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ぶつけられる悪意

よろしくお願いします。

 それからテオは毎日わたしの働くカフェに来るようになった。それというのも、テオの就職先がカフェからほど近い商店だったからだ。


 テオは計算が早いので、その商店で帳簿の計算を任されたらしい。つくづくわたしとは頭の出来が違う。


 そのため、仕事帰りにカフェにわたしを迎えに来るのが日課になってしまった。すると、カフェに来るお客さんの客層が変わった。


 以前は昼食の時間に合わせて来店していた女の子たちが、テオ目当てにテオが来る時間に合わせるようになったのだ。


 だけどテオはそんな視線はどこ吹く風で、仕事中のわたしに平気で話しかける。その度にわたしは女の子たちからのきつい視線を浴びることになって気が休まらない。


 そしてとうとう女の子たちの不満は爆発した。


 ◇


「店員のくせに馴れ馴れしくないですか?」


 注文のケーキを運んだら、険のある目つきで私よりも年下だろう女の子が切り出した。


 いつも来てくれるお客様の一人だけど、わたしは彼女に馴れ馴れしく話しかけた覚えはない。不思議に思って問い返す。


「あの、どなたかとお間違えではございませんか?」

「あなたよ、あなた。あなた、彼とどういう関係?」


 彼といっても、わたしに異性の友人はいないのだけど。いるのはアウグストとテオという兄と弟だけだ。


「彼とはどなたですか? 私には覚えがないのですが」

「いつも来ている彼よ。一人の客を特別扱いして年増のくせに色目まで使うの? 最低ね」


 いつも来ている彼というと、テオしか思い当たらない。姉弟にしてはあまりにも似ていないから勘違いしているのだろう。そう納得はしたけれど、年増は酷い。グサグサと言葉が胸に刺さる。


「いえ、わたしは特別扱いをした覚えはありません。元々知り合いなので色目を使ったと言われましても……」


 どう説明すればいいか悩む。弟だと言えばいいのかもしれないけれど、テオもわたしもあまり素性を明かしたくない。貴族だと知ってそれを悪い方に利用する人もいるかもしれないのだ。


 知り合いと言葉を濁すと、彼女の目つきは更にきつくなる。


「知り合いっていっても色々あるじゃない。まさか彼女ってことはないわよね。彼とあなたではあまりにも不釣り合いだもの」


 馬鹿にしたような物言いに腹は立つけれど、彼女はお客様だ。我慢して笑顔を作る。


「そうですね。おわかりいただけたのならもうよろしいでしょうか?」

「は? 店員のくせに客に楯突くの?」


 楯突いた覚えは全くないのだけど。どんな関係だとしても、テオに馴れ馴れしく接するわたしが気に入らないということなのだろう。そうなると何を言っても無駄だ。どう切り抜けるかと悩んでいると、入口の扉が開いて来客を告げる。内心助かったと、扉を見た。


「いらっしゃいませ……」

「やあ、クレア」


 入ってきたのはテオだった。いつものように気安くわたしの名前を呼ぶものだから、前の彼女に油を注ぐ結果になり、怖くて彼女の顔を見られない。


 引きつった笑みを浮かべるわたしに、テオは怪訝な顔で話しかけてくる。


「クレア、どうしたの?」

「いえ、何でもありませんからお気になさらず。こちらの席でよろしいでしょうか?」


 彼女から離れた席にテオを案内すると思わず安堵の溜息を漏れる。それからテオに小さな声で注意した。


「ここに来たらあまりわたしに構わないで。わたしとテオの関係を勘繰って、女の子たちからの視線が痛いのよ。姉弟だって言ったら、わたしたちの素性を根掘り葉掘り聞かれそうで言えないし」

「確かに。実家では護衛付きだからね。家を継ぐわけでもないのに、未だに誘拐の心配をしないといけないような中途半端な身分が恨めしいな」

「ええ、本当に」


 二人で顔を見合わせて溜息をつく。


 テオがここに来なければいい話なのかもしれないけれど、来るなとは言いたくなかった。嬉しそうな顔で会いに来てくれると、やっぱりわたしも嬉しい。


 だけど今は仕事に専念しないと。先程から彼女の視線が突き刺さって痛い。


「それじゃあ、わたしは仕事に戻るわね。ご注文は?」

「じゃあ、紅茶で」

「かしこまりました」


 テオに頭を下げて、厨房へと向かう。そして、女の子の横を通り過ぎようとした時にそれは起こった。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴とバシャッと何かをこぼす音。反射的にそちらを向くと、女の子が机に水をこぼしていた。その水は机を伝ってスカートまで流れ落ちる。


 その様子を呆然と見るしかなかった。彼女はテオに見えないように小さく嗤うと、傷ついた表情になった。


「ひどいわ! このスカートお気に入りなのに! わざとぶつかったの?」

「え?」


 何を言われているのかわからなかった。周囲を見回すと、他のお客様がわたしを非難するように見ている。


 厨房の方ではダンさんとリーシャさんが心配そうな顔で、今にも飛び出してきそうだ。二人を安心させようと笑いかけてから、彼女に向かって頭を下げた。


「……申し訳ございません」

「謝って済むと思っているの? 仕事もせずに男にかまけているからこうなるのよ」


 投げつけられる言葉に、悔しくて唇を噛み締めた。これではわたしが自分の非を認めたも同然だ。だけど、また楯突いたと言われて、今度はお店に難癖をつけさせるわけにはいかない。こうして怒りがおさまるまで耐えるしかないと思った。


「クレア、謝ることはないよ」


 テオの低い声が間近で聞こえて、わたしはのろのろと頭を上げた。テオはいつのまにか立ち上がって、わたしの隣に来ていたようだ。頭一つ高いテオの顔を見上げると、怒りの形相で彼女を見ていた。


「さっきから何なんですか? クレアはぶつかってもいないし、男にかまけてもいないでしょう? 変な難癖をつけるのも大概にしてくれませんか」


 テオの怒りを感じたのか、彼女は蒼白で体を震わせた。だけど、それくらいでは引き下がらなかった。蒼くなりながらもテオに言い返す。


「何であなたが言い返すんですか? あなたには関係ないでしょう?」

「それじゃあ聞きますが、あなたは自分の身内が変な言いがかりをつけられて、黙って見ていられるんですか?」

「え、身内?」

「ええ、そうです。それこそあなたには関係ないですけどね」


 テオは冷たく言い放つと、わたしの方に向き直った。それから心配そうにわたしの顔を覗き込む。


「クレア、大丈夫? 僕のせいでごめん」


 呆けていてその言葉を理解するのが遅れた。慌てて首を振る。


「いいえ、テオのせいじゃないわ。わたしが至らないばかりに迷惑をかけてごめんなさい」

「だけど……」

「本当にテオのせいじゃないのよ」


 更に謝りそうなテオを止める。客商売なのにわたしはお客様を怒らせてしまった。嫉妬心から始まったことだとしても、わたしがきちんと対応できていればよかった。情けなくて涙が出そうだ。


 再び女の子に向かって深く頭を下げる。


「本当に申し訳ございませんでした」

「わ、わかればいいのよ」


 女の子はそれ以上は言わずに、そそくさとお金を払うと店を出て行った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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