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ザマァの後の世界

国外追放とやらで犯罪者が送り込まれている国があることを知っているだろうか?

作者: 寒天

恋愛ジャンルのざまぁものがハッピーエンドを迎えた後の、主人公達が見向きもしない場所でのお話他国バージョン。

実際にはざまぁする側もされる側もやられるケースがありますけど、どっちにしても無関係の国からすると迷惑でしかないですよねってお話。

「国外追放とする!」


 この沙汰を知っているだろうか?

 海辺の隣国にてよく出される刑罰であり、その名の通り国から強制退去させるという罰だ。

 そんなことを言われるのは当然罪人であり、その罪の償いとして今まで生きてきた国から追い出されて裸一貫未知の世界に放り出される……と言えばそれなりに重い罪のようにも思える。


 しかし、しかしだ。もしこの世界が隣国以外人の住まう地が存在しない魔境であると言うのならば話は別であるが、生憎この世界は幾つもの国が存在し、それぞれ繁栄している人の世界である。

 罪人の国外追放と言っても向かう先は隣国から見た隣国……つまり我が国であり、一国が処理しきれない罪人をこっちに捨てているということに他ならないということだ。


「はぁ……それで? 妥当だと思う刑罰は?」

「磔獄門が妥当かと。……領主の婚約者暗殺未遂ともなれば、そのくらいはしなければ」


 私――司法関係の責任者として役目に就いているそこそこ偉い役人――は、ため息を吐いて配下の言葉に頷いた。

 私の職務は司法の責任者として、特に重い刑罰とされる死罪や罪人墓場――我が国で管理している死亡前提の強制労働所の通称――送りと各地の裁判所で下された判断に間違いが無いかを確認し、最終許可を出すことである。

 いわば、私の判子は罪人にとって最後の審判であり、私が判子をつけば罪人はその生涯を閉じることになる死神の鎌というわけだ。

 非常に重く、辛い役目であるが、同時に何らかの事情で本来そこまでする必要が無い軽犯罪者や濡れ衣を着せられただけの哀れな民を救う最後のチャンスとも言えるわけであり、決して手を抜くことはできないお役目であるとも言える。


 今回の罪状は、流れ着いた先の若く将来有望な領主の妻に収まろうと婚約者を暗殺し、自分がその後釜に座ろうとしたというとんでもないものだ。

 もちろん、その女の出身は我が国では無く、隣国である。隣国でも似たような罪を犯し、国外追放とか言う迷惑刑の末我が国に流れ着き、また同じようなことをやって捕まったというわけだ。

 我が国の法律では、国政に携わるものへの命に関わる危害を加えようとした場合は磔と決まっている。言葉を変えるなら公開処刑だな。

 その他、関所破りなど国に対して著しい被害を出すような行い……要するに国家反逆罪に該当すれば磔だ。

 領主の婚約者殺し未遂ともなれば、磔刑で問題は無い。各種証拠書類にも不備が無いことを確認し、私は最終許可を求める書類に判子を押す。

 一つの案件が終わればまた次の罪人のチェックに移る……のだが、その前に少し愚痴をこぼした。


「……ここのところ、外国人の重犯罪が増えたな」

「はい。全員例の『国外追放』を受けた者達ですね」

「まったく……かの国は何を考えているのだ?」


 ここのところの私の悩みは、重犯罪の発生件数がどんどん増えているということだ。

 もともと苛烈な刑罰というのは、犯罪の抑止のために行っている部分が大きい。あえて民衆に罪人の裁き――処刑を公開したり、過酷な労働を課される流刑地を用意したりというのも、そんな目に遭いたくなければ罪を犯すんじゃ無いぞという警告であるはずなのだ。

 しかし――国外追放者達にその理屈は通用しない。何せ、彼らは一度本来死罪になるような罪を犯し、結果事実上何のお咎めも無く自由を満喫しているのだから。


「国外追放といっても、兵に国境まで送られてはいさようならでは何の効果も無いだろうに」

「こっそり国に戻るもそのまま他国で生きるのも自由みたいなもんですからな。一応、国に戻って生活することはできないようになっている……とされていますが」

「居住の許可が下りないのだったな? そもそも一々許可を取る必要などないずぼらな管理の借家でも探せば解決するだろうが」

「短期間なら宿暮らしで問題ないですしな。国内に入る権利を剥奪されているわけですから国にバレれば不法入国ということになるでしょうが……」

「一度追放した罪人を一々追跡するような無駄な時間も人員もないだろう。そんなことをするくらいなら素直に自国内に投獄すれば良いのだし」

「いっそ焼き印でも押して区別できるようにすればいいと思うんですがね」

「……そんな工夫の一つも、何故か全く考えてくれないからな」


 重罪に対する国外追放……とは言っているが、実のところあってないような罪であるのが実情だ。

 一度追放されれば後は監視もないわけで、どこで何をしようともまずバレることは無い。一応主要都市には名前と似顔絵くらいは出回ることになるし、街の入り口や各種関所の検問などに引っかかれば厄介なことになるだろう。だが、きっちりとした国民の名簿を作っている訳もない以上、検査の実体はちょっと変装して名前を変えた架空の人物になればそれで解決するくらいのずぼら管理だ。明確な罪人という証拠が無いのならば怪しまれても少々の金を用意すればそれで抜けられるというのだから、何の意味があるのかと隣国の司法関係者を一度問いただしてやりたい。

 もっとも、そうやって何食わぬ顔で生まれ故郷に戻る者は可愛いものだ。根が生真面目なのかプライドの問題なのか戻ることは考えずに我が国に流れ着き、そして全く反省も後悔もしていないことがよくわかる犯罪行為に走る者が大半であるというのだから笑えない話である。


「いっそ追放刑を受けた者を問答不要で捕縛してやりたいが……」

「そんなことをすれば、こちらの正義が失われることになります」

「そうなんだよなぁ。一応、あいつら我が国ではまだ何もしていない善良な旅行者という扱いなんだよな……」


 私は再びため息を吐き、どうすればいいのかと頭を悩ませる。

 追放刑を受けた者達は罪人だ。だったら即逮捕してやれば良い……というわけにはいかないのが現実である。

 何故ならば、罪人とはあくまでも隣国で起こった出来事であり、隣国の法律によって裁かれた結果でしかないからだ。我が国ではまだ何もしてないのだから司法の力を発動させることはできないのである。

 素人は何を悠長なと思うかもしれないが、仮に他国での行いを基準に我が国の法を適応する……なんて法を定めれば、我が国の経済は深刻なダメージを受けることになるだろう。

 当たり前だが、法律とは国によって異なるものだ。流石に殺人や窃盗が合法という国は珍しいだろうが、それでも条件付きで認められるケースはある。それこそ、私が判子をついて死刑許可を出していることだって別の国では殺人罪に当たる行いということもあるのだから。

 また、国ごとに異なる風習というものもある。ある国では極当たり前の行いであっても別の国では許されざる犯罪である……なんてケースも十分に考えられるわけで、他国での行いを罪として考えてしまえば善良な外国人旅行者の悉くを捕縛しなければならなくなる恐れもある。そうなれば観光業の収入は激減し、最悪自国民が不当な拘束を受けたと戦争のきっかけになることも考えられるのだ。


 そんな事情で、ただ隣国で追放刑を受けたというだけでは捕縛することはできないのだ。

 いっそ「追放刑者は例外的に問答無用」という法を作る案が無いわけではないのだが……それも難しい。追放刑を受けた者のみを直接攻撃するようなことになれば、それは隣国の政策に真っ向から喧嘩を売るようなものになってしまうからな。

 それに、彼らは追放刑を受け終わった後……つまり隣国基準では罪に対する罰を既に受けているという扱いなので、そこから我々が何かするのは筋が通らないという問題もあるか……。


「しかし、それにしたって危険すぎる思想の持ち主や明らかに将来の不安になる技術を持った連中を野放しにするとは、本当に何を考えているのだろうな?」

「依存性の高い麻薬の生成技術を持つ貴族の身内、相手を死に至らしめる呪術を伝える一族、平等とワガママをはき違えた危険思想をばらまいた異端者……他にも沢山いますね」

「我が国の治安維持組織に無駄な仕事を大量に発生させて食い止めたから最悪は阻止できているが、あいつら自分達が報復されるとか考えないのか?」


 そもそも何故自国の犯罪者を他国に捨てて解決……という思考になるのかから理解できないが、そいつらの大半は本来国家反逆罪で一族郎党斬首となっていてもおかしくは無い重犯罪者だ。

 偶に「そんなことで?」と言いたくなるような軽罪――クラスメートの私物を隠した子供とか――も混じっているが、基本的には能力的にも思想的にも野放しにできない危険人物達である。

 そいつらの犯罪を暴き、今まで築いてきた基盤を破壊したのが隣国であり、当然恨みを買っていることだろう。実際、捕縛した犯罪追放者達の中には我が国で犯罪組織を作り、力を蓄えて隣国への報復を目論んでいた者も少なくは無い。

 それに、王家の不興を買った……あるいは逆らった大貴族の家系……下手すると何かやらかして廃嫡された王族なども平気で国外追放してくれやがるせいで、迷惑なことにその追放貴族を旗印にした反王勢力を我が国の中で作られたりもしている。

 犯罪組織はその力を蓄える過程で我が国に無視できない被害を出すし、無関係とはいえそれでも我が国の中で隣国の王権を潰そうなんて企てをされては国際問題にしかならないので仕方が無く対処しているが、本来これは全て隣国が行うべきことであったはずなのだ。


「我が国から抗議は当然行っているが、隣国は何と言っているか知っているか?」

「……国外追放は我が王の慈悲によるものであり、問題を起こしたとしても責任は王の慈悲を理解しない罪人共にある。故に、そちらで行われたことに我が国は一切責任を持たない、ですか?」

「そう。隣国の上層部は重罪人であろうが処刑しない慈悲深い支配者であるという宣伝を行うついでに我が国に負担をかけているというわけだ。実際犯罪者共は隣国の命令で犯罪を犯しているわけではない以上、向こうに都合良く解釈するのならば間違いでは無いのかもしれないがな」


 何でも、国外追放……という刑罰を行う真意は『慈悲』らしい。

 罪人とは言え多くの命を奪う無慈悲な王という称号は勘弁だが、投獄して長い時間管理する手間と金は惜しい。

 そこで、慈悲という名目で我が国に丸投げし、悪評と経費を押しつけてきている……というのが事の真相である。


 事実、最近我が国での死刑執行数が飛躍的に伸びていることから、治安の悪い国として徐々に悪評が広まっていると報告を受けている。


「いっそ国交を断絶し、追放者もそれ以外も立ち入り禁止にしてしまえば解決するのだが……」

「それはできないでしょう。隣国の海産物や輸入品は我が国には無くてはならないものです」

「そうだな。そっちは管轄外だが、やはり海を持っているのは強いな……」


 隣国は海を持つ国であり、我が国は海を持たない国だ。なので海産物や塩などの生活必需品を隣国からの輸入に頼っている面が多く、更に海運業による第三国からの輸入品を手に入れるのも隣国を経由する必要がある。

 それら全てを捨てることができるか……といえば、できないだろう。その弱みがあるから隣国の慈悲とか言う一方的な主張に強く反発することができず、ずるずるとこんな状況になっているのだ。

 結局、私を含めた司法関係者や治安維持組織がただひたすら増える仕事に対処し続けるしかない……という状況なのである。


「最悪、戦争になるかもな」

「我が国と隣国で……ですか? 考えたくない未来ですね。少なくない被害が出るのは間違いないでしょうし、勝利したとしても侵略者の汚名は免れないでしょう」


 迷惑極まりない上に将来的なリスクも考えていない『国外追放』という頭のおかしい沙汰を出している隣国だが、国力は低くは無い……どころか極めて高い。豊かな土壌と恵みをもたらす海を有し、更に世界最高峰と讃えられる造船技術を背景にした財力、軍事力は決して侮れるものではないのだ。

 今のようなとち狂った政策を始めたのは最近即位した新王政権からであり、最近はもろもろの資産を減らしているという報告を受けてはいるが、それでも先代からの貯金が十分に残っているのだ。

 我が国の軍事力も陸軍においては決して劣るものでは無いが、圧倒できるようなものでなく、大義名分が追放されてきた犯罪者のせいで治安が悪化しているから……何て言っても周辺諸国は認めないだろう。確実に豊かな土地と海を目当てにした侵略戦争だと判断し、場合によっては隣国に加勢するかもしれない。


「まあ、正当性を主張するだけならそれこそ追放されてきた元王族辺りを使ってやればいいだけなんだがな。……実際に戦った際の被害を考えると現実的では無いが」


 考えなしに王家の青い血を他国に捨てるなんて真似をする以上、大義名分を作るだけなら結構簡単である。旗印さえ用意できれば後は適当な理由をつけて傀儡にした追放王族を正当な支配者と主張すればいいのだから。

 その侵略のリスクすら無視して頑なに追放刑を実行する隣国が何を考えているのかは不安だが、とりあえず一介の役人としては戦争反対なのでこの考えはどこかに捨てておくとしよう。

 それに、どんな大義名分を用意しても、結局余所の国が難癖を付けてくるのは間違いないだろうから。それだけ隣国の物資は我が国を含む周辺諸国にとって重要なもの……ということだ。


「はぁ。いっそ周辺諸国が隣国が悪いと認めてくれれば話は簡単なのだがな」

「そうなれば、戦争をするまでもないですからな。連盟で抗議文を送れば流石に無視することはできないでしょうし」

「そもそも隣国が自分のところの犯罪者を自分で処理すれば良いだけの話なんだからな。……というか、最近じゃ隣国で凶悪犯罪をやっても追放という名の無罪判決が出るからと、治安は悪化しているらしいじゃないか。隣国にとっても歓迎できる話では無いはずだから、何かきっかけがあれば国外追放とやらも止めると思うんだがな」


 複数の国を股にかけるような犯罪組織からすれば、隣国からの国外追放など痛くもかゆくも無い。活動拠点は他にいくらでもあり、追放の後戻ることだって簡単となればノーリスクハイリターンの稼ぎ場に早変わりなのだから。

 むしろ、最近では中途半端な罪で捕まって投獄されるリスクを避けるため、あえて不必要に犯罪の規模を大きくしている者までいるという有様らしいのだ。

 そんな、自国の治安を悪化させてまで我が国に犯罪者を押しつけて裁かせるメリットがそう大きいとも思えない。ただ、新たな王が即位してすぐにその慈悲が過ちであったなどと認めることはできない……というのが隣国の本音なのだろう。


「少なくとも、隣国の信用は現時点でかなり下がってますけどね。ただ、周辺諸国からすれば自分達には被害が無い状況で隣国の機嫌を損ねて物資を絞られるのもいやだと静観している……という状況ですので」


 部下の言葉に私は眉間の皺を濃くする。

 隣国と我が国の立地の関係上、追放刑を受けた者は引き返す者以外ほぼ100%我が国に来る。

 他の国に直接向かうには地理的に難しいポイントが多々あり、不可能とは言わないがよほどの訳がない限り我が国を経由することになるのだ。

 そして、自画自賛のようだが、それなり以上に発展している我が国から更に出ていく理由は無い。欲しいものがあるなら大抵我が国で集められるので、悪党共は我が国に根を張ってしまうのである。

 そんなわけで、追放刑の被害を被るのはほぼ我が国のみという状況になっているわけだ。


「現状、頑張るしか無いわけだな」

「ですね。我々にできることは目の前の仕事を片付けることだけです」


 諦めたように笑い、私達は書類をチェックして判子を押す作業に戻っていくのであった。






 ――そんな乾いた妥協が許されなくなるまで、それからさほど時間を必要とはしなかったが。


「……なんで増えるんだ?」


 日々罪人の罪刑を判断する日常は、更に異常さを増していた。

 増えているのだ。外国人重犯罪者が。もう、隣国から追放された連中だけでは説明がつかないほどに。


 私の絶望的な疑問の言葉に対し、部下達が言いづらそうに説明をしてくれた。


「その……例の追放刑を、隣国以外の国もやり始めたようです」

「は? なんでだ? 何の得があって?」


 自国の罪人に対する追放刑など、長い目で見れば他国の恨みを買い自国の治安を悪化させる愚策だ。

 それを模倣するような真似をするメリットは何もないと感じられたのだが、部下達はまたもや言いづらそうに答えを口にした。


「……隣国へ媚びを売るためです」

「媚びを……売る?」

「はい。隣国の新王と思いを等しくする、というアピールであり、同士なのだから色々と融通してくれと言いたいようで……」

「……んな馬鹿な」

「ついでに我が国の国力を落としたいという策謀もあると思われます。追放された罪人連中がどこに向かうかを考えれば、隣国と唯一同格の国力を持つ我が国へ向かうのが自然でしょうから」


 要するに、外交的な戦略の一環で、我が国が更に迷惑を受けているということであった。

 流石に隣国以外の国はただのアピールであるということもあり、王族所縁の者を放逐するようなことはしていないようだが、我が国にダメージを与えられそうな犯罪者をどんどんこっちに送り込んでいるらしい。皆でやれば怖くないと言わんばかりに、それはもうお互いが協力して派手にやってるようだった。


「流石にもう、それは放置できんだろう……陛下はどのようにお考えなのだろうか」

「もう戦を……というわけにも行きませんからね。非公式的なものでありますが、連合軍を相手にするようなものですので」

「となると外交で何とかするしかないわけか」

「しかし、属国でもない限り刑罰の方法など各国が自分で決める権限を持つのが当たり前で、そこに注文を付けるのは内政干渉の誹りを受けてしまいます。どうにかなるのでしょうか……?」

「うぬぅ……」


 部下の不安そうな言葉に、門外漢の私であっても苦しいうなり声を出すくらいしかできなかった。

 追放刑が実行されても自分達に被害が無いことをいいことに、好き勝ってやられている状況を打破する手立て、か……。


「……いっそ、被害を出してやったら上手く行くんじゃないか?」

「被害って、追放者を余所の国に送るんですか? 我々に名目上は一般の旅行者の行動を制限する権利なんてないですよ」

「そんなに真面目に答えないでくれ。ちょっとした冗談だって……ん?」


 鬱屈した空気を吹き飛ばすための些細なジョークだと首を振ったとき、私の脳裏に何か光が見えた。

 そう……とにかく、隣国としても重犯罪者の国外追放なんて長期的な目で見れば得することが無い愚策なのだが、新王自らが打ち出した政策なだけに簡単には引っ込められなくなっている。

 自力でその問題を解決するまでこちらとしては耐えるしか無い……という状況が更に悪化し、便乗勢力まで出て来たこの苦境を打破するためには、我が国だけでは無く他の国も巻き込んで正式に条約でも結ぶしか無い。

 しかし被害の大半は我が国に向かい、そこで全ての被害を止めているから、他国からすれば対岸の火事であり積極的に問題解決に乗ってくる国はない。それどころか、放っておけば厄介な敵を弱らせられるとニヤニヤしてることだろう。

 ならば、対岸の火事ではないと示せれば良い。自分達は安全なのだというまやかしを打ち砕いてやれば良いのだ。


「……一考の余地があるかもしれん」

「どうしたのです?」

「いや、一つ妙案……というか珍案を思いついてな? 私一人の裁量でやることはできないが、提案を纏めて陛下へ提出してみようかと思ってな」

「はあ? それは……まあいいんじゃないですか?」


 私が個人の思いつきで変なことをしようとしていると言うのならば部下として止めるだろうが、ちゃんと上に筋道通して提案するだけならば当然の権利であり、何なら仕事の一部であると言える。

 一応司法関係のトップである私の上などほとんどおらず、その相手は国王陛下その人になるわけだが……陛下の相談役(ブレイン)達が私の提案を吟味すれば、もし不味いことがあっても止めてくれるだろう。

 その信頼があるからと、私はそうそうにこの思いつきを書類に纏めることを決めたのだった。



 ――数ヶ月後。


「……国外追放を、国際法で禁止するだと?」


 各国の王が集まる国際会議(サミット)の場にて提案された議題に、隣国の王は泡を食ったような顔になっていた。

 今回我が国から提出する議題……罪人の国外追放禁止条約の最初のひな形を提出した人間として、そして刑罰に関する議題であるからと我が国の陛下のお供として後ろに控えることになった私は、表情には出さないまましてやったりと気分を良くする。


「如何に罪人とは言え、命を奪うような、長い時間苦しめるような非道は我が王道に相応しくない。その慈悲を具現化したのが国外追放刑である。これに賛同する国も多く存在するというのに、なぜ我が慈悲をこの場で否定されねばならないのだ?」


 私は不機嫌だとアピールするように反論を述べているのは、隣国の王。噂どおりの若造であり、自分の言葉がこの場でどのように思われるのか全く理解していないとしか思えないほど自信に満ちた顔つきをしている。

 その自信に満ちた表情は王に相応しいカリスマ……と思われてきたのかもしれないが、生憎彼の配下ではない身分の者としてみれば自信満々に何阿呆なこと言ってんだとしか思わんな。


「貴殿の国を含む国々から追放された罪人共が、各国で更なる犯罪を重ね国益を害しているのだ。そのようなことがないよう、自国の罪人は自国で裁くことを条約として定めたい」

「私は断固反対する! そもそも、それは貴国の都合であろうが!」


 陛下の言葉に「俺が痛くないならば何も問題は無い」なんて態度を取る隣国の王だが……その傲慢さは強さなのだろう。

 少なくとも、隣国が生み出す数々の利益を求めている周辺諸国を飲み込むには十分なものだ。条約の締結と言えば聞こえは良いが、言い方を変えれば他国の法律に口を出す……内政干渉と言われれば否定はできないことなので、味方を増やせばはね除けることは十分に可能だ。

 事実、こうなると思っていたから今まで文句をつけることはできなかったのである。隣国と同じことを始めた国はもちろん、無関係面ができる他の国も自分達には関係ないのならば隣国の味方をするだろうから。

 しかし――


「我が国は新たな条約に賛成する」

「我が国も同意する」

「こちらもだ」


 次々と、条約締結に賛同する諸国の王達。中には国外追放便乗国も含まれており、暗い表情で賛成に票を投じている。

 それは流石に予想外であったのか、隣国の王は目を見開いた。


「な、何故……」


 我が国と隣国の争いとなった場合、海を征する隣国に味方する方が旨みが強いと誰もが思っていた。

 当然隣国もそう思っていたので、何故自分に媚びないと初めて焦りを見せたのだ。


「過半数をもちまして、自国民の犯罪者に対する国外追放刑を国際法違反とする条約を可決します」


 この流れは止まらずに、そのまま我が国から提案した条約は無事締結となった。

 もちろん外国人犯罪者の強制退去命令などとはまた話が別であり、その辺の数々の例外項目や懸念点などは我が国の優秀なブレイン達が入念に検討している。

 細かい調整や変更はこの後の会議であるかもしれないが、もうこれで隣国から野放しにしておくには危険過ぎる悪党が捨てられると言うことはなくなるだろう。


 その達成感に、私はほっと小さく息をついたのだった。


「な……何故だ? 何故こんな……?」


 一人反対していた隣国の王は、憤懣やるかたないといった様子で拳を握りしめている。

 ……てっきり、やった後で不味いことをしたと引っ込めたがっているのだろうなと思っていたのだが、あの様子では本気で国外追放を止めるつもりは無かったようだ。

 あの若造王は、本気で国外追放刑を善政だと思っていたのだろうか? 我が国での被害はもちろん、自分の国の治安まで悪化させた愚策であったと嫌でもわかるだろうに……まさかそれすらわかっていないのか?

 私の予想では、『遺憾である』と表面上のアピールだけはしておきつつも素直に受け入れ失策を止めるチャンスにする。その上で自国民には『他国の王が非道だから仕方が無く引っ込める』とでも言っておけばイメージダウンも最小限に抑えられるとほくそ笑むと思っていたのだがな。

 もしあれが演技であるとするならば大した役者だが、あそこまで悔しがる素振りを見せる理由は無いはずなので、本物の馬鹿ということなのかもしれない。


(これは、隣国との付き合いも考えていかねばならないかもしれないな)


 外交は専門外である私が考えるべき事では無いが、あの新王の態度を見て付き合い方を変える国は多いだろう。

 どんなに豊かで恵みに満ちた大国も、頭がグズでは滅びるのも時間の問題だ。

 王が愚かであると結論されれば最後、諸国から良いカモだとむしり取られるようになるのは間違いなく、その包囲網の中には間違いなく我が国も含まれることだろう。


「何故、私の慈悲を理解しないのだ……! 私はあの子を悲しませたくないだけなのに……!」


 自分の考えこそが絶対的に正しいと信じている、世間知らずの裸の王様。今日一日で彼が得た評価はきっとそんなところだろう。

 しかし……あの子、とは誰のことだろうか?

 ……下らない、取るに足らない噂として切り捨てていた情報の一つに、新王が王太子だった兄を退け即位する直前に婚約したとある貴族の娘が『殺してしまうのは可哀想だと思います』と言ったのが追放刑の始まりであったなんてものがあったが……まさか、そんなお花畑な話が真実であったとかいわないよな?

 なお、その元王太子は何でも『幼少よりの婚約者を無実の罪で嵌め、他の女を婚約者にしようとし、それを王子時代の新王に暴かれた』という経緯できっちり追放刑を受けている。その濡れ衣を着せられそうになった婚約者というのがこの新王の新たな婚約者ということだが……愛する女を侮辱した男を国内に留めておきたくはないが、しかし血の繋がった身内の血を浴びるのも嫌だとしたのが追放刑の始まりだったという下らない噂話だ。

 ……蛇足だが、追放された元王太子は我が国にもコネを持っているわかりやすく野心に燃える貴族連中に神輿にされており、迷惑なことに我が国の内部で武装勢力を作っていたので相応の犠牲を払い討伐している。


(にしても、何故……ね。その答えくらい、事前に調べておくべきだったと思うがね)


 下らない妄想をかき消し、現実として苦しむ姿を見せてくれる……今まで散々私の胃を痛めつけた主犯である隣国の王の屈辱の表情に胸の空く思いを感じつつ、私が思いつきで出した提案書のことを思いニヤニヤとした笑みを浮かべないよう、苦労して表情を固定した。


(その答えは簡単だよ。ようは、他の国を巻き込めば良いのだからな)


 私の思いつきとは、別に難しいことでも画期的な妙案では無い。

 ただ、隣国を真似ただけだ。もちろん我が国の犯罪者を他国に押しつけるような真似はしないが、隣国と便乗国から流れてきた追放犯罪者達に更に追放刑を喰らわせた、という意味だが。


 要するに、隣国でも我が国でも罪を犯した筋金入りの悪党を、更に他の国に流してやったのである。善良な旅行者に対して何かを強制する権限は無いが、捕縛した犯罪者を裁く権利はあるからな。

 二度やっても事実上裁かれないのならばと、更に調子に乗って罪を犯すことはもはや明白であると理解した上で、便乗していた国や隣国へ連盟で抗議することを断った国へ送り込んでやったわけだ。

 大義名分として『他国が慈悲を持って命を奪わなかった者を殺すのは忍びない』と隣国の慈悲とやらに全力で乗っかり、全責任を隣国へ押しつける形で。

 そうなれば、我が国から更に押しつけられた諸国ももはや他人事では無くなり、内心苛立ちは感じているだろうが共に被害者として共同戦線を張ることになったというわけである。


 同じ穴の狢に落ちたのか……と思うものもいるかもしれないが、周囲を巻き込むにはこれが一番被害が少ない方法なのだ。そもそもやったのは向こうが最初なのだから文句を言われるのも筋違いだろう。

 むろん、大量殺人者などと言った野放しにするのは余りにも危険な超危険人物は変らず我が国で処刑していたし、十分配慮したと思っている。

 ……まあ、協力しないならその手の危険人物も送り込む(追放)するぞと匂わせたのは事実だが。


「我が女神の慈悲を理解しない愚か者共が……!」


 ……恵まれた国でチヤホヤされて育つと、あんな風になるのだろうか?

 人生で初めて否定されたんじゃないかってくらいに怒り狂う隣国の王へ、最後に私から一言心の中で送らせていただくとしようか。


 隣国の国王陛下よ、アナタはこの地に幾つ――


『国外追放とやらで犯罪者が送り込まれている国があることを知っているだろうか?』

他国民が罪を犯したときに国から追い出す『国外退去』『強制送還』ならいいでしょう。

しかし自国の罪人を属国でもない他国に『国外追放』するって……宣戦布告かなにか?

流刑地へ送り込む(所謂島送り、投獄と似たようなもん)ってことならわかるんですけど、普通に歩いてどこにでも行けるような温い追放をされた人間が他国に入って暢気にパフェ食ったり王子様に見初められたりできるくらい自由なんだったら、『追放』という名の野放しになったクズ達が何をやらかすのかは想像したくもない……。


※宣伝

同作者が現在連載中の長編ファンタジー

『魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう』


もよければ下のリンクよりどうぞ。

類似コンセプトの話もあるのでシリーズより見に来てください。


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[良い点] で す よ ね ー。 国外追放モノでモヤったので検索して、この作品に辿り着きました。 何はともあれ、王族を追放するなと言いたい。
[一言] 難民の放流兵器(ハイブリッド攻撃)より攻撃的な実質調略だよねえ 罰したくないけど罰さなきゃいけないという意味での形式的罰とかもあるだろうけど、ここの例はもう完全に攻撃なんだよなあ……
[一言] この王様の国にしこたま追放者を送り込めば、すぐに手のひらクルックルして処刑したんじゃなかろうか笑
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