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それは小さな5界です 第二部  作者: 大宗仙人
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第五章

第五章 麗と部田






「ええーっ!!!!!!!」


 さやか先生が『次!』と言った直後だから、またどこかに飛ばされたんだろうけど、エジプトの時の原風景を拝む感じでの現出とは真逆で、いきなり衝撃的光景から始まった。

 目の前には縄で逆さ吊りになった金髪美女が居て、必死にあがいている。周りを見るとレンガが積み重なった壁に覆われているので屋内であろうと思われるが、少し目線を遠くに移すと中庭が見えるので、エジプトの住居と似た構造になっているのかもしれない。

 逆さ金髪美女は絹のような高級っぽい一枚布らしきものを身にまとっているが、逆さ吊りなのであられもない姿になっている。


「殺したければさっさとやりな!」


 金髪美女は物騒なことを口走っているが、何はともあれ助けた方がいいよな、アレ。しかしどうやって助けたらいいんだ? 目測でオレの身長の倍くらいのところに石か何か硬そうな素材で出来た梁が部屋を横断するように取り付けられており、そこにロープを引っかけてあるので、脚立か高枝切りばさみは必要だ。そして仮に切ることが出来たとしてもアレでは頭部から落下してしまうため、下で受け止める人かマットも要る。

「う~む。どうしたものか」

 オレは思考に没頭するあまり無意識に自分の顎に触れると、ものすっごジャリジャリするので改めてじっくり触ってみたら超剛毛の髭がもっさ~と生えていた。

「うーわ、ナニコレ!?」

 自分の体のことなのにドン引きだ。顔の下半分、全て髭と言ってもいい。マジか!? 嫌だな~。

 いや、それは後でいい。とにかくこの女の人を助けないと――

「うん?」

 逆さ金髪女子の体が邪魔して見えなかったが、後方三~四メートル程の下方、床にへたり込んでいる人間が二人いる。しかも見覚えのある顔だ。いや、まさか……

「アテナ! ポセイドン! 何やってんだー?」

 薄暗いこともあり、発見時はよく見えなかったが、目を凝らしてみると二人は体を縄で拘束されているようにも見える。

 だが、やはりそんなことはあるまい。あの兄妹は妖魔のプリンスとプリンセス。アテナに至ってはさっきエジプトで支援してくれていたのだ。あり得ん。

「「……」」

 オレは少し大きめの声で呼びかけたのに二人は反応しない。人違いで無視しているのかそれとも何やらダメージを負っている風なので、答える元気が無いのか…… 


「ゼウス様、いかが致しますか?」

「ん?」


 オレの後ろにやはり一枚布だけ着たガチムチの男が跪いて何か言ってきた。髪は短く髭ボーボー。オレもこんな外見なのかね――――ってなぬ!? 『ゼウス』!?

「?」

 ガチムチはオレが激しく動揺している様子に気付いたらしく首を傾げている。ここは何かリアクションをせねば!

「あ~君、もう一度言いたまえ」

「あ、はい。ヘーラー様ご謀反の沙汰についてはいかになさるおつもりでしょうか?」

「なぬ!? 謀反!? 沙汰!?」

「左様でございます」

「え? え? あの~、どんなことしたの?」

「は? え~と……ですから、ゼウス様に反旗を翻し、その座を乗っ取ろうと……」

「え? あの人が!?」

 オレは反射的に宙づり女に向かって指をさしてしまった。すると向こうもキッと睨みつけてきた。逆さのくせに。

「え!? ゼウス様、お体の調子でもすぐれませんか?」

「ん~、いや、ちょっとさっき飲みすぎちゃってさ、頭が回っていないかな?」

「お気を付けください、ゼウス様。近頃かなりお酒をたしなまれておられるようですが、飲みすぎはお体に障ります」

「そうだね、気を付けるよ。んで、あの人は……誰なのかな? あ、名前じゃなくて、関係と言うか……」

「ええ!? それもおわかりにならないほど酩酊していらっしゃるのですか?」

「そうだね、飲みすぎはいかんね、うん、いかん」

 とにかくオレは何度も頷いた。こうなったらエジプトでやった『飲みすぎちゃってなんもかんも忘れちゃった作戦』を再度貫き通す!

「ヘーラー様はお妃さまでございます」

「ええー!? 妃!? つうことは奥さんがクーデター!? ダメじゃん、それ!」

「!! ……え、ええ、仰る通りです。ですので、ひどく怒っていらっしゃったではありませぬか?」

「ん? ……ああ、そうだったそうだった。アレ飲みすぎちゃったせいで忘れてたよ。うんうん、けしからん」

「思い出して下さったようで何よりです。ではいかが致しますか?」

「その前にだな、後ろの二人は?」

「……と仰いますと?」

「ん~と…………誰だっけ?」

「ええ!? それもですか!?」

「うん、忘れちゃった」

「同じく謀反人のアテナとポセイドンです」

「ええ!? そのまんまじゃん!! アテナとポセイドン!? 謀反人!?」

「ははっ」

 ガチムチはオレとは全く違い、落ち着き払っている。淡々と事実を告げているのだろう。

「……あのさあ、とにかく三人とも今すぐに解放してよ」

「…………え?」

「すぐに解放せよって言ってんの!」

「は、はは! ただいま!」

 なんということだ。見間違いではなかった。くそっ、ガチムチに最初に訊くべきだった。

 それに宙吊りの金髪がヘーラーということはアレが麗か…………え、マジ? 逆さになっていると顔が良くわからないんだよ、しまったな。

 何にしても最初からしくじったのは痛い。その一方で三人ともクーデターを引き起こした謀反人ということであるなら、詳細を聞いて慎重に対処しなくてはならない。オレのオツムで解決できるとは思えないが、この場面に出くわした意味があるはずなので、答えがわからなくてもやり遂げるしかない。

 そうだ、さやか先生に呼び掛ければ何とかしてくれるかも。

『先生! 先生!』

『部田か、すまぬ。天界で緊急事態があり、あまり干渉できぬ。この時代のアテナとポセイドンは貴様の知っている二人とは違う。ホレ、言ったであろう? 魂の水槽からの一滴。元は同一でも個性は違うのだ。そしてそちらにおいては貴様との関係はお世辞にも良好とは言えない。大変だとは思うがヘーラーだけでなくアテナとポセイドンとも和解し、絆を回復させるのだ。では健闘を祈る』

『え!? それで終わり!?』

 マジか~、厳しいぞ、これは。



 ガチムチとその仲間達(恐らくオレの部下連中)がヘーラーを下に降ろし、アテナとポセイドンの縄を解いた。

 ここでようやくオレは気付いた。確かにヘーラーは麗の面影がある。時代も国籍も違うからさすがに瓜二つではないし、あんなキツそうな顔でもないので、知床の時ほどではない。

「三人を我が前に連れて参れ」

 オレは仰々しくガチムチ達に命令した。

 アテナとポセイドンは何かしらの仕打ちを受けた後なのか、歩き方もフラフラしていてまるで元気が無い。対照的にヘーラーの方はガチムチ達に両腕をガッチリ掴まれていなかったらすぐにでも逃亡しそうなくらい暴れながら連行されている。

「だから、もうさっさと殺して! アンタなんかもう顔も見たくない!」

 ヘーラーはまだ憎まれ口を叩いている。かなり興奮状態で理性的に話は出来ないだろう。

「ヘーラーは牢に入れておけ。但し絶対に手荒な真似はするなよ。水や食料も十分に与えよ」

「ははっ」

 今はこうしておいて落ち着いてからヘーラーとは話そう。

「アテナとポセイドンはここへ」

 二人は特に言葉を発することなくオレの前にやってきて、自らつま先立ちの正座をした。罪人らしい跪坐である。

「他の者は下がってよい。二人とだけ話がしたい」

 オレはそう言ってガチムチ達を追い出した。

 例えオレの知っているアテナとポセイドンでなくても有能で知的で優しい二人だし、絶対にこの時代のこの土地であっても特別な存在であるはずだ。そんな彼らがクーデターまで起こすというのは余程の理由があるのだろうし、その余程の理由もきっとオレに関することで間違いないだろう。

「早速だが此度の謀反、いかなる理由によるものか答えよ」

「「……」」

 二人はノーリアクション、言葉では。但し態度では伏し目がちで、ヘーラーのような怒りの感情は伝わってこない。

「う~む……」

 オレは一度唸ってから、数歩下がって偉そうな椅子にドンっと腰かけた。神輿の上に土器の模様みたいなものが入った背もたれ付きのそれだが、座面が硬くてケツが痛い。現代人の考え事には向かないが、威厳は出そうだ。

 さて、どうしたものか。恐らくただ尋問しても二人は口を割りそうにない。そういうオーラが出ている。やはり嫌われてはいるのかもね。

「……」

「?」

 沈黙するオレにアテナとポセイドンは少しだけ困惑した表情を見せている。ま、そりゃそうだ。人払いしてまで訊かれることって何だろうって思うよな。 それなのに普通に反乱を起こした理由を一回質問しただけであとは黙っちゃっているだけだし。

 オレは迷っていた。

 エジプトの時は外見そのままに終始『プタハ』を通した。しかし今回はアテナとポセイドンだ。いずれ中の人が別人だってバレるだろう。それにこの膠着状態を打破する必要もあるだろう。だったら……

「よし! 決めた!」

 急にオレが現代の十代らしくラフな話し方に変わったためか、アテナとポセイドンは体をビクッと震わせた。

 構わずオレは椅子から立ちあがり、彼らの対面位置に胡坐をかいた。

「アテナ、ポセイドン。二人に話すことがある。黙って聞いてくれ」

 オレはまず5界の話をした。そして現代で二人が魔法の世界のプリンスとプリンセスであり、オレを支援してくれる人物だとハッキリ言った。

 それから今もヘーラーと他の魂が後世で人として転生し、異能の力で世界線を変えたり、炎や病原ウイルスで攻撃してくるので、解決したいと話のメインにもっていった。

「そういうわけだ。ヘーラーのあの怒り方は尋常じゃないし、夫を裏切って政変を起こすとかこれまた只事ではない。だからどうか理由を教えて欲しい。未来の君達だって大変困っているんだ」

「…………お父様」

「……ん? なんて言った?」

 ついに此処のアテナが重い口を開いた。話し方は全く違うが声質は間違いなくアテナだ。それはともかく……

「お父様!」

「なぬ!?」

「あ、いえ、トリタ! ……で良かったのですか?」

「うん、そうだけど、『お父様』って言ったよね?」

「はい、私はゼウスの娘です」

「ええー!? そうなの!?」

「そうですけど、今は違うのでしたね? わかりました」

「はービックリした。そうなんだ~。んで反乱を起こした理由は?」

「ゼウスの度重なる浮気です。もうどれだけの女に手を出したか……その人数がわからなくなったくらいのドスケベオヤジっぷりが原因です」

「ええー!? またあー!?」

 エジプトに続いて、また浮気か……しょうもな。

「またとは?」

「い、いや気にしないでくれ。こっちの問題なんで。じゃあ、どうすりゃいい? ひたすら土下座とか?」

「ドゲザというものがよくわかりませんが、謝るという段階はとうに過ぎ去ったと考えます」

「じゃ、じゃあどうすりゃいい?」

「……ヘーラー様はあのようにご気性の激しい方。気が済むまで罰をお受けなさるとか」

「罰って?」

「例えばムチ打ちなどは?」

「ええー!? やだな~」

 簡単に言ってくれるよ。オレはリアル同世代連中と違ってムチで叩かれるという通常あり得ない経験を重ねてはいるが、この時代は恐らく拷問とか処罰とかで現実に痛めつける目的でやっているだろうから意味合いが違うしな。オレに耐えられるか?

「ヘーラー様も大神ゼウスをムチで殺すなどという蛮行はしないかと」

「ホント~?」

 あんなおっかなそうなヤツに好きなだけムチ打ちして構わないなどと言ったら、それこそ永久にやりそうだ。

「大丈夫です。ヘーラー様も女神としての誇りがあります。今回もクーデターという真正面からの反発という選択肢を取ったのもそういう理由です」

 嫉妬に狂って夫の命を直に狙わず、政治的側面を利用して鬱憤を権勢欲で満たそうという歪曲した感情なのだろうか。

「そっか。じゃあ、仕方ないか」

 ちょっと怖いけど……いいや、かなり、すごく、う~んと怖いけど、感情を開放してやる必要があるなら、そうしてやろう。でないと麗は元に戻れない。


『部田、部田、伊集院だ。聞こえるか?』


「あ、先生?」

『放置してすまなかったな。そっちはどうなっておる?」

「え~と、ヘーラーからムチ打ち刑に処せられることになりました」

『なんだと? それで大丈夫なのか?』

「やってみないとなんとも」

『うむ、ではこっちの問題が少々落ち着いたので、手すきになったアテナとポセイドンの意識をそちらに飛ばす。助けてもらえ』

「え!? マジっすか? めちゃめちゃ助かりますよ」

 せっかく色々とこっちのポセイドンとアテナへ説明したのに勿体ないが、これはこれで後世にきっと良い影響を及ぼしてくれると信じよう。

『では部田、…………死ぬなよ』

「え? ちょ、待って、それどういう意味……」

『……』

 げげ、通信が切れた。猛烈に嫌な終わり方じゃんか? 死ぬって!? え、オレ?


「あら、子豚ちゃん、お久~」

「薄暗いね、セニョール」

「お! おお! アテナ! ポセイドン!」


 助かったぁ~! これからのことを考えるとヘーラーの側近として反乱を起こした二人がオレの知っているアテナとポセイドンになった。つまりオレの味方だ。これは心強いぞ。

「アテナ、ポセイドン、説明は必要か?」

「その前に~、この汚い服、何とかならないかしら~?」

 アテナは脇の匂いをかぐ仕草をした後、苦虫を噛み潰したような顔をした。よほど臭いのだろう。

「少し待ってくれ。二人とも罪人なんで、オレが命じないと持ってきてくれないよ。それよりここまでの話の流れは承知していると考えて大丈夫か?」

「問題ない。それよりセニョール、ヘーラーの怒りはハンパない。覚悟はあるのか?」

 ポセイドンがかなり、か・な・り~マジな顔で訊いてきた。

「そりゃあ、まあ怖いけど仕方ないだろ。麗を助けるためだ」

「わかった。すぐ近くにオレ達二人が居られるようにしてくれれば出来る限りのことはするからな、セニョール」

「ああ、すまんが宜しく頼むよ」

 よ~し、作戦は決まった。あとはやるだけだ。早速ガチムチを……ん?

 ガチムチの名前って何だ? 聞くのを忘れていた。

 仕方ない。時代劇みたいだけど通用するか言ってみよう。

「誰かある! 誰かある!」

「ははっ!」

 超スピードでガチムチが戻ってきた。なかなか見事な忠誠ぶりだ。やるじゃんか、ガチムチ!

「私をヘーラーの居る牢へと案内せい! それとこっちの二人も連れていく」

「はは」

「あ、ちょっと待った!」

「は?」

「ムチを用意せい」

「ははっ」

「あ、ちょっと待った」

「は?」

「細めのヤツね。あんまり太くて頑丈そうなヤツは要らないから。やわそうなのでいいから。わかった?」

「はっ」

「あ、ちょっと待った!」

「……はあ」

「そんな嫌そうな顔すんな。アテナとポセイドンの服を新しいものに替えろ。今すぐだ。良いな」

「はっ」




「こっちか?」

「はっ」

 オレはガチムチに連れられて、ヘーラーの牢へと近づいている。打合せ通りアテナとポセイドンも同行させた。部下達は少々合点がいかない様子だったが、そこはゼウスだ。絶対的権力により誰も文句は言わない。これは助かる要素だ。

「こちらにございます」

 ガチムチが足を止め、手で指し示す牢はさっきの宙吊り部屋(恐らく拷問部屋)の薄暗さ以上でそこだけ夜のようだ。何かジメジメしているし不衛生としか感じない。

 中をのぞくと奥で横座りしている女が確かに居た。

「よし、鍵を開けたらお前は下がれ。それとこの後どんな音や声がしても決して人を近づけるな。良いか?」

「ははっ」

 ガチムチは丁寧に頭を下げるとUターンしようとしたが――

「あ、おい! ムチは置いて行け、ムチは!!」

「あっ!! た、大変申し訳ございません」

 ガチムチはデカい体を小さく折りたたんでまた跪く。

「あ、いいから。もう下がって」

「ははあ~」

 いちいち仰々しいな。


 オレはガチムチが視界から消えたことを確認し、アテナとポセイドンを一瞥して頷いた。

「さて……ヘーラー、こっちへ来い」

「……」

 牢の中に向けて声を発してみたものの、返答はない。

「仕方ない」

 オレは自ら牢の中に入った。

「ヘーラー、外に出なさ――――びみゅ!!」

 左頬に電気ショックのような衝撃を受け、奇声が出た。そして程なくして……

「痛あああああ!」

 今度は激痛が走った。もう慣れてきたがまたオレはビンタを食らったのだった。

 暴力はプリンセス達が来てから多くの女子から受けてきたから痛みの耐久力も上がったかと思っていたが、全くそれは見当違いのようだ。も~う、痛くてたまらん。

「今さら、何だというの!? こんなところに閉じ込めたって意味なんてない! 殺しなさい!」

 ちっくしょう。いきなり平手打ちしておきながら尚且つ文句だ。なんて女だ。

「子豚ちゃん、抑えて。アンタは救いようのないドスケベ亭主なんだから、それを忘れないで」

 さりげなくアテナが傍により耳打ちしてオレをなだめてくれた。

 そうだ、オレは浮気性のゼウスで、目の前の暴力女はそれで長年苦労してきたんだ。その設定……というか事実なんだろうけど忘れてはいかん。

「イテテ。へ、ヘーラーよ。お前を罰するためにここに来たのではない。とにかく話を聞け! 騒ぐな!」

「……」

 ヘーラーは不信感の塊のような表情でオレを見ているが、一旦大人しくしてくれている。

「オレは……た、度重なる浮気を繰り返してお前に迷惑をかけた。そのことで今になって許してもらおうなどと申すつもりはない。ただ、関係のない者を巻き込むな。例えばここに居るアテナやポセイドンもだ」

「……笑わせるわ。貴方が腹ました女だけでも数えきれないのにその子供だって何人いるかわからない。そこまでされて妻なんて言えるのかしらね。情けなくて情けなくて何度も泣いたけど、いい加減に涙も枯れたわよ。それにポセイドンやアテナは同情して一緒に行動を共にしてくれたのよ。巻き込んだなんてとんでもない!」

 なんてこった。全く身に覚えがないことではあるが、妻に対してこれだけの仕打ち……浮気相手の人数どころかどれだけ隠し子が居るかもわからないとか、現代の日本ではSFレベルだろう。どんだけ性欲が強いんだよ。

「わ、わかった。オレが全面的に悪いし、人を巻き込むなと言ったことも間違いだった。それも詫びる! 心から詫びる!」

「……それでも大神ゼウスを討とうとしたことは事実。覚悟はできています」

 おっ、初めてヘーラーが理性的口調になった。このタイミングか?

「いや、先に申した通り、罰しはせぬ。それどころか不問にしようと思う。さらにさ~ら~に~鬱憤晴らしの機会を与えることとする!」

「?」

「うん、まあそういう顔になるわな。とにかくこれを持て!」

 目を白黒させているヘーラーの右手首をオレは掴み、手の平を開かせてから無理矢理ムチを持たせた。

「では、これを使って思う存分、私の体を打て! さあ、さあ!」

「……」

 ヘーラーは茫然と立ち尽くしている。う~む、意味が伝わっていないか?

「ヘーラー、これでどうだ! さあ、打て、打つのだ!」

 オレは一枚布の服をまくって背中から下がむき出しの裸身になり四つん這いの体勢になった。

「!! ……」

 うん? より一層ヘーラーの態度が硬化してしまったというかドン引きしている気がするが、どうしたらいいものか。

「ヘーラー様。子豚……もとい、ゼウス様のご厚意にございます。ご遠慮なくどうぞ」

 ナイス! アテナ。気の利く助言だ。

「……ちょっと何言っているかわかんないです」

 ダメか。

「ヘーラー様、では私からやらさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 ん? アテナのヤツ、ヘーラーからムチを取り上げてしまったが……

「ゼウス様、失礼致します。えい! えい! えい!」

「おわた!! うがあ!! げええ!!」

 アテナのヤツがオレのケツにムチ打ちしてきた。ハンパねえ痛さだ。いつものエキドナのムチとは次元が違うぞ!

「……」

 ヘーラーはまだ沈黙したままだが、ものすっごガン見している。

「えい! えい! えい! えい! えい! えい! えい! えい! えい!」

「うえ! うえ! うえ! うえ! うえ! うえ! うえ! うえ! うえ!」

 アテナはムチを何度も何度も親の仇のように振り下ろしてきた。このままではケツが破壊されてしまう。

「うら! ドスケベ! エロブタ! 変態! スケコマシ!」

「ちょ! ちょ! ケツが! ケツが! 割れる!」

 アテナのヤツ、調子こいて単にオレの悪口を言ってないか!?

「ケツは最初から割れてんのよ! ブタ!」

「いたあ!」

 とびきりキッツいのがまた一発入った。頭に響く。

「……ちょ、ちょっと、わ、私にも……」

「ん?」

 ヘーラーが急にアテナに近づいて何やら話しているが、それより様子が変だ。心なしか息が上がっているというか、いいや、荒くなってるのか?

「ゼ、ゼウス、いくわよ……」

 おや、ヘーラーがムチを持っている。やる気になったか? それは何よりだがオレのケツが持たないかも知れない。

「うらあ!」

「いったあ!!」

 ハンパない一撃がオレのケツに入った。思わず体が飛び上がってしまった。

「ま、まだ、い、一発だけよ。さっさと四つん這いに戻りなさい……」

「へ、ヘーラー、大丈夫か? 顔つきがおかし――」

「この浮気者!!」

「うがあ!!」

「変態!」

「のわあ!」

「ブタ!」

「うぎい!」

 容赦ないヘーラーのムチ打ちがエンドレスに続けられた。一発食らうたびに脳天を貫く痛みが響き、自我が保てなくなりそうだ。

 チラリと横を見るとポセイドンは自分の顔を両手で覆っている。それって見ていられないってこと? 

 アテナは小さな声で『GO! GO!』と叫んでいた。

 自らやらせたことであったが、ヘーラーがここまでムチの扱いが上手いとは思わなかった。今更悔やんでもどうにもならないが。



 その後、何十発というムチ打ち刑を受け続けたオレは、痛みを堪えることに気力・体力を使い果たし、踏みつぶされたカエルのように裏大の字になって伸びていた。

 なんとか首だけを動かしてヘーラーの様子を見ると、彼女も足を投げ出した状態で座りこんでいる。やはり疲労困憊の様子だが、その表情は悦にどっぷり浸っているかの如くである。

「ア、アテナ……、ポセイドン……」

 オレは全体力を注入してやっとの思いで声を絞り出した。

「なあに~?」

 アテナは微笑を浮かべながらオレの口元に自分の耳を近づけた。

「す、すまんが体が全く言うことを……利かない。頼む……起き上がれるくらいの……治癒魔法でも……掛けてくれないか?」

「え~? どうしよ~? 面倒くさ」

 ち、ちくしょうアテナめ。

「……ん?」

 ケツが温かくなってきた。『何で?』 と思いそちらの方向を見ると……

 とても悲しそうな表情をしたポセイドンがオレのケツの近くで手の平を向けていた。

「す、すまん、ポセ……」

「何も言わなくていい、セニョール。よくやった」

「お、おう……まあな……」

「セニョール、尻の腫れは収まってきたからいい加減、隠した方が……」

「そ、そうだな……ふんぬぬぬ……がはっ! ダメだまだ体力が」

 わずかながら体力が回復したので、ケツ丸出しを正そうとしたものの、まだその力が出なかったので、完全に治してもらうまでオレは下半身露出の変態スタイルで時間を耐えた。



「よし、では行くぞ。ヘーラーも牢から出るのだ」 

しばらくして、オレは普通に近い状態まで元気を取り戻した。次にこの薄暗い場所からヘーラーを出してやらなくてはならない。

 ヘーラーには体力回復を施していないので、まだグッタリしていたが、遊び疲れみたいなものだから問題ないだろう。

 さて、今一度確認しなくてはならないことがある。オレはそのためにこんな大昔の遠く離れた場所まで来たのだから。

「ヘーラー、私の本気は伝わったか? 少しで良いから私に猶予をくれ。今後は浮気はしない。いかがか!?」

「…………また、尻を思う存分叩いてもいい?」

「なぬ!?」

「それを約束してくれるなら、もう少しだけゼウス様の言葉を信じても良いわ」

「……う~ん……いいよ!!」

 どうせ、オレはもうすぐここから居なくなって本物のゼウスがムチで叩かれるんだからな。別にいいや。

「ゼウス様!」

 ヘーラーはオレに勢いよく抱き着いた。とりあえずこれでいいのかな? ちょっと歪んだ結末のような気がするけど……ま、いっか!

「ガチムチ! ガチムチ!」

 オレはひときわ大きな声で部下を呼んだが、誰も来ない。

「セニョール、『ガチムチ』じゃ、通じないよ」 

「あ、そっか」




『さやか先生! 多分これでいいのかと思いますけどー』

『……』

『……え、無視!?』

 

 ガチムチ達にヘーラー、アテナ、ポセイドンは無罪放免、不問とする旨を伝えて、もう一度人払いしてからオレはさやか先生に呼び掛けたが、応答なし。忙しいのかな~。

 ちなみにすっかりご機嫌になったヘーラーは部屋に帰らせた。アテナとポセイドンはオレの両隣りに居る。出来れば一緒に元の世界に帰るつもりだ。

 暇だったので自分の体をまじまじと観察するとオレもガチムチだった。髭はさっき触って確認済みだが、腕や足は顔と違って毛が無い。まさかこの時代に除毛クリームとかシェーバーはないだろうに。

「いやだわ~、大神ゼウスが体毛チェックとか~」

 本当に嫌そうな顔で愚痴るアテナ。

「こんな経験できないんだし、古代ローマの偉い神がどういうものか観察してんだよ!」

 一応、反論はしたものの、やはり必要な行動ではないな。


『部田! 伊集院だ』


「あ、先生?」

『これから帰還させるが、ハガイをそちらにやるから少し待て』

「はい、わかりました」

 少し離れたところからガチムチがひと回りデカくなったスーパーガチムチな野郎がいきなりやってきた。

「あ、どうも部田さん」

「え? ハガイなのか?」

「はい、そうです」

「何もそんなヤツに化けなくても、お前なら不可視化出来るんじゃないの?」

「いえ、まあそうなんですが、せっかくなんで」

「何ソレ? 意味がわかんね」

「それはともかくとして、すこしばかり事前の説明が必要になりまして……」

「え? 何が?」

 外国人プロレスラーみたいな体格でペコペコしているハガイの姿は明らかに目立つが、兵隊のゼウスに対する態度としてはまあまあ許せる範囲か。

「部田さんの頑張りにより、恐らく白神さんや知床さんの問題は解決できたと思われますが、それにより歴史に改変がされております。よって帰還する世界も少々変化しております。ご了承ください」

「ん? それってそんなにサラッと言っちゃっていいことでもないよね? 結構大変なことだよね?」

「まあ、そうとも言えますけど、当然っちゃ当然っしょ?」

「……何なの、そのお前の言葉遣い……」

「あ、失礼しました」

 相変わらずのハガイだ。一見すると丁寧だが、結局いい加減で雑な性格がぽろっと出ちゃってるんだよ。謝り方にもまるで誠意が感じられないし。しかも今はスーパーガチムチローマ人だし、より一層腹立つ。

「そんで? 何がどう変わるの?」

「世界史や日本史に大きな変動はありません。此処は余りにも昔過ぎて近現代まで影響が残らなかったのです」

「じゃあ、何なの?」

「部田さんには影響が……と申しますか周辺の人間関係で少々」

「わかりにくいなぁ、ハッキリ言えよ」

「じゃ、戻ってからということで」

「なんだよ、 じゃあ何しに来たんだよ!」

「そうですね、仰る通りです。では参りましょう」

 コイツ、軽く流しやがったよ。

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