第2話 『セイキオ』転生〜朱雀〜
目が覚めたとき、私は一瞬自分が誰だったのか混乱した。
落合姫乃という人物の記憶、メルリアーネ・エラ・サーフィリアスという人物の記憶、その両方が私の中で渦巻いていたのだ。
コンコンコンッ
「エルザでございます。朝のお支度を整えに参りました。」
「…っ!どうぞ!」
メルリアーネ付きの侍女エルザが入室してきて、私の世話をしていった。
ベットの脇に水の入った盥を置き、カーテンを開ける。
私が顔を洗うとドレスに着せ替え、朝食としてパンとスープ、ミルクの入った水差しをテーブルに置くと退室した。
これがメルリアーネの日常だった。
ここでようやく、私はメルリアーネであり、姫乃という前世の記憶を思い出したという考えに至った。
同時に、昨夜の朱雀との契約についても思い出していた。我ながら随分と反応が鈍いと思うわ。
「目覚めたか。」
「うわっっ。」
テーブルに近づこうとしたら、目の前に青年姿の朱雀が現れた。
危うくぶつかるところだったわ。
「なんだ、昨夜とは随分と反応が違うのだな。」
「いきなり目の前に現れれば驚きますわ。」
「なるほど、聴覚の反応は薄いが、視覚の反応は大きいと。覚えておこう。」
朱雀はそう言ってテーブルのパンをひとつ頬張った。それ私の朝食なのよ。行儀が悪いわね。
「…ゴクン。ここはサーフィリアス王家の城だろうに、食べているものの質は良くないな。財政難にでもなっているのか。」
「勝手に食べておきながら文句を言わないで。質が悪いのは私が才のない落ちこぼれ姫だからよ、すざ…く…え?」
「どうした?」
「…サーフィリアスの落ちこぼれ姫…朱雀…ガルウィス王国…四神…?」
「おい、いったい何を…。」
「…セイキオ…っっっ!転生した!?きゃっ…!」」
私は叫びかけて、なんとか思いとどまった。
叫んでしまえば人が来て、朱雀のことも私のことも知られてしまう。
それでも、動転してバランスを崩してしまった。
ーーーーー
「落ち着いたか?」
「ええ。助けてくださったことを感謝します。」
「堅い言葉遣いはやめろ。契約者にそのように態度を取られるのは煩わしい。第一、昨夜の態度と差があり過ぎであろう。」
「これが今の私の姿です。人間は状況によって言葉遣いや態度が変化するものなのですよ…はあ…。」
バランスを崩した私は朱雀に支えられて事無きを得た。
現在は二人でテーブルに着き、朝食を取っている最中だ。
朱雀は必ずしも食べる必要は無いらしく、私が食べているのを見ているだけなのだが。
食べ物を咀嚼している間は会話する必要は無いから、今の状況を整理して置きましょうか。
まず、私の名はメルリアーネ・エラ・サーフィリアス。
サーフィリアス王国の第二王女で現在は七歳。
そして、前世である落合姫乃の記憶を思い出したところ。
姫乃の記憶ではメルリアーネは乙女ゲーム『精霊の記憶〜悠久の時を貴方と共に〜』通称『セイキオ』の登場人物である。
『セイキオ』は四神をはじめ様々な伝説上の生き物をモデルとした精霊が住まう世界を舞台としている。
精霊は精霊術を使い、人間は魔力を持っていて魔法を使用する。
そして、精霊と契約した人間はその両方を使うことができる。
その為人間は精霊を敬い、精霊もそんな人間に手を貸すという共存関係を築いている。
精霊には序列があり、神と等しい扱いがされる玄武・朱雀・青龍・白虎の四神、天使や神使といった聖霊、力を持った動物や草花を司る精霊の順に地位や精霊力の高さが変わるのだ。
舞台となるスーフォリスト大陸には、北のノーセルム王国、南のサーフィリアス王国、東のラーグン帝国、西のガルウィス王国、という四つの国が存在している。
それぞれの国の王族・皇族は、精霊の頂点に君臨する四神本体が人間と交わり産んだ子を始祖とすると言われている。
彼らは生まれながらに精霊術を扱うことができ、その力を絶やさない為に代々四神や聖霊の契約者を伴侶としている。
物語は朱雀と契約した孤児であるヒロインが、ガルウィス王国の王立学院に入学するところから始まる。
そこで王子や公子をはじめとした攻略対象者たちと愛を育むのだ。 メルリアーネはこの学院の留学生で、攻略対象である公子の婚約者、つまり悪役令嬢なのだ。
そう、私は悪役令嬢で、朱雀はヒロインと契約するはずなのだ。おかしいでしょう!?
「何もおかしくはない。我等は興味を持った者と契約するのだ。其方の言う“ヒロイン”よりも先に其方に興味を持った、それだけだ。」
「ひゃあっ。...って今、私の考えたことに返事してっ!?」
「精霊の契約は魂を繋げることだからな。契約者が何を考え、思っているのかはどれだけ離れていようと判るぞ。」
なによそのプライバシーの侵害は。
勝手に契約して、勝手に心を読んで、人間はなぜそんな存在を崇拝してきたのかしら。
「人間の多くはこの事は知らぬ。精霊にとっては己の力を悪用しようとしているかどうか判断する切り札だからな。」
「…それは私に伝えて良い事でしたの?切り札が知れ渡ると困るのは貴方達精霊でしょう。」
「そう困る事でもない。知ったからといって何かが変わるわけでもないのだ。もし困るような事態になったらそれはその時に考えれば良い。」
そう言ってカラカラと笑う朱雀は、本当に気にしていないようだった。
精霊の能力だけでなく『セイキオ』についても、いったいどうしてなのかしらね。
「其方の疑問への答えは簡単だ。我は人間の色恋等には興味が無い、それだけだ。」
「…そう。」
コンコンコンッ
「メルリアーネ様、レイモンド・ノエル・アルロスト公爵子息様がお見えでございます。」
エルザの声と共に扉が開き、少年が入って来た。