは、この魔力保持者の体質のせいだと言われている。

 身体能力が普通の人間よりも低く、長期の遠征には耐えられない上に新月時には戦闘力ががくりと落ちる。


 アストラは新月の侵略対策に強固な魔術具による防衛線を引いており、守りに特化した姿勢を貫き続けている。


「さてと、俺は店の方に出るからリズはゆっくりしてて」


 そう告げると、ルカは店舗の方へと向かった。

 ゆっくりしろと言われても、本当にぼんやりするのは気が引けるので、マイアはゲイルの様子を見に行く事にした。

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