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それは小さな5界です 第二部  作者: 大宗仙人
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第三章

第三章 麗と知床





 しっかし、昨日も色々あったよな~。何でこんなに毎日変化が激しいのか。このオンボロアパートに引っ越ししてからというもの、それはそれは毎日毎日な~~~~んも無くて、変わるのは天気くらいしかないという孤独で色のない毎日だったのだ。

 それがどうだい!

 ハガイが来たあの日から状況は一変した。どれだけ多くの人物(多くは人ではない)とどれだけ会話したかわからないし、普通の人では決して経験できないことも沢山あった。それが貴重な人生の財産になっているのは間違いない。

 だけど余りにも目まぐるしくて日々をこなすことで精いっぱいな状態が続いているのも確かであり……

 だからどこへオレが向かっているのかもわからないし、何をしたいのかを考える暇すらなくて、これはこれで悩ましいとも言える。

 

「やっぱ贅沢かな~? 誰か教えてくれないかな?」


 目が覚めて開口一番、そんな言葉が口を衝いて出た。

 つまり、オレは眠りながら考え事をしていたということになる。これでは起きているのと同じであって全く休養にならない。大丈夫かオレ?

 それはともかく、昨晩ポセイドンはセクメトの調査のためにジャンプしなくてはいけないと言っていた。だがそれだけじゃなくて日付も遡る必要があるよな。今だって過ぎ去った時間の中で生活しているのにここからタイムリープして、何かしらを成し遂げて戻ってきたときにはまた世界線が変わってしまうのではないか?


「複雑すぎてオレにはわからない……」


 あ~また独り言が出た。最近増えたな。

 とにかく、ポセイドンがやってくるまで待機だな。せっかく今日から夏休みだというのに朝っぱらから忙しい。

 時計を見るとまだ7時だが、既に日差しが眩しくてこれ以上は寝てられない。

「おはよ~」

「うっす」

 ふらふらとキッチンの方へ向かうと今朝も知床がいそいそと朝食の準備をしている。まるでメイドのようだ。しかしメイドのイメージとは程遠いあの『疑似裸エプロン』スタイル。おかげで目が覚めるからいいんだけど。

 ま、あんな薄着でいられるということは多分元気になったのだろう。

「知床、大丈夫か?」

「え? ……うん」

「ならいいんだ。しかし昨日もみんなの朝飯を作っていたようだけど、毎日やっているのか?」

「そんなことないけど、私が居る時は一番朝が早いみたいだからなんとなくって感じ」

「でもこれから暫く居るんだろ? 当番にするとか皆でやるとかにしたらどうだ?」

「……うん。でも大丈夫。好きでやってるから」

「そうか。……ん? もしかして洗濯も終わっているのか?」

「うん」

 知床の反応はなぜか満足げだ。

 ベランダには大量の衣類が物干し竿に掛けられて、南風にひらひらとはためいている。

 なんか甲斐甲斐しくて良いよな。学校での姿はリーダーシップに溢れているのに家庭では健気で、高校生にしておくのは勿体ない。エロいし。

 その後オレはベランダに出て外の空気を吸いながらぼんやりしていた。部屋の中はハガイが完全自動制御の空調システムを整備してくれたから外気温が全くわからない。だから直接感じるかネットやテレビで数字を見るかのいずれかはするよう心掛けている。

 今朝も清々しい涼風が吹いている。地球温暖化などと言われているが今年(厳密には二年前)の夏は涼しい部類だろう。少なくとも朝晩に不快感はない。

 もっともこのアパートは都心まで一時間以上掛かる土地にあるからそうなのかもしれない。実際ほどほど緑もあるからそれらが涼をもたらしてくれている可能性はある。

 一方、生活が不便な訳でもない。駅まで徒歩でも行けるしバスもある。ショッピングモールも徒歩圏内。役所、金融機関、医者や小中学校も全て歩いて行ける。

 就職も近くでなんとかなりそうなものだけど……なんかね、そういうことではなくてやっぱり世の中、生き馬の目を抜くような世界というか不寛容というかさ、そんな中に飛び込んでいくって勇気と言うより無茶な話じゃないかと思っちゃうんだよ。

 クラスの連中とかはどう思っているんだろうな? オレがナイーブ過ぎるだけで『戦場上等!』と考えているのか、そもそも考える以前にこの世界がデフォみたいな……

 はぁ。今日も朝からつらつらと終わりの見えない考え事……というかプリンセス達が来る前は毎日こうだったんだよ。毎日考えていたのに一向に考えがまとまらなくてねえ。


 コンコンと窓をたたく音がした。

「ぬっ!?」


 ガラスの向こうでシルクが右手を上に伸ばしてニッコリと微笑んでいる。そういえば初対面の時も君はそうやって可愛く挨拶してくれたよな。

 そろそろメシか。オレはベランダから部屋に入った。すると――


「ゲッ! さやか先生!」

「『ゲッ』とは何だ? 貴様どういうつもりだ、部田!」

「い、いえ、決してナントカではござさません!!」

「日本語になっとらん!!」

「ごめんなさーい!」


 朝から土下座。最近土下座も堂に入った身のこなしが出来るようになったのは悲しき現実である。

 にしても朝食を担任と自宅で取ることになろうとは思いもよらなかった。

 当のさやか先生は普通にもぐもぐ食べているのにオレはなかなか箸が進まない。食欲はあるのだが、食事の所作とかすぐ言われそうだし、行為に全く集中できない。

 プリンセス達はオレとは違っていつも通りで、意に介さない様子だ。さすが5界の娘達はモノが違う。そして羨ましい。


 砂を噛むような味気ない食事を終えるとさやか先生が口を開いた。

「ポセイドンから話は聞いた。ヤツが来たらあの時、現場に居たメンバー+マドゥーサでジャンプする。過去改変と世界線移動は通常ご法度だが、今回は特例である。またそこまでする以上、出来ればセクメトを確保したい。そこで部田!」

「はい!」

「ジャンプするには貴様の力が必要だが、自分で制御できないためハガイに舵は任せることにした。……ハガイ!」

「はい!」

 ハガイ、オレの返事を真似すんな。でもさやか先生の呼びかけに秒で反応して出現するのは文字通り神業だ。褒めて遣わす。

「話は聞いたな? 貴様が部田の能力をコントロールするのだぞ?」

「ははっ! お任せください、ゼカリヤ様」

 なんかエキドナとマドゥーサのやり取りに似ているよな、ちょっと笑っちゃうんだけど。


「笑い事ではない!!」

「はい!! すみませんでした!!」

 今日二回目の土下座。この調子では何回土下座する羽目になるやら……

「ところで知床ゆか! 貴様はどうする?」

「え? 先生、どうするってどういう意味でしょうか?」

「先ほどはああ言ったが、今ここに居るプリンセス達全員が『あの時』にも居合わせていたのだ。よってこのままだと貴様だけが留守番となってしま――」

「行きます! 行かせてください!」

 おお、なんか知らんけど知床が食い気味に参加申請してきた。凄い熱量だ。でもいいのか? 様々なリスクを背負うことにはならないのだろうか?

「マ!! ……マスティマ様。私も……」

 あ、そうか、コイツこそ時空震事件の調査主任(肩書だけ)みたいなもんだ。同行というか本来であれば仕切り役でもいいくらいだが、さすがに希では許可が下りないのではないだろうか。

「ええい、面倒だ! 全員ガンクビ揃えて参るか!」

 先生、褒めた言葉遣いではないし、時代劇でもありませんよ。


「よし、ハガイ! ポセイドンを呼べ」

「はい、わかりました、ゼカリヤ様」

「お待たせ、セニョール、セニョリータ」


 さやか先生の声に呼応するがごとく素晴らしいタイミングでポセイドンが現れた。

「遅いぞ、ポセイドン」

 さやか先生は特に不満げというほどではなかったので、挨拶代わりといったところだろう。

「すまんね~、ちょっと調べ物があって。詳しくは向こうで」

「わかった。では参ろう」

 さやか先生のゴーサインが掛かると同時にハガイがオレの右肩に手を置いた。

「部田さん、失礼します。暫くと申しますか一瞬ですがどうかこのままで」

「お、おう」

 急に緊張してきた。がしかし、オレは身を委ねるほかない。




「おっ?」

 朝だったのに夕方になっていた。そして私服だったのに制服になっているし。

 ゆーっくり且つ小さく周囲を見ると……

 確かに! 麗がちょっと変な雰囲気になったあの状況だ。間違いない。さやか先生とポセイドンは見当たらないが、あの時も少し遅れて登場したし、身を隠しているか何か意図的にそうしているのだろう。知床と希はどうしてるんだろう。やはり姿が見えない。マドゥーサは居たがちゃんと制服を着ている。こんな時に何だがなかなか似合ってるじゃないか。

 さて肝心の麗は……居た。正座しながらボーっとしている。

 そんでえっと……一体オレはどうすれば?

「部田さん」

「ん? え?」

 オレに話し掛けてきたのはガイアだった。

「まず、部田さんが麗さんに声を掛けるんです。あの時、麗さんは行方不明だったので皆で心配していた状況でしたから」

「そうだった……かな?」

「とにかく、名前を呼んで気遣いの言葉を掛けます。そうすると麗さんは『道に迷ったから』と返答しますから。その後、部田さんは手を洗ってくると言って麗さんから離れて戻ってきてください。そこまでは余計なことはしないでいいはずです」

「お、おう、わかった」

 ガイアはすぐに奥へ引っ込んでオレの様子をじーっと見ている。これは失敗できんぞ!

「よし!」

 オレは小声で気合を入れた後に一歩踏み出そうとしたのだが、その矢先またガイアがぱたぱたと早足でやってきた。

「そんなガチガチになっては駄目ですよ。ものすご~く不自然です。心配して思いやる表情で!」

「わ、わかった」

 再びガイアはオレと距離を取った。

 え~と、心配して思いやるか……どんな顔かな? いざやろうとしてもああいうのは自然に出るものだからなあ。まあ、想像でやるしかないな。

 では、心配げな顔をしてと……

 今度こそと思って決心がついた時にまたガイアが走ってきた。

「だから、そんな泣き笑いみたいな顔を誰がするんですか? ……じゃあ、わかりました。もう顔を作るのはやめましょう。セリフも棒読みでいいですから。じゃ、いきますよ!」

「はい」

 ん~と、これ映画の撮影か何かでしょうかね?

 何にしてもあれこれ考えると駄目みたいだから、スッと行こう、スッと。


「う、麗?」

「……なにかしら?」

「……」

「何? どうしたの部田?」

「……ははは、暑いな」

「そう? 夏だから当たり前じゃないの?」

「そうだな。じゃあな」

「?」


 何も考えずに自然に任せた表情でいこうとしたら、今度は麗に何と言ったらいいか完全に忘れてしまった。尚且つ、取り繕うとしてかえって不自然なことを口走り、相手に妙な疑念を持たせてしまった。これぞまさしく『大失敗』。

「何やってんですか、部田さん!」

「す、すまん、ガイア」

 案の定、ガイアは呆れている。言われなくてもわかってます。オレはダメ人間さ。

「とにかく、もう一度いくしかないですから。セリフ飛んでませんか? ちょっと言ってみてください」

「え? ……ええっとだな、『大丈夫か?』」

「ちょっと短すぎますけど長台詞は無理ですよね?」

「出来れば勘弁してもらいたいかな」

「じゃあ、それで。いきますよ! はい、本番!」

「よ、よし」

 麗はまたボーっとしたまま壁向きに座った状態に戻っている。いくぞ!


「う、麗?」

「今度は何?」

「だ、大丈夫か?」

「何が?」

「……え? 何が? 何がって言われてもな……」

「自分で大丈夫かって言ってきたんじゃない。部田こそ大丈夫なの?」

「お、おう、オレは大丈夫だ」

「ならいいんじゃないの?」

「そうだな。じゃあな」

「?」


 おやおやおや~? 何でこうなってしまったんだ? ちゃんと『大丈夫か?』って完璧にセリフは言えたはずだが。

 あ、そっか。麗が『何が?』ってアドリブかましてきたからだよ。ちゃんと台本通りしゃべらねえから――

「何やってんですか、部田さん! 二回目ですよ?」

 オレが通路まですごすごと引き上げると、またガイアに怒られた。でも今回はオレにも少し言い分がある。

「い、いや、向こうが想定外のことを言ってきたんだよ!」

「声が大きいです」

「す、すまん」

「部田さん、ちっとも想定外じゃありませんよ。この日は麗さんが行方不明になって騒ぎになったってさっき言いましたよね?」

「お、おう」

「だからそれを言えばいいじゃないですか?」

「そうだよな」

「ホントにわかってますか? ちょっと心配だからセリフを増やして『行方不明だって聞いたから心配していたんだぞ』に変更します」

「ええー!?」

「だから声が大きいです」

「ああ、すまん。だけどなガイア、心配そうな顔をしつつそんな長台詞はオレには難しいと思うんだよ」

「……困りましたね。部田さんは役になりきろうという気持ちが足りないのだと思います。出来ないなら辞めますか? 代役ならいくらでも居るんでね」

「ま、待って下さい!! 私やります! 私にやらせて下さい! 今度はきっと上手く演じますから!」

「よし、なら見せてみろ!」

「はい!!」

 私はこの役を他の誰にも渡したくない! その想いを演技にぶつけるわ!!


「麗さん!? 一体何があったのかしら!? 説明して頂戴!!」

「…………ん~と……大丈夫?」

「…………え?」

「さっきから変。病院行く?」

「い、いや、大丈夫だ。心配いらない。じゃあ」

「?」


 オレが心配されてどうすんだよ~!! 違うだろ~!! 

 痛恨の念に囚われながらガイアの元に戻ると……


「部田…………貴様は……」

「ゲッ! さやか先生!」

 そこにはガイアの姿はなく、代わりにさやか先生が居た。ヒステリックに髪の毛をボリボリ掻いているし、額に血管が浮き上がっている。これはかなりマズいのではないか?

「話にならん!! 全部台無しだ!! やり直し!!」

「え!? 私にもう一度、チャンスを下さるのですか、監督!?」

「…………いい加減に目を覚ませ、このうつけ者!!」

「うびゅ!!」

「もう、三流芝居は要らん! 相手にも気づかれておるわ! やむを得ん、数分前にタイムリープする」

 さやか先生はオレの眉間にエルボーをぶちかまし、全員でもう一回このシーン……ではなくてこの場面に乗り込むと宣言した。

 オレが全部をぶち壊したせいで、同じ手間を皆に掛けさせることになってしまった。破壊活動ばかりだな、オレ。

「もう、部田が白神に話し掛けるのはやめて手順と方法を変える。最初から改変をしてしまうことになるが、仮に白神の意識がセクメトであるなら、その時点で改変とかいうレベルの話ではなくなるしな。多少荒っぽいやり方になるが、マドゥーサが白神を石化しろ。その後目隠し、ロープで拘束してから石化を解く。これでいくぞ」

 さやか先生が大幅な作戦変更を指示したが。さすがにやり過ぎでは……

「せ、先生。言語道断で石にしちゃうとかちょっと……麗がセクメトと何の関係もなかったら可哀想じゃないですか?」

 ダメ元でオレは意見具申した。

「そう思ったから、まず部田に自然を装って会話をさせ、相手の反応を見たかったのだ。それを貴様が訳のわからん女優ごっこを始めてしまって無茶苦茶にしたのではないか!! あんぽんたん!!」

「す、すみません」

 もう口答えは止めておこう。

 


 

「おっ?」

 いつの間にリセットされたのだろうか? ジャンプして入り込んだ時間にちゃんと戻っている。ということは作戦は……


「おい!」

「え!? ……」


 なんて仕事の早いヤツだ。あっという間に麗の背後に回り、一言発しただけで振り向かせて瞬時に石化させてしまった。マドゥーサ恐るべし!! 

 そして哀れ麗は石像に。オレは茫然と見つめていたが、プリンセス達は手際よく『さるぐつわ+緊縛』状態にしてしまった。まあ、石に縄でぐるぐる巻きというのは子供のいたずらに見えなくもないが。

「皆、よくやった」

 ここまでの顛末を腕組みしながら黙って見ていたさやか先生が短い言葉で皆をねぎらった。

 これがエキドナの言う『カチコミ』か。天界主導とは思えん。むしろ反社の行為だろ。いや、反社は生身の人間だから反撃を食らうリスクもある。しかし、こちらは石化とか他にもとんでもない能力を沢山持っているヤツしかいない。恐らく軍事国家と真正面から戦っても負けないであろう戦術と戦力を保持しながら尚も相手に不意打ちというガチガチの手堅い作戦。当然と言えば当然だ。

「よし、マドゥーサよ、石化を解け」

「ははっ」

 再びマドゥーサは石像になった麗の正面に立ち、顔を近づけた。

「!? ……う!! うー!! うー!!」

 生身の体に戻すのも一瞬で、元に戻った麗はさるぐつわが食い込んで、ただただ唸るだけしかできない。やはり彼女にこんな仕打ち、見ていられない。

「せ、先生!」

 オレは堪らずさやか先生に呼び掛けた。

「わかっておる。ちょっとだけ我慢せんか」

 さやか先生は麗の前でひざまずき、彼女に言ったのかオレに返答したのかわからないが現状を決して是とする訳ではないという態度を表してくれた。

「ハガイ! 万一の場合はジャンプを阻止するからな! 集中しておけよ! 今から戒めを解く」

 さやか先生は麗と目を合わせたままハガイに指示を出し、それから麗の口に噛ませた布をゆっくりと外した。マドゥーサも警戒を全く解いていない。またすぐにでも石化能力を発動しそうだ。

「白神」

「はぁ! ……せ、先生、どうして?」

 麗は涙目だ。さるぐつわが苦しかったのか、この状況に恐怖と悲しみを感じたせいなのか。両方かもな。

「すまなかった。事情はきちんと説明する。だがそれにしたってさぞかし驚いたろうな? 心から謝る」

「……わかりました」

 麗はさやか先生に縄をほどかれている最中に涙声ながらに気丈な返事をした。だが、まだその場から動こうとしない。ショックは相当なものなのだろう。

「皆、セクメトはおらんようだ。残念だ」

 ゆっくりと立ち上がり、振り向きざまに今度はオレ達全員へ通達するさやか先生。

「お? 知床?」

 プリンセス達の列から割って出てきた知床が無言で麗にそっと寄り添った。クラスメイトだし、委員長なのだから彼女が麗の介抱役というのはうってつけかもしれない。男のオレが行くよりよっぽどいい。

 それでも知床のヤツ、凄いよ。こんな非現実的世界で普通だったら自分を支えるので精いっぱいなはずだ。度胸と慈愛の両方を兼ね備えている証拠だ。

「……」

「……」

 麗と知床が何やら耳打ちしている。女子同士のことだ、あまりジロジロ見るのはやめておこう。

「さて、致し方ない! 練り直しだ」

 さやか先生は当てが外れたこともあり、少々落胆しているようだ。

 


「アテナ!?」

「ええ! お兄様」


 ポセイドンとアテナが急に慌てだした。


「みんな! 下がって!」

 今度は明確に警戒を呼び掛けたアテナ。一体どうした!?

「はっ!」

 次に今まで沈黙を守っていたメリアがやはり何かに気付いたようで、オレの前に背を向けて立ち両手を広げた。この感じは以前、スーパーマーケットの屋上で人参のような恰好をしたヤツと対峙した時のメリアに似ている。


 原因は豹変した麗と知床だった。


 麗は首から下に大きな変化は無いが、目が吊り上がり虹彩が縦長になって猫のように変わっている。それと王冠を付けている。またなぜか知床も王冠を被っていたが、こちらはベールのようなものも被っている。目が青く白人のようだ。身に着けている者が学校指定の制服なのがむしろ異様さを強調していた。

「……うそだろ……」

 オレは言葉が出たものの完全思考停止状態だった。しかし相手は待ってくれない。

 麗は大きく息を吸ってから口をすぼめた形で一気に吐き出すと空気ではなく真っ赤に燃え盛る炎が出ていた。火炎放射器のような勢いである。

 しかしポセイドンが咄嗟に円状のシールドらしきものを現出し、全員直撃することはなかった。

 間髪入れず、隣に居た知床が同じように息を吐くとミスト状の液体が飛んできた。ただ、唾を吐いただけに見えるが……

「部田さん! 吸ってはいけません!!」

「え?」

 目の前で起きている衝撃の光景を受け入れることが出来ずに茫然自失だったオレはメリアの絶叫が頭の中にすぐには入ってこなかった。よって対処がわずかに遅れ、あんぐりと開けた口にそのミストの一部が入り込んでしまった。

「うっ!」

 急激に体がだるくなり、目の前が暗くなってきた。

「いかん!! 希! 床をたたき割るのだ!!」

「はい! えい!」

 さやか先生の大声と希の声が聞こえた後、足元が崩れて皆、下の階に落下していった。

 オレは少しずつ意識が遠のいていったが、さやか先生が着地後もアテナとポセイドンに可能な限り強力な結界を張るよう指示をしていたこととその次にハガイへ『一旦、引くぞ』と怒鳴っていたのはなんとか聞こえた。





「う……」

「ゼカリヤ! ブタが目覚めたぞ」

 エキドナの声が聞こえる。

「おお、そうか。おい、部田! わかるか?」

 続いてバタバタと大き目の足音と同時にさやか先生の声も聞こえた。

「……あ? ……あ、あれ? オレ寝てました?」

「まあ、そうだが……まだ起き上がるな」

 珍しくさやか先生が優しく接してくれている。これは後が怖いな。

「あ、はい」

 それにしても何で寝てんだっけ?

「ブタ、お前はウイルスを吸ったんだ。それで気絶したんだが、メリアとアテナが治癒したからもう大丈夫なはずだ」

 エキドナまで心配してくれているようだが、オレにはまだ状況が飲み込めていない。ウイルスを吸った?

「……そうか。とりあえずやっぱり起きるよ。もう大丈夫そうだ」

 体を起こし、まず自分の部屋できちんと布団の上で寝ていたことを確認した。

 それとジャンプする前の日時に戻ったのだろうか、外は明るいようだし。

 オレのすぐ傍にはエキドナとさやか先生だけが座っている。

「先生、他のみんなは?」

「シルクとシーリー、ガイアも買い出しに出ておる。メリアは部屋におる。他は天界に行かせた。想定外の事態が起きたからな」

「あの~先生……」

「白神と知床は勿論おらんし、今ハガイ達に調べさせておる。焦らず少し待て。まあ、そうは言ってもな、心許した者からいきなり攻撃を食らったのだから、気持ちはわかる」

 やはり、夢ではなくオレ達は麗と知床から異能の力で攻撃を受けたのだ。さやか先生がはっきり言ったのだから認めざるを得ない。

 麗も知床も普通の人間じゃないのか? いや、そんな馬鹿な。アイツらは高校時代、全く普通の女子だった。何か奇妙な言動とか仕草とかそんなものは感じたことなど一度もない。逆にあの二人を変なヤツと認定するくらいなら他のクラスメート共の方がよほど変なヤツとか底意地の悪いヤツらだろう。

 やはり何かの間違いだ。或いは物の怪に憑りつかれたとかマインドコントロールとか悪党に利用されているに違いない。それならその背後で糸引いているヤツを取っ捕まえれば良いだけの話だ。


「部田、ハガイが戻ってくるようだから少し外す。貴様はもう少し休んでおけ」

「え? あ、はい」


 さやか先生といえども今回は出し抜かれたと言ったところか。麗の方はそれなりに警戒と準備を整えて立ち向かった。それでもまんまとやられたし、さらに知床だ。こっちは完全にノーマークだったはずだ。

 それにしてもな、一体どこのどいつだよ! 許せねえ。

「なあ、アテナ」

「何かしら?」

 一人残ってくれているアテナにオレは訊いてみた。

「麗と知床だけど、あれは一体どういうわけかわかるか?」

「今はまだ断定的なことは言えないわね~」

 アテナは髪をかき上げながら涼しげに語った。

「じゃあ、ハズレでもいいからアテナの見当は? どう予想しているんだ?」

「……う~ん、私の予測は……言わない方がいいわ。仮に当たっていたとしてもね」

「ええ~? そりゃないぜ~」

「それじゃあ、ちょっとだけよ」

 アテナはオレに顔を近づけてウインクした。あまりドキドキさせんな、病み上がりなんだから。

「あの二人は心の機微に付け込まれたかもしれないわ。利用されたと言えばそうかもしれないけど、心の底では同調があって、むしろ力を利用しているのかも」

「……なんか難しくて良くわからねえな」

「いいのよ。私の予想が外れた場合、あの二人に失礼この上ないことを言ったから。むしろ外れて欲しいわ」

「……ふ~ん。んで、セクメトの世界線移動と関係あるのか?」

「むしろ、わかったかもしれないわ。だから外れて欲しいのよ」

「そうか。じゃあ、さやか先生達が解明するまで待つか」

「そうしましょ。論より証拠って言うじゃない?」

「なかなか難しい言葉を知っているじゃないか、アテナ君」

「それはどうもありがとうございました~」




 買い物から帰ってきた三人と部屋に居る残りのメンバーで昼食を終えた後、食卓に姿を見せないメリアのことが気になった。そこで隣にちょこんと座っているガイアに尋ねることにした。

「なあ、ガイア」

「はい」

「メリアはまだ復調しないのか?」

「……そうですね」

「でもオレが毒を吸った……じゃなくてウイルス? で、おかしくなった時に治してくれたんだよな?」

「そうですよ。さすがメリアさんです」

「じゃあ、無理を押して治療してくれたのか?」

「大丈夫ですよ。それほど悪いというわけでもありませんから」

「う~ん。なんか釈然としないよな~。誰かアテナとかハガイとかが治せないの?」

「ですから、そこまでのことではありません。なんというか、人とは違うと思って下されば……」

「わかった。しつこくして悪かったよ」

「いいえ、むしろご心配下さって有難うございます」

「……何もできないけどな」

「……」


「戻ったぞ! 集まれそうなヤツは来い!」


 さやか先生の声だ。アレ? どこから?

「ここだ。先に声のみ飛ばしただけだ」

「ぬお!」

 ついにさやか先生まで『いきなり出現』の使い手になってしまったようだ。何しろオレの真後ろに姿を現したものだからさ……そりゃ、誰だってビックリするって。

「私とハガイと希が居合わせたおかげで天界のデータベースで照会を行い、少し相手のことがわかってきた。まず白神麗と知床ゆかの背後にいるのはセクメトとヘーラーであり、共に天界の者である。現在、この二者のみ消息がつかめん。よってほぼ断定できた。ただ、問題は対処の仕方なのだ。現時点ですぐに実行できる手が見つけられん」


「……」


 時空震を起こし、オレ達を襲撃した犯人はさやか先生によって告げられた。確かにツワモノなのかもしれないが、今度は相手がどういうヤツかわかっているのだ。(オレは全く知らんけど)ならば、対処のしようもあるはず。それに天界の威信をかけてもいいくらいの事案、いや大事件だし、今は5界だって全面協力してくれるのではないか? それなのになぜ皆、黙る!?

「ゼカリヤ、ここは対症療法でもいいんじゃねえか? とにかく麗とゆかを救出というかなんと言ったら良いかわかんねえけどさ」

「……うむ」

 ようやくエキドナがさやか先生に提案めいたものをしたが、内容がイマイチわかりにくいし、思い切りが足りないというかな……。

 セクメトと……なんて言ったっけ? とにかくそのもう一人が麗と知床の人格を乗っ取ってるとかそういうことなんだろうから、魔法かなんかでちゃちゃっと引き離せばいいんじゃないのか? 難しいのか? でもやるしかないだろう? 放っておけるか!

「部田、まあ待て。色々複雑なのだ。だが、必ず何とかする」

 また、さやか先生に心を読まれた。だが今回はちょっと気分悪いな。『待て』って何なんだ? 犬じゃあるまいし。

 それでもオレは無力だ。自力で過去の違う世界線へ行くことは出来ない。当然、麗と知床を正気にさせることも出来ないし、逆にやられてしまうだろう。


 一体、オレの存在意義って何だ?


「エキドナ、何か妙案はないか?」

「ん~とだな、根本的な問題は一時置いといて……と思ったがな、仮に何かその方法があったとしても、結局のところ火種は消せねえ。だったら、やはり……と私は思うぞ。ゼカリヤは違うのか?」

「……難しいのう」

 どうしてこんな考えこむの? エキドナもさやか先生もいつもの歯切れの良さが全くない。

「他の者は!? 事情を知っている者はどうだ!?」

 えっと……事情って? また蚊帳の外か……それとみんな特に意見は無いようですけど、どうなさるおつもりですか、さやか先生。


「部田。今回のことは非常に根が深い。貴様の過去世まで遡らなくてはならないのだ。そうしなくてはあの二人を元に戻すことは難しかろう」


 さやか先生はオレの正面に立ち、いつもより少しだけゆっくりとした口調で、且つ諭すように言った。

「……………………え?」

 んー……んー……え?

 過去世って前世のこと? 前世って言えばオレが時空震を起こした悪い魔導士みたいなヤツでしょ? ハガイに見せられたから知っておりますが。

「それではない。前世とは一回ではないのは……知らぬか?」

「い、いいえ、知っていますというのもおかしいですが、生まれ変わりとか転生ってことですよね?」

「さよう! はるか古代の折、貴様は白神や知床と深い因縁があったのだ。その時の問題を解消しなくてはならぬ」

「はあ!?」

「いわば、カルマの刈り取りである!!」

「はい!?」

「こうなった以上、古代に行くしかない!!」

「ええ!?」

「問答無用!!」

「なんですと!?」

「やかましい!」

「へえ!!」


 なんとまあ、そんな壮大な話になるとは思いもよらなんだ。古代っていつ頃? 何千年とか? 教えて、さやか先生!

「部田、白神と知床と貴様には古の時代に深い愛憎劇があった。……というか貴様が悪い!!」

「は? 三角関係とか?」

「そんな生ぬるいものではないわ! このド阿呆が!」

「ええー!? そんなあ。だって何も覚えていないですよ、オレ」

「……まあ、仕方あるまい。現世でこれだけしみったれた生活を余儀なくされているのだ。一定の報いは受けておるしな」

 またしみったれた生活とか言われた。だからそんなに悲惨な毎日なんですか、オレは? いや、もしかしてこの先もっと酷いのか? ハガイは善行をしないと来世は虫だって言ってたけど、さらに下があるのか?


「よいか、部田。セクメトは知床と共にある。もっとわかりやすく言うと知床はセクメトなのだ。そして白神はヘーラーそのもの。魂とはそういうものである」

「ええ!? 先生……それって」

「生まれ変わりというのはだな、大きな大きな魂の塊……う~んとな……そうだ、水槽と思え。そこから一滴だけ下界に降りたものが肉を持ち、生を全うする。そして死すると再びその水槽の中へ入っていく。これの繰り返しだ。よって二人とも神でありつつ人間である――というまあ一見、奇異に見えるかもしれぬが、それが事実なのだから仕方あるまい」

「そ、それで、オレはどうすれば良いのですか?」

「二人の怒りが鎮まるよう、誠実且つひたむきに謝れ! 謝って謝って謝り倒すのだ」

「何を!?」

「貴様の不誠実をだ!」

「意味がわかりません!」

「行ってから考えろ、痴れ者! ……それとハガイ! 準備しろ。四千? 六千? それくらい前になるだろう。世界線も異なるぞ!」

 さやか先生から乱暴ながらも多少の説明はしてもらったから麗と知床が……あれ? 結局セクメトが知床だったというわけか。そんで麗がへ、へら? あ、じゃあ時空震は? そっちの問題は?

「部田、プリンセス達もサポートで同行させる。勿論、不可視化させてになるがな。では行くぞ」

「え? もう?」

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