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それは小さな5界です 第二部  作者: 大宗仙人
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第二章

第二章 ムトとセクメト






「ピチピチなんですけど……」

「希さん、我慢してください。放課後で人も少ないでしょうし、すぐに終わると思うんで」


 ハガイがなだめてはいるが、普通の女子ならあんな格好で天下の公道は歩かない。いわば罰ゲームだな。

 オレ達はあの後すぐにオンボロアパートを出て、急ぎ学校に向かっている。だが、希の制服がなかったため、寄り道してド〇キのコスプレ服を買って間に合わせた。彼女が言う通り、生地が極薄な上にサイズが小さいというか、そもそもアダルトコーナーにあったやつだから、かなりデザインが際どいというかお巡りさんに会ったら職質されるレベルだ。どう見ても『学校指定』ではないと断言できる。

 エキドナとアテナも全く助けてやろうという態度が見られず、さっきもちょっと金を出せば普通っぽいヤツが買えたはずなのにわざとそうせず十八禁で選んでたし。

 アイツらJKの格好でよくあの『禁断の18のれん』を突破したよな。そこは凄いと素直に認めてやろう。 

 ちなみにシルクとシーリーはさっきからずっとド〇キの売り場の話だ。

 そういえば、最近は外出しても5界から迷惑な来訪者が全く来なくなった。

 冥界は一度シルクを拉致ろうとしたヤツが来たけど、それきりだ。ガイアの獣人界も間抜けな執事が来た後は音沙汰なし。エキドナとアテナは兄貴が来ているから他の連中はビビッて勝手なことが出来ないのだろう。メリアも親父が来たしな。やはり無理なんだろう。




 学校へ到着した。ここまでは校門のレールに希がつま先を引っかけ横転し、変態コスプレでほぼ尻を丸出しして、醜態を晒したくらいであとは特に大きな問題もなかった。

「ハガイ、職員室で良いのか?」

「……ええ、多分」

 閑散とした昇降口をくぐると、斜陽に染められた下駄箱とは対照的にその先は既に薄暗い。ハガイの何でもない返答すらちょっと不気味に感じてしまう。夜になる前に帰りたいものだ。

 上階にある職員室前で軽くノックをする。

「おう、入れ!」

 やけに通る声は間違いなくさやか先生だ。

「失礼します」

 職員室も他の教師の姿が見えない。居るのはさやか先生と……

「お前らはそこに居ていいぞ。それと知床もいるからな」

 知床はさやか先生のデスクの前で対面するように立っていた。

「よし、行くか」

 さやか先生はそう呟くと小さくフッと息を吐き、やおら立ち上がった。そして軽く知床の背中を押しつつ、こちらに向かってくる。

「部田、わざわざご苦労だった――ん? 何だ、貴様のその格好は?」

 さやか先生は希の破廉恥な衣装に気付いたらしく、少々驚いている。無理もないな。

「まあ、いい。とにかく保健室に行くぞ」

「え!? ……はい」

 いきなりか……話の展開が早過ぎだろ。

 オレ達はぞろぞろと無人の廊下を歩き始めた。それなりの人数だし、ハガイと希はコスプレだから生徒や教師が残っていたら結構目立ったんじゃないだろうか。ただ、ハガイは可視化しているのかどうか。いや、上司のさやか先生の前で余計なことはしないだろう。

「……部田」

「え!? あ、失礼しました。はい」

 どうでもよいことをツラツラと考えていた時、不意にさやか先生から名前を呼ばれてハッとした。

「貴様は私に色々と聞きたいこともあるだろうが、まずは小笠原と会う。そこで話すからちょっと待て。良いか?」

「あ、はい! 大丈夫です」

「よろしい。良い返事だ」




「伊集院だ、入るぞ!」

 保健室の扉の前まで来た。

 仁王立ちし、いつものクリアボイスで中にいるであろう人物に声掛けするさやか先生。

「どうぞ」

 おお、小笠原先生の声だ。これまた美声。鈴を転がすようなエロ……

 さやか先生は勢いよく扉を開けた。引き戸をいちいち高速で開けるのは校内ではさやか先生くらいだ。

 保健室に入ると西日に顔の半分だけ照らされ、いつも以上にミステリアスなムードを醸し出している小笠原先生が着座していた。

 部屋の中を見廻すとベッドが一つ足りない。代わりにそのスペースにパイプ椅子が数脚並んで置いてある。

 さやか先生は迷うことなくその椅子の一つにどっかと座った。

「おい、貴様らもここに座れ」

 オレたちはさやか先生に手招きされるまま、空いている椅子に各々着席した。

「あら? あなた、どうしたの? その恰好は? 着るものが無いの?」

 小笠原先生は挨拶の前に希の奇抜な姿に着目してしまったようだ。ま、そりゃ目立つわな。

「小笠原、すまんが白衣でも着せてやってくれんか? 大き目のヤツがいいな」

「ええ、そうね」

 小笠原先生は一度パーテーションの向こうへ姿を消したが、右手に白衣らしき衣類を引っかけて戻ってきた。

「私のブラウスを貸してあげるから。こちらへいらっしゃい」

「は、はい」

 希は行儀のよい大人しいヤツの態度が続いている。今は誰にも逆らえない状況なんだろう。マスティマ様の前だし。

 それはともかく希が着せてもらったものはよく小笠原先生が着ているブラウスだから少しというか結構大き目だ。ボタンを掛けてしまうと超ミニワンピにも見える。変態ではなくなったが、エロがパワーアップしてしまってこれはこれで別の問題になりそうだ。

「さて、本題に入るか。まず、時空震の犯人捜しの事の経緯だが、勿論、私は最初から誰がやったかなんてわかっていなかった。ただ、部田の力が必要だった可能性があったからな、周辺を探るべきと考えた。だからハガイや希に調べるよう言ったのだ。残念ながら何の手がかりも掴めなかったようだがな」

 さやか先生はハガイと希に厳しい視線を送った。

「校内でただの人間とは違うなと思しき人物は限られている。当然のことだ。勿論、ここに居る小笠原にも私は注意を払っていたが、現在は……どうだ、アテナ! 何か感じるか?」

「え? ええ、そうね。私たちのような力は持ち合わせていないと思うわ。……おかしいわね」

 アテナは怪訝な表情だ。先ほど、小笠原先生が時空震発生原因の張本人だと言ったのはアテナだ。彼女なら根拠もなくそのようなことは口走らないだろう。

「合点がいかないのは当然だ。かつてムトと言われたその大いなる神の力は失われ、今はほとんどただの人間に過ぎん」

「せ、先生。小笠原先生が時空震を起こしたのではないということですか?」

 オレは興奮のあまり立ち上がってさやか先生に詰問した。

「焦るな部田。アテナがキャッチしたのは『ムトの元ジャンパー能力』。彼女はその力を奪われたのだ」

「奪うって?」

 うっかりタメ口になってしまった。しかしジャンプの力を奪うとか意味がわからない。

「それも異能の力だ。透視やらサイコキネシスやらと同じ類だ。ただし誰でも出来るわけではない。5界のプリンセス達にもそれが出来るヤツはおらんだろう。私も出来ん」

「え、じゃあどうすれば……」

「その前にムト……小笠原の力を奪ったヤツだが、それは妹のセクメトだ。ヤツはまず姉をペテンにかけた。地上での罪業を償うために実体を持った転生を姉に願い出た。ムトも一度は断ったものの、人間として一からやり直したいという可愛い妹の切なる願いを叶えてやるため、天界の禁則を破りセクメトを逃がしてしまった」

「あれ? 先生。ハガイはさっきセクメトではなくムトというか小笠原先生が妹に代わって冥界で封印されているって言ってましたけど」

「うむ。既に混乱が始まっているな。言ったであろう? ヤツは部田と同じジャンパーの能力を身に付けたのだ。既に時間経過とともに既成事実の変化が始まっている。ややこしくてかなわんな。とにかく冥界で拘束されていたのは罪を犯した当人であるセクメトだ」

「わかりましたけど、先生、その悪い妹さんはどこに?」

「それが問題なのだ。セクメトは人間の魂を隠れ蓑にして潜伏している。半転生というヤツだな。人格神のままだと、アテナのような魔女系のデバイスを持っている者か天界で似たようなセンサーを持っている者に見つけられてしまう。隠れるなら肉体を持つ者が都合良いのだ。ああ、それと小笠原がここに居るのは私の権限でそうした。セクメトを逃がしたのは大問題だが、捜索に全面協力してもらうという条件を呑んだからな。彼女は実姉だし、我々が気付かないことに気付くこともあろうかと考えたわけだ」

「先生、さっきの質問なんですけど、セクメトはなんでジャンパーになりたかったんでしょうか?」

「ん? 部田、先ほどの質問は力を奪う能力にどう対応したらいいとかそういう類だったであろう? 変わってしまっているではないか」

「あっ、すみません。それじゃあ、両方とも答えてもらって良いですか?」

「全く……まずセクメトの相手の能力を奪う力についてはセクメト自身も神だったわけで、大抵のことはできるから今さら欲しい力などそうそうあるわけでもなかろう。強いて言えば……そうだな、自分の存在を知られる可能性のあるアテナの感知能力。また自分が相手の力を奪う際に目を合わせなくてはならないからそれが出来ない相手……すなわちエキドナの側近、マドゥーサなどは厄介な相手として認識しているだろうな」

 マドゥーサ……どっかで聞いたな。

「ブタ、もう忘れたのかよ。あん時だよ、あん時」

「ブタしゃん……」

 エキドナとシルクが会話に割り込んできたが、二人ともがっかりした表情をしている。

「アレ? ……う~んと」

 何か知らんが全員、オレに注目しているし、ハンパないプレッシャーだ。

 ダメだ。焦れば焦るほど全く頭が回らない。

「……部田は忘れてしまったようだ。エキドナ、今ここに呼ぶことは出来るか?」

「簡単だ」

「あー、ちょっと待て。擬人化させてからだぞ」

「わーったよ」

 さやか先生とエキドナの簡単すぎるやり取りであの『翼竜もどき』を召喚……なぬ?

「あっ!! 思い出したあ!」


「エキドナ様、お呼びで」

「おう。ちーっとばかり助けて欲しいことが出来てよ」


 遅かった。もうおいでなさったよ……ってあれ?

「さようですか。ところで人に似せた外見にしましたが、このような風貌で大丈夫でしょうか?」

 シルクが冥界のヤツに強奪されそうになった時にエキドナが呼んだのがマドゥーサ。あの時は彼女がシルクを助けたようなものだ。

 だが……いやぁ、変われば変わるものだ。髪がドレッドヘアなのが唯一あの時の姿の片鱗を残しているものの、エキドナ並みの高身長とモデルのようにすらりと伸びた脚。海でがっつり焼いた風の肌がばっちり合うサーファーファッションといういで立ちで現れたのはビックリだ。総合評価で言うと無国籍美人。

「いいんだけど、学校だから一応制服じゃないとなぁ。……な?」

 確かに。エキドナはなかなか真面目なことを言っている。目配せされたさやか先生も同意するだろうが、肝心の制服はどうする? あったとして、それでは希の立場がない。

「それで構わん。ここから出る頃には誰もいないだろうし、外も日が暮れているだろう。それよりマドゥーサ、協力しろ。相手は能力を奪うツワモノだが、その際、必ず目を合わせてくる。貴様ならヤツより先に石化させられるだろう?」

「……ははっ」

 考えてみれば制服とか今はそれどころではない。

 それにしてもマドゥーサはよくさやか先生の言うことを素直に聞いているな。エキドナの命令しか聞かないのかと思っていたが。あと、石化って?

「部田、貴様の疑問はあとでマドゥーサ本人から聞け。それと貴様のもう一つの……ホレ、……ああ、そうだ! セクメトがなぜジャンプの力を得ようとしたかという質問についてだが、実はまだよくわからん。ただ、ジャンプは世界線を渡り歩く能力ということから考えると、やはり現状の何かを変えたいのだろうな。自らの環境、気持ち、運命、または誰かのそれ……とかな」

 さやか先生はオレの顔をチラリと見た。わかっていますよ。オレだってずっと考えている。なんでオレがあんなハチャメチャなジャンプを繰り返したのか。でも今はまだわからない。

 それともう一つ、オレには気になることがあった。

「先生、あの本人を目の前にして何なんですけど……知床に全部を話しちゃって大丈夫ですか?」

「……ん~、ま、何というかアレだ。そもそも貴様がこっちの世界へ戻ってきた時、部屋に居たわけだし、それまでの事情をその時に知ってしまっているわけだから今さらなあ……そういう訳で、とにかく構わん。」

 あれ、今の絶対ごまかしたよな? さやか先生があんな歯切れが悪いのも『らしく』ないし。

「はあ、わかりました」

「それとな、先ほど言ったがセクメトにとって難敵であり、逆にこちらにとって優位である存在がアテナとマドゥーサと考えると攻守両面の観点から部田の家にまとめて居た方が良いと思う。よってマドゥーサ、貴様も今日から部田のアパートで暮らせ。小笠原とハガイは私と共にヤツのジャンプを封じておく」

「え? ……え~と……ん~と、まず先にセクメトのジャンプを止めることは出来るんですか?」

「時空に多大な影響を及ぼすジャンプは言わば禁じ手。仕組みについては口外出来ぬが誰がやったかさえ分かれば出来る! ただ、こちらも集中を欠くことが許されん。一人では無理だ。三人がかりでやる」

「はあ」

「もっとも、セクメトは既に目的を果たした可能性もあるからな。徒労に終わるかもしれん」

「あの……マドゥーサ……」

「もう一つ!! セクメトには夫と子供がいる。以上!!」

「せ、先生――」

 オレが気も狂わんばかりの世界線漂流に苛まれている時に、ほぼ全てのメカニズムを解明して救出してくれたのがさやか先生だ。つまり一生頭が上がらない大恩人なのだ。

 今も詳しい状況説明が成されたという点では、あの時と遜色ない膨大な情報量で終始激流に呑まれっぱなし状態と言える。で、結局こちらが疑問を投げかける物理的時間もオツムのメモリーも足りない。これもあの時と同じだ。改めてさやか先生は傑物というか偉人というレベルなのだろう。

「悪いが部田、私は今の説明で疲れた。今日はもう帰れ」

「え~?」

 今のリアクションで偉人から凄い人くらいに格が下がった。

「ハガイ、部田に小遣いを渡しとけ。そんで部田、その金で帰りに皆で晩飯でも食え」

「「はい」」

 オレはハガイから……な、な、なーんと四万円も貰っちった。(藁)

 でも良いのかね~? 油断ならない状況じゃないのか? でも家に居ても同じか。相手は神の力を持つ者だし、安全な場所など無いのかもしれない。





「よ~し、ファミレスでも行くか!」

 保健室を後にしたオレたちは既にライトで照らされている廊下から階段を下りていた。

 さっきまで沢山の不安や疑問で頭がいっぱいだったが、今は腹が減ったのでメシのことで頭がいっぱいだ。


「あ、いけね!」

「いて!」


 オレが歩行を急に止めたため、真後ろを歩いていたマドゥーサに追突された。向こうの方が顔面をさすりながら痛がっている。

「あ、ごめん、マドゥ――」

 ほんの一瞬、マドゥーサの憤怒の表情を視界に捉えたがそれが急激に小さくなっていくのをオレは感じた……

「……ん? あれ?」

 今、一体何が起きた? 視野が狭くなって真っ暗になった気がしたが、もう何ともない。

「おい、ブタ! 大丈夫か?」

 エキドナが少し慌てた様子でオレを気遣っている。……え? どうした?

「お前、石化されたんだよ、マドゥーサに」

「……え? えええええ!?」

 正直なところ、全く自覚なし!

「そんだけ元気がありゃあ、問題ないな。……ったく、おいマド!! ブタは護衛対象の一人だぞ!」

「ははっ、しかしこの『ブタ』という男、私に背面アタックを仕掛けてきたものですから反射的に……」

「……口答えするな。ブタに詫びろ」

 おおう、エキドナがいつになく怒っているぞ。

「はは。誠に申し訳ございません。では……申し訳ござりませぬ、ブタ」

 マドゥーサはオレに跪いて深々と頭を下げた。こっちは危害を加えられたという概念は全くないので、こちらこそ申し訳ないと思ったが、謝り方が丁寧な割には『ブタ』と言われたので、やっぱりこれでいいや。





「いらっしゃいませ~、ドニーズへようこそ~。何名様でいらっしゃいますか?」

「あ、ええと……何人居るんだっけ? ひーふーみー……八人」

「かしこまりました。こちらへどうぞ~」

 オレたちは多額の軍資金を手に入れたので、帰路の途中にあるファミレスへ入った。

 

「よっこらせっと! はああ~」

「完全にオッサンだな、ブタ……」

「なんかいやだわ~」

 案内された席に着くと同時に風呂に浸かった時のような変な溜息声が出てしまった。ちょっと気を抜いただけなのに、女子は絶対に聞き逃さない。特にエキドナとアテナ。事実すぐ言ってきたし。

 それはともかくとして、さっき石化されてしまったので言えなかったことがある。

「ガイアとメリアは来られないかな? 誰か通信してくれ」

「エキドナ様、皆さまへのご挨拶も兼ねて宜しければ私が……」

「おう。じゃ、マドがやれ」

「では……うん、なるほど。何かテイクアウトして下されば良いということです、ブタ」

「ああ、そう。ありがと」

 マドゥーサは意外にも協力的で仲立ちまで買って出たが、『ブタ』と言われたので礼は簡単でいいや。

 あ、でも石化させられるって、このマドゥーサがやったんだよな。それとさっきさやか先生が言っていたセクメトに対抗できる力って?

「それは私もセクメト同様に相手と目を合わせることによって石化能力を発動させるからです、ブタ」

 また、オレの思考が読まれた。マドゥーサもできるということは5界と天界は全員有している能力なのか。

「そうか、そりゃすげえ」

「それに私の方がセクメトより早く起動できますから、お互いに目を合わせた場合、私はノーダメージでセクメトを石化できます、ブタ」

「お、おう。すごい」

 わかりやすく丁寧に説明してくれるし、大変心強い特殊能力を持っているし、マドゥーサが最強の助っ人だと確信は持てたが、『ブタ』と言われたからまあまあの評価でいいや。

「マドゥーサ、エキドナが側近にしているくらいだから君はかなりのツワモノだとオレも思っているけど、魔界で君より強いヤツは居るのかい?」

「勿論です。エキドナ様は言うまでもありませんが、王をはじめ側近の皆様には全くかないません、ブタ」

「へえ~」

「ですが、魔界を除けば、早々負けることはありません」

 マドゥーサはわずかに口元が緩んだ。腕に覚えありと言わんばかりだ。

「そりゃあ、大した自信だな。じゃあ、アテナとかメリア、希なんかと比べるとどうなんだ?」

「ふっ……例え話にしても、もう少し骨のある相手を挙げて下さい、ブタ」

 今度はハッキリと笑ったぞ。冷笑って感じだけど。

「おいマド、またお前の悪い癖が出てんぞ。もっと自分の力を客観視出来ないか? 私から言わせればアテナとメリアの本気はハンパねえ。万一、二人がチームプレーで来たら、私とお前で組んでも恐らく勝てない。それくらい判断出来るようになれ」

「……ははっ! 申し訳ございません」

 エキドナがクギを刺すとまたマドゥーサは大人しくなった。絶対的主従関係なんだろう。

 それとアテナやメリアの戦闘力についてエキドナがどう評価しているのかを初めて聞いた。今までいろいろな場面でその異能の力を見せてくれたプリンセス達だが、積極的な攻撃や本気の表情で力を放つところは見たことがない。いや、見る機会などなくて良いのだが、想像を超えるほどのものなのだろうか。地球を破壊できるとか星を動かしちゃうとか? さすがにそこまではなあ……でもわからないよな。

「そんなに心配しなくてもエキドナちゃんとやりあうことはないわよ~」

「うっ」

 アテナはオレの右隣に座っているのだが(ちなみに左がエキドナ)、オレの弱点であるわき腹を人差し指で突きながら悪そうな顔をしてなだめられた形になった。

 それにしてもコーナーソファーで若い女子に囲まれていると夜の店っぽいよな。隣でツンツンしてくるヤツもいるしさ。

さらに、殆どが制服女子だ。つまりただの店ではなくて風俗寄りの店ということになってしまうからますます見栄えは良くないかも。





 残念ながら悪い予感が当たってしまったようだ。丁度奥の席で見通しの良くない位置だったし、テーブルのボタンを押さないとおねえさんがオーダーを取りに来ない。


「よう、楽しそうだね~、オレ達も混ぜてよ~」


 おいでなすったよ、絵に描いたようにガラの悪そうな兄ちゃん達三人組。

 金髪リーゼントで眉毛が一本線。腰パンは良いとしても下げ過ぎて子供の足の長さしかないように見えるヤツ。

 黒髪ロン毛でオラオラドレスシャツに黒スラックスでエナメルの靴のヤツ。

 ソフモヒ紫頭でグラサン。真っ白なブルゾンにバックプリントで虎と竜の刺繍入りを着ているヤツ。

 全員、ちょっとひと昔前のセンスじゃないか?

「あの、やめてください」

 連中は一番端に座っていて且つ小っちゃくて、借りたシャツ一枚だけの希に目を付けたようで、無理矢理横に座ってこようとしている。だが希はオレ達に遠慮しているのか、こんな状況でも大人しい女を演じたままで、ちょこっと抵抗するようなセリフを発しただけだ。

「ん? 男が一人混じってるじゃねえか。なにハーレム気取ってんだお前。邪魔だから帰れよ」

 今度はオレが因縁つけられた。だが、やっぱりそう見えるんだなと得心したのが最初の印象。

 でも本来はこの事態をどう処理するかを考えるべきなんだよな。

 モンスター級のメンバーというかモンスター以上であり、文字通り次元の違う力を持つメンツへちょっかい出しちゃったコイツらに同情を禁じ得ないが、そうではなくて平和裏に解決できるのであればそうするべき――

「馬鹿天使! 人差し指の先っぽだけ使ってだな、あと絶対に店をぶっ壊したり、器物損壊もしないようにそーっとコイツらを蹴散らせ」

「……は、はい、やってみます」

 オレが思案している間、勝手にエキドナが希に命令して希も受けちゃってるし!

 希は隣に座ってきた金髪腰パンの額に指をそーっと近づけた。腰パンは目を白黒させていたが、次の瞬間――

 腰パンは座った状態のままプロテニスプレーヤーが放ったサーブのような速さでまっすぐ後ろにすっ飛んでいき、建物の反対側の壁に激突したまま張り付け状態になってしまった。まるで化石だ。すぐ隣に居たロン毛と紫頭は何が起きたかわからず呆気にとられている。うむ! これまた同情を禁じ得ない。

「馬鹿野郎! 力入れ過ぎだっつうの。死んじまったらどうすんだ? メリアも居ねえし回復させられねえぞ」

「す、すみません」

 無茶苦茶だろ、こんなの。希のパワーは言うまでもないが、怒鳴っているヤツと怒鳴られているヤツもすぐ近くに居て、魂が抜けたようになっているヤンキーが二人立ち尽くしているというこの絵面。もうオレでは事態を収拾できない。

「アテナ、なんとかしてくれ……」

 オレは泣きついた。

「かしこまり~」

 アテナはにっこり笑うとタクシーを呼ぶかのように右手をスッと上げ目を閉じたが、すぐにまた元の姿勢に戻った。

「周囲の人間の今の記憶は全部消去。凹んだ壁は修復。向こうに飛んでった男の傷も回復させたわ。あとはこの三馬鹿を外に放り出せばいいかしら~?」

「お、おう」

 オレが匙を投げた状況から急転させ一気に解決してしまったアテナ。ある意味、こっちの方がすげえかも。

「では、ここは私が」

 今度はマドゥーサ。

 彼女のドレッドヘア―が三つの束に分かれて数メートルかそれ以上まで伸びると、三馬鹿それぞれの胴体に巻き付いた。特に金髪腰パンは遠くで気絶していたので地引き網にかかった巨大魚みたいになっていたが、その後もまさしく漁師に猛スピードで引き揚げられたかのごとく他の二人と一まとめにされて、自動ドアから外にぶん投げられてしまった。なんとも豪快過ぎる。

「終わりました、ブタ」

「お、おう」

 ……ま、いいか。解決したし。





「ファミレスなのに食いすぎだろ!」

 レジで精算している時に思わずデカい声を出しちまった。だって合計で三万六千円だって。オレはハンバークステーキセット+ライス大盛りだけだし、知床はパスタのセットだけだ。他の連中が食い過ぎなのだ。特に希とマドゥーサが凄かったのだが、ピザとパスタとステーキと丼ものは二人とも共通してオーダーしていて、さらに唐揚げとかポテトとか高カロリーの単品料理をバンバン頼んでいた。

 危うくガイアとメリアのテイクアウト分を買えなくなるところだった。残金を全部つぎ込んで買ったが、それでも他の連中とのバランスを考えると全く少ない。

 外に出るとさっきのヤンキーたちがまだ伸びていた。ま、これも社会勉強だろう。





「ただいま」

 オレは部屋に帰ってくると真っ先にメリアの部屋の前に立ち、声を掛けてみた。

「メリア、ガイア、居るか? 戻ったぞ」

 ゆっくりと襖が開き、中からガイアが出てきた。

「部田さん、お帰りなさい。メリアさんは今寝ているところです」

 ガイアはささやき声だ。

「そうか。ガイア、ちょっといいか?」

「はい」

 ガイアは開けた時同様にゆっくりと襖を閉めた。

 ダイニングは他の同居人連中がテレビをつけたり茶を入れたり寝っ転がったりするヤツらでわちゃわちゃしているので、通路で立ち止まってオレは改めて口を開いた。

「んで、どうなんだ? 原因というか病名みたいなのはわからないのか?」

「ずっと微熱があるようです。本人は大丈夫と言っていますけど、やっぱりだるいみたいです。それと原因は……よくわかりません」

「……そっか。……あ、ファミレスのヤツだけど、適当に見繕って色々買って来たけど、食べられそうかな?」

「……そうしたら、私達はこのままメリアさんのお部屋で頂いてもいいですか?」

「勿論。じゃあ、宜しく頼む」

「あ、部田さん。そちらの問題は進展ありましたか?」

「ああ。小笠原先生は無実だった。犯人はあの人の妹でまだ見つかっていないけど、オレ達は逆に狙われる要素があるらしくてな。そんでエキドナの部下であるマドゥーサが新たにボディーガードとして同居人メンバーに加わったから、宜しくな」

「わかりました」

「じゃあ、宜しく」

 ガイアの表情を見る限り心配は要らないようだが、それでもなあ。

 ダイニングに戻るとエキドナはヤクザ映画を鑑賞中でマドゥーサは……なんか知らんが瞑想中。アテナは紅茶を飲んでいる。シルク姉妹は二人でひそひそ話中。希は見当たらないが、部屋に戻ったか? あとは知床だが……そういえば知床は同居していないと聞いている。もう外は真っ暗だがどうすんだ?

「部田君」

「ふぇっ!!」

 背後から不意を突かれて知床に話しかけられたせいで、またおかしな声を発してしまった。

「あ、ごめんなさい」

「い、いや。どうした?」

「私もしばらくここに居ていいかな?」

「え!? ん~、こっちは構わないけど、親御さんとかに何て言うんだ?」

「ハガイさんに頼んだから大丈夫」

「なぬ!? ハガイが許可!? それはどういう意味なんだ?」

「あの、あのね……天界事務次官の力に不可能はございませんって言ってた。だから家に帰らなくても平気」

 ハガイのヤツ……いたいけな女子高生に家出同然の措置を許可するとは全く天界らしからぬ魔の誘いだ。

「ハガイはあんなヤツだからな。さやか先生はどうなんだ?」

「……夏休みだし部田君のところだったら良いって」

「マジか!?」

「マジ」

「でもこれから何が起きるかわからない危険な毎日だ。オレも絶対に守ってやれると約束できない」

「だから一緒に居たいの!」

「えっ!? ……」

 知床がこんなことを言うなんてな……それに女子から『一緒に居たい』なんて言われたことないから、こういう時になんて答えればよいのかオレにはわからない。


「ありがとうって答えて、ぎゅっと抱きしめてあげるのが正解よ~」

「なぬ!?」

 

 また背後から声がしたので振り向くとシラケた顔でアテナが佇んでいた。

「とぅ!」

「うげ」

 アテナは突如オレの背部に前蹴りを食らわせた。よって体のバランスを崩したオレはあろうことか知床に覆いかぶさりながら転倒してしまった。

 床に激突する直前に知床の後頭部を自分の両腕でガードしたのだが、結果として抱き寄せる形になってしまった。

「おい、知床大丈夫か?」

「……うん」

「そっか、良かった。おい! アテナ! 危ないだろ!?」

「あら、ごめんなさいな」

 オレは体をゆっくり起こしながらアテナに怒鳴ったが、当人は反省するどころかちょっと機嫌を損ねたような顔つきだ。

 一方の知床はまるで閉眼したかのように動かない。

「知床!」

 返事をしたのだから大事無いはずだが……

「……大丈夫。ただの余韻なの」

「は?」

 よくわからないが、通路で寝たままというのは良いことではないだろう。

「とにかく起きよう。無理ならせめて部屋で寝ろ」

「……うん。寝る」

 知床はゆっくりと起き上がったが風呂でのぼせたように紅潮して、ボーっとしている。状態としてはメリアより重症に見える。

「おい、せめて着替えてから寝ろよ」

「……」

 知床は返事もしないでふらふらしながら部屋に消えていった。

 しかし、アレがクラス委員長の知床だもんな。





 ダイニングに戻るとシルクとシーリー姉妹がパタパタと寄ってきた。

「トリニータ様」

「ん?」

「急で大変申し訳ないのですが、これから父がやってくるそうです」

「……なぬ!? 父って冥界王ってこと!?」

 冥界王ってゲームでやったことあるけど……

「そうです。ハーデスが来ます」

「ええーっ!? なんで来んの?」

「今回の時空震に関係があるようです、トリニータ様」

「そうなの!? いつ? 今すぐ?」

 そういうことなら謹んで歓迎するしかないよな~。

「すぐに来るようです」


「部田君、夜分にすまない」

「おおう!!」


 も~う、誰も彼もどうしてこう、いきなり現れる人(人じゃない)ばっかりなの?

 それはともかく、冥界王ハーデスはまず『若い』。高校生でも通用するくらいだ。そしてウルフカット的ツンツンヘア。ミュージシャンでつか? まとっているものもそれっぽくて……うん、聖闘士〇〇に出てくるハーデスに近いかも。

「少しだけ時間を貰いたいのだが、いいかな?」

「あ、どうも部田です。一度ご挨拶をしたかったので、丁度良かったです。今日はまた何か?」

 オレは営業マンのように丁寧に頭を下げた。

「ああ、その前に――」

 ハーデスは手の平でストップをかける仕草をした。


「お義兄様、ご無沙汰しております」

「なぬ!? おにいさま?」


 話に割って入ってきたのはアテナだった。

「お義兄様、呼びましょうか?」

「ああ、頼むよアテナ」

 待て待て待て~い! これは一体どういう……


「兄やん、チャオ!」

「久しぶりだな、ポセイドン」

「なぬ!!?? にいやん!?」


 オレは大混乱に陥った。

 アテナは冥界王に『おにいさま』と言った。しかしアテナの兄はポセイドンのはずだが、そのポセイドンまで突如現れ、また『にいやん』と呼んだ。

「セニョール、そういう訳でオレの兄がこの冥界王ってこと。今は冥界と魔法界で分かれたけどな」

 ポセイドンはいつもの調子で軽~く相関を語ったが、オレとしては驚愕の事実ですぐには受け入れられない。

「改めて部田君、話をしてもいいかな?」

「え!? ああ、そうでした。とりあえず平気です。えっとあの、汚いところですが、どうぞお座りください」

 ダイニングテーブルはシルク姉妹とポセイドンが掛けているし、初対面の客人で冥界の王様にあぐらをかかせるのもどうかと思うが……

「気を遣わせて悪いね、部田君。椅子なら持参しているから勝手に座らせてもらうよ」

 彼はそう言うと手の平を下に向けた。すると王様椅子、すなわち玉座が床面からせり出してきた。オレの部屋はゲートか!?

 そして、その椅子に腰かける所作はまさに『王』そのもの。見た目は過激なのに非常にどっしりとした風格があり、同時に理知的で気品を兼ね備えている冥界王。同じ王様でも他の界とはここまで個性が違うものなのか。(特にメリアの親父)

「マスティマの命により、時空震勃発に深く関与している者について私からも部田君に補足説明をしておこうと思う」

「そうですか。わかりました、お願いします」

「セクメトについてはある程度のことは聞いたと思うが、彼女に夫がいるという情報はどうかな?」

「あっ、それは最後の最後で話をされました」

「実はその夫は私の双子の兄弟でね、プタハという」

「ブタ派!? 派閥ですか? 獣人界でしょうか?」

「違う、違う。ブタじゃなくてプ・タ・ハという名前だ」

「あっ、すみません。それとご兄弟がセクメトの旦那なんですね? ……えっと、でしたら……」

「う~ん、実のところ彼は諸事情で地上に居るから、今回の件に加担はしていないかな」

 冥界王の双子が今、現世に人として生きているのか? 考えるとまた複雑化しそうだからいいっか。

「あの、ハーデスさんはなぜセクメトが時空震を起こしたと考えていますか?」

 さやか先生も理由がわからないと言ったオレの質問を冥界王にもぶつけてみた。

「ハッキリしたことはわからないね。自分の欲のために全時空を歪める行為となると彼女は神だから理屈に合わない」

「えっと……神って間違わないのですか?」

「……部田君、鋭い質問をするね。逆に聞くが、間違いって何だと思う?」

「……間違いっていう言葉に合致するかどうかわからないですけど、今ハーデスさんが言った自分のためだけの欲を満たすこと。逆に言えば自分を押し殺して他者への寛容さとか配慮とか……」

「うん、教科書のような模範解答だ」

「はあ、ありがとうございます」

「だが、それは人間として求めるべき姿であり、神はそれ以外の思いもあるからね」

「え? それってどういう……」

「私は神じゃないから推測というか憶測になってしまうけど……でも人間が信仰する神は人格神と呼ばれる神であり、創造主とか根本神ではないよね? つまりだ、神もまた神を信仰しているということ。セクメトは天界の中でも信仰心が強かったと聞いてはいるが、それと何らかの関係があるのかもしれない」

「う~ん、難しい話ですね」

「いや、天界は冥界とは全く異なる世界だから的外れの可能性の方が高い。あまり鵜呑みにしなくていい」

 誠に残念な話ではあるが、オレには信仰心というものがない。だからこの手の話は正直苦手である。砂漠の方の国々で神の名を叫んで自爆テロを正当化したり、昔の某国のように皇族の長の名を叫んで自爆戦法を良しとして戦争を続けたり等がもってのほかだというくらいは理解していても強い信仰心の何が時空震を是とするのか皆目見当がつかない。

「部田君、魔界王ルシファーが堕天使ということは聞いたことあるかい?」

「あ、あのアニメで少々……」

「うん、それでもいいよ。彼だけではないのだが、堕落して地獄に落ちたというのは完全な間違いでもないが、同時に正確でもない。いつか機会があったら聞くといい。大変な勇気のいることだけど、愛娘のエキドナがここにいるのだから、難しい話でもないんじゃないかな」

 オレはハーデスの言葉を聞いて何とは無しにエキドナの方を見たが、彼女はこちらに背を向けて肘枕の状態でまだやくざ映画を見ている。こちらの話を聞いているのかいないのか。

「話を戻すが、今回の時空震はセクメトの単独犯で間違いないだろうと思う」

「わかりました。ハーデスさん、もう一つ聞きたいのですけど、我々にセクメトが何か仕掛けてくるということはあるでしょうか?」

「多分無いと思う。なぜなら私にはその目的が思い浮かばない。万一そんなことがあるなら、それは時空震と大きな関係があるということだろう。それはともかくとしてゼカリヤからセクメトを探せと言われているんだよね?」

「と言うより、こちらから協力させてくださいと願い出たんですけど」

「それはまた奇特だね」

「いえ、その~、オレも迷惑かけちゃったんで」

「なるほど、君はジャンパーだったな」

「それで大変な迷惑をかけてしまったので……」

「そうか。だが君の意思とは無関係の暴走だったと私は聞いている。だからあまり気に病まない方がいい」

「はい。どうもありがとうございます」

「最後に……そちらでも何か進展があったらシルクかシーリーを通じて教えて欲しい。シーリー、シルク! 部田君にあまり迷惑を掛けないように」

「「は~い」」

「では失礼する」

 冥界王が最後に娘達へ掛けた言葉がその外見とは似つかわしくなく、とても不可思議に感じた。どう見ても兄妹にしか見えないからだ。


「セニョール」

「ん?」

 

 背後から不意に話しかけてきたのはダイニングチェアでふんぞり返っているポセイドンだった。

 「アテナから情報を聞いて、気になることを思い出してね。セクメトは人間を隠れ蓑にして今は潜伏しているんだって?」

「ああ、らしいな」

「セニョールがジャンプした世界の一つで白神麗の様子がおかしかった時があったよな?」

「ん? ……お、あったな、確かに。ポセイドンと初めて会った時だろ?」

「あの時は原因が良くわからなかった。だが、あれはもしかすると……」

「なぬ!? アレはセクメトだったというのか?」

 そう。あれは球技大会二日目。なんだか遠い昔のことのようだが、実時間としては一昨日とかそんなもんだろう。オレはさやか先生にバットで殴られて保健室で寝ていた。が、麗が行方不明になったと聞かされ飛び起き、直後に実はもう帰宅した等の情報が錯綜、オレも混乱していた。結局のところ実際に麗はアパートに居たものの別人のようだったという事件だ。

 あの時に原因を探るため、さやか先生やらポセイドンを呼んだりで騒ぎになったが、最後はポセイドンが治したというか元に戻してくれたというわけだ。

 ポセイドンはその時にこう言った。


『やはり異世界の彼女の意識と入れ替えられていた。しかし……目的がわからない。戯れにしては高度過ぎるし、見返りも少ないだろうしな』


 うむ、言われてみれば。それにもし、この時の麗がセクメトだと仮定すると合点もいく。

「調べる価値はあると思うが、世界線が異なる。ジャンプが必要だ」

 すげえな、ポセイドン。よく気が付いたな。オレは全く思考の範疇から外れていたよ、とほほ。

「あ、そうか。どうする?」

「とりあえずゼカリヤに言う必要があるだろう。それからだな」

「確かに。じゃあ、明日一番でゼカリヤに連絡してみようぜ。ポセイドンも来てくれるよな?」

「勿論だ、セニョール!」

 いけね、つられてオレまで『ゼカリヤ』とか言っちゃったよ。

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