プロローグ
「誰かの一番になりたい。そして、その人とずっと一緒にいたい。」
人は誰でもそんな欲を持っていると思う。恋人と永遠の愛を誓ったり、親友と「一生仲良しでいようね。」と言ったり。
落合姫乃にとって、その相手は乙女ゲーム『精霊の記憶〜悠久の時を貴方と共に〜』のキャラクターだった。
「やったわ!ついに隠しキャラの青龍皇子のトゥルーエンドをクリアできたわ。」
姫乃は持っていたスマホを掲げてそう叫んだ。
「姫は最近、ずっとそのゲームしてるよね。何がそんなに面白いの?」
「愛されたい欲求が強いんだろう。現実で見つからないからゲームにはしったんだよ。」
喜ぶ姫乃にそう言ってくるのは、幼なじみの白鳥舞と水瀬冬真だ。
「いいじゃない。ゲームだからこそ、彼らは私だけを見て、私だけに愛を捧げてくれるのよ。浮気や心変わりのない、理想的な恋人よ。」
「おまえの浮気はいいのかよ。相手は複数な上に、全員婚約者持ちだろう。」
「それは言わない約束よ。それに、婚約者達との交流も魅力的なのよ。親友になったり、ライバルとして切磋琢磨したりね。どうしようもない悪役令嬢や根暗な落ちこぼれ姫なんかもいるけど、それ以外はいい子達なのよ。」
「婚約者の扱いの差がすごいな。」
姫乃の返答に冬真がツッコミを入れていると、舞が膨れていた。
「姫のことを一番好きなのは私なのに。ゲームのキャラじゃ、姫乃は守れないじゃない。私は認めないよ。」
「ありがとう、舞。でもゲームの中では、彼らは私のことを必ず守ってくれるのよ?」
「現実で守れないと意味ないよ。…私、飲み物買ってくる。」
そう言うと、舞は2人から離れていった。
「私、守られなきゃいけないほど弱いつもりはないんだけどなあ。」
遠ざかる舞の背中を見ながら、姫乃は呟いた。それを聞いた冬真が声をかけてきた。
「姫乃のことが大事なんだよ。舞も、もちろん俺も。だから、俺は姫乃の側にずっといるからな。」
「なに言ってるのよ。冬真は舞の彼氏でしょう。恋人以外にそういう事、言っちゃダメよ。」
姫乃が茶化すように返すと、冬真は真剣な顔で睨んでいた。
「だからこそ、だ。姫乃、おまえは遠慮しすぎなんだ。誰とずっと一緒にいたいのか、素直になれよ。言わないと伝わらないし、わからなければ応えようがないんだから。」
「…ありがとう。でも、私はこれでいいの。」
「そう…か。だけど姫乃。俺は…俺達は姫乃の幸せを望んでいるってことは覚えておけよ。」
「ええ。」
それっきり、舞が戻るまでの間、2人は沈黙した。
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「それで、姫はどのキャラが好きなの?」
舞は買ってきた緑茶を飲み干すと、姫乃に聞いた。
「急にどうしたのよ?舞は今までゲームに一切興味なかったじゃない。」
「調査よ。相手を見定めるにも、姫の好みの把握は大事でしょう。それによって求められることも変わるんだし。」
そう言う舞に、姫乃と冬真は呆れた表情を浮かべた。
「見定めるって…。まあいいわ。私が好きなのは『精霊の記憶〜悠久の時を貴方と共に〜』通称『セイキオ』のシリウスよ。」
「舞も舞だが、それを軽く流す姫乃も姫乃だな。それで、そのシリウスはどんなキャラクターなんだよ?」
冬真は姫乃の返答に呆れた声を出したが、呆れながらも先を促した。
「シリウスはヒロインや他の攻略対象より年上の司祭よ。『セイキオ』は、四神を最上位とした精霊と契約している人物が多いの。彼を含む攻略対象も、もちろん契約しているわ。他の攻略対象は四神や精霊の上位体の聖霊と契約しているのだけれど、彼だけが下位精霊と契約しているの。それでも、彼は努力して実力をつけて、メインヒーローの王子や公子とも互角に渡り合えるようになるの。契約精霊も彼とともに努力して、最終的には聖霊に昇格するの。努力する姿が魅力的だし、努力は実ると信じて実現した彼らは本当にかっこいいわ。」
「お、おう。熱量がすごいな。」
「冷静な優しいお姉さんってイメージのある姫がこうなるのは珍しいよね…。』
いきなり饒舌になった姫乃に、2人は引き気味に相槌を打った。
「それにしても、司祭で努力家で実力があるって、姫の好みって父様みたいだね…。」
「確かに舞のおじさまは神社の神主で、努力家でもいらっしゃるけれど…。」
「なんというか、どこの武将かってぐらい筋骨隆々だよな、おやっさん…。」
「「「ただ、あれは確実に何か間違ってるよねえ…。」」」
舞の父は、舞の実家の神社の神主であり、幼なじみで神社の手伝いをするこちもある姫乃と冬真もお世話になっている人物である。
「実力という点では信頼できる人だし、おやっさんに習った弓は特技だけどな。」
「私も神楽教わった時にわかりやすくて驚いたのよね。」
「教えるのは上手なのに、加減を知らないからスパルタになるんだよ。それで辞める人が多くて人手不足になるのはどうにかならないのかな。」
「諦めなさい。おじさまのあれは個性よ。治るものではないわ。」
スパルタではあるが、悪い人ではない。それ故に慕う者達もいるのだ。ただし、全員が武人並みの強さを誇るが。
「…ところで、姫乃はそろそろ時間じゃないのか。『セイキオ』のイベントにいくんだろう。」
「そうだったわ。教えてくれてありがとう、冬真。それじゃあ2人とも、デート楽しんで。」
「姫も楽しんで来てね。」
「ええ、また明日。」
「気をつけてな。」
そう言って姫乃は2人と別れ、交差点を渡ろうとした。
「「姫っ」」
キキィィィッドン
突然の衝撃とともに、鋭い音が響いた。
それが、落合姫乃の最後の記憶であった。