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恋愛不信

ブックマーク、評価、感想、ありがとうございます。


よろしくお願いします。

 店を出るとテオが右手を出した。


「クレア、荷物を貸して」

「重くないから、大丈夫」

「いいから」


 断ったわたしからテオはさっさと肩掛け鞄を奪うと自分の肩にかけ、差し出した手でわたしと手を繋ぐ。


「……テオ。わたしはもう子どもじゃないわ」


 迷子のように手を引かれるのは恥ずかしい。渋面でそう言うと、テオは苦笑する。


「わかってるよ。これは姉弟としてではなくて、異性としてだから」

「それはそれで問題なのよ」


 テオに手を引かれながらそんな話をする。これまでのテオとは全く違う扱いに、わたしはただただ困惑していた。


 そうして夕暮れの街を二人で手を繋いで歩く。周りでは走って帰る子どもたちがちらほらいて、懐かしさに口を開いた。


「なんだか懐かしいわね。お母様が再婚してすぐの頃、テオが迎えに来てくれたことを思い出すわ」

「ああ、そんなこともあったね。クレアがこっそり脱走するものだから、母上がすごく困っていたよ。貴族階級の子どもの一人歩きは危ないのに、クレアは全くわかってないって」


 テオはわたしの顔をちらりと見ると吹き出す。


「心外だわ。わたしは別に脱走をしたかったわけじゃないもの」

「わかってるよ。住んでいた家に帰ったんだろう? 環境が変わって戸惑わない人はいないと僕も思うよ」

「……それもちょっと違うんだけど」


 母が再婚して寂しかったのは確かだけど、それ以上にわたしは父と母と三人で暮らした思い出を捨てたくなかった。


 母が父を忘れても、わたしだけは忘れてはいけない気がしたのだ。例えわたしたちを置いて出て行った人だとしても。


 新しい父が嫌いなわけじゃなかった。リュドガー男爵は初対面から優しくて、実の娘同様に可愛がってくれていた。それでも実の父を求める気持ちがその時はあったから、素直に受け入れる気持ちにはなれなかったのだ。


「じゃあ、どういうこと?」


 テオが不思議そうにわたしに尋ねる。だけど、わたしは言いたくなかった。もう全ては過去のことだ。


「それはどうでもいいの」

「よくない。僕はクレアがどんな気持ちでいるのかが知りたいんだ。クレアのことなら何でも知りたい」

「テオ……」


 テオは昔からこうしてわたしの気持ちを知りたがる。それだけ家族思いなのだとわたしは思っていたのに、今朝の言葉を思い出して苦い気持ちになった。


 ──どうして姉弟でいられないの。


 わたしは恋愛なんて信じない。


 わたしの本当の父と母は恋愛結婚だった。近所でも仲がいいと評判で、娘のわたしから見ても羨ましいくらいに仲がよかったと思う。


 それなのに、別れは唐突に訪れた。父は母とわたしを置いて出て行ってしまったのだ。理由を知りたくても、傷ついた母を追い詰めたくなくて父が出て行った理由を聞くことはできなかった。


 口さがない人たちは、父に好きな人ができたから出て行ったのだと噂をしていた。その言葉を信じたわけではないけれど、わたしはあの時にわかったのだ。恋愛はいつか終わる。そして終わってしまえば得るものよりも失うものの方が多いのだと。


 だから、テオにもわかって欲しい。この関係が一番いいのだ。姉と弟の距離感なら、一生付き合っていけると思うから。大切だから、失いたくないから受け入れられない、そんな気持ちもあるのだ。


 今のテオは気の迷いで言い出したに違いない。それなら飽きるまで付き合うかと、諦め混じりで答える。


「……本当のお父さんを忘れたくなかったから。お父さんとお父様はやっぱり違うの」

「その気持ちは何となくわかるよ。僕も母上のことは忘れられないから」

「あ……」


 隣にいるテオを見ると、寂しそうに目を伏せていた。


 テオとアウグストの生みの母は、テオが四歳の頃に亡くなったそうだ。そんなに小さい頃だとほとんど覚えていないだろう。わたしよりもテオの方が余計に忘れることが怖いのではないだろうか。


 思わずテオと繋いだ手に力が篭る。


「……そうね。思い出は大切。だけどお父様もアウグストもテオも大切な家族だと思っているわ」


 するとテオはふっと小さく笑った。わたしは特に面白いことを言ったつもりはないのだけど。首を傾げるとテオはわたしを横目で見る。


「嬉しいんだけど、もうそれだけじゃ足りないんだ。クレアの言う大切な家族っていうのは母上も父上も、兄上も僕も同じなんだろう? 僕は違うよ。両親や兄上は離れてもそこまで心配にはならなかったけど、クレアだけは離れると不安になった。元気だろうか、泣いてないか、好きな男ができていないかとか。離れていればいるほど気になって仕方がなかったよ」

「……わたしもテオのことは心配だったわ。元気なのか、友だちができたのかって」

「だけど、恋人ができていたらとは思ってくれなかったんだろう?」


 どことなく責める口調に、何故か後ろめたい気持ちになった。どうしてわたしが責められるのだろう。納得できなくて反論する。


「だって、テオに恋人ができたとしても姉弟の絆は変わらないでしょう? わたしはそれでいいもの」


 そう言うと、テオは足を止めて俯く。つられてわたしも足を止める。


「……クレアは残酷だね。そうやって逃げ道を作って僕の思いを否定するんだ?」

「そんなつもりは……」


 ないとは言い切れなかった。わたしが姉弟でいたいと思えば思うほど、テオは苦しむのだろうか。


 だけど、テオがわたしを好きな理由がわからない。テオだったらアウグストと同様に女性にモテるはずだ。


「……わたしにはわからないの。テオがわたしを好きな理由が。わたしはどこにでもいそうな平凡な娘よ? テオやアウグストの周囲にいるような洗練された生粋のお嬢様とは違うわ」

「だから?」

「だからって……」

「そんなことは初めからわかってるよ。わかった上でクレアじゃないと駄目なんだ。これでもまだ僕の気持ちを否定する?」


 否定したかったわけじゃない。どうしても信じられなかったのだ。テオは子どもの頃からわたしを姉として慕ってくれていた。それが見せかけだったとは思いたくないし、関係が変わることが怖い。


 だけど、わたしがそうやってテオの気持ちを否定するようなことをすればテオは傷つき、離れていくのだろうか。実父のように──。


 わたしはずるい。テオの気持ちに応えられないくせにテオを失いたくないとも思っている。


「ごめん、なさい……」


 俯いて唇を噛みしめる。こうして謝ることもまた、テオを傷つけるのかもしれないのに。テオはわたしの手を引いて抱き寄せた。


「ごめん、クレア。追い詰めるようなことをして。僕は弟で年下で、って不利な条件しかないからこうするしかなかった」


 頭上から聞こえるテオの声は沈んでいた。テオが謝ることじゃないのに。わたしが勝手にテオの気持ちを気の迷いだとか決めつけて、はぐらかそうとしたのだ。わたしが悪い。


「ううん。テオは悪くない。わたしが悪かったわ。だけどお願い。時間をちょうだい。ちゃんと考えるから」


 テオの胸に顔を埋めて答える。


 昔はわたしが テオを慰めるために抱きしめることが多かった。身長もわたしの方が高くて、守ってあげなければという姉としての責任感に突き動かされていた。


 いつのまにか変わっていた身長差のように、変わらないものなんてないのかもしれない。


 恋愛は信じてないし、恋愛感情はわからない。それでも、こうして気持ちをぶつけてくれたテオのためにもちゃんと考えようと思い始めたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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