第四章
第四章 知床と部田
「ん?」
オレは頭陀袋を破っただけのような粗末な服に身を包み、一人立ち尽くしていた。
そして……暑い。見上げると空が広い。高い建築物が皆無だ。だからまともに日の光を浴びて余計に暑いのだ。
辺りを見回す。その建築物はどれも一様に白っぽくて、近づくと全て石で造られていた。
少し遠くに人がまばらに居るがやはりオレと同じ薄茶の麻布のようなものを身にまとっているようだが、腰の部分しかない。半裸だな、あれじゃ。
もうかなり慣れたが、また一瞬で見知らぬ世界に飛ばされたようだ。しかし、まさか独りぼっちってことはないよな。そりゃ現実では『ぼっち』だったけど、こんな…………え、どこ? そういえば四千年~六千年前としか聞いていないし。場所って……
「プタハ様、工房で皆が待っております。お急ぎください」
「…………え? オレ?」
物凄く顔の濃い~ヤツが後方からオレを呼んだ。どう見ても日本語を話しそうもない中東系の男だ。
「はい、勿論です。本日は土を耕す道具の作り方と石の彫り方についてのご教示があるということで皆、集まっております」
「えーー!? そんなの出来ないよ!」
「ええー!? そのように仰っていたのはプタハ様ではありませんか!!」
「そうなの!?」
「そうです」
突然、何千年前の灼熱の砂漠の中の街に放り出されて、すぐに何かの作り方のレクチャーをしろとか無理ゲーだわ!
あと、プタハって何? プタハは冥界王の双子の兄弟じゃないの? どういう勘違いよ!?
『部田! 私だ! 伊集院だ』
脳内に響くようにさやか先生の声が聞こえた。
「あ、先生?」
「先生はプタハ様です。私は違います」
「ちょっと、君、黙っといて」
「あ、はい」
『部田、そこに居る男の言う通りにしておくのだ。貴様はちゃんと職人の技術を体で覚えておるからな、心配いらん』
「あの、先生。なんでオレ、プタハって呼ばれているんすか?」
『その説明は後だ。早く行け』
「はあ」
さやか先生の指示だからな、従おう。
「よし、じゃあ行こうか、君……えっと何という名前だったかな?」
「え!? 大丈夫ですか、プタハ様?」
「あ~その、昨日飲みすぎちゃったかな?」
「なんと!? もしや最近判明したメソポタミアで飲まれているというアレをもう飲まれたのですか? 何か体がいうことを利かなくなるのにいい気分になってしまうという魔法の飲料!!」
「あ、それよそれ」
あれ? 酒ってこの時代は無かったのかな? ちゃんと勉強しておけば知っていたのかもしれないが、でも酒の歴史なんか学校で教えてくれるわけないか。
「感服致しました、プタハ様」
「ああ、そう。そんで君の名は?」
「プストテプです」
「なぬ!? ブスとデブ!?」
「少し違います。プストテプです」
「ああ、そう。じゃ、工房に連れて行ってくれたまえ、ブスとデブ君」
「工房の場所も忘れてしまったのですか!?」
「ん? ん~、飲みすぎちゃったかな? アレを」
「やはり怖い飲料ですね」
「そうかもな」
「皆の者! プタハ様が見えられた!」
工房と言われる場所はところどころ吹き抜けになっている石の建物の奥にあり、そこには十数名の腰布だけの格好をしたマドゥーサのような頭髪の男たちがいて、立ち膝の状態で待ち構えていた。
オレが中に入ると皆一斉に両手で水をすくうかのような動作をし始めた。テレビで見たことがあるが、儀式の時に行うポーズなのではないだろうか。
こういう時はどうしたら良いのだろう。何か言った方が良さそうだが、崇められている気もするし、下手なことは言えないな。
「あ~、ブスとデブ君。私はアレ飲んじゃって調子悪いから、早速仕事に取り掛かろうか」
オレは小声でブスとデブに伝えた。彼は小さく数回頷いた。
「皆、よく聞け! プタハ様はすぐに農耕器具を作られる。間近で見たい者は近う寄れ」
目の前にはアニメで見た刀鍛冶の部屋にある道具に似たものが置いてある。これを使って鍬とか鋤とかを作れってか! とても出来るとは思えないんだけど。
半ばやけくそでペンチのお化けみたいなヤツとハンマーらしき物を取り敢えず握ってみた。
「おー、なんか知らんけど使い方がわかる! わかるぞ」
この感覚、例えていうなら自転車に乗る時にいちいち『バランス取れるかな?』とか『倒れないかな?』などど考えず跨いでペダルを漕げば勝手に前に進んでくれるのと似ている。
こうしてオレは鍛冶仕事もよくわからん石像の彫刻も難なくこなすことが出来た。
「プタハ様、お疲れ様でございました」
ブスとデブが労いの言葉を掛けてきた。
「ん? ま、ちょろいもんだな」
「いつもながら見事なお手前でございました」
「ああ、そう。ところで今日はもう帰っていいのかな?」
「いえ、この後は神殿にて儀式がございます」
「えー!? もう帰りたいんだけどー」
「そ、そうおっしゃられても……」
「ほら、さっきも言ったけど……アレ飲みすぎちゃってさ、体調良くないんだよ。上手いこと言っといてよ」
「はあ……」
「ね、ね?」
「わかりました……」
「いやぁ有難う、ブスとデブ君。そんじゃあオレの家に連れてってよ」
「はい?」
「オレの家まで連れてって」
「えー!? ご自宅!?」
「そ、自宅」
「家まで忘れたのですか?」
「うん、忘れちゃった」
「本当に大丈夫ですか?」
「まあ、酔いが覚めれば大丈夫でしょう」
「……わかりました」
「よし! レッツゴー!」
「は? 今、何と仰いましたか?」
「ん? 気にしなくていいよ」
何で日本語が通用するのかもわからないし、『レッツゴー』が通じないのもわからないけど……ま、いっか。
「こちらでございます。思い出されましたでしょうか?」
ブスとデブはとても大きな大きな石壁の前で足を止めた。
「お、おう! ここだ、ここ」
「では、私はこれで失礼いたします」
「うん、どうも有難う、ブスとデブ君」
眼前に広がるは先ほどの神殿と遜色のない巨大建造物。重機なしでこの高さと広さをどうやって作ったのかね。
「さて……」
オレはとにもかくにも半円型にくりぬいた穴から敷地に入った。中に入るとやたら目に付くのが壁面に彫られたアートだ。これは一体何を表しているのだろうか。
「プタハ様、お帰りなさいませ」
「ん? おう、今帰った」
また腰布だけ巻いた見知らぬ男が跪いて深々と頭を垂れた。オレはかなり偉い人物なのだろう。そしてこの目の前の男はただの給仕係ではなく奴隷のような身分なのかもしれない。
「プタハ様、お食事になさいますか?」
「ん~と、のど乾いたから何か飲み物がいいかな」
「かしこまりました。ではお部屋でお待ちください」
「ああ、そう」
さすがにこの状況で『どこに行けばいいの?』とは言えなかったなあ。仕方ないから適当に当たってみるか。
それはともかく、さやか先生はさっき一言だけ指示があった以降、何も言って来ないけどオレはどうしたらいいのやら。
『部田、ちゃんと見守っておるから、安心しろ。ここまでは一応順調だ。貴様はこのまま通路沿いに進み、一番広い部屋に入れ。そこが目的の部屋だ。そしてターゲットの人物もそこにおる。くれぐれも相手の機嫌を損なうなよ』
「あ、先生。……わかりました」
言われた通りに余計な曲がり角は無視して進むと、庭続きになった南国の別荘のようなひと際広い部屋が見えた。きっとあれだ。
「プタハ様、お帰りなさいませ。沐浴の準備が出来ております」
「うむ、苦しゅうない」
家の中で初めて女を見た。そう言えばここで出会った人達は総じて若い。たまたまなのかもしれないし、この時代にバリバリ働くには年配者では無理なのか。
この女の服装はさすがに腰布だけではなく、デザインとしてはワンピースと言って良いだろう。勿論、生地はオレのと同じっぽいが。
しかし、沐浴か……やはり俗の穢れを落とすとかそういうことなのだろうか。
おお、確かに庭に巨大な植木鉢みたいな器が置いてあるぞ。あそこでやるのか?
「プタハ様、失礼致します」
視界の外から声を掛けられて振り向くとまた違う女が居たが……
「ゲッ!」
その女はいわゆる前垂れで大事なところを隠しているだけで裸同然のスタイルだった。沐浴だからか? それにしたってなあ。
一番の問題は日本人のオレから見てもかなりの美人で…………超エロい。これはまずい! 身体的に!
「では衣を」
その女はオレに密着して、ただ穴が開いただけの袋みたいな服の裾をそっと掴み、上にまくりあげた。
「ゲッ!」
「いかがされました?」
当たり前と言えば当たり前だが、オレはパンツを履いていない。心の準備など出来ず、いきなり全裸になるということだ。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれる?」
この沐浴係のスーパーエロ美人が知床ってことはないよな。だが、そうだった場合は嫌がる素振りを見せたら、きっと気分を害するだろうし、逆に全くの別人だったら、キッチリと断らなくてはいけないわけで……
いや、待てよ。今のオレはこの時代にこの身分であるのだ。ならば沐浴など日常的に行われている行為であり、何ら後ろめたいものはないはずだ! しかもこの沐浴係の女はわざわざこんなコスチュームでご主人に仕えているのはきっとプラスアルファのサービス込みとみて良いのではないか? うん、間違いない!
「プタハ様、何かございましたか?」
跪いて見上げるご尊顔がまた美しいこと。
「あ~えっと、脱ぎ脱ぎする前に君の名前は何と言ったかな? ちょっと頭の調子が悪くて思い出せないのだよ。ほら、やっぱり名前を呼びながらじゃないと気分が出ないじゃん?」
「ナテアと申します」
「ナテアちゃんか~、かわええの~」
オレはナテアちゃんの頭を撫でた。
「……」
ナテアちゃんは無反応。
「ナテアちゃん?」
「ま~、スケベ親父丸出しのだらしない顔ね~、それにその前かがみの姿勢、何をするつもりだったのかしら~?」
こ、この喋り方!! ま……、ま……さか!?
「おぶぁ!!」
強烈なビンタがオレの左頬に飛んできた。オレの視界は一瞬にして広大な空しか見えなくなった。つまりその威力で転倒させられたのだ。
「ここに何をしに来たか理解しているのかしら、子豚ちゃん、いえ……ブタ野郎」
オレの顔を覗き込むように侮蔑の表情で言い放つナテア…………じゃねえ!
ナテアってひっくり返すと……アテナ!
「アテナだあ!!」
「化け物を見たような言い方はやめてくれないかしら~」
いつものように涼しげに遠くを見つめながら話す仕草、紛れもなくアテナだ。
「沐浴女に化けていたのか?」
「だから人聞きの悪い言い方はやめて。ちょっと体をお借りしているだけよ。子豚ちゃんが使命を忘れてスケベ一色に染まるからたまらず出てきちゃったのよ」
「そ、そうか……すまん」
「いいから、早く起き上がってちょうだいな。奴隷がプタハに平手打ちなんて、ここではあり得ない事態なんだから」
「ご、ごめん」
今までも散々バツの悪いところを見せてきたが今回はその中でも一番かもしれないな。真逆の行為をしたのはさすがにな……。アテナでこれだからさやか先生なんか大噴火じゃないのか? 考えるだけで戦慄が……
「子豚ちゃん、ここからは出しゃばり過ぎない程度にサポートするわ。いいわね?」
「は、はい」
「じゃ、脱いで」
「え!?」
「沐浴するのよ~、さっさと脱ぎなさ~い」
「そ、そんな」
沐浴がオレらにとって風呂みたいなものなら拒否すると目立つからな、仕方ないのかもしれない。でもアテナだし……
「男なら腹を括りなさ~い」
「はい!!」
やむを得ず、オレは終始ガッチリ両手で股間を抑えながら沐浴を終えた。見た目は半裸のエロ美人でも中身がアテナだと思うと邪な気持ちは皆無だった。
「な~、アテナ。のど乾いたんだけど」
「しっ、声が大きい」
本人が言った通り、沐浴が済んでもアテナはオレに寄り添っている。彼女は身バレしないかと警戒しているが、オレの方は気心の知れた同志が現れたおかげで、すっかり緊張感が無くなった。だが、まだ目的は果たしていない。これからが重要だ。
先ほどは部屋に入ったところで沐浴を勧められて、ちゃんと中を観察できなかったが、いざじっくり見渡すとなかなか別荘みたいでいい感じだ。確かに時代が時代だから華やかさはないが無駄なものがなく、自然を生かした造りはとてもリラックスした気分になれる。
奥にひと際大きくてゆったりした椅子が見える。あそこがオレの定位置だろうか。
「アテナ、あそこに座ってもいいのか?」
「ええ、大丈夫よ。今、何か飲み物を持ってきてあげるから待ってて」
「ああ、有難う」
アテナはそそくさと出て行った。給仕係までやらせてしまって本当に申し訳ないよな。完全にオレや知床のためだけにああしてくれているわけだし。ついでに半裸だし。
「プタハ様、お帰りなさいませ」
「ん? おう、ただいま」
「まもなく奥方様が参ります」
「ああ、そう」
また、世話係的な若い男がやってきて業務連絡をしてきた。『奥方』が見知らぬ女なのか知床の前世なのか、はたまた5界のプリンセスが化けているのか……
「プタハ様、お帰りなさいませ。寂しゅうございました」
「ゲッ! また裸!」
「はい?」
ま~た、うっかり声に出しちまった。さっきまでのアテナと同じ格好の女が入ってきて驚いたのも束の間、あっという間にオレの背後に回り、あろうことか胸をぐいぐいと背中に押し付けてきた。
「あ! き、君ちょっと――」
「はい?」
女は構わずオレの首に両腕を回し、さらに力任せにバインバインのそれをバインバインに圧を掛けてくる。
「と、とにかく!」
オレは男の腕力に任せて女を引き離した。こんなところをアテナに見られたら、今度はビンタでは済まないだろう。
「どうしてですか~? プタハ様~」
女はひどく不満げだ。
こちらこそどうしてよ? いやいや、そもそも君は誰で何をやっているんだ?
「プタハ様」
「ん? おう、また君か」
さっきの世話係的男がまた部屋に入ってきた。
「奥方様が参ります」
「なぬ!? 奥方ってこの人じゃないの?」
「いいえ、別の奥方様でございます。そちらは第三夫人でございます」
「別の!? 第三夫人!? 何それ!?」
「第六夫人様でございます」
「第六夫人!?」
なんということだ! どんだけ奥さん居るの!? ……でもちょっと嬉しい。
「プタハ様~、お勤めご苦労様でございました~」
「!! また裸!!」
第六夫人と思しき女もやはり前垂れだけの破廉恥なスタイルで部屋に飛び込んで来た。そしてオレを視認するや否やまっすぐに突っ込んできた。
「プタハ様~!」
オレは抱き着かれそうになる直前、咄嗟に身を翻してかわした。よって第六夫人はあえなく壁に突っ込み、そこら中に彫られている壁画のごとく張り付いた。
「あ、ごめん」
何と声を掛けていいかわからなかったので、とりあえず謝ってはみたものの、やはりいきなり人に抱き付こうとする方に問題があるのではないかとオレは思うがいかに?
「プタハ様」
「ん? 何だまたまた君か。今度は何? 第七夫人?」
また、世話係の男だ。
「いえ、王妃様がお見えです」
「なぬ!? おうひ! ……おうひって何?」
「は?」
「いや、何でもない。通せ」
「はっ」
おうひって……王の正妻ってことかなぁ。そもそもオレって王様なの? 何者なの?
「プタハ様、お帰りなさいませ」
王妃と言われた女が入ってきた。今度はちゃんと服を着ているぞ。ちょっと丈が長めで、歩き方も心なしか上品に見える。頭に冠みたいなものを被っていて、ひらひらしたベールも付いて――
「あっ!! 知床だろ!?」
間違いない! 麗と共に変貌を遂げてしまったあの時、知床は眼前に居る姿に瓜二つ…………いや、同一人物だ。青い目も全く同じだし。
「シレトコ?」
「そうだ、お前は――――セクメト」
「はい」
セクメトは満足げに頷いた。ついにご対面だ。
でだ、ここからオレはどうすれば良いのか……
「セクメト、沐浴係で給仕係のナテアに飲み物を頼んだ。少し待っていてくれぬか?」
「承知しました」
うむ! 我ながらナイスな機転だ。ここは勝手に事を運ぶのではなくてアテナの助言を待つべきだろう。早く戻ってきてくれ、アテナ。
セクメトはしゃなりしゃなりと中庭に向かって歩き出し、建物との境界にある段差のところに腰を下ろした。丁度日陰になっているし、待機場所としてお気に入りなのかな?
考えてみればテレビもスマホもない。雑誌もない、音楽配信もない。暇つぶしの方法がオレには全く思いつかない。
「プタハ様」
「ん? またまたまた君か~、次は何だね?」
「舞の鑑賞のお時間になりましたので、中庭にどうぞ」
「舞? 何それ!?」
こちらが考える間もなくハープのような楽器と三味線みたいな楽器を持った女がそれぞれ中庭の両端にスタンバイした。それから……
「また裸じゃん!」
肩くらいまで伸ばしたドレッドヘアの中東美人が力士のマワシをうんと細くしたようなベルトを巻いただけのあられもない姿でスタスタと入って来たのと同時に楽器による演奏が始まった。うん、映画でエジプトを舞台にしたヤツか何かで聞いたことあるようなメロディーだな。まあまあいい感じだが打楽器が欲しいよな~。
エロベルトのお二人は音楽に合わせて踊りだした。結構ハードなダンスで体をグラインドさせたりかなりアクロバティックな動きだ。あんな格好であんな動きして…………けしからん! 実にけしからん! もっとやれ!
「あ~、君、君」
オレは給仕係兼来客連絡の男を呼びつけた。
「はい、なんでございましょうか?」
「あの、踊り子達だが、直接私が指南しても良いかね? ちょっと気に入らないところがあってね」
「ははっ」
男は一目散に駆け出し、踊り子達のダンスを止めて彼女たちに耳打ちした後、オレの方を指さしている。うむ、なんと迅速な対応だ。出来る奴隷だな彼は、うん!
踊り子たちは恐る恐るオレに近づいてきた。
「恐れるでない! お前たちにこのオレが直々に舞を指南してやるのだ。近う寄れ」
「は、はい」
二人のうち一人は目がクリっとしていてあどけない感じの美少女風。もう一人の方が少しお姉さんな感じで保健室の小笠原先生に少し似たアダルティーな人妻風美人だ。どちらも甲乙つけ難い。
「よし、まず君! 腰の使い方がちょっと違う気がする。こうだ、こう」
オレは美少女タイプの方の腹と尻を両手で挟むようにして押さえつけてから左右に振った。
「はい! これで宜しいでしょうか?」
「うむ、まあまあかな」
「有難うございました」
美少女タイプは健気に礼を言った。
「そして、そっちの君は体の反り方が少し違うかな。ここをこうしてだな、ムッフフ――」
今度は人妻タイプの胸と尻をガッチリ鷲掴み…………
「どむ!!」
隕石でも落ちてきたのかと思うくらいの衝撃を頭頂部に受けて、オレはその場でぶっ倒れた。
「なはっ!!」
目が覚めると先ほどの部屋で寝ていた。
「あれ? 一体どうしたんだっけ? ……あ……」
そうだそうだ、エロダンサーの指導をしている時、頭に何か当たったんだよな。そんで……
「こんのエロブタが。ここまで酷いとはさすがに呆れてものが言えねえ」
「なぬ!? この喋り方! エキドナか!?」
オレの周囲には第三夫人と第六夫人、そしてナテア……ではなくアテナが着座している。そしてエキドナの声を発しているのは先ほど壁に激突した第六夫人だった。
「私もおります、部田さん」
「なぬ!? ハガイ!?」
「はい」
連絡係の男はハガイの話し方に変わっていた。
「ということはそちらの方も……」
オレは第三夫人に顔を向けた。
「たわけが!!」
「ぎえええ、さやか先生!!!!!!!!!」
「少しは環境に慣らしてやろうと自由にさせてやったらこの始末! 貴様は何しにここに来たのか理解しておるのか、うつけが!!」
「も、申し訳ありません」
オレは超速土下座で第三夫人じゃなくてさやか先生に詫びた。
「もうよい。貴様の周辺は皆で固めた。今後悪さ出来んようにな。問題はさらに事を根深いものにしてしまった点である」
「え? それってどういう……」
「貴様がまたスケベ丸出しの行動を繰り返しておるからだ! わからんのか、大馬鹿者!」
「は、はいー!!」
オレはもう一度、額を床に付けた。勢いが良すぎて頭を打ったくらいだ。
「わかっていると思うが第一夫人である王妃が知床でありセクメトだ。貴様は彼女の夫として清廉潔白で一途な愛を貫く男でなくてはならない。それが通じれば必ず心からの満足感を覚え、あの恐ろしい姿から元に戻ることが出来るのだ。やれるか、部田?」
「出来なかったらあの怪物のままなんですよね?」
「そういうことだ」
「わかりました。気合い入れます。……そんでですね、さっき頭に落ちてきたものって……」
「私が直接貴様の脳天に空気砲を打ち込んだ。目覚まし代わりになったか!?」
「ええ、十分すぎるほどに」
目覚ましじゃきかねえだろ? 死んでもおかしくないくらいの重量感だったよ。
「よし、ではアテナ、セクメトを呼んで来い。我々は引っ込むぞ!」
「は~い」
え? 今?
さやか先生がせっかちなタイプだってことは重々承知しているけど、もう少し作戦会議をしても良いのでは……
「もう呼ぶんですか?」
「貴様が何度もエロ絡みで大幅に時間を無駄に使っているのだ! 少しは挽回せい!」
「わっかりましたー!!」
こんな時になんだが、エロダンサーの子達はもう、帰っちゃったのかな……そうだよな。
「プタハ様、王妃が戻られます」
ナテアちゃん(中身はアテナ)が素知らぬ顔で告げた。
「ああ、わかった」
オレも自然に振舞う。
「プタハ様」
「セクメト、よう参ったな」
セクメトはやや暗い表情でやって来た。
「お体の方は宜しいので?」
「ああ、大丈夫。汝こそ浮かぬ顔だがどうした?」
「わ、私は……」
なんかやっぱり知床の態度に似ているかもしれないな。
「セクメトよ、私はもう妻を汝以外に持たぬことにした。踊り子も呼ばぬし、給仕係も全て男にする。それで汝の心は平らかになるか?」
「え!? ですが、そのような方はおられませぬ。それで宜しいのですか、プタハ様」
「宜しいも宜しくないも汝あっての私だ。そなたが曇った顔でいることが何よりも耐え難いのだ」
「プタハ様……なんと有難きお言葉……」
セクメトは肩を揺らしながら泣き始めた。そんなに嬉しいことなのか。
「今まで、苦しい想いをさせてすまなかった。これからは汝のことを一番に考えよう」
「プタハ様!」
セクメトはオレに抱き着いた。さらに涙が溢れているようだ。
現代の日本ではあり得ないことだが、古代の偉い身分ではこうして取っ替え引っ替えで異性と遊んでいた者も多かったのかもしれない。ましてやオレの場合、自他ともに認める『ドスケベ』だ。奥さんが陰で泣いていたのも頷ける。それが知床の分身(?)だとしたならかなり胸が痛む。
『部田! なかなかやるではないか! 見直したぞ!』
凄くいい場面なのにさやか先生が頭の中へ話しかけてきた。あとちょっと待って欲しかったけどな。
「セクメト王妃、お部屋で少し休みましょう」
少し離れた位置でじっとこちらの様子を見ていたナテアちゃん(くどいが中身はアテナ)が気を利かしてこちらに駆け寄ってきてセクメトを気遣った。ナ~イス・タイミング! さすがアテナ。
セクメトは部屋を出て行った。
「ふうう~」
大きなため息が思わず出た。そして中庭に出て天を仰いだ。
後ろの方でバタバタとうるさい足音が近づいてきた。振り返って見てみると第三夫人と第六夫人、すなわちエキドナとさやか先生だ。
「よくやった、部田」
「最初からそうしてくれりゃあいいんだよ、ブタ」
二人から労いの言葉を貰えるとはな。
「でも先生、オレ達がここから居なくなったら元に戻っちゃうんでは?」
そうだ、オレは体を借りているだけだ。
「問題ない。貴様の残留思念がプタハに受け継がれるからな」
「そういうものですか?」
「まあな。では次に行くぞ部田。エジプトは終わりだ」
「やっぱりエジプトだったんですね!? え!? 次って!?」
「白神麗だ!」