第5話
「王女殿下、ひとつ忠告いたします。この世界は例え朱雀の力があろうとも、一筋縄ではいきません。前世の経験があるからと安易な行動はしないほうがいいですよ。」
気づかれてた!?
レイモンドはそれだけ言うと部屋を出て行ってしまった。
なぜ気づかれたのかしら。
朱雀の姿を見られた?
いえ、それだけなら私が転生者であることはわからないはず…。
「おい、食べないのか?せっかくの温かい食事が冷めてしまうぞ。」
「…食事?さっき食べたばかりじゃない。」
「何を言っている。食べたのは二刻は前だろう。我にとっては一瞬だが、人にとっても一瞬だとは知らなかったな。」
「え…二刻…って四時間も!?」
いつの間にかそんなに経っていたの。
道理でお腹も空いているわけね、とりあえず今は食べましょう。
レイモンドの発言について考えるのは後でもできるわ。
テーブルには黒パンとシチュー、イチゴジュムの小瓶が置かれていた。
一般的に、黒パンはシチューにつけていただくものなのに何故ジャムがあるのかしらね。
まあ、出されたからには食べましょう、もったいないもの。
…シチューの塩気とジャムの甘さがとても美味しいわね。
相当疲れているのね…、レイモンドと面会した以外特に何もしていないのに。
「ふむ、やはりジャムを頼んで正確だったようだな。」
「…頼んだ?朱雀、貴方どうやって頼んだのよ。」
「其方の中に隠れるように言われていたからな。体の制御を借りて頼んだぞ。」
「体の制御って、精霊はそんなことまでできるの!?」
それはつまり、悪用すれば乗っ取りができるということで…。
益々精霊への見方が変わっていくわね。
「普通はできぬぞ、四神程力が無ければ不可能だ。四神の契約者も相応の力を持つからな、先程のように精神的に無防備な状態でもない限り完全な制御はできぬ。そもそも、人の身でできることは精霊よりもすくない。乗っ取ったところで我ら精霊にはメリットなど無い。」
「そう…。」
精霊と人は能力も価値観も違う。
だからこそ、精霊にとっての常識はあまり広まっていないのかもしれないわね。
そんな風に朱雀と話していたら、あっという間に用意されていた食事を食べてしまったわ。
そろそろレイモンドの件について考えないといけないはね。
「考えても無駄だろう。其方は朝から考えていたが、推測のひとつも立っていないではないか。玄武の…レイモンドと言ったか、あやつに直接聞きに行くしかなかろう。」
「直接聞きに行くなんて、そんな簡単にはいかないのよ。色々な手続きが必要だけれど、それを担う侍女が私にはつけられていないし…。ねえ朱雀、貴方は四神なのだからこの世界に詳しいでしょう、何か知っているのではない?」
「……知らぬ。四神とて全知ではないから精霊のこととて知らぬ事もある。ましてや人の世の事など知らぬ事の方が多いのだよ。」
なによ、今の間は。
「とにかく、手続きとかいうものができないならば無いのと同じ。そのまま赴いてしまえば良いだろう。」
「強引に話を変えたわね。まあいいわ、行くしか解決策がわからないのであれば支度しましょう。」
「ほっ…」
朱雀が安堵したのがわかるけれど、今見逃しただけ。いずれ黙っている事については追求するわ。