表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】雑草聖女の逃亡~隣国の魔術師と偽夫婦になって亡命します~【3/15小説2巻発売】  作者: 森川茉里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/60

樹海を征く 02

 飴を舐めながらその場に座り込んでからほどなくして、誰かがこちらにやってくる気配がした。

 少しずつ大きくなる落ち葉を踏みしめる足音に緊張感が高まる。


 結界があるとはいえ本当に大丈夫だろうか。木の幹の陰から固唾を呑んで見守っていると、正規兵の軍服にレザーアーマーを身に着けた男が五人、連れ立ってこちらにやってくるのが見えた。


 五人は小隊の構成人数だ。兵士たちはマイアの痕跡を探しているのか、周囲を見回しながら無言で通り過ぎていく。

 その姿が見えなくなったころ、ようやくマイアは息切れが落ち着いた。


「マイア、そろそろ解いていい」


 ルカに声を掛けられるまで緊張で結界維持中である事を忘れていた。

 マイアは術式に供給する魔力を断つとふうっと大きく息をついた。


「一応の確認だけど魔力は大丈夫?」

「うん。魔力は結構ある方だからこれくらいなら全然平気」


 マイアの魔力量はイルダーナの魔力保持者全体の中でも上から数えた方が早い。

 だからこそ雑草とか野生なんて陰口を叩かれて来た事を思い出すとムカムカした。




   ◆ ◆ ◆




 整然とした魔術式とか機敏な動作などから、なんとなく強いんだろうな、と思っていたルカの実力を目の当たりにする機会は唐突に訪れた。


 ――大型犬ほどのサイズの蜻蛉(とんぼ)型魔蟲に襲われたのだ。


 休み休み移動して、ちょうど太陽が天頂に差し掛かろうかという時だった。


 魔素の影響により変異した魔蟲は、本能的により強い魔力を求める性質がある。

 高い魔力を持つ魔術師、そして聖女は連中にとっては同族に並ぶご馳走だ。


 魔蟲の感覚器官は時に魔術師の感知範囲を超える。そいつはそれだった。


 先導するルカが唐突に立ち止まり、マイアは眉をひそめた。


 どうしたのかと確認する前に、ルカは羽根筆(クイル)を取り出すやいなや、空中に半ば殴り書きの魔術式を書き始める。

 その動作でマイアは緊急事態が起こったのだと悟った。


 ルカが術式に魔力を流すのと、そいつが上空から襲いかかって来たのはほぼ同時だった。


 バチバチと火花が散って、完成した魔術による防御壁に何かがぶつかる大音響が響き渡った。

 蜻蛉型の魔蟲だと認識できたのはその時だ。マイアは恐怖に硬直し、その場に立ち尽くす。


 ブブブブブ……という耳障りな羽音を立てながら魔蟲は上空に舞い上がり、空中でホバリングしながらこちらを窺うようにギョロギョロと複眼を動かした。


 ルカは冷静だった。左手で魔術の防御壁を維持し、二度目の魔蟲の空からの突進を防ぎながら、羽根筆(クイル)を持つ右手で改めて魔術式を書き直した。


「マイア、新しい壁の発動と維持を頼む!」

「っ、わかった!」


 マイアはルカが空中に書いた新たな魔術式に触れると魔力を流した。

 二枚目の防御壁が形成されるのを確認してから、ルカは一枚目の壁を解除し、重い背嚢をその場に投げ捨てるように下ろした。そして腰ベルトに固定した物入れから先が二股に分かれた棒の形状をしたものを取り出す。


(パチンコ?)


 いや、違う。木の枝で作られる子供用の玩具ではなくて、しっかりとした造りのそれは、スリングショットと呼ばれる投石用の武器だ。


 スリングショット自体の歴史は古いが、飛躍的な進化を遂げたのは五十年ほど前の事だ。

 高名な海洋冒険家がこの大陸に持ち帰った南国のゴムという名の樹木から、『弾性ゴム』という素材が生み出されたのがスリングショットをより実用性の高い凶器へと進化させた。


 威力や射程では弓矢に劣るが、矢の供給が難しい場面では非常に有効な武器である。


 ルカは腰ベルトに仕込んであったらしい丸い弾をスリングショットにセットし、ゴム紐の部分をぐいっと引っ張った。

 マイアは有り得ないくらいに伸びたゴムにぽかんと目と口を開ける。


 再び蜻蛉型魔蟲がこちらに向かって急滑降してきて――。

 ルカは冷静に狙いを定めて(つぶて)を放った。


 ギィィィィ!


 耳障りな断末魔が周囲に響き渡り、中空から魔蟲の体が落下してきた。


 右の複眼と胴体の一部が粉砕された魔蟲が目の前にどさりと落ちた。

 魔蟲のほとんどは虫と同じく体の一部を潰されてもしばらくは動き回る。

 そいつもまだもぞもぞと動いていて、本能的なおぞましさが呼び覚まされた。

 ルカは腰に()いたエストックを抜くと、魔蟲に走りよってその胴体に刀身を突き立てた。


「もう大丈夫。防御壁は解除してもいい。ありがとう、マイアのお陰で楽に狩れた」


 ルカは、魔蟲が動かなくなっている事を確認してからこちらに声をかけてきた。


「私、役に立った……?」


「ああ。ソロだとこういう不意討ちを受けたら防御魔術を自力で展開しながら剣でやり合う事になるからもっと面倒臭い」


 ルカの言葉にじんわりと心の中に喜びが広がった。

 治療以外の方面で自分の魔力が人の役に立ったのは初めてだ。


「そんな飛び道具も持ってたのね」


「正面からやり合ったら命がいくらあっても足りないからな。魔蟲狩りの様子は見た事ない? 薬と飛び道具で弱らせてから叩くのが鉄則なんだけど」


「それは知ってるけど……」


 元が虫だけあって魔蟲は驚異的な身体能力を誇る。そんな連中に対抗するために人は知恵を絞る。

 薬、罠、飛び道具――人類は色々なものを駆使し、なるべく人的被害が出ないように奴らを狩る術を模索してきた。


「ルカは剣士だって聞いてたから飛び道具が出てきてびっくりした」

「ああ……ソロの時しかこいつは使わないから」

「どうして?」

「弾は使い捨ての魔術具なんだ。筋力強化魔術のせいで射程も出るし、こんなもの使ったらまず怪しまれるだろ」


 なるほど。マイアは納得した。

 硬い魔蟲の体をスリングショットの弾丸が一発で粉砕したのだ。確かに普通じゃない。


「さて、先を急ごう。遺骸目当てに別の魔蟲が来たら困る」

「素材は採らないの?」


 蜻蛉型の(はね)はかなり高値で売れるはずだ。


「惜しいけど採取の時間が勿体ない。少しでも早く森を出ないと」


 ルカの言葉にマイアは後ろ髪を引かれる思いがしたが、今の状況下では仕方ないと納得し、ルカの背中を追いかけた。

蜻蛉は鳴かないとかパチンコという言葉に疑問に思われた方もいるやもしれませんが、場面の緊迫感や説明をわかりやすくするためにあえて出しています。ご了承ください。

この世界の蜻蛉型魔蟲はギチギチ鳴いてパチンコという子供のおもちゃがあるのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、星の評価を5にして応援して頂けると励みになります。
― 新着の感想 ―
[一言] 昆虫の「鳴く」は甲殻の特定の部位の擦り合わせて音が鳴ってることが多いし魔蟲化した結果そういう部分が生まれたとかでOKかと
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ