第一章「誰にでも持つ、生きる意味」
大体水曜日に投稿しようと思います。
第一章「誰にでも持つ、生きる意味」
脅威は過ぎ、ポッカリと心に穴が開いたように立ち尽くすゲデル。
「ゲ、ゲデルさん……」
心配そうな声をかけるレンだが、ゲデルは無表情のままレンを諭す
「小僧、言いたい事は分かっておる。じゃが、ワシらドワーフは森の守護者。例え相手が誰であろうとも、例え一緒に死ぬのを約束した妻であろうとも、敵になるのなら殺すまでだ。覚えておれ、生きるとは、誇りを持つ事だ。ワシにとっての誇りは、この森じゃ。だから森の為に死ねるのなら、ワシも、そして仲間達も本望だ」
それがドワーフの生き様。
森の為に戦い、森の為に死に、森の為に土へ還る。例え操られていたとは言え、森を傷つける行為は最悪の裏切りに値する。
もはやそうなれはここを出ていくか、死ぬかしかない。裏切り者に手をかける勤めを果たすのも、ゲデルの仕事だった。
「ア……ガ……」
突然、喉元に矢が刺さったゴブドワーフが不意に声を上げる。だが思うように声は出せないらしく、擦れながらも、そのゴブドワーフは声を出し続けた。
「ア……リ……ガト。アイスル……ヒトニ、サイゴヲミトドケテ……モラエテ、アタシャ、マンゾク……ダ……ヨ」
最後の時が過ぎ、ゴブドワーフは伸ばした腕が地面へと落ちる。
ゲデルは変わり果てたそれを見続け、ギリっと歯軋りを鳴らす。
「馬鹿野郎。その言葉は、俺がお前に向けて言おうと約束した言葉だろうが。俺に言ってどうするんだ」
見ればゲデルの瞳から溢れる、一筋の涙。森の守護者と言えど、心を持つが故に悔しさを抑えきれなかった。
それを黙って見つめるレン。
家族を失う痛みは文字通り痛い程に分かる。ただ支えを失う悲しさは、レンにはまだ分からない。
それでも、レンはその痛みや悲しさが分かる。そう言いかけたのだが、ゲデルがレンを睨みつける。
「小僧、余計な同情はするな。それは俺にとっても、アイツにとっても侮辱になる。失った者の悲しさは、失った者にしか分からん。その悲しさは、ワシだけが背負うべきじゃ」
怒りを含みながらも、何処となく哀愁さえも感じさせる。
『(……これ以上は何も言うな。ジジィだって、こんな結末を望んでいなかったんだろう。生きていないのは覚悟の上だっただろうが、まさか自分の手で殺さざるが得なかったのは、予想すらしていなかった筈だ)』
そう考えると、残酷な話だ。
最後を見届ける約束も果たせず、また裏切り者として妻を処分するしか無かったとなれば、決して救われない。
だが、悲しむよりもやらねばならない事がある。ゲデルは長年生きた中で、個人の感情よりも優先しなければならない事があるのぐらい、心得ていた。
その感情が、余計にゲデルの心を苦しませる。
「悲しむのは後じゃ。今はまず、森の異変を解決しなくてはいけない。そうじゃ、ワシはドワーフ。森と共にあり、森と共に運命を歩む、種族じゃ」
言い聞かせている姿が、何とも痛々しい。
セイバーのレンは、そんな姿に哀れみを持ちつつ、黙ったまま前を向いて進み出した。
せめて悲しむ時間を与える為に、早くこの森から抜け出す為に、それ以上の追求はしなかった。
再度レンが先行し、ゲデルが後方から敵を撃つ作業が始まる。
出て来るゴブリンにゴブドワーフが混じる中、必死になって逃げては敵を引き寄せ、孤立した敵に矢が撃ち込まれる。
流石にこの辺りになるとゲデルの存在がバレてしまい、ゲデルの方にもゴブリンが寄って来る。挙句、トレントが増えて襲い掛かる触手の数が増えて来る。
「これ……っ! 触手の数が多過ぎて、気を抜いたら串刺しだよね⁉︎」
『(串刺しの上に栄養分吸い取られて干物になるかもなー。怖い怖い)』
他人事だからと呑気なモノだね! と心の中でセイバーのレンは発狂しながら、紙一重に触手の合間を潜り抜けていく。
上手くいけばゴブリンを巻き添えに出来る為、ゲデルが狙撃出来ない今だからこそ、利用出来るモノは利用して行く事にした。
ただ、触手に貫かれたゴブリンが徐々に痩せ細っていき、ミイラ化した後にそこらへ捨てられる姿は別の意味で痛々しいモノである。
そうして魔物が蔓延る森の中を突き進む。迫り来る敵はとにかく無視し、向かい来る敵は蹴り飛ばし距離を伸ばす。
今や是が非だ。周りの様子を伺う暇もなく、前へと進んで行く。石に躓いて転けそうになるも、何とか踏ん張る。
背後から付いて来ているゲデルも同じだ。木々を、背が低い割に太い図体なのに飛び移りながら進んでいる。
その途中で地上に居るゴブリンへ矢を放ちつつ、少しだけでも数を減らしつつ前へと進んで行く。
っと、目の前に崖が見えて来る。
迂回しようにも、背後から迫り来るゴブリンの事を考えるとそんな暇はない。
覚悟を決めて、飛び込む。幸い地面までそこまで距離がある訳ではなかったので、着地に失敗して転がりはしたが、それ以外の損傷は無い。
続いてゲデルも此処へ着地し、倒れ伏せている無様な姿を見せつつ、合流した。
「いてて……。何でこんな森の中に崖が……」
「それは、目の前の物体を見れば分かるじゃろ」
クロスボウを向け、それを指す。
それは、黒い靄に覆われた、石だ。だが、見れば見るだけ、覆われた靄が異様と言っても良いだろう。
それを中心として、辺りに靄が分散される。一体この靄が何なのか? この場にいる二人には分からない。
しかし、レンの本能が警告を鳴らす。これは、絶対に放置してはいけないモノだと。
その石がある所までは距離がある。緩やかな斜面が続いている辺り、この崖はクレーターなのだと分かる。
そこそこ距離がある為、歩かなければいけない。
「歩くのを渋るで無い。ここに魔物の姿も見えないじゃろうし、アレが何なのかを調べるのが先だろう」
ゲデルはそう言うと、一応辺りを警戒しながらその石へ近づく。
仮に、兵士経験のある者であれば一応ではなく、厳重に警戒しながら進むであろう。仮にそこにある石が全ての原因なら、この周辺に魔物の気配が無いのはまず可笑しな話だ
そもそもドワーフが魔物に変えられたのがこの石が原因となれば、ゲデルもまず無事では済まされない。
だがゲデルは特に変異を起こす気配はない。同時にレンも、変異を起こす気配は無い
ならば別に原因があるのか? そう、レンの中に居るレン・セイヴァーは考えた
しかし、何か引っかかる。
完全に油断しているが、そう言えばゲデルは最初の辺りに何と言っていたのか? セイヴァーのレンは思い返してみる。
千年級ドラゴンが住みつくようになった。と言っていた。
仮にそれが、自然に住み着いたと仮定しよう。それなら何故、ゴブリンが大量発生しているかの説明が付かない。
食い意地だけはあるドラゴンだったとは覚えている。例え不味くても、ゴブリンの肉ぐらいなら我慢して食うだろう。
そうなって来ると、自然と住み込むようになったとは到底思えない。となれば、誰かが意図的にここへ配置した。そう考えるのが普通だ。
しかし、ドラゴンは隕石落下地点から遠くに住んでいた。
それは妙だ。そもそも防衛の為に配置するなら、もう少し隕石の近くに配置するだろう。とするなら、あのドラゴンは一体何の為にあそこに居たのか?
『(いや、まさかな)』
ふとぼやくセイヴァーのレン。つい口に出てしまったようだ
「今まで黙っておきながら一体何なの? 僕としては黙ってもらっていた方がありがたかったけどさ」
『(いや、ただな。どうして隕石からここまで離れているのに、ドラゴンをあんな遠くに配置していたのかと思っただけだ)』
何だそんな事ね。と流そうとしたが、セイバーのレンはちょっと待てと引っ掛かった。
「確かにそうだよ。仮にドラゴンが防衛の為なら、あんなに遠くに住みつく筈がない。だとすると、入り口を見張る門番的な何かだった? ともかく、この場に何もいないのはおかしい。いや、不自然すぎる⁉︎」
今までゴブリンやトレントと言った魔物が大量に襲いかかって来ていた。なのに、何故ここへ来ない。
恐らくゲデルは疲弊してそこまでの考えに至っていない。むしろここでレンが気付いたのは、ある意味偶然だったのだろう。
「ゲデルさん! その石に近づいちゃダメだ!」
声を上げる。ゲデルは声に気づき足を止め、振り返る。一体何事だと口を開こうとした。
その時だ。石の影から、巨体が飛び上がったのは。
ゲデルはその影に気付くも、既に時遅し。巨体が持っていたナタのような刃物が振り下ろされ、持っていた盾ごとゲデルの右手が切断された。
「……っ⁉︎」
血飛沫が飛び散る。声にも上げられない程の激痛が、ゲデルを襲う。
「ゲデルさん!」
レンは叫ぶも、それでどうにか出来る訳がない。
ゲデルは苦悶に満ちた顔を見せながら立ち上がろうとするが、巨体を持つそれに蹴り飛ばされる。
持っていたクロスボウが折れ、残り少なかった矢が地面に散乱。おまけに殆どが切断された時に、一緒に切られて使えなくなっていた。
ここに来て、重要な弓兵が負傷。おまけに残っているレン・セイバーは、どう足掻いても相手を傷付けられない。
コレを詰みと言わずに何と言う。愕然とするレンだったが、巨体のそれがレンへと視線を向ける。
一つ目で、頭には一本の角があり、体の色は黄緑色。体は肉厚で、肥満体型。生半端な剣でも通るかが分からない。
おまけに、その一つ目だが、人の様な目をしていない。どちらかと言えば昆虫のような複眼で、眼球全てがモザイク画のような模様をしていた。
手に持つのは、巨大なナタだ。木を切る為に使うそれに酷似しているが、血糊で錆びているのを見る限り、決して正規の使い方はしていないだろう。
「ヴァァァァァァァァァァッ。ヴルルルルルルル!」
それが咆哮を轟かせ、倒したゲデルなど目もくれず、レンへとその標的を移した。
「ガ、ガイナ⁉︎ それも上位個体のヴァンラガイナだ⁉︎ 魔物の中でも特に知能が高くて、下手をすれば王国の軍隊でもエリート部隊が相手するような魔物が、何故ここに……」
『(うわっ、気持ち悪っ! あんなグロい見た目のトロールなんて初めて見た。それと言語修正入れておくか)』
また訳の分からない事が聞こえるが、無視。
ガイナもといトロール、更に翻訳してヴァンラガイナもといワンズ・アイ・トロールがゆっくりと、レンへと近づいて来る。
「ぎ……ぎげろ、ごぞう! じにだぐ、なげでば!」
呂律がままならないが、ゲデルが叫ぶ。
しかし、逃げるとは言ってもここはクレーター。崖を登ろうにも時間がかかるだろうし、何より先程のジャンプ力からして、逃げ切れる自信が無かった
「あ……あ……」
言葉も出ない。絶望を前にして、腰さえも抜けていた。
『(しかし、見れば見るだけ嫌な構造してんなアイツ。多分ここへ来るのは遠くから見えていただろうから、待ち伏せして油断させていたな。しかも体の脂肪分も多そうだし、生半端な刃なんぞで切れるようにも思えん。しかし何処で手に入れたんだあのナタ。明らかに特注品だろ)』
呑気に観察するセイヴァーのレン。
恐怖が支配する中、悠長な姿勢を崩さないセイヴァーのレンに対して、ついにセイバーのレンは、キレた
「い、いい加減にしてよ! そりゃ僕の中に居るから呑気にしていられるだろうけど、実際に対面している僕の身にもなれよ! 怖いんだよ、嫌なんだよ! そんなに興味深いんなら、君が戦ってよ‼︎」
側から見ればただ狂ったように叫んでいるようにしか見えない。恐怖で幻聴でも聴こえているのだろうとも思えて来る。
現にワンズ・アイ・トロールは恐怖する姿にニタニタと気色悪い笑みを浮かべ、足を止めながらその様子を観察している。
息を切らしつつ思いを叫び出したのだが、その返答は……。
『(やだ、面倒い)』
こんなんだった。
文句が更に出そうになるのだが、その前にセイヴァーのレンが呆れたように言い放つ。
『(頑張りもしねぇ奴に与える鞭も飴もねぇ。生きるっつーのは、頑張りの結果なんだ。今のテメェは俺に頼って自力で解決しようとしねぇ只の屍に過ぎねぇ。生きたくば自力で戦え。テメェが持っているその剣は、鉄の塊か?)』
「……っ!」
何も言えない。言い負かされた。
『(己に力が無いのは己のせいだ。世の中は弱肉強食。強者に狩られたくないのなら、黙って抗え。それが出来ないのなら黙って死ね)』
死ぬ、僕は、死ぬ?
今までの理不尽が脳裏を巡り、その度に涙が溢れてしまう。奪われ、強要され、売られ、捨てられ、今に至る。
碌な人生じゃ無い。そのまま死にたくもなる。
しかしレンは、そんな気持ちを取っ払う。
「僕は……僕は、死にたくない!」
生きる理由を、言葉にして絶叫した。
「まだ、死にたくない! 僕が生まれた意味を知りたい! もっとたくさん楽しい事を知りたい! 僕はまだ、やりたい事が沢山あるんだ!」
言う事を言い切り、息を切らす。そんな様子に、セイヴァーのレンはセイバーのレンの中で、笑いを浮かべた。
『(ならばその剣を抜け! 言葉ではどうとでも言えるが、行動をしないと結局は無能のままだ! 己が無能ではないと言いたいのなら、敵を殺せ)』
セリフの最後へ至るにまでに、冷たくなる声音。
レンはゲデルから貰った剣を引き抜くと、今までの恐怖心を押し殺し、ワンズ・アイ・トロールへと向ける。
例えその足が震えていようとも、レンは覚悟を決めた。それだけで、セイヴァーのレンにとっては、楽しい事がこの上ない。
『(その粋だ。覚悟を決めたんなら、こっちもそれなりの敬意を示すとしよう)』
鞭があるなら、当然飴もある。
セイバーのレンからして見れば一体何の事だと思ってしまうが、すぐにその意味を理解する。
『(エルガ・ユフノ魔法混合式 セイハ・ナンバーズ。その一。アサルト・ソード)』
突然レンの前に、カードが出て来る。一体何事だと言わんばかりに慌てていると、カードの表面が捻れたように空間が歪み、中から剣の持ち手が生えてきた
『(別名“強襲剣”だ。コイツを使っていれば、例え毒や麻痺を持った攻撃を行われても、それを剣が自動で治してくれる。後は呪いの類に関してもだ。どんな呪いであれ、この剣を持っている間は呪いが無効化される)』
説明を聞いて、レンはその剣を引き抜く。鞘に収まっている姿は普通の剣に見える。
だが鞘から刃を出して見れば、その刃は半透明だった。刃と持ち手の間には紅く大きな宝石のような装飾が施されており、その異質さが更に際立たせてしまう。
「これを、僕に?」
恐る恐る尋ねた。見るからに戦闘用の剣と言うよりも、貴族が趣味で作った観賞用の剣と言った方がしっくりと来る。
『(嫌なら今すぐ返せ。今ならキャンセル料を込めて金塊二百グラムで手を打ってやる)』
すぐに返答が来るが、無理難題に近い手打ちだとは言うまでもない。
「きんかっ……⁉︎ いや、無理に決まってんじゃん! 完全に押し売り状態だよね‼︎」
金塊なんて、本の中や王国で貴族が持っているのしか見た事のないレンにとって、そんなモノは出せないに等しい。
なので、あの魔物を倒すしか、今を乗り切る方法はないのだ。
ワンズ・アイ・トロールもそろそろ痺れを切らしつつあり、持っているナタを地面へと振り下ろした。
岩の破片が飛び散る光景から、その威力は見て察しの通りだ。
「……やれば、良いんだろ。僕だって、勇者と言われていたんだ。勇気を出さずして、何が勇者だよ‼︎」
それが、戦いの合図となる。
ワンズ・アイ・トロールが突進を仕掛ける。
場所が場所なだけに、隠れる場所など何処にも無い。考える暇など与えさせはしないだろう。
ならば、とレンは鞘を腰に差し、もう片方の手にゲデルから貰った剣を持つと、自らもワンズ・アイ・トロールへ向けて突進を仕掛けた。
トロールは想定外の行動に驚くも、ただ死にたいだけなのかと言わんばかりに、そのナタでなぎ払おうとした。
だがレンはトロールがナタを構えた時点で体を後ろに傾け、足を地面へ擦り付けながら滑り出す。
トロールのナタはレンの頭上を通り、空打ってしまう。
その隙に股を潜り抜ける。ついでとばかりに持ち手を逆さに持つと、通りすがり様に膝へ一突きした。
皮膚が割と硬く、中々その先まで刺し込めない。だが力を入れていく内に刃先が沈んで行き、硬い何かへ当たる。
レンは何が起こったのかが判らなかったが、トロールが絶叫し、暴れ出したのを機に、初めて攻撃が通ったのを知った。
ただこのまま暴れられは巻き添えを食らうと考え、レンは無理矢理剣を引っこ抜き、距離を置く。
その間に二本の剣を逆刃に持つと、怯んでいるトロールの足元再び駆け寄る。トロールはレンに気付き、怒り任せにナタを振り下ろす。
だが、冷静さも欠片もない振り下ろしたナタなど、読みやすいので容易く地面を蹴って横へズレる。
それにより、自身の真横を巨大な刃が通り過ぎた。地面へと叩きつけられたナタを持ち上げようとトロールはするも、その腕に目掛けてレンは飛び上がっては足を乗せ、逆刃にしていた剣で腕を突き刺した。
トロールは再度叫びを上げる、腕に乗っているレンを振り落とそうとする。レンは剣を 抜いた後、ゲデルから貰った剣を鞘になおし、アサルト・ソード一つに両手を添える。
地道なダメージに怒りを隠せないトロール。一方のレンも、二本使用したのは良かったが、それだと力が分散されてしまい、結果的に先程の様に突き刺す戦法しか使えないのは分かった。
なので、一本に力を絞る。今は生きるか死ぬかの瀬戸際だ。直感であろうとも信じるしか方法はないだろうし、少しでも油断すれば死ぬ。
それに、と先程までトロールを突いていた時に感じたのだが、確かに脂肪分は多い。それに皮膚も割と硬い。
勢いよく突いて、やっと皮膚を貫通する程だ。普通に切り付けた程度では、精々紙で指を切る程度の怪我しか負わせられない。
だったらどうするか? ナタを振り下ろしたタイミング。その一瞬の隙を付いて、心臓を狙いにいくしかない。
その時、両手剣の状態だと無理だ。だから、何故か皮膚に傷を負わせられるようになっている今だから出来る事をやるまでだ。
「はぁぁぁぁっ‼︎」
全身全霊を持って心臓を狙い、突き刺そうとする。だがトロールもそう簡単に終わらない。
空気を振動させる程に、咆哮を響かせる。耳が破れそうで、脳にも圧迫感が生じる。
その一瞬だ。複眼が全てレンを向き、居場所を瞬時に把握すると巨大な足で思いっ切りレンを蹴飛ばした。
意識が持っていかれそうになるが、剣を握る力を強めて何とか踏み止まる。地面に着く前に体を無理矢理捻らせ、一回転するや否や剣を逆刃に持ち替え、地面に向けて突き刺す。
岩盤に剣先が擦れ、火花を散らす。更に両足が地面に着き、ボロボロの靴をも擦らせながら動きを止めた。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしつつ、地面に刺さったままになっているアサルト・ソードを引き抜く。刃先が欠けた様子は無く、むしろ長年使っていなかったからか? 若干黒ずんでいたのだが、突き刺さっていた部分が白銀に光り出す。
「グガァァァァァァァァァッ‼︎」
しかし、トロールの猛攻は止まらない。その巨体を跳び上がらせ、真っ直ぐレンの元へと落ちている光景が目に映った。
「う、嘘でしょ⁉︎」
目を疑った。
アレだけの肥満体型が、軽々と飛び上がったのだ。その狙いは、レンとは言わずとも分かる。
トロールは両手でナタを持てない。だから片手を振り上げ、力の限りレンへと叩きつけようとした最中だった。
呆気に取られたが故に、行動が遅れる。そのチャンスを見逃す程、トロールも甘くない。
自分を追い詰めた愚か者へ判決を下せる。トロールは複眼全てをレンへ向け、憎悪のままに肉片へと還らせようとした。
その時、レンの背後から長い髪の毛を掠るように、一本の矢がトロールへ向けて放たれる。
「ガッ⁉︎ グガガガガ‼︎」
それが何処から飛んで来たのか? それは、レンが蹴飛ばされた先。その後ろでクロスボウのパーツを小さな岩に固定し、固定砲台のような弓矢として片手で放っているゲデルの姿を見れば、一目瞭然だった。
「ゲデルさん⁉︎」
戦える状態ではなかったのに、まだ戦おうとするゲデルにうっかり叫びを上げてしまうセイバーのレン。
矢はトロールの複眼。それもよりにもよって真ん中へ当たり、緑色の血液がそこから噴射した。
「グガァァァァァァァァァァァァァッ‼︎」
視界が殆ど奪われる。トロールは残る複眼を使い、自分の体に傷を付けた奴を探し出し、見つける。
怒りのままにナタをゲデルの元へと投げ付ける。ナタはゲデルを巻き込み、地面へ直撃。砂埃を上げた。
『(今は見ている暇じゃない。奴に、トドメの一撃を突き刺せ)』
セイヴァーのレンが中から冷たく言い放つ。
セイバーのレンは唇を噛みしめ、今空中で怒りの血涙を流すトロールに視線を向ける。アサルト・ソードを構え、トロールの着地地点まで歩く。
「魔物でも、殺すのは嫌だ。だけど、それで誰かが傷付くのなら!」
アサルト・ソードを構え、レンに向けて拳を上げているトロールを見つめる。
「そんなの嫌だ! だから、戦う‼︎」
振り下ろされた拳をステップで回避すると、拳が叩きつけられたところが衝撃により盛り上がる。
レンはそれを踏み台にすると、ワンズ・アイ・トロールの懐に潜り込み……。
「あああああああああっ‼︎」
アサルト・ソードと途中で引き抜いたゲデル製の剣の二本を突き立てて、ワンズ・アイ・トロールの胸元へと、刃を貫かせた。
♰ ♰
ワンズ・アイ・トロールの巨体が、胸元から吹き出る血飛沫と共に倒れ、残っていた複眼が多方向へ滅茶苦茶な動きを見せたのを最後に、ピクリとも動かなくなった。
緑の血で全身が汚されながら、レン・セイバーは息を切らしながら震えるその身を落ち着かせていた。
「こ、これが……、殺すと言う事。必要な殺しだったのは事実だけど、こんなの慣れる訳がない」
魔物とは言え、初めての殺しを経験してしまったレンは、動揺が抑えきれなかった。
今まで自分の周りで人が死ぬ経験は何度もしてきた。だが、自身が殺す経験などやった事がない。
『(甘いと言うのか、優しさと言うのか。どの道、殺らなきゃお前が死んでいた。生存競争とは、そう言うモノだ。他の生物を蹴落としてでも生きようとしなければ、すぐに殺される)』
中からセイヴァーのレンが、諭すように言葉をかける。
生物的に見たらそれは正しいのかも知れない。だが、セイバーのレンは納得出来ずにいる。
「確かにそうかも知れない。けど、嫌なモノは嫌なんだ。決して気持ち悪いとか、汚いとかの意味じゃない。命を奪う責任が、僕には耐えきれないだけなんだ」
『(ならば葛藤しな。命とは何か? 知性とは何か? この気持ちは何処から湧いてくるのか? 肉にしろ、野菜にしろ、穀物にしろ、食い物を食っているのなら、どんな形であれ動植物の命を口にしている。その背後に一体どれだけの動物が殺され、植物が刈り取られているのか? その責任を取り続けていると、永遠に食い物なんか食えないのを自覚しな。その上で、命について考えれば良いさ)』
言い終えると、セイヴァーのレンは最後にと付け足す。
『(まぁ、自分から気付き向かい合う姿勢は大事だ。そうした純粋な心は、出来るのならとっておけ。少なくとも、ただ闇雲に敵だからと殺す連中よりは、遥かにマシだ)』
何処から遠い声となる。
このレン・セイヴァーが何を見てきたのかは分からない。もしかしたらレン・セイバーへと住みつく前から何処かで悲惨な状況を見て来たのかも知れない。
「……僕にはまだ分からない事だらけだ。改めて、知ったよ」
『(分かんないなら分かるように見て回るんだな。それより良いのか? ゲデルのジジィの様子を見に行かなくて)』
言われて、気付く。
自己嫌悪に陥っている暇じゃなかった! と慌ててレンはゲデルが居た付近へと向かう。
「……老いぼれな程、しぶ……とく、生きる……モノじゃの。長老が……言って、いた意味が、理解……出来たわい」
ゲデルの声が聞こえる。
巨大なナタはゲデルの真横に突き刺さっていた。だが、直撃は避けたがそれでも最後の腕が持っていかれ、足や動体も弾け飛んで来た石の破片が大量に突き刺さって血塗れ傷まみれだ。
見るに耐えきれない有様に、セイバーのレンは膝から崩れ落ちる。
「ご、ごめんなさい。僕がもっと戦えれば、ゲデルさんは両腕を失わずに済んだのに……。僕が。弱いから!」
出ている涙を見て、ゲデルは複雑な心境を覚える。
決して悪い人間ではない。けど、その根本的な根が甘く、そして優しすぎるのだ。
言われた命令は逆らわず一生懸命に尽くそうとし、努力は無駄だと嘲笑われようともめげずに努力する。
そして全ての責任を自分が背負い、気付けば泥に嵌ってしまう。今のレンを見ていたら、健気さよりも圧倒的な脆さが浮き彫りに出ていた。
「小……僧。名を、何と言う」
突然聞かれ、レンは反射的に返す。
「レン、レン・セイバーです。最弱勇者として王国を追い出され、今は軍に何故か追われてる、偽りの勇者であり出来損ないの劣等野郎です」
気持ちがネガティブになっている証拠である。余計な事さえも自嘲気味に言っている事から、精神状態が既に限界地点まで達そうとしているのが分かった。
「レンよ、悪意に……負けるでない。主はワシから見れば、立派な……勇者じゃ」
その時、レンの瞳に色が戻る。レンは静かに、ゲデル目を見た。
「ゲデル、さん」
感謝など、死んでしまった両親から、そして仕事の際に気さくにも世話を焼いてくれていた人達からされて以降、一切された事が無かった。
一筋の光が見える。泣きそうになりながらも、その時は耐えていた。
が、そんな空気をぶち壊す声が聞こえる。
「グガァァァァァァァァァァァァァ‼︎」
何事かと見渡した直後、近くに落下する影が一つ。先程のワンズ・アイ・トロールとは違い、それには一つの眼球があった。
ただし、手から伸びた爪が恐ろしく巨大で鋭い。体もギトギトとしていたのとは違い、スマートな細身だ。
『(今度は何だ? ビースト・トロールとでも名付けておくか)』
呑気にもレンの中から聞こえる、セイヴァーの声。
向かい合っている身としては、呑気にしている暇なんてない。もはや弓兵が瀕死の重症となり、戦えるのが自分だけだ。
おまけに、ゲデルの顔色が段々と蒼白になりつつあるので、そろそろ死期が近いのが嫌でも分かる。
一刻も早く止血なり回復魔法の使える教会なりに連れて行かなければ! そうセイバーのレンが抜刀する為には柄を掴んだ。
正にその時だった。ふと思い出したかのように、中から聞こえる声。
『(あ、やっべーよ。そう言えばあの剣、試作テストの途中だったわ。結果を言わなきゃ後々怒られそうだし、丁度いいや。体借りるぞ)』
へ? っと気の抜けそうな声が出てしまった。
直後である。意識が、体の中へ引っ張られる感覚に至ったのは。見ている光景が遠ざかり、体全体の感覚が一切しなくなった。
「え? えぇぇぇ⁉︎」』
声は出る。が、誰も反応する気配が一切無い。
代わりとばかりに自分と同じ姿をした何かが横切ったような気配がしたのを最後に、押し戻されたかのように視界が先程と同じように元通りになる。
が、体が言う事を聞かない。動かそうとしても、地面に埋められたかのように身動きひとつ取れないのだ。
『(何なのこれはー!)』
つい絶叫してしまう。口さえも動いている気配はするのに、声だけは響いていた。
すると、その体が動き出す。自分の意思ではなく、別の誰かによって、ダルそうに頭を掻き毟り始めた。
「はいどうもこんにちはー。特にお前さんに恨みも憎しみもないが、とりあえず死ね」
軽い口調ながら、懐から一枚のカードを取り出す。
先程も同じ様な光景を目にしたセイバーのレンは、一体何をする気なのか不安を抱く。
「ムムダ・シフリ式魔術混合型属性剣。セイハ・ナンバーズその九百九十九、FCW」
カードの先の空間が歪み、中から柄が現れる。
セイヴァーのレンはそれを掴むと、一気に引き抜いた。半透明な刃が特徴的であり、鍔の部分から刃まで伸びる三つの赤、緑、水色の押しボタンが特徴の、よく分からない剣だ。
「ただ名前長いからフコウちゃんで宜しくぅ!」
言っている意味が分からないのか、ビースト・トロールは子供の豹変っぷりに唖然としているように見えた。
だが対照的に、ゲデルは愕然とした心境を持ち合わせている。
今まで内気で余裕なんてなかった少年が、いきなり軽々しくなり、挙句こんな状況でも余裕を見せている。
それを異様と言わずして何と言うか。
おまけに、持っているその剣もだ。
急にレンが持ち始めた剣も異質な気配がしたが、こっちが更に倍の異質さが肌身で感じ取れてしまう。
腐ってもドワーフは職人だ。職人としての本能が、アレが今まで見て来た武器を遥かに凌駕するモノだと警告を鳴らしていた。
するとセイヴァーのレンは赤いボタンを押すと、刃の色が赤く光り出す。唖然としているビースト・トロールへ向けて一振りした。
「はい、いーち」
途端、三日月状の炎が剣より先から解き放たれた。炎はビースト・トロールへ直撃すると、ビースト・トロールを中心として大炎上。激しく燃え上がった。
「グルァァァァァァァァァアアアアアアアアアア‼︎」
たまらず叫びが上がる。
そんな様子をお構いなしに、レンは次に水色のボタンを押す。すると白い煙を上げながら、青白く刃が色を付けた。
「はい、にー」
それを再び一振り。今度は炎ごとビースト・トロールが氷漬けにされる。
身動きが取れず、激しく冷たい氷の中で最後に見た光景が、緑のボタンを押し、やや薄い緑に染まった刃を一振りさた直後、その意識が消え失せた。
「はいさー……ってやべぇ。さんと言い切る前にバラバラにしちまったよ。さーんとドヤ顔でキメようと思ったのに、恥ずかしいわ。今度はしっかりと決めたいからやり直させて」
誰に言っているのかは不明だが、とりあえずレンの中から……
『(仮に居たとしても、あんな光景見せられたら素足で逃げると思うから諦めて)』
呆れた様な声音が、自身の脳内から聞こえてきた。
今までの苦労とは一体何だったのかと叫び上げたい気持ちが、適当に殺されたビースト・トロールの遺骸を見ていたら全てどうでも良くなった。
中途半端な湿気だっり天気だったりすると、大抵偏頭痛起きて脳が使い物にならなくなる悲しみ。