テオの気持ち
よろしくお願いします。
わたしは今聞いた言葉が信じられず、テオとの体の隙間に手を入れると突っ張って体を引き離した。
「悪い冗談はやめて。そこまで嫌われていると思わなかった……!」
「冗談なんかじゃない! 僕はずっとクレアが好きだったんだ! だから昨日、屋敷に帰ってすぐに母上に話したよ。僕はクレアが好きで、これから気持ちを伝えに行くって」
「え……」
テオの言葉に弾かれたように顔を上げると、テオの真剣な眼差しと視線が絡まる。
黙ったわたしにテオは嘆息すると、続けた。
「……先にクレアに打ち明けるか、母上に打ち明けるか悩んだんだ。だけど音信不通で、クレアに恋人がいるかわからなかったから、母上に先に話してクレアの今の状況を教えてもらった。まだ恋人はいないんだよね?」
「そうだけど……」
怪訝に見返すわたしの手をテオは握り、顔を近づける。
「それなら僕とのことを考えて欲しい」
──これは誰? わたしが知っているテオじゃない!
怖くなったわたしは、テオの手を振りほどく。射抜くような視線に耐えられず目を逸らした。
「……ごめんなさい。テオは大切だし、好きよ。だけど、弟としか思えない。だから……」
「待って。僕がその答えを考えなかったと思う? そうやってすぐに結論を出すのはやめて欲しいんだ。僕だって姉と弟という関係を壊してまで思いを告げてもいいのかって葛藤したんだ。それでも諦めたくなかったから」
「テオ……だけど、どうして? テオだったら、わたしよりもずっと素敵な女性が似合うと思う」
生粋の貴族で、頭が良く、容姿も優れたテオに憧れる女性は多い。だからわたしは姉であっても釣り合わないと嫉妬されることがあったというのに。
「そんな言葉はクレア本人から聞きたくない。クレアは似合う似合わないで人を好きになるのか? 僕は違うよ。ただクレアじゃないと駄目なんだ」
「……」
わたしは何も言えなかった。テオのような素敵な男性にここまで言われて、喜ばない女性はいないだろう。だけど、それは彼を一人の男性として見ていた場合だ。
ここで断っても、受け入れても、きっとテオとこれまで通りの関係ではいられない。いっそ聞かなかったことにしたいという卑怯な思いが湧いてくる。
なかったことにして欲しいと懇願するようにテオを見ると、テオは苦笑した。
「クレアは嘘をつけないね。どうすればいいかわからないって顔をしてる。だけど駄目だよ。意識して欲しいから言ったんだ。なかったことになんてさせない。母上にはちゃんとわかってもらえたから」
「本当に? あのお母様がわかってくれるとは思わないのだけど……」
血は繋がっていないとはいえ、戸籍上は姉弟だ。わたしやテオを思うからこそ反対するに違いない、そう思っていたのだけど。わたし自身がそう願っていたこともあるのかもしれない。そういう大義名分があればテオも諦めるしかないと。
テオは顔を顰めて溜息をついた。
「まあ、苦労はしたよ。最初は猛反対だった。だけど、僕は本気でクレアを思っていて、クレアが頷いてくれれば結婚もしたいってちゃんと話してわかってもらった」
「結婚⁈」
思ってもなかった言葉に思わず声が裏返った。
冷静になろうと深呼吸をして、頭痛を堪えるように額を右手で押さえる。
「ちょっと待って。立て続けに色々言われて混乱しているのだけど。まず第一に姉弟では結婚できないでしょう?」
「血は繋がってないから問題ないよ。必要があれば僕が籍を移してもいい」
「そんな簡単に……」
「簡単じゃない」
テオはきっぱりと言った。おかげでわたしは言葉を失ってしまった。逡巡するように視線を彷徨わせると、テオはわたしの手を握りしめる。
「色々考えた上なんだ。僕はずっとクレアが好きだった。だけどクレアは僕を弟としてしか見てくれなかった。だからずっとクレアに合わせてきたよ。自分の気持ちを押し殺して。寄宿学校に入ったのは、将来的なことを考えてのこともあったけど、離れてもう一度自分の気持ちに向き合いたかったんだ。それで確信した。僕はクレアが好きでこれからも一緒にいたいんだと」
「テオ……」
わたしは呆然とテオを見ることしかできなかった。目の前にいるテオは、外見こそわたしが知っているテオなのに、中身はまるで別人だ。
わたしは一体テオの何を見てきたのだろうか。
「だから、これからは遠慮しない。こうして打ち明けたからには男として意識してもらえるように頑張るよ。僕もこちらで仕事が決まったんだ」
仕事が決まったの一言で、思考が戻ってきた。思わず笑顔になってテオに言う。
「仕事決まったの? おめでとう!」
今度はテオが驚いて目を瞬かせたかと思うと、苦笑した。
「何だろう。好きだと言って困った顔をされた後に就職を喜ばれると、嬉しいんだけど複雑だよ」
「テオ……」
「まあ、今はそれでいいよ。いずれ僕の本気がわかるだろうから」
そう言うと、テオはティーカップを持ち上げ、一気に飲む。淹れたてで熱かったはずのお茶は話している間に冷めてしまったようだ。
「ごちそうさま。今日もこれから仕事なんだろう? それじゃあ僕は帰るよ」
テオは立ち上がり、用は終わったとばかりにさっさと玄関へ向かう。その後ろ姿を慌てて追いかけると、テオは扉を背にわたしの方に向き合った。
「それじゃあ、また」
「ええ……ま、た?」
わたしがそう言うと、テオの顔が近づいてくる。何をされるのかわからず反射的に目を瞑ると、頬に柔らかい感触が触れた。
「テオっ!」
目を開くと、いたずらっぽく笑うテオと目が合った。
「家族なんだから頰にキスくらいはいいよね?」
わたしが言ったことだから、ぐうの音も出ない。いいとも駄目だとも言えず、困った顔でテオを見送ることしかできなかったのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。