友有り、遠方より来たる~別に遠方じゃないけどな~
友有り、遠方より来たる、という言葉がある。
志を同じくする仲間がいる楽しみをあらわす言葉、らしい。
ひょっとしたら、そういう言葉はこの日のためにあるのかもしれない。
なんてことを考えながら、ウキウキ気分で自宅を掃除する俺。
真中聡、35歳。職業、研究者兼プログラマー。
研究者兼ってところがたぶん変わってるけど、事実なので仕方ない。
まあ俺の仕事はどうでもいいことで、今日は昔からの親友2人が訪ねてくるのだ。
親友の1人である森里孝弘のお子さん2人も一緒だ。
元々は、俺と嫁の久美、森里とゆみちゃんの4人の予定だった。9月の末頃に、「もうちょいしたら紅葉狩りしようぜ」と2人を誘ったら、看護師であるゆみちゃんが、10月31日のハロウィンしか休みがとれないらしく、一発でその日に決まった。看護師という職業は激務でいつも大変だとよく思う。
ちなみに、ゆみちゃんの本名は植山由美。30代半ばで「ちゃん」付けもなかろうと思うのだが、実は最近まで名字呼びだった。この機会に親睦をさらに深めようと「名前で呼んでええかね?」とLINEで尋ねてみたのだ。
さすがにこれには「サトシ、一体なにいうとんの?」というツッコミが返って来るのではないかと思ったのだが、予想外にも「ええよ。なんて呼びたいん?」という返事が返ってきたときは内心絶句していた。そういえば、彼女は気遣いが細かいところがあるのに、妙に天然な部分があるのをすっかり忘れていた。
ともあれ、「ゆみ、ゆみちゃんとか?」などと提案してみたところ、「じゃあ、ゆみちゃんで」というノリに。それ以来彼女の事は「ゆみちゃん」と呼んでいるが、特に照れた様子も不機嫌そうな様子もなく、ごく自然に受け入れているように見えて、長年の付き合いでもまだまだわからないことがあるのだと実感する。
「聡さん、なんか朝から嬉しそうだよね」
「いやあ。この機会に、手間のかかる子、みたいな評価を変えてやれるかと思うと」
なんて言っていると、嫁が生暖かい目線を送ってきた。
「なんか言いたそうだけど?」
「ううん。ちょっと妬けちゃうなってだけ」
「……」
妬けちゃう、の相手がだれかというとそれはもう紛れもなくゆみちゃんだろう。別に不倫とかそういう話ではないにせよ、小学校から今まで交流が続いていて、ここまで親密な関係が続いているのは世間ではまず見ないらしい。
「ああ、まあ。ごめん。歳がらもなくはしゃいじゃって」
「いいよ。3人がそういう関係なのはわかってて結婚したんだし」
「理解してくれて本当に助かるよ」
親友の1人である森里と出会ったのは、たぶん幼稚園の年長組だ。
たぶん、というのは、幼いころだし、別にフィクションのようなドラマがあったわけでもなく、なんとなく馬が合ったからだ。お隣さんではないけど、徒歩2分くらいの高級マンションに住んでいて、「白いマンションに住んでいる子」という認識だった。
ただ、小学校の1年以降、俺の住んでいた団地の門があるところで、よく2人で漫画やゲーム、政治、経済など色々なお題について色々語り合ったことを覚えている。
今思うに、俺たちはかなりませていて「同年代より高レベルな話題を語り合える」という関係に酔っていたのではないかと思う。中2病ならぬ小2病とでもいおうか。
もう一人であるゆみちゃんについては、けっこう記憶があいまいだ。なんか一緒に鬼ごっこをしたり、アスレチックで遊んだ記憶とかはあるのだけど、2人だけの思い出は意外に少ない。ただ、どこのマンションかは覚えていて、「茶色いマンションの子」という認識が昔からあった。なんだけど、小学校の卒業で別れて、成人式で再会して以降、妙に馬があって、やっぱり仲良くやっている。
「じゃあ、そろそろ家を出よっか」
「ああ。でも、久美ちゃんは着物似合うよね」
「聡さんはそういう誉め言葉を真顔で言うのやめて欲しい」
「と言っても、別に照れることでもないし」
嫁の久美と出会ったきっかけは何のことはない。マッチングアプリというやつだ。30を超えて、やっぱり色々寂しく思っていたところで始めたとあるマッチングアプリで出会った相手だ。メッセージを交換して、1度通話してなんとなく合うなと感じて、2度通話して、盛り上がって、じゃあ会いましょうとなった。そして、1度会って即交際を申し込んで、即受け入れてもらった。
しかし、驚くべきことに、久美ちゃんは交際経験がなかったのだ。まさか中学生でもあるまいに、手を繋ぐのに赤面する30代が居ようとは、と衝撃を受けたのを覚えている。この世には不思議が満ちている。ともあれ、交際経験がなかったせいか、年齢に似合わずやたら純朴な彼女とはとても気が合い(妙な駆け引きをしないで良い的な意味で)、交際半年で結婚を決意した。周りには、「はやっ」と驚かれたものだ。
当時は2人で東京に住んでいたのだが、コロナ禍で会社は全面テレワーク。それなら家賃が高い東京に住まなくていいよね、と上司に第二の故郷である京都に移住していいですかと聞いたらすんなり通った。ほかにも、北海道とか茨城などの地方に移住した社員がいるくらいだ。
「いやー、でも、晴れて良かったよね」
久美ちゃんと手を繋ぎながらなんとなくつぶやく。
「うん。昨日は雨だったから、ほんとに良かった」
こういう風にのんびりと日向の中を二人で歩くのは気持ちがよくて、久美ちゃんもどこか嬉しそうだ。
自宅から10分ほど歩いたところにある阪急大宮駅が今日の第1会場だ。紅葉狩りの前に、せっかくなら湯葉懐石いいよね、とゆみちゃんが言い出したのだ。
「なんで幹事が遅刻しとんの?」
ちょっと家を出るのが遅れて5分遅刻してしまったのだ。
まあ、本気で怒ってはいないのだけど、ゆみちゃんは時間厳守が染みついているので、白い目で見てくる。なお、俺は時間にルーズな方だ。
「悪い……」
「聡さんがこんなんですいません」
なんて言いつつも席につくと、もう一人の親友である森里の姿がないことに気が付く。
「ありゃ?森里は?」
「さっきラインでウォーキングしとるとか書いとったけど」
「あいつ。子ども2人連れて来るんは大変かもしれんけど……」
ゆみちゃんと目を見合わせて、奴はしゃあないなと微笑みあう。
久美ちゃんの方を見ると、何やらニマニマとこちらを観察している。
「とりあえず、先に乾杯しようぜ」
「そやね」
あいつがいい加減なのは今に始まったことじゃない。どうせ、かけらも気にしてないのだし、気を遣うだけ無駄。
というわけで、乾杯をして10分後にようやく森里が到着。
「いやー、すまんなー」
「ええから、なんか頼め」
メニューを押し付けると、即決で
「じゃあ、生中で」
と一言。こいつは基本的にビール好きなのだ。
「おっちゃん、だれ?」
「さとしちゃんやったと思うけど」
森里のお子さん2人が元気に騒ぎ出す。
片方は小2、片方は幼稚園年長組だが、顔つきも似ていて区別がつきにくい。
「このおっちゃんはな。さとし、いうんよ。前に会ったの覚えとらん?」
森里の「おっちゃん」という言葉に自分の年齢を自覚させられてしまう。
いやまあ、おっちゃんには違いないけど、心まで老いたくはないのだ。
「あー、ゆみちゃんやー」
「ゆみちゃん、おひさしぶりー」
なんなんだろうね。この落差。
小さい子にとっては、母親と同じ性別の方が色々親しみが湧くのだろうか。
しかし、懐石だというのに2人が騒がしいのは少し困る。
「あのなー、ここは静かにせんとあかんぞー?」
森里が言い聞かせようとするも、やっぱりやかましい。
しかし、
「静かにせんとあかんよー」
ゆみちゃんが言い聞かせると一発である。
22で母親になったゆみちゃんはさすがに母親の貫禄がある。
ようやく子どもたちが静かになったので、湯葉をばくばくと食べながら、
「ゆみちゃんは今日はJR?」
「うん?阪急よ」
「森里はJRよな」
「そうやな」
ゆみちゃんは大阪市天王寺区住まい。森里は兵庫県明石市住まい。
元々、皆大阪市内で育ったのだが、今は京都、大阪、兵庫と微妙にばらけている。
それより前は俺が東京だったので、もっと離れていたものだが。
「しっかし、俺らも歳食ったもんやねー」
しみじみとつぶやいてみれば、
「そりゃ、こいつがおばはん……いやすいません」
「もうそれも芸風やな、森里」
「ウチは芸風にした覚えはないんやけど?」
森里は昔から、ゆみちゃんが微妙に気にしている事をからかってはこうやって漫才をするのがもはや芸風と化している。懐石料理屋では止めた方がいいのではと思ったが、口に出さないでおいた。
◇◇◇◇
ともあれ、近況を語り合いながら、わいわいと懐石を楽しみ、紅葉狩りのために二条城へ。大宮駅からは徒歩20~30分程度だ。一応、世界遺産でもある。
あらかじめWebでチケットを買っておいたので、サクッと受付で見せて入場。どうだ。2人の反応を観察する。
無言だったが、「え?あいつが?」みたいな感じの視線だった気がするので、たぶん成功だったのだろう。スマートにおもてなし作戦第一段階成功。
こういう時に、一番律義なゆみちゃんは「えーと、チケット代は……」と言い出すのが常なのだが、そもそもそれすら忘れている辺り、よほど手際の良さが意外だったのだろうか。
「でも、ちょい季節早かったかもなー」
少し木々が色づき始めているが、紅葉の本番には遠い。
「まあ気にせんでええやろ」
「そうそう」
紅葉狩りという名目は忘れて、二条城を散策しつつ、やっぱり近況を語り合う。
「そういえば、ゆみちゃん、最近バイト始めた言うとったよね」
先日、ラインで2人で話していた時の事。看護師の仕事だけでも忙しかろうと思うのに、なんと隙間時間でバイトまで始めたというのだ。よっぽどお金に困っているのかと思えばそうでもないようで、どうにも隙間時間を何かで埋めないと落ち着かないらしい。
「ん-。まあねえ」
「植山はなんで微妙な顔しとんねん?」
森里が口をはさむ。確かに。
「ん-。バイトは忙しくはないんよ。ただなあ……仕事は爺婆の話し相手するだけだから、暇ですよ。とか雇い主に言われたな。確かに暇なんやけど……ムカつく」
彼女は仕事に関しては真面目なので、雇い主が楽な仕事だの、あるいは客を見下しているのがムカつくんだろう。
「あー、わかるわかる。仕事舐めるなよって感じなー」
「それなー」
2人して同意する。こういうところは気が合う原因かもしれない。
「植山さんも大変なんだね」
「まあなあ。苦労性やから」
小声で嫁の久美ちゃんと話し合う。
仕事の愚痴を聞いたり、なんだかんだ言って景色に見ほれたりしつつ、適当なところで切り上げて、いよいよ我が家へGOという時間に。
時計を見ると、ざっと14時。
2人が夕方頃帰るとして2時間くらい滞在といったところか。
というわけで、我が家に到着したのだけど。
ゆみちゃんは、なんだか仰天していた。
「はー。メガマンションやなー」
「そういえば、ゆみちゃんはここ来るの初めてやったね」
「そうそう。こいつのおとん、地裁の裁判長やったわけやけど。どんだけお金持っとったんやろな」
森里は俺の父とは多少面識があって、裁判官をやっていたことも知っている。
頭の中で、マンションの金額と、父の年収でも計算しているんだろう。
昔から、そういう商売人気質なところがあるやつだった。
そもそも、こいつのところもホテル経営してたわけだし。
「まあ。裁判官自体が年功序列やし、退職金はめっちゃもらったんやないかなあ」
なお、うちの父は再婚した母と今は大阪に移り住んでいる。
兄と弟も関東に定住したので、我が家は実家なのに誰もいなくて俺と嫁が占有していたりする。4LDKを2人でというのもなかなか贅沢だ。
「お義父さんは……凄い人だと思いますよ、うん」
「親父の能力は認めるけど、いいとこ探しせんでええんよ」
父は職種故か多少どころじゃなく厳格な部分があって、嫁はそれを多少苦手にしている。いや、その割にローンをとっくに支払い終えたマンションを放置して、しかも息子夫婦が住む事に特に難色を示さない辺り、色々無頓着なのが息子の俺にはわかるのだが。
「ともあれ、ようこそ。我が家へ!」
ちょっと気取って言ってみる。
が、無反応で「お邪魔しまーす」「お邪魔しまーす」というごく普通の言葉。
ウケを取るつもりが無反応だった時ほど悲しいことはない。
「おー。片付いとる」
「サトシー。綺麗やないかー!」
2人して感動している。
ゆみちゃんも状況を知っているのは、ここに引っ越したばかりの部屋の惨状を写真で送ったことがあるせいだ。
「ふっふーん。俺もやればできる子ってことよ。どうよ?」
もちろん、嫁が色々片付けてくれたおかげもあるのだけど、物置と化していた部屋を片付けるのは俺自身もかなり苦労したものだ。
「どうせ久美ちゃんのおかげやろ?」
「そうそう」
やっぱりそういう反応が返って来るのね。
いや、ゆみちゃんの方は案外そうとは思ってなさそうな目だけど。
「実際問題、どんくらいサトシのおかげなん?」
小声でゆみちゃんに聞かれる。
「5:5くらい」
いや、実は3:7で嫁のおかげかもしれない。
「ふーん。成長したんやね」
何か生暖かい視線で見られている気がする。
成功したはずなのに、どうにも釈然としない。
こいつはやっぱり俺の事を歳の離れた弟か何かだと思っているんじゃなかろうか。
いや、はっきり聞いたことはないのだけど。
「とりあえず、座れ座れー」
お子さんはソファーに座ってもらって、俺たちはダイニングに着席。
「ほい。森里はビール。で……」
ゆみちゃんのためのとっておきを出す。
「ちょっと高級な日本酒買って来たわけよ」
「飲みたいー」
ゆみちゃんは日本酒に目がない。
グラスに日本酒を注ぐと、あっという間に飲み干して
「うっまー。これ、めっちゃ飲みやすいやん!」
やけに興奮気味である。
「そりゃまあ……色々探したもんやし」
横では森里が淡々とビールを飲んでは、
「もう一杯!」というので、冷蔵庫からビールを出してドンと置いてやる。
ゆみちゃんは酒豪だがあまり悪酔いしないが、こいつはだいたい酒癖が悪い。
妙な絡み方をし出すだろうなと思いつつも、放置する。
今朝方スーパーで買っておいたお刺身や塩辛など、酒のつまみもどんどん出す。
「サトシ、今日はめっちゃ用意がいいやん。どうしたん?」
「そうそう」
やはり内心不思議に思っていたらしい。
「俺は元々おもてなし大好きなんやで?知らんかったん?」
ちょっとふざけてみる。
横では、やっぱり久美ちゃんがなんだか微笑んで皆を観察している。
輪の中でがんがん話すよりも、こうして耳を傾けることが好きな嫁の事だ。
色々考えているんだろう。
「まー、サトシも成長したもんやねー。良い子良い子」
しかも、ゆみちゃんはといえば俺の頭をなでようとしてくる。
「その扱いやめて欲しいんやけどな」
「サトシはもうあきらめなされ」
酔いだした森里が絡んでくる。
「もういいや。とにかく、飲め飲め!」
「じゃあ、もう一杯!」
「ビール頼む!」
とがんがんお酒を頼みだすので、次々と注いでいく。
で、約2時間後。
「うーん……」
いつの間にかソファーの横に頭を預けて寝ているゆみちゃんの姿が。
しかし、看護師は年齢の割に容姿が若く見える人が多いけど、ゆみちゃんもそういうタイプだよな。微妙に童顔というか。
とりあえず、掛け布団を持ってきて、かけてやると、何やら森里のお子さんたちが彼女の顔面全体を布で覆ったりして遊びだした。この年頃の子どもなんて、そういうものかもしれない。
「あのな。このおばちゃんはな。疲れとるねん。やから「しー」な」
一応、言い聞かせてみる。
「なんか動画みたいのあるか?YouTubeもAmazon Primeも見れるで?」
最近の子ども世代というのは動画に慣れている。
だから、動画で釣ろうと思ったわけだが、
「じゃあ、クレヨンしんちゃんー」
「見たいー」
「おっけー」
クレヨンしんちゃんとはまた懐かしいタイトルを。
今の世代の子どもも見ているのだろうか。
1話から再生すると、黙って視聴を始める2人。
「でも、なんだかんだでちゃんとわかるんやね」
「いい子だよね」
と嫁と二人で話す。
わがまま放題かと思えば、「疲れているから」そっとしてあげて、というのはちゃんとわかるんだなと。そういえば、昔の俺たちはどうだっただろうか。
「しかしなあ。ゆみちゃんもお疲れよなあ」
席に戻って、もう1人の親友と語り合う。
ここからは男同士の時間だ。いや、嫁も見てるけど。
「まあなあ。でも、そういう仕事のおかげで回ってる面もあるんやで?」
「俺もこの歳やしな。わかっとるよ」
苦労話をしたがらないけど、本当に大変なことは嫌というほどわかっている。
だから、少しでも気が休まれば、そう思うのだけど。
「ところで、なんで「ゆみちゃん」になっとんねん」
「まあ……この機会により親睦を深めようと」
「お前なあ……まあええけど」
何か言いたそうだったけど、あきらめたようだった。
「ところで久美ちゃん。ほんとにこいつで良かったんか?」
またこいつはウザい絡み方を。
彼女と婚約するときは、待っ先にこいつらに報告したくらいだ。
時には心配になるのだろう。
こいつはこいつで俺の事をどう思っているのやら。
「いや、良かったとか……」
「サトシには聞いとらん!」
こいつは酔うとこれだ。まあ、今更反発するようなら親友やってない。
スルー、スルー。
「不器用なところもありますけど。色々わかってくれますから」
なんとも心憎いことを言ってくれる。
「もう、なんちゅうかラブラブやなー。それに引き換え、うちの嫁と来たら……」
「まあ、お前が嫁さんのことで苦労しとるのはわかっとるよ」
片付けが苦手で家がすぐごみ屋敷になるだとか。
知らぬ間にガチャで3万円が消えていたとか。
前からよく愚痴っていた。正直、よく続くなあと感心する。
「でも、なんだかんだで俺はなあ。嫁の事愛しとんねん!」
「あー、はいはい」
こいつも、色々複雑なんだろう。愛してるのは確かでも、
そりゃ色々苦労させられるのが嬉しいわけでもないし。
しかし、添い遂げるとこいつは決めてるのだから、親友だからといって安易に口をさしはさんでいいわけでもない。
「いずれ単身赴任するかも言ってたよな。少しは楽になるんとちゃうの?」
「まあなあ。しかし、そうなるとガキどもと離れ離れになるしなあ……」
「少しは頼れよ。できることはしたるから」
「もう十分頼っとるから」
なんだかんだ2人とも不器用だなとこういう時よく思う。
そして、時折歯がゆく思うこともある。ただ、ゆみちゃんと先日話した時の言葉は今も記憶に残っている。確か、呼び方を変えた直後だったか。
「いつか、老人になったら。久美ちゃんも加えて皆で旅行に行こうなー」
あの時、少し彼女は酔っていた気がする。
「ああ、約束や」
「うん。約束やで?」
なら、少しだけ歯がゆくても、
見守っていくのも親友あるいは幼馴染のつとめだろう。
本当は、もっと暇があれば一緒に旅行に行きたいんだろうけど。
仕事もあるし、母親としてのつとめだってある。
ゲームが凄く好きなのに、子どもたちのために我慢してるとも言っていた。
ただ、旦那さんもいつも「仕事つらかったらいつでも辞めていいと言ってくれている」と本人が言っていた。きちんとゆみちゃんの事を気遣えるいい旦那さんだ。まあ、大丈夫だろう。
気が付くと、森里がなぜか座布団の上に丸まって寝ていた。
「器用なやっちゃなー」
「聡さん。もう一つ掛布団持ってくるわー」
久美ちゃんはいつも気遣いが細かい。
「じゃ、お願い」
しかし、出会いの経緯のせいか、大阪弁と標準語がちゃんぽんになると時折頭の中が混乱するなあ。
「お疲れ様、聡さん」
「久美ちゃんもお疲れな。子どもたちの面倒みててくれたやろ?」
「私は、結構まえからそういう事あったし」
今はちょっとした夫婦の時間。
「でも、2人とももうちょっと俺を頼ってくれてもと思うんやけどなあ」
「こうして寝てるのは信頼してる証拠だよ」
「信頼は疑ってないんやけどな。どうも頼りないと思われてそうやし」
「……そ、その。聡さんはすごいと思うよ?」
「ええよ、ええよ。頼りないんは事実やし」
そのまま、2時間程、静かに2人で語り合っていると。
「あ!今何時?」
ゆみちゃんが起き出したらしい。
「ん?20時やけど」
「ええ!?もうそんな時間!?」
凄い勢いでゆみちゃんが狼狽しだした。
あ、そういえば夕方頃帰らなきゃと言ってたっけ。
失敗したなあ。
「ああ。ところで、化粧とか大丈夫?変な恰好さらしとらん?」
別の事でも狼狽している。
これだけ混乱している彼女を見るのは初めてだ。
「落ち着けー。別に大丈夫やって」
「ん……」
音で目覚めたのか、森里ものっそりと起き上がる。
ゆみちゃんと対照的に、落ち着いているなあ。
まあ、こいつは俺にはあんまり気を遣わない方だし。
慌ただしく、2人は帰宅の準備をして、そして、俺が2人を送ることに。
「サトシー。今日はウチが色々醜態さらしてすまんなあ」
相当な凹みようだ。
「いや、別に今更醜態とかおもっとらんから。水臭い」
「ん……」
それ以上、言い募るのもよろしくないと悟ったのだろう。
森里はといえば、俺たちの事を何やら生暖かい目で見てやがる。
家から約10分ほど歩いて、いよいよJR二条駅へ到着。
楽しかった時間もこれでひと段落か。
「じゃあ、今度、また冬にでも集まろうや」
楽しかった時間が終わるのはとても寂しいが、別に永遠の別れでもない。
京都、大阪、兵庫。電車で普通に行き来出来る距離だ。
「そやな……」
と言いつつ、ゆみちゃんが何やら拳を突きつけてくる。
ああ、森里がやりたがる友情の儀式か。こいつが何か吹き込んだな。
ともあれ、拳を突きつけあって友情を誓う。
もう30半ばなのに何やってんだか。
続いて、森里も拳を突きつけてくるので、同じく、と思うと、スカった。
「お前なあ……」
もう一度、拳を合わせようとすると、またスカった。
見ると、何やらニヤニヤしてる。
あー、もうこいつも。なんて思いつつ、3度目の正直で今度こそ拳を合わせたのだた。
「じゃあな。またなー」
2人を見送って、家に帰るとダイニングで佇む嫁の姿。
もうすっかりビール缶やらグラスやらは片付けられている。
本当に手際が良い。
「なんかいつもありがとうね。俺ももう少し手伝えるといいんだけど」
「いいよいいよ。誰かを支えるのが私のやりたいことだし」
ともあれ、高揚感と少しの寂しさを抱えつつ、楽しい一日は終わったのだった。
後ほどゆみちゃんからの連絡によると、森里が途中でゲロ吐いたらしい。
帰宅途中で無言だったのは、それが理由か。納得が行った。
きっと、こうやって、奇妙な3人の関係は続いていくのだろう。
そういう人生もまた良いものなのかもしれない。
いつもの自分の作風からは少し離れたものとなります。
名前とか微妙な台詞以外ほぼ実話な小説なんですよね。
実際に、今年のハロウィンにあった出来事を、物語の形でとどめておきたくて、
こうして筆を取ったのでした。
そんな、限りなくノンフィクションに近い小説ですが、どういう感想を持たれたか。
評価や感想などお待ちしています。