第一章「モリノシュゴシャ」
前編、中編、後編構成にしようとか考えていた。そんな時期が私にもありました。
生憎、行き当たりばったりな性格なので回想を挟んでから後編とします。
第一章「モリノシュゴシャ」
ドワーフの家に辿り着く。
木造で作られたそれは、ドワーフ独自の建築技術が垣間見れる。様々な木々をパーツ化させ、パズルのように組み合わせており、鉄釘を使っている形跡など見えない。
扉を通ると、台所と思われる場所が目に入る。その全てが石材で作られ、火を使っても木材に燃え移らないようにしてあるのが分かる。
元々住んでいた家が煉瓦建だった事もあり、こう言った作りの家はセイバーのレンにとっては珍しかった。
見惚れているとドワーフが肩を小突き、奥へと案内される。
辿り着いた部屋は、完全な石造りの部屋だった。見れば巨大なトンカチやハンマー、近くを流れる川から汲み上げたと思われる水壺があり、部屋の真ん中には巨大な石で作られた作業台と、何かを燃やす為の石窯があった。
作業台に乗っていた剣を握ると、数回振りかざし始める。その様子をびくつきながら見るセイバーのレン。
ドワーフは何回か頷くと、剣を鞘に入れ、レンに渡した。
「とりあえず身を守る為に最低限の敵を倒せる剣だ。数年ぶりに作った駄作だが、我慢してくれ」
レンはその剣を抜いてみる。駄作と言われたが、その出来栄えは素晴らしく、刃を光に当ててみたのだが、しっかりと反射した光が刃から見えた。
少なくとも駄作ではない。とう判断して、レンは腰にその剣を差した。
「あ、ありがとうございますドワーフさん。でもこれ、全然駄作じゃないと僕は思うのですが?」
率直な感想を述べる。
ドワーフは少し驚いた顔を見せたが、すぐに無愛想な表情となる。
「冗談はよせ。少なくともワシの息子に比べたら遥かに駄作だ。後、ワシはドワーフと言う名ではない。ゲデルだ。人間相手に人間としか呼ばないぐらいに失礼な呼び方だぞ貴様」
不機嫌そうに言い放つ。
「ご、ごめんなさい! 決して悪気があった訳では……」
「分かっておる。じゃが、ワシは一応は大人だ。常識を知らないガキに姑のように教えるのも、また勤めのようなモノだ。何だったら不満を覚えても良いのじゃぞ?」
そう言って、ドワーフ改めゲデルは近くの椅子に腰を下ろす。
作業台に乗っていた水瓶の中身を確認すると、立ち上がり排煙窓と思われる場所から水を捨てる。
空になった水瓶を片手にレンが最初に見つけた台所へ足を運ぶと、別の水瓶を手に再び戻ってくる。
一緒に持ってきたガラスの容器に水を注ぎ、レンに差し出した。
「ほれ、長時間走って喉も乾いておるだろう。これから行動を共にするのだから、飲んでおけ」
「あ、ありがとうございます」
飲める水と言うのは貴重だ。一口飲んでみて、美味しいと思ったのだから尚更そう感じてしまう。
王国や街の水はとにかく臭く、一度火を通して沸騰させなければとてもではないが飲めたものではない。その為、飲み水と言えば塩や砂糖で味付けされた水しか飲んだことが無いのである。
余談だが、最悪な環境下での仕事の最中にはドブ水から汲んできたのかと思ってしまうような水を用意され、同じ作業員と鼻をつまみながら飲んだのはよくもない思い出である。
純粋な水に一息付くと、ふと作業台に乗っている額縁に視線が行く。
小さな肖像画で、見た感じは女性のような印象を受けた。ただ、やや横に太く、お世辞にも美人とは言えない。
「あの、その肖像画の人って」
「ワシの妻だが、何か文句でもあるのか?」
あっさりと返される。
別に文句は無いんだけど……。と言いかけるが、睨みが割と本気なので返さずに黙り込んだ。
っと、レンはふと気付く。そう言えばここに来てからゲデル以外ドワーフ族に一人も出会さなかった事に。
周辺に他の家々があるのだが、誰かが居る気配が微塵もない。普通ならもう少し音が聞こえてくる筈なのだ。
例え過疎化して子供が居ない集落にしても、ここまで静かなのは異常とも言えかねない。ともなれば、この集落全体を巻き込んだ事件があったと思われる。
それが千年級ドラゴンが引き起こした? にしては破壊痕跡が全く無い
レンは爆弾に導火線かも知れない事だが、と思いながらも、まず気になった事を聞いてみた。
「あ、もしかしてゲデルさんがここまで気が立っていた原因と言うのは、この肖像画の奥さんが巻き込まれたから、じゃないのですか?」
すると睨む視線が更に鋭くなる。喉奥でツバを飲みながら、その視線を外さないレン。巻き込まれたからには、その詳細を聞いておく必要があるからだ。
「察しの良いガキじゃ。普通なら黙らせておるが、今は別じゃ。それに、森の中で言っていた闇に包まれた光の話もある。状況を整理するついでに話しておくとしよう」
しばらくして、ゲデルからそんな言葉が出た。
ゲデルが背負っていたクロスボウを作業台の上に乗せると、望遠鏡のような筒を取り出しクロスボウを観察しつつ、ゲデルは語り出した。
♰ ♰
ドワーフ族とは、森の守護者だ。
その命は、住処の森を守る為にある。その肉体は、住処の森と共にする運命にある。その魂は、住処の森を誇りに思う為にある。
森を守る為に武器を取り、また武器を作る。その過程でドワーフは武器を作る技術が発達した種族として認識されるようになった。
しかし全ては森の為。この力が森以外の為に使われる事は絶対に許されない。
それが、ドワーフ一族全体で決められた掟だ。
ゲデルもまた、その掟を守りながら生きてきた。ただ彼の息子はそんな堅苦しい掟が嫌でこの森を出て行った。それは一族の掟に背いた者として、二度と故郷の土を踏む事を許されないと理解しながらも。
そんな事件がありながらも、あくまでドワーフの一族としてゲデルは妻であるバランと共に森に住み続けた。
あくまで背いたのは息子だけだとして、その事を他のドワーフから言われようが、お構いなく森を守り続けた。
そう、あの日までは。
それは、突然降ってきた。
当時ゲデルは森の動物を密猟する人間の狩人を殺す為に少し森から離れた洞窟へとやって来ていた。
武器である改良型の弓矢で脳天を貫いた人間達を森に住む熊の餌にでもしようと考えていた最中である。
突然空から、黒色に染まった隕石が落ちてきたのだ。隕石からは真っ黒い粉みたいな何かを散らしながら、森の奥に衝撃と共に激突した。
ゲデルは今まで起こらなかった出来事に唖然としながらも、すぐに我にかえりその落下した隕石の元へと向かう事にした。
胸騒ぎと共に、決して離れない嫌な予感が脳裏を占める。
隕石の落下自体は珍しい事だ。ドワーフの集落に住む長老が空から炎を纏った石が落下してきて森を吹き飛ばしあわや大惨事になったのだと子供の頃に聞いた事はあった。
しかし、今回のような禍々しい雰囲気の隕石だったとは聞いた事がない。
どうか思い違いであってくれ。そう考えつつ、ゲデルは直撃現場へと向かったのだ。
だが、その現場へ辿り着く事は出来なかった
道中、木々の色が紫に変わり果て、挙句その枝先から触手が伸びてゲデルの足元へと突き刺さった。
おまけと言わんばかりに周りを見れば緑色の肌色に酷い表情を見せるゴブリンが、獲物を痛ぶるかの如く集まっていた。
不味いと感じたゲデルは、一旦はその場を離れる事を決める。明らかに森に異変が起こっているのは間違いないどころか、守る対象である自然の木が自我を持って自身に襲いかかってきたのだから、一人で闇雲に突っ込むべきではないと判断したのだ。
ゲデルは撤退する為に改良型弓矢を数発撃ち込み、ゴブリンを数体撃ち殺す。走るのも苦痛な年齢、今年で二百六十歳を迎えるのにも関わらず、無理に体を動かし走り出す。
後を追うゴブリンが数体居たが、長年生きた感と技量を使って後ろを振り向く事無く矢を放つ。矢はゴブリンの足や喉元に突き刺さり、悶え苦しむ。
その間にゲデルは集落へ戻り、この変異を皆に知らせる為に軋みを上げる体を無理に動かしながらも急いで走った。
だが、戻った彼を待っていたのは……孤独だった。
集落に誰の影もなく、昨日まで鍛職人として共に語っていた友の姿も消えていた。
誰かいないのか⁉︎ 声を上げても、返事は無い。そして家に戻ったのだが、長年付き添ってくれた妻の姿も、消えていた。
ゲデルは乾いた笑いが出てしまう。何が原因で集落の皆が消えたのか? そして何故、森に魔物であるゴブリンが発生してしまったのか?
どうして、守って来た森の木々が、攻撃して来たのか?
全てが突然起こりすぎて訳が分からなくなった。怒りに囚われる訳では無い。そもそも原因が分からない今、感情に囚われてしまっても意味が無いと悟ってしまっているのだから。
その時、遠くから咆哮が響く。絶望し切った眼を向けるとそこには、赤い鱗に身を包んだ細く巨大な体格が特徴な魔物、ドラゴンがその空を我が物顔で飛んでいた。
その巨大さから、少なくとも千年級である事は見ていて察してしまう。
真正面から挑んでも勝ち目がない。
ゲデルは身を隠した。こんな絶望感漂う現状の中で、とにかく生き残る為に恐怖を押し殺しながら千年級ドラゴンがこちらに気付かないように静かに移動しながら、家の中へ逃げ込んだ。
こうしてゲデルはこの日まで魔物を相手にしつつ、千年級ドラゴンに見つからないように怯えながらも、消え去った仲間を見つける為に森を探索し続けてきた……。
♰ ♰
話を聞き終わると、余計に今の森が如何に危険かを再認識するしか無かった。
途中で語り手のような内容になっていた気がしたが、その辺りはどうでも良い。
問題は、森の木すら魔物と化していた事だ。ドワーフ一族の掟のせいで危害を加えられないと言うのは分かる。
分かるのだが、だからと言って自分が勝てるかと言われれば、無理だろう。
四十八躯、ゲデルとしては掟に縛られていないレンを利用して魔物と化した木に対処して欲しいと思っているのだろう。
だが、無理だ。何故ならレンは自らも認める程に、弱い。
「あ、あの、王国に伝えるとかしなかったんですか? 少なくとも王国だったら調査兵を派遣して原因追及ぐらいはしてくれると思うのですが……」
レンは恐る恐る尋ねるが、鼻で笑われた。
「あの権利にしか興味がない連中がこの件に首を突っ込みでもすれば、それこそ開発の為だとか素材の為だとかでこの森を破壊しかねぬ。前の国王なら兎も角、今の国王は信用ならん」
だよねー。とレンは肩を落としてしまう。
前の国王をレンは知らないが、今の国王だったら知っている。実際に会っているのだが、とにかく威圧的であり、勇者として招かれた際にも、あくまで「道具」としてしか扱っていなかった。
接点はそこだけなのだが、レンを追放した際に命令したのは国王であり、レンがぞんざいに扱われている最もな原因である。
決して良い印象を持てないし、何よりもこんな状況に陥れたのだが、憎しみや恨みよりも関わりたくないとしか思わない。
なので、予想はしていたのだが真正面から言われると呆れて笑いすら出なくなる。
『(王様とは、恨まれてなんぼだ)』
突然脳内から声が響く。今まで大人しくしていたのだが、このタイミングで一体何だよ。とセイバーのレンは思うが、セイヴァーのレンは気にせず続ける。
『(しかし、ここまでボロクソに言われる王様と言うのもまた珍しいな。どんだけ恨まれる事をしでかしたんだ? ちょっと興味が出てくる)』
明らかに楽しんでいる。他人事だとばかりで、少しイラっと来てしまう。
『(まー、冗談はさて置き、だ。さっき聞いた話の中で、気になった事は無かったか?)』
セイヴァーのレンは尋ねてくる。
セイバーのレンとしてはこれから起こるであろう惨劇に身を震わせていたが、思い返してみれば森の中に魔物が突然湧いて来たと言う点には引っ掛かった。
「えっと、急に魔物が出てきたところは確かに気になった。隠れていたのが突然姿を現したとか、そんなところじゃないの?」
『(仮にそうだったとしよう。それだと何故、森の木々が魔物と化した? それにゴブリンもそうだが、集落の住人が忽然として居なくなったところにも注目して見ろ)』
セイヴァーのレンから言われ、セイバーのレンはゲデルに尋ねる。
「あの、突然ですみませんが、ゲデルさんが村を離れた時って集落のみんなに変化とか無かったですか?」
「無かった。近々畑から作物を収穫する為に作業道具の点検や女共もその収穫際に向けてレシピの考案や装飾に力を入れていたのだから、ワシのように生き物を殺す以外に集落から離れる理由など何処にもない」
話を終えると、金槌を使ってカンカンと音を響かせながら異音が無いか確かめているゲデルを横目に、レンは更に考える。
「それじゃ、本当に集落の皆は拉致された……?」
『(それはないな)』
颯爽と否定され、頭を抱えるセイバーのレン。
「ハッキリと言ってくれるね! じゃあさ、キミなら何が起きたのか分かると言うの⁉︎」
怒りながらも、小声で叫ぶ。
『(何となくだが想像出来る。だが、それを証明する為にはまずその落下して来た隕石に接近する必要があるな。黒い粉だとか言っていたが、俺の想像が正しければそれが全ての原因だ)』
今、レン・セイヴァーと名乗った彼がどんな表情をしているのかは分からない。
けれど、声音から感じるに割と真面目に考えているように感じた。頼りになるのかならないのか、そもそもこの声は一体誰なのかは分からない。
だがセイバーのレンから見て、根は悪い奴とは思えない。所々でアドバイスを与えたり、戦いはしなくても危機を知らせてくれる辺り、嫌味こそは言ってくるが助かっている面もあるのは事実。
そう思うのだが……。
『(これはもしかしたら、新たな元素の発見かも知れねぇな。仮にこれまで発見した事の無い物質だとしたら、面白い道具が生み出せる! どんな物質かは、辿り着いてのお楽しみにしておくか)』
下卑た笑いが聞こえたような気がしたのだが、気のせいにしておく。
と言うか真面目な事件に楽しみも何もあるか? それこそ不謹慎だろ。とセイバーのレンは声に出して叫びたいのだが、その前にゲデルが立ち上がったので、その思考を止めた。
「さて小僧、点検は終わった。武器も持った。本来なら体を休めて万全の状態で行きたいところだが、何故か千年級ドラゴンの姿が無い。悪いが今から隕石の元へと出発するぞ」
ゲデルはクロスボウを背負い、矢の入った筒が背面に取り付けてある巨大な盾を片手に持つと、更に望遠鏡や短刀を入れた巾着袋を腰に巻き付け、準備万端とも言うべき姿を見せていた。
対してレンは駄作と言われた剣を一本渡されただけだ。間違いなく狙われると思ってしまうが、肝胆するレンにゲデルが背中を叩く。
「仮に盾や鎧を付けたところで、貴様は子供じゃ。動きにくいところを集中攻撃されたりすれば一巻の終わりだ。安心せい、小僧は進んでいくだけでよい。群がった魔物を殺すのは、ワシの役割じゃから」
そうは言うが、そもそも子供を囮に使うのはどうかと言いかけるが、続け様にゲデルは告げる。
「それに、じゃ。主が目指していた村は隕石を越えぬと辿り着けぬ。主が元の道へ戻って別の道から行くと言うのなら止めはせぬ。じゃがわざわざ此処を通るとなると、訳ありだと考えるのが妥当だろ」
図星だ。流石に偽りの勇者だと言われているとはこの場では言えない。
人里から離れているので、偽りの勇者の噂がここに来ていないのは幸いだ。当然ながら、ドワーフにとって勇者などどうでも良い存在だろう。だが、不貞を働く輩だと言われていれば、すぐに殺されていた筈だ。
以前に寄った街で、勇者に毛程の興味もない場所だったのだが、偽りの勇者の噂に追加して、王国でとんでもない犯罪をしでかして逃亡していると、一体何処から生まれたかも知らない噂のせいで危うく殺されかけた記憶がある。
その為、下手に散策しないだけマシか。と諦めて、囮役になる事となった。
「腹は決まったようだな。じゃったら、覚悟を決めて行くぞ」
何だか勝手に流され、勝手に協力させられ、勝手に手を組む事となった。
決して不満が無い訳じゃ無い。むしろ不満しか無い。けれど、それとは裏原に、ゲデル自身の心配をセイバーのレンはしてしまう。
孤独は寂しい。それはレン自身も十分に分かっている。
側にいた家族が居なくなり、仲間が消えてしまい、その焦りが今の状況を作り出しているのではないのだろうか?
決してレンは声に出さない。ただ、時折遠い目を見せるゲデルに、レンは危うさと言うのを感じ取ってしまった。
これ、後編で収まりきるのかが不安になって来た。
と言うか、話の展開が遅すぎると言った欠点が感じてしまう。どうしたモノか……。
と言う訳で、前中後から①②③式にしました。最初からそうすりゃ良かった。