突然の告白
よろしくお願いします。
コンコンと扉のノッカーの音が聞こえて、わたしは慌てた。
まだ早朝といってもいい時間で、寝間着の上に顔も洗っていない。こんな時間に誰が何の用なのか。
そんなことをじっくり考える間もなく、ノッカーの音は次第に激しくなる。ここはアパートメントの一室で、他の部屋ではまだ眠っている人もいるはずだ。
「はいはい! すぐに行くからちょっと待ってください!」
着替えながら扉に向かって叫ぶ。ひょっとしたらこの声さえも近所迷惑かもしれないけれど。
顔を洗うと、焦げ茶色の長い髪に櫛を通しながら玄関へ来て扉を開ける。
「お待たせしてごめんなさい。どちら様……」
問いかけようとしたけれど、一目見てすぐに誰かわかった。
一度見たら忘れないだろうさらさらの金髪に、涼しげな目元の美形男性。目を見開いたわたしに彼はにっこり笑って告げる。
「久しぶり、クレア。いや、姉上の方がいいのかな?」
「テオ……」
そう、彼は約一年ぶりに会うわたしの弟──テオドールだった。
◇
「へえ、こんなところに住んでるんだ?」
テオはずかずかと室内に入るなり、物珍しげに部屋を見回す。その隙にわたしはお湯を沸かし、お茶の用意をする。
ここは単身のアパートメントで、それほど広くない。台所とダイニング、居間が一緒になっていて、台所にいるわたしから居間に座るテオの姿は丸見えだ。
だから、どうしてもきょろきょろと細かいところまで見ようとするテオが気になって仕方ない。
「あまり見ないでくれる? 一応わたしも年頃の娘で、それなりに羞恥心はあるのよ」
「姉弟なのに?」
テオはソファに座ると長い脚を組んで、面白そうにわたしに問いかける。
その言葉はわたしの胸に突き刺さった。
──思ってもないことを言わないで。
「……親の再婚で姉弟になっただけじゃないの」
そう。わたしたちは血が繋がっていない。わたしが十二歳でテオが八歳のときにわたしの母とテオの父が再婚をしたから、もう十年経つ。
金髪碧眼で、物語に出てくる王子のような容姿のテオとは反対に、わたしは焦げ茶色の髪に同じ色の瞳。
一緒にいると、いつもわたしは引き立て役だとか、釣り合いが取れないと陰口を叩かれたものだ。姉と弟で釣り合いも何もないとは思うのだけど。
暗く呟いたわたしの言葉にテオは怪訝に眉を顰める。
「クレア? どうしたんだ?」
「何でもないわ。それよりもこんなに朝早くから何の用?」
お茶を出し、テオの向かいのソファに腰掛けると迷惑そうな表情でテオに問う。そうでないと、色々な想いと言葉が溢れ出しそうだった。
テオは表情を消すと、低い声で答える。
「……ようやく寄宿学校を卒業したから、こうして来たんじゃないか。僕がいない間にどうして家を出たんだ?」
「そんなことでわざわざ? 別にテオがいようがいまいがわたしはいずれ家を出るつもりだったわよ。わたしは貴族のお嬢様って柄じゃないもの」
わたしと母は平民だった。そんな母をテオの父であるリュドガー男爵が見初めて再婚したのだ。
再婚当初は大変だった。貴族の血統に平民の血が混じるとリュドガー男爵の親類は反対し、貴族社会では蔑まれた。
そんな中で、リュドガー男爵や四歳年下のテオと、六歳年上のアウグストがわたしや母を庇ってくれていたから、それまで頑張ってこられた。だけど──。
思い出したくないことを思い出しそうになって、わたしは思考を振り払うように頭を振った。
テオはそれでも納得していないのか、更に追求する。
「答えになってない。出ようと思えば今までだって出られたはずだ。僕はクレアが待ってくれていると思ったから、家に帰るのを楽しみにしていたんだ。それに、その頃から手紙が途絶えたのは何故? それも何か関係がある?」
「別に関係はないわ。環境が変わって忙しくなったから手紙を書く時間がなくなったの。それにもうあなたも大人なんだから、姉にべったりするのもおかしいわよ」
「さっきの言い方ではクレアは僕を弟と認めてないようだったけど、弟だって認めてくれた?」
先程からテオはわたしを追い込んでくる。我慢していた怒りがふつふつと湧き上がってきて、わたしは堪らず声を荒げた。
「だから! わたしを姉だと思ってないのはあなたの方でしょう? わたしを姉だと思えないと言っているのを聞いたのよ!」
約一年前のことだ。
寄宿学校が休みになるから帰ると手紙が届き、わたしはテオをリュドガー邸で待ち構えていた。
だけど、帰ってきたテオは一人ではなかった。事情があって家に帰れないからと同級生の男子を屋敷に呼んでいたのだ。
久しぶりにテオとたくさん話そうと思っていたわたしはがっかりした。だけど、テオにも交友関係があるのもわかっていた。
テオの部屋を通りかかったわたしは、テオにお帰りと言えずに部屋から離れようとして聞いたのだ。クレアを姉とは思えないと話しているのを。
ショックだった。家族の中で、テオとは一番仲がいいと思っていたから。
母は貴族の家に嫁いだことで肩身の狭い思いをしていた。その上、後妻ということで前妻の子であるアウグストとテオに気を遣って、ことさらわたしに厳しかった。
子どもながらに母の立ち位置がわかってしまったわたしは、否が応でも大人にならざるを得なかった。
だけど、テオは言ってくれたのだ。クレアは子どもだから甘えてもいいのだと。母や義父に甘えられないのなら、代わりに弟の自分に甘えればいいと、年下なのに一所懸命にわたしを励ましてくれようとしているのがわかって嬉しかった。
おかげでわたしは、テオにだけ悩みを打ち明けるようになった。ずっと一緒だったし、これからも姉弟の絆は変わらないと思っていたのに、裏切られた気がした。
「……っ、もう、帰ってよ……」
あの時の気持ちが蘇って、視界が潤む。テオはそんなわたしの隣に座ると、わたしを抱きしめる。
「そこしか聞いてなかったんだね。僕はてっきり全部聞いたから僕を避けているんだと思ったよ」
「どういう、こと……?」
テオの肩に顔を埋めたまま問うと、テオは予想だにしないことを告げた。
「僕はクレアを姉だとは思えない。一人の女性として好きなんだ」
読んでいただき、ありがとうございました。