第1話 メルリアーネ・エラ・サーフィリアス
人は優れているにしろ劣っているにしろ、自分とは異質な存在に対しては拒絶することが多い。
「まあ、ご覧になって。メルリアーネ王女殿下がいらっしゃいますわ。」
「あら、珍しいですわね。王家の公式行事にも滅多に出席なさらないのに。」
「仕方ありませんわ。王族でありながら魔力の一切ない、落ちこぼれ姫ですもの。」
そして、面と向かって言わず、本人に聞こえるようにささやく。それが相手にどれだけの影響を与えるかも考えずに。
ここ、サーフィリアス王国はスーフォリスト大陸にある四つの国のひとつである。スーフォリスト大陸には数多の精霊が存在し、人間と契約してくれることがあるという。
精霊と契約すると自身の魔力が増え、精霊術が使えるようになるという。大陸に存在する四つの国は、精霊の最上位たる「四神」の子孫が治め、代々精霊と契約した者を伴侶として、力を拡大して来た。
そのため、王族でありながら魔力のないわたくし、メルリアーネ・エラ・サーフィリアスの周囲には、味方などいなかった。
家族は魔力のないわたくしを王家の恥と言って無視した。
貴族は「落ちこぼれ姫」と囁き合い、見下していた。使用人も、そうした雰囲気を感じてわたくしには必要以上に接触しようとしなかった。
そんなわたくしに、父である陛下は縁談を持って来た。西の隣国ガルウィス王国の公爵子息である。
その方はガルウィス王家と北方のノーセルム王家の血を引き、この世界にいる精霊の最上位たる「四神」の玄武と契約している。
血筋と才、両方を持ち合わせているが故に両国の王家から危険視されているという。
身分は釣り合うものの、才のないわたくしと婚約させることで、両家に対抗する力を削ごうとしているらしい。
政略結婚が当たり前の身分ではあるものの、政略にもならない結婚をさせられることになるとは思わなかった。
期待されていない者同士、良好な関係を気づける可能性はあるものの、それ以前に生き延びられるかがわからない相手だ。
巻き込まれないようにするべきだろうか。
陛下は巻き込まれても困らない、むしろ巻き込まれた方が都合がいいと考えているのだろう。
そのように悩んでいる内に公爵子息との見合いの前日を迎えていた。
夜、ベッドに入ると突然声がした。
「へえ、我が居ても気づかぬか。確かに、あやつが言った通り魔力が無いようだ。」
「誰?」
「突然の侵入者に悲鳴も上げぬか。気に入ったぞ。」
「質問に答えてください。」
「名を問うても、素直に答える者は少ないぞ。名を知られれば支配される可能性があるからな。其方も真名を教える相手は慎重に選ぶことだ。」
声の主はそう言って笑っていた。
「つまり、答える気は無いということですね。」
少し苛立ってきたのが声に出てしまう。それでも声の主は気にしない風だった。
「はっはっはっ、そのように思うか。人というのはおもしろいものだ。ああ、名の話であったな。真名は別にあるが人には朱雀と呼ばれている。」
「はあっ!?」
これには驚いた。四神の一角がいるとは思わなかったし、何よりその内包している筈の力を感じなかったから。いくらわたくしに魔力がないとは言え、相手の魔力を感じることはできるのだ。
「どういう事なの。貴方の力を感じないし、ここに居る目的もわからないわ。」
「其方には魔力が無いから精霊の力に対する反発が無い、我の力を感じることができなくて当然だ。目的は…そうであるな、其方が契約者としておもしろいかの様子見であったか。」
わたくしの疑問に答えた朱雀と自称する存在は、 青年の姿を取るとわたくしに近づき、触れた。
「これほどまでに面白く、不安定で危なっかしい者など滅多に居らぬ。星の巡りには白は守り、黒は貫くと出ている。其方は確実に巻き込まれるであろう。自らの力を持たない其方では不便もあろう、我が力を貸そう。」
そう言った彼の言葉をわたくしは理解できなかった。そして、考えている余裕もなくなった。
彼との契約が突如始まったのだ。
彼はわたくしの中に溶け込むように入り、わたくしは膨大な力と記憶に呑み込まれた。