野球試合(裏)
超お待たせしました。野球と言えば乱闘!
133話
放物線を描いて落下していく野球ボール。
その軌道はホームランの結果を得るであろう
ものだ。
「おっしゃ、出番だぜっ!」
隆二は真後ろの観客席側に駆け出したかと
思いきや、壁の手前で大きく跳躍。そのまま
上に伸びている金網の頂点を踏み込み、更に
跳躍した。
「来たーーーーーーー!!」
「隆二にショボ目のホームランは無意味だぜ」
殆んど対面に座っていた美優はテンションが
最高潮に達し、隣に座る拓人も隆二が次に行うで
あろう動作に期待する表情を見せている。
(このまま腕を伸ばすだけだと少し足りねぇな)
隆二は自身を極限状態下に居ると想定し、
時間感覚を加速させることで、0.1秒にも
満たない刹那の時間で現状分析を行った。
(ならば取るべき手段はひとーつ!)
しばらく球を引き寄せると…………
「むんっ!」
全速力で左腕を伸ばしつつ、肘関節を解除。
腕が普通より数十cm伸びたことで、球が
グローブに納まったと同時に、上腕計5本
の筋繊維を全速力で収縮して関節を固定した。
誰にも気づかれずにリーチ外の捕球に成功したの
だった。
(さっきからビンビンだった視線の主見っけ)
横回転しながら落下している途中、拓人、美優を
発見したので右手を振ってあげた。
(あっ、気づいた!)
「ナイスプレーだ!」
美優はあからさまに嬉しそうな表情に変わり、
お返しに投げキスをした。隣の拓人はシンプルに
声かけをしたのだった。その時には隆二は後ろを
向いていたため、拓人の声だけ聞こえたことだろう。
「アッ、アウトー!」
『金子選手、信じられない跳躍力で、ホームランに
なるはずだった球を捕球したぁーーー!!』
審判、実況共に俄には信じられないといった
反応でそれぞれの仕事をこなしている。
「う、嘘だ…………ろ…………」
今正に、1塁から2塁へと切り返そうとした
令治は生まれたての小鹿の如く、膝をガクガク
させて失速した。
「あははー、がに股で走ってやんのー!」
1人のチアが、ぎこちなく走る令治の事を盛大に
笑い飛ばした。
「でも…………今のは流石にあのゴリラがおかしかった
ような」
「それに、アイツが捕球する前まで、ボールの方が
数十cm高かったような気がするのよね~…………」
しかし、今回ばかりは本来起こり得ない結果
だったからか、どうにも違和感を感じている者が
多数だった。
『えー、何々? 金子選手が捕球する瞬間のボールの
挙動がおかしかったとの意見が多数寄せられています。
そのため、今から映像分析の元、審議を行います!』
(…………やっぱ関節外れてるのバレたら失格だよな)
隆二の懸念は、圧倒的パフォーマンスを行った
せいで人間扱いされない事である。ドーピング検査
なら、何もかもナチュラルであるため問題ないが、
筋肉以外の特技は人外技も多数ある。
「何よー! 隆二がズルするわけないでしょーー!」
「う~ん、そうなんだよなぁ~。俺達の角度から
ボールが見えなかったから、逆に潔白証明も
出来ねぇんだけどさ」
今回、拓人達側は隆二が影になっていたため、
ボールは見えていなかった。見えたのは両端の
チアガール達より外側の者達である。
『審議の結果が出ました! 金子君が捕球できた
理由は、あの時一瞬だけ真下へ強風が吹いたことで
あると、専門家達の意見は一致しました。よって
バッターアウト!』
「あー、良かった良かった」
隆二は安堵した。実のところ、あの時の風の
影響はあまり考えられない為、純粋にカメラワークが
隆二の腕の速度に負けていたのである。
「ま、あの程度の跳躍、SAFだといつでもやってるしな」
「そうね。早く全力疾走シーンも見たいところね」
2人は隆二の更なる活躍に、期待の表情を
浮かべている。
そして、美嶺高校の三番バッターが入場してきた。
「「「フレー、フレー、へ・い・きちっ!
美嶺の御業、見せつけろ!」」」
自軍のバッティングが始まったので、美嶺高校
チアリーディング部の部員達は応援を開始した。
「うわぁ…………御業って、恥ずかしくねぇのかよ…………」
ゲーム中はいざ知らず、現実で厨二発言を
行うことに、拓人はドン引きした。
「声はすげぇ小さいし踊りも顔も中途半端な
感じだし、雰囲気で実力不足を隠すアイドル感が
半端ないな。なぁ、美優」
「…………」
美優の表情が、いつになく真剣だ。
「美優?」
「私も負けてられないわ!」
「へ??」
突如美優は、スクッと立ち上がりながら叫んだ。
拓人は目が点になっている。
「変・身!!」
「うわあっ! 何脱いde…ええええっ!?」
あろうことか、ハーフサイズのジャージを
上下とも脱ぎ捨てたのだ。思わず鼻血を覚悟した
拓人であったが、見えたのはアニメキャラの
コスプレを魔改造したチアコスを纏った美優
だった。
「ジャーン! 似合ってるでしょー!」
「あ、ああ…………ゴクリ」
顔はチア部と比べたら、飛び抜けて良いわけでは
ないが、良い感じに筋肉が着いているため、全身が
引き締まり、尚且つくびれが出来ており、セクシーさ
は断トツである。
「拓人は鼻血注意だよ~」
最低限の注意換起(?)を促すと…………
「ブレイク・隆二! ストライク・隆二!
ブロー・オフ・隆二!! スプリント・
スピーディー、スローイン・ディスタン、
ジャンピ~ング、ハイエスト!! ザ・
ビーストネームィズ、隆二!!」
(べ、別次元で厨二病過ぎる!!)
何か気取って英語を多用した歌を歌っているが、
歌詞の意味的にはガキ大将の十八番曲と何ら変わり
がない。
そしてダンスは荒削りながら、キレが凄まじく、
振るう腕の速度が速すぎて、ポンポンから埃が
爆散するわ、振るう脚の速度が速すぎて、空気を
切る音が聞こえるわで、周囲に座っていた観客の
注目が1点に集まった。
こんな轟音を自分達の中心から撒き散らされた
チアガール達は、当然踊りながら美優を睨み付けた。
そして当然彼女は気づいていない。
『キィン!』
「律先輩!」
「しくったド~~!!」
「帰ったらダッシュ練習です!!」
惜しくも3投目でヒットを打たれてしまい、
セカンドを守る律は、油断と敏捷不足で球を
取り損ねてしまった。
ショートを守る後輩がツッコミをいれる
気持ちも分かると言うものだ
「クソッ!」
ライトを守る3年生の方にボールが
向かっていったが、今から取って投げても
1塁まで間に合わない。
「うおっ!?」
突如目の前10m先に巨大な人影が現れたことで、
3年生は驚いた。
「文人ォォォォ!!」
そう叫んだのは目前の巨漢、隆二だ。彼は
センターど真ん中から3年生の前まで瞬時に
やってきて、捕球と同時に時速70kmの速度と
筋力を腕に伝え、一直線に超速投球したのだった。
「イダアアアアッ!!!!」
文人は守田のように、隆二の速球を捕球する
訓練を受けていないため、腕から全身に耐え難い
衝撃が襲いかかり、絶叫してしまった。
「バッターアウト! チェンジ!」
が、耐えて踏ん張った成果はしっかりと
得ることが出来た。
「隆二ーーーー!!」
客席で美優が喜んでいると、応援を終えた
チアガール達がつかつかと歩いてきた。そして
その一人が
『バシッ!』
「ギャッ!」
美優を全力で叩いたのだ。
「おい…………いくらなんでm…」
『ドゴッ!』
「がはっ…………」
今度は腕を掴んできた拓人の鳩尾を蹴りあげた。
まともに重さが乗らない蹴りだったが、急所に
当たったのでダメージは大きかった。
「お前らみたいな何も出来ないゴミ共が、あたしらの
邪魔してんじゃねぇよ」
美優と拓人に暴力を振るったリーダー格が
威圧してきた。
「このバカ女とツレ陰キャ、どうする?」
2番手がゲスな笑みを浮かべながらリーダーに
問いかけた。
「そうだな、全員でリn…」
『バチィッ!!』
「ギャアアッ!!」
油断していたリーダーが美優に強烈なビンタを
返された。
「やってくれたわね。それも拓人までね!」
今までに無いくらい怖い顔をした美優が、
ドスの効いた声で返した。
「それはこっちのセリフよ! お前が私らの応援を
邪魔したから悪いno…」
「私程度の声で掻き消されるようなショボい
応援しかしないあんた達にそれを言う資格は
無いわよ!!」
自分達のプライドを潰される発言をされて
しまった。チアガール達は最早理性を保てなく
なっていた。
「その顔凹ませてやらぁ!!」
2番手が全力のグーパンチを繰り出してきた。
「出来るものならね!」
『バキッ!』
「ギャアウッ!!?」
美優はグーパンチを体裁きだけで回避し、
重度の捻挫を負わせるほどのローキックを
叩き込んだ。
「全員でかかれーーー!!」
「うおおおおおーーー!!」
遂に全員で襲いかかってきた。
「やれるものならやってみなさいよ!!」
「マ、マジか!?」
美優も理性が飛んでいた。乱闘の開始だ。
「ぐはっ!」
「あうっ!」
不用意に突撃した2人は、たちどころに美優の
中段突きと中段蹴りの前に沈んだ。
「よっしゃ!」
「このまま関節を壊せ!」
しかし、人数差故に3人に両腕と左脚を掴まれた。
「うおおお……イダッ!?」
が、左脚を掴んでいた女は逆に全体重を
かけられて腕を踏み潰された。
「じれったいのよ!」
「あああっ!」
「止めて!!」
左腕にしがみついていた女は床へ叩きつけられ、
右腕にしがみついていた女は、周囲のチアガールを
凪払う鈍器変わりにされた。
「ギャアアアアアアッ!!」
その間、美優に腕を踏まれていた女は
そのままであり、苦痛に悶え苦しんだ。
「この化け物m…うわっ!?」
背後から美優を蹴ろうとした女が、拓人に
突き飛ばされた。
「頼むからどっちとも落ち着いてくれ!
このままじゃどっちも退学ni…グアアッ!?」
チアガール達が美優に襲いかかるのを
食い止めつつ、どうにか仲裁を試みた拓人
だったが、今度は彼が彼女達の標的になった。
「コイツ!」
「陰キャの癖に!」
「勘違い女に気に入られているからって
調子に乗るな!」
もう、踏んだり蹴ったりである。
「やめろぉぉ!! 拓人関係ないでしょおおっ!!!」
そして更に美優の怒りは加速し、拓人を
いたぶっているチアガール達を片っ端から
叩き飛ばし始めた。
そんな様子を隆二が気づかない筈が無かった。
「すまん武三。直ぐ戻る!」
ベンチ付近まで戻っていた隆二は直ぐ様
時速70kmまで加速した。
(何やってんだ俺! あれは美優に似たチアガール
じゃなくて美優だ! それにそもそも拓人が蹴られた
時点で止めに入らなきゃ駄目じゃねーか!! 何
個人の判断してんだ! このウスラバカめ!!
俺達を応援しに来た2人をみすみす退学に
させてたまるか!!)
隆二はガチ陰キャ時代に獲得した超速思考と、
SAFで獲得した時間感覚の加速を組み合わせ、
0.1秒で反省とやるべき事の確認を済ませると、
大ジャンプを行い、観客席と球場を隔てる網の
頂点から一直線に乱闘現場に直撃した。
「アカンベーのお尻ペンペン!!」
こんなガキも引っかかるか分からない挑発も、
理性が飛んだチアガール達を引き付けるには
十分な威力を発揮した。
「「「ぶっ◯おおおおおす!!!」」」
彼女ら全員が教育に悪い発言をしながら
突っ込んできた。そして隆二はそんな彼女らの
攻撃を、骨が角ばった身体部位で受け止める
ことで、暴行を加えずに彼女らの戦闘力を
奪いきったのだった。
「「痛いよーーー!!」」
「「「マザーーー!!」」」
痛みに悶絶する彼女らの姿は正に大きな
子供であった。まぁ、高校生だから子供なのは
間違いないが。
その後、試合そのものは隆二の学校がコールド
勝ちとなり、強豪校相手の快挙となったが、新聞に
見えやすく掲載されるのがチア部乱闘事件になるのは、
隆二達が学校に登校してから知ることとなる。
~日曜日~
「タァン!」
狙いすまされた一撃は、的の中心に直撃した。
『えー、それでは表彰。第100回、弓道大会高校生女子の部、優勝は、的場美優選手! おめでとう』
「ありがとうございます!」
美優が賞状を受け取ると同時に、会場全体に
拍手が響き渡った。
昨日の乱闘事件は先に手を出したのが向こう側
だった事と、向こうの顧問が部員達の発声の
小ささを恥じ、口外厳禁の条件で示談案件となった。
美優達も高校に戻ってから教頭先生から4分ほどの
お叱りを受けたが、逆を言えば自分達の悪かった
点を理解していたのでその程度で済んだ。
最も美優は非暴力の優位性と周囲への配慮の仕方を
学ぶということで3分長かったが。
「いやぁ、流石は清き韋駄天だなぁ」
「とても美しかった…………」
「一体どれだけの才能があって、どんな内容を
どれだけすればああなれるのかしら…………」
美優が弓道界隈で有名選手なこともあり、他校の
弓道部男子から人気を誇っており、同時に女子部員を
含む大勢からその実力を畏怖されている。そして
乱闘事件が世に出回ってからは、別の意味でも
畏怖されるようになることを、美優はまだ知らない。
「流石だな! 美優」
「隆二! それに拓人、武三…………あっ、剛毅
先輩まで! 応援しに来てくださりありがとう
ございます!」
「素晴らしかったぞ、実力も試合中の気迫もな」
(剛毅先輩…………まだあの時の事をビビってる
のか…………?? 美優、先輩に対して1欠片も
殺気を放ってないじゃん…………)
柔道部主将の3年生剛毅は、美優と武三の
お兄ちゃん的幼馴染みである。しかし、自分に
無関係なとある事件を境に、美優にビビるように
なった。
「そ、そんなぁ…………私の気迫なんて先輩や隆二の
足元にも及びませんよぉ…………」
(気迫が凄いかと言われたら、試合中に限定で
筋トレ中の俺並みに凄いと思うけどな)
筋トレ中の気迫と言われてもピンと来づらいが、
隆二基準でいえば、プロスポーツ選手の全力を
出している時並みにあると考えて良いだろう。
「じゃあ、私はバスで学校へ戻ります。
応援ありがとうございました~!」
美優が他の弓道部達と送迎バスで帰って
いったので
「俺達も帰ろうか」
「「「はい!」」」
男子も武三のお父さんの車で帰ることになった。
拓人以外軒並みマッチョ体型だったので、もしも
美優以外の女子がこの時相席していたら、精神崩壊
していただろう。
というか乗るスペースが無い。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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