第一章「勇者とは、勇気ある者。決して魔王を倒す者ではない」
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第一章「勇者とは、勇気ある者。決して魔王を倒す者ではない」
話は数ヶ月前に遡る。
険しい崖が続く道をただ一人、旅を続ける一人の少年が居た。
ボロボロのフードの付いた服を身に纏い、伸びきった髪を後ろで一つ結びにしているのだが、フードの破けた箇所からそれが出ていた。
その下から覗かせる眼は冷たく、色が見えない程に哀愁を漂わせている。
刃が欠けて真ん中にヒビの入った、細身の体格には似合わない大剣を背負い、腰元には最小限の荷物を入れた小袋を幾つも付けていた。
良く見ると頬は誰かにぶたれたのか? 若干腫れ、その手足にも痣や切り傷が見え隠れしている。
まだあどけない顔つきが抜けきれない十四歳の彼、レン・セイバーはこの間までの生活を思い出しつつその足を動かしていた。
数時間前、滞在していた街から突然の強制退去の指示が出た。それも、これまで彼が手に入れた金品や山脈で拾った宝石類を無理矢理取り上げられる形で、だ。
どうにも偽りの勇者の噂がこの街にも流れてきたらしく、魔族を倒せると言った希望を裏切られた罰として、この様に余計な罰則が付けられたらしい。
レンとしても、宝石はともかく金品を取り上げられてしまっては宿等の施設を使えないどころか商人から食べ物すら買えない状態になるのは絶対に避けたかった。
その為、宝石類や道具類は捨て、持ち金だけを死守すべくその街を脱出する事となった。なったのだが、逃げ道を確保出来なかったせいで、裏路地に突入せざるが得なかった。
そこで待っていたのは、荒くれ者や盗賊集団との遭遇と言った最悪な場面だ。
彼らはレンと言うカモが目に入るや否や、彼が持つ金品を狙い襲いかかってきたのだ。
それからも逃げていると、今度は王国所属の軍が街からの命令によってレンを捕らえる為に待ち構えていた。
レンは踵を返すが如く裏路地へ逃げるが、その先には盗賊集団や荒くれ者共がレンを追いかけている最中であった事。そして王国の軍もレンを捕まえるべく裏路地へ突入して来ていた。
咄嗟の判断で偶然近くにあった開閉式の木箱の中へ隠れ、追い付いた王国の軍と荒くれ者と盗賊集団が鉢合わせしてしまい、手柄と金目のモノを巡り三つ巴が始まってしまった。
そのドサクサに紛れてレンは木箱の近くで死んだ盗賊を引き摺り込むと、盗賊が身に付けていたバンダナや服、更には武器として持っていたナイフを剥ぎ取ると、最初にバンダナを口周りに付けた。
服をターバンのように頭に巻くと、後はフードを腰に巻き付け、追われていた時の姿から若干変装する事に成功した。
そうして殺し合いの最中を掻い潜りつつ、手足に巻き添えとして切り裂かれたり、レンだと分かった王国の人間が思いっ切りレンの頬を殴り付けたりしたが、すぐに荒くれ者がその王国の軍を襲いかかってくると、その隙にレンは逃げ出す。
そうしてレンは街の検問所を通らず、中心を流れる川に飛び込んで、流される事数十分。ようやく陸地に足を付けて街を後に出来た。
ダイジェスト風に回想したが、今回は特に酷かったらしく、何度も泣き出しそうになりながらも足を止める事なく進んでいた。
盗賊から奪った服やナイフは途中で埋め、せめてもの供養の意を込めて石を立てる。
心身共にボロボロになりながらも、途中で商人から水とパンを買いつつ、粗悪な硬いパンと一応は飲めるがとにかく悪い意味で癖が強い水を手に、生きる為にと前へ進む。
そのあまりにお粗末な姿に心を痛めた商人が、金は良いからと売り物にならない規格外品を幾つか分けてくれたので、数日間は移動を続けられる。
流石に金は払うとコインを数枚取り出した。商人から何やら哀れんだ目を向けると、コイン数枚を受け取り、ついでとばかりに髪を結ぶ紐と前髪を止める装飾付きのピン。そしてボロボロのフード付きの服をレンに渡した。
そうしてレンは伸びきった髪を一つにまとめ、ピンで前髪を止め、少しは手配書に書かれた特徴から誤魔化せるようになる。
商人は去る際に、一言。
「死ぬなよ、坊主。悪意に飲まれず生きていけ」
とだけ言い、その場を立ち去った。
そして今、街から数キロ離れた山脈に辿り着いたのである。
道自体は狭く無いが、道のすぐ隣には険しい崖があり、一歩でも踏み外せば下に流れる川にドボン、だ。その上奥には巨大な滝が流れ落ちており、仮に落ちて助かったとしても急激な流れにのまれ、最後は数百メートルと言う高さに放り出されてしまう。
そうなった場合、後は死を待つのみとなる。ここを通る人の数割がそれで命を落としているとは、前の街で聞いた有名な話だ。
ただ、その反対側が決して安全かと言われればそうではなく、こっちはこっちで壁があり、その頭上には木々が斜めにおおい茂っていた。
無理に根を張り、無理に壁にくっ付いている状態だ。何かの拍子で根が折れたりすれば、頭上に落下。良くて骨折。最悪圧死が待っている。
人の手で作られた道ではなく、過去に魔族が人間界を侵略しようとした際に魔物であるエカイユビッグワームを使って作られた道だと聞いている。
エカイユビッグワームは文字通り巨大で細長い魔物であり、その体に刃物状の鱗が付いている。
元は魔族がトンネルを掘る際に作り出した合成生物で、岩や土を主食とし、時に紛れた生物をそのまま食らう危険生物だ。
挙句、野生化した個体が幾つも存在し、山奥や鉱山に住み着いて山や鉱物を食い荒らすどころか、生態系を無闇に破壊しているとの報告書もあるらしい。
しかしその削岩力は本物で、誘導さえ出来れば安易的な山道を簡単に作れる。
しかし場所が悪かったらしく、無理に削った結果、簡単な舗装すらされていないが故に歩き心地は最悪で、長い年月が経過したが為に所々道が崩れたり、岩が落下して通りにくい場所も多々ある。
しかしレンはここを通るしか無い。今向かっている村へは別にもルートが存在するのだが、そこは王国が管理する道。当然、警備や軍隊派遣の為に王国直属の騎士達が通りすがる訳である。
誰が好きこのんで、偽りの勇者と罵られに行くかって話だ。只でさえ前の街でアレだけの騒ぎを起こしたのだ。
下手に接触すればその件を、反論など一切聞き入れない状態で問いただして来るだろう。そうなった場合、捕まって投獄される可能性だってある。
そんなのは御免だ。と言い捨てるレン。
話し相手もおらず、ただ一人地道に歩いて行くしかない状態。慣れないものだ、と不満を吐き捨てる。
悲しいが、孤独はネガティブな思考しか生まない。特に彼の場合、誰かが悪意を持って偽の勇者の噂を広めているのだ。更に人間不信の要素も足されてしまう。
しかし、止まる訳にはいかない。ずっと考えていた、生きている意味を知るまでは。
レンはその意思を持って、今も生きている。王国で勇者として訓練と言う名の拷問をされていた頃に、ヒーラーと呼ばれる治癒の魔術を扱う少女から尋ねられた、言葉だ。
そもそもレンは自身の生い立ちを知らない。知っているのは、貧しい家庭で生まれながら両親の元で学術に励んでいた事。
そしてある日、街から街を移動中に盗賊に襲われ、命さながら逃げた先で知らない男に捕まり、虐待を受けながら稼ぎとして様々なお仕事をしてきた事。
一応食べさせてはもらっていたものの、男が残した残菜や、自身がもらってきた食料のほんの一部だったり、最悪稼ぎがなかった場合は庭の草を無理矢理口に押し込まれたりもした。
要は、ロクな扱いを受けてない。そのお仕事も、鉱山での高額労働だったり、船に乗って高級魚の釣りだったり、魔族や魔物が徘徊する地域での物資の回収だったり、最悪な時には男の子を愛するのが趣味のオジサンを相手に……。
と言った具合に、本当にロクな目に遭っていない人生だ。
ただし、そこで出されるご飯が豪華だったり、拐ったオジサンよりも扱いがマシだったり、場所によっては子供だからと可愛がられたり優遇されたりとお仕事中の方が今よりも生きがいを得られていたと感じる事もある。
そう言えば、とレンは思い出す。先程の商人だが、お仕事で知り合った男に似ていた気がした。
が、話が脱線してきているので一旦戻そう。
そんな悲惨な人生を味わいつつ、生きる価値など失いかけていた時だった。たまたまその場に居合わせた少女に、生きる価値を聞かれたのは。
『気持ちを暗くしても、何にもならないよ。それよりも生きているのなら、その意味を追い求める方が楽しいと思うんだ』
その少女に、レンの人生なんか分からないだろう。失った時間も、悲しみに追われる時間さえも無かった事も。
しかし、壊れかけた心に響いた。辛いとの言葉さえも禁じられた勇者時代、絶望の中に微かな希望を抱いた瞬間だった。
王国を追われた後でも、その言葉はレンの支えとなっている。言い換えれば、それが無ければ、今頃自死を選んでいただろう。
そんな事を歩きながら思い出しつつ、足を進める。
ふと気が付けば、道の終わり付近に辿り着いていた。
落下物が頭上に落下する訳でもなく、道が壊れて谷底へ落ちる様子もなく、横にあった壁がなくなり、代わりに獣道へ通じる茂みが続いている。
「ふぅ、ここを抜けてやっと次の村へ行ける。苦労はしたけど、死なない程度にどうにかなって良かった」
そんな呟きをもらしつつ、獣道を奥へと進む。
爽やかな風が頬を擽り、木々が擦れる音が耳に届く。近くに小さな川があるのか、水が流れる音と微かな涼しさが肌を通じて感じられる。
足元からは枯れ葉や土を踏む音が響き、木陰から射す光が何とも心地よい。
……のだが、何か違和感が拭えない。のどかな森なのに変わりはない。なのだが、何か足りない。
そう、それこそここになければいけない何かが決して見つからない。
一体何か? 考えを巡らせ、ついに一つの答えに辿り着く。
「生き物の気配も、鳴き声もしない。これだけの森なら、鳥の鳴き声ぐらいはするハズなのに!」
脳で考えるよりも、焦りで独り言が出てしまった。
だが、それどころではない。
昔から親に口が酸っぱくなるぐらいに教えられた、気を付ける事が頭を過ぎる。
『生き物のいない森には近づくな。そこには、世にも恐ろしい怪物がいるから』
それが何なのかは分からなかった。だが、こうして起きてしまえば分かる。
魔物だ。それも、かなりデカい規模か集団かは分からない。けど、これだけは分かる。
このままじゃ、死ぬ。それだけは分かった。
すると森の何処かから咆哮が轟く。木々は震え、擽る程度だった風も、衝撃と共に飛んで来た小石により痛みさえ感じるようになる。
今すぐ此処から離れなきゃ! そう思い、咆哮が聞こえた方から遠ざかろうとした。
が、すでに遅かった。何かが暴力的な風を起こした後、レンの居る場所へと向かってきていた。
茂みが薙ぎ倒され、現れたのは巨体を誇る何か。
まず目に映ったのが、赤くて大きな翼だ。体よりも大きいそれは、伸ばした衝撃で辺りに嵐を起こす程。
人であれば一口で噛みちぎりそうな細く伸びた口に、体の割には異様に伸びた腕が目に入る。紅鱗が身体中を覆っており、少し体を動かしただけで軋みが聞こえて来る。
それは魔物と呼ばれる生物の中でも特に危険度の高い、ドラゴン種の魔物だ。
おまけにその大きさから、少なくとも数千年生きているとも思われる。超危険指定に受けられていてもおかしくない化物だった。
巷では「千年級ドラゴン」と呼ばれている。
「ぅ……ぁ……!」
その圧倒的な威圧に、言葉が出ない。千年級ドラゴンはレンの姿を探すように、巨大な翼を羽ばたかせながら森を見渡していた。
とにかく見つからないように、口を押さえながらその場を離れようとする。
今、獣道を進むのは危険だ。少し離れて、木の影に隠れながらやり過ごさないと、見つかってしまう。
よく見れば、辺りの木々の中にコレが原因で倒されたのだろうと思える丸太があったり、木材の破片が獣道を外れた場所に散乱しているなど、目を凝らせばこの森が異常事態に直面している形跡なんて幾らでも見つけられた。
油断していた。あの谷を抜けられた事に安堵するあまり、その直後に魔物や魔族に遭遇するなんて考えもしていなかった。
油断が生んだ慢心。だが、今更後悔したところで既に遅い。
一刻も早く、此処から逃げ出さなければ!
だが、そううまくはいかない。千年級ドラゴンは痺れを切らしたのか、その口を大きく開くと、細い口の先から炎が吹き出された。
レンは森の隙間からその様子を見ていた為、咄嗟に近くを流れていた小さな川へ身を投げた。
瞬間、森は大炎上。密集した木々に火が燃え移り、あっという間に森林火災が広がった。
燃え広がる中を走るレン。全身が濡れている為、直接炎に飲まれない限りは焼け死ぬ事はないだろう。
ただし、空気に関しては別だ。空気中に存在する酸素が燃やされ窒素が形成されているのだ。
その原理までは解明されていないが、とにかく息が出来なくなり不味いとだけは理解していた。
とにかく走る。このまま餌になりたくないが故に。
けれど、現実は許してくれない。
何か重いものが落ちたような音が響く。視界には、赤く大きな何かが目の前を遮っているように見える。
千年級ドラゴンだ。もはや逃げ道はないとばかりに、レンの逃げ道を遮った。
細長い口が開き、喉奥から溢れ出る炎が目に入る。
僕は、死ぬのか?
親が目の前で殺された挙句、逃げ延びた先で暴力を受け、勝手に売られては勇者に仕立て上げられ、望んでもいない訓練を受けさせられ、出来なければ殴られ……。
挙げ句の果てには真の勇者が見つかり、用済みとなって捨てられ。国中に知られ、暴言暴力を振るわれる日々。
そんな走馬灯が脳裏を過ぎる。レンは自身の体が炎に包まれて灰すら残らない最後の瞬間を幻視し、ついには叫びを上げた
「僕は、生きたい! 何の為に生まれたのか? 僕は、まだ知らない‼︎ から、まだ死にたくない! せめて誰かの為に……!」
全ての思いを吐き出す前に、その体は吹き出された炎に包まれた。
その瞬間、謎のノイズが視界を覆い、その体の中に別の何かが入り込む感触がしたのを最後に、その意識は闇へと消え失せた。
♰ ♰
轟々と燃え上がる草木。ドラゴンはその様子を見て、前へ進みだす。
舌をペロリと口周りを一周させ、炎に包まれたそれを食す為に、歩み出した。即死ながらも全身を焼きすぎないように火加減を調節し、自身の好みに「調理」した。
この辺りの生命体はこのドラゴンが全て平らげ、小腹を空かしていたところだった。久々の肉に胸を踊らせながら、咆哮を上げながら燃え上がっているその中に細長い腕を突っ込ませようとした。
その時だ。燃え上がっていた炎が、真っ二つに切り裂かれたのは。
伸ばしていた腕が巻き添えを喰らい、吹き飛ぶ。王国の所持する剣を易々と弾く鱗を持ったその腕を、だ。
叫びを上げる。一体何が起こったのかを理解出来ず、切り裂かれた炎を睨みつけた。
すると人影があった。アレだけの炎に巻き込まれても尚、生きている人間がいた。
「あー、うっせぇな。トカゲ風情が、わざわざ鳴き声を響かせんじゃねーよ。テメェはダダこねる赤ん坊じゃねぇんだから、なぁ?」
巨体を誇る千年級ドラゴンを前にして、それは軽口を叩く。その手には半透明な刃が印象的な剣が握られており、刃と持ち手の間に赤、緑、水色の突起物が取り付けられていた。
それは水色の突起物を押す。すると刃から白い煙のような何かが出てきた。
「んで、ここ何処? 今まで転生空間に居た筈なんだが」
フード付きの服が先程の炎によって燃えてしまった為、露わとなった頭をボリボリと掻きつつ、ポニーテールを揺らしながらその剣を振るう。すると振るった直線上全ての物質が炎を含めて凍りついた。
それにより、千年級ドラゴンは更に警戒を強めたのか? それに向けて更に大きな咆哮を轟かせた。
凍りついた物質は砕け散り、木々は無残にも薙ぎ倒されていく。
明らかに他の魔物に比べて異様な強さを見せつけるものの、それは全く動じずにいた。
「イキがっている野獣を相手するのは趣味じゃないが、仕方ない。かったりぃが相手してやんよ」
発した言葉の意味は千年級ドラゴンには分からない。けれど、それは自身を全く脅威に感じていないと言うのだけは理解した。
千年級ドラゴンにとって、それは屈辱と一緒だ。怒りを含んだ炎が、それに向けて吹き出される。先程とは違い、身まで灰に還す程の火力で、だ。
しかしそれは軽く地面を蹴ると、持っていた剣を炎目掛けて振りかざす。すると炎が凍り出し、軽い足場が出来上がる。
それは凍りついた炎に足を乗せ、更に飛び上がる。千年級ドラゴンの頭に乗ると、そのまま背中に向けて駆け出し、尻尾の先で飛び上がる。
「ウェルダンが好みか? 生憎だが、俺はレアが好きなんでな、死ぬ時に嫌いな焼き加減で死ぬのは真っ平御免被るって奴だ」
空中で軽口を叩きつつ、持っていた剣を手放した。剣は粒子に包まれると、その姿を消す。
受け身を取りながら地面に着地すると、懐から一冊の本を取り出す。
それは小さな本だった。掌に収まるサイズであり、しかしその分ページが多くかなりの厚さを誇っていた。
パラパラとめくり、目的のページを見つけそれに手を伸ばすと、それをページから外した。
それは一枚のカード。その絵柄には、鍔に宝石の装飾の付いた剣が描かれていた。
「ルヴァ・ルーフ魔法混合式多用剣、セイハ・ナンバーズ。その二十。XXX」
するとカードが光りだし、現れたのは一本の剣。
両刃があり、鍔の中心には円状にデザインされた小さな突起物。そして円の端に並べられた、様々な宝石のような石がはめ込まれている。それの中心には、表裏それぞれに時計の針のような針が、宝石を指すようなデザインを見せていた。
その針が動き出し、表裏それぞれが赤い宝石と黄色の宝石を指す。
すると、剣の先がまばゆい光に包まれ始める。
千年級ドラゴンの残った方の手が、レンを潰さんとばかりに迫り来る中で、ずいぶんと余裕な様子を見せていた。
その刹那、剣をドラゴンに向けると、先端から魔法陣が現れる。レンは柄に剣なのになぜかある引き金を引くと、魔法陣の先から謎の閃光が放たれた。
閃光はドラゴンの手を容易く貫き、首元へと到達。硬いハズの鱗が、閃光が当たった瞬間に溶け出す。中の肉を焼き焦がし、反対側からその閃光が放たれる。
ドラゴンは弱者だと侮っていた人間に自分が負かされたと理解する前に、その巨体が地面へと倒れ込んだ。
強烈な痛みと息を送る器官が焼かれた事による苦しさにより、血と涎が混ざったような液体を口から吐き出したのを最後に、その体が動かなくなった。
「その名も、イクエちゃんだ。あの世で覚えときな」
剣を空振りし、纏っていた閃光が辺りに散らばった。そして剣から手を離すと、先程と同じように粒子となってその場から消えてしまった。
口に手を当てて、少し考え込む。
「超高温レーザーも問題なし。物理法則とか魔術理論だとか、あまり他の世界と変わり無さそうだな。ローカルな法則も無いし、至って普通の異世界って事で間違いないようだ」
そう呟き、先程使ったレーザーの出る剣の事を徐に語り始めた。
仕組みはこうだ。
赤い宝石は炎を司る。そして黄色い宝石は光を司る。
それぞれが属性を掛け合わせ、強力な熱を持った光が生まれる。ただし、それをただ撃つだけでは意味がない。
数百倍に高圧縮し、一点に絞って放ってこそ威力が生まれる。
例え鉄の壁をも容易く貫く死の光。放つ際に魔法陣を展開させるが、それはあくまでレンズとしての機能にしか使わない。
魔術と科学の間に生まれた、中途半端な代物。だがどちらにも属している為、物理防壁も魔術防壁も貫く様になっている。
とは言え、あくまでレーザーが通るか魔術が通るかの違いなだけであり、どちらかの防壁を張られたら当たった時の威力は弱まる。
また、両方の防壁を張られてしまえば、当然ながら目標に到達も出来ない。
おまけに、放たれるレーザーの大きさもそこまで大きくない。精々腕の太さまでが精一杯らしい。その上、発射する際にかかる腕への負担も相当なモノだ。例えるなら、片手で大砲を担ぎながら放つのとほぼ同じ。そんな事をすれば、力を制御できずにふっ飛ばされる。下手をすれば体ごと木っ端微塵もあり得る話だ。
例え撃ったとしても、一撃で急所を狙わなければならない。射撃の腕と手に掛かる負担を考えれば相当の力が無ければ扱えないとんだじゃじゃ馬剣だ。
しかも、このレーザーの機能もほんの一部に過ぎず、他の宝石に宿る属性の掛け合わせ方により、他にも多種多様な攻撃手段を生み出す創作兵器でもある。
後、剣なのに全然剣として機能していないとかのツッコミは受け付けていない。
……と、誰に対して言っているのかさっぱりな独り言を終えると、先程殺した千年級ドラゴンの遺体に近く。
「んで、このオオトカゲは一体何なんだ? 人をまるで餌のように見やがって」
悪態を突きつつ、再度別のカードを取り出す。
「メイラ・イルガ式記憶干渉型魔術道具、セイハ・ナンバーズその六十二。リアルメモリーハック装置、のぞき君」
光と共に現れたのは、割と大きなヘルメットと複数の針が先端に付いたコードの束に、それらと繋がっている四角い箱の様な何かであった。
それは針をドラゴンの頭に何処からか取り出したトンカチを使いながら何個か刺し、四角い箱の中心にある窪みを押す。
すると箱の上部が開き、画面が出て来る。
それは画面を見ながら色々操作すると、呆れた顔をしながら画面を閉じた。
ドラゴンに刺していた針を抜き、血をこれまた何処からか取り出した布で拭き取る。
「使えねぇ記憶しかねぇな。少なくともこの世界の情報が欲しかったんだが、出てきたのは人間の味や近くを徘徊する獣の好みの味とかしか出てこねぇって、どんだけ食い意地汚ねぇンだよクソが」
殺した上に使えないと嘆くどころかボロクソに言う酷い有様。
所詮は生き物。食べるか食べられるかの中で生きていれば、食だけが唯一の楽しみになってしまう。
その為、この様な印象に残る記憶と言えば自然とそう言った類の記憶しか残らない。
この取り出した道具、のぞき君はヘルメット型の脳内スキャン装置によって脳の情報を可視化し、箱に取り付けてある画面に映し出す事が出来る装置である。
尚、ヘルメットが入らない生物の記憶を見る場合は先程の様に別に付いている針をその生物の脳に突き刺す事で無理矢理脳に接続し、記憶情報を読み取ると言った結構エグい仕様になってしまっていのだが本人は特に気にしていない様子。
無論、生きたままその機能を使ってしまえばその生物は普通に死ぬのだが、割と気にしない。
その鬼畜な箱が粒子状になって消え去ると、それは目を瞑ると、うむと考え出した。
「とりあえずは散策だな。この世界がどんな世界で、どの様な常識、そして言語があるのかを知らなければなぁ。あー、面倒臭い」
頭をボリボリと掻き、その足を前へ進めようとした。
その時である。ふとそれは動きを止めた。
「……これは、一体?」
こめかみに指を当てる。すると微かにだが、声が聞こえた。
『(……しに、たくない。ぼくは、まだ)』
何ともない、死にかけた者の声。それが誰なのか、それはすぐに理解した。
「意識がある? これまでは意識そのものを乗っ取って憑依していたのに?」
それは少し考える。しばらく頷き、首を横に振った後、今まで不機嫌そうだった表情が一変。大きく口を歪ませ、笑い出した。
「面倒臭いとか言っていたが、面白そうなイレギュラーだったら歓迎するぞ。なぁに、俺がこの世界に来たと言う事は、割と笑えない事が起こる前触れなんだろうが、んな事は知った事じゃねぇわな。初めまして、そしてようこそ、この世界の俺。世界巻き込んだ地獄絵図の始まりだ。せいぜい心を折られねぇように頑張れや」
不吉な言葉と、不穏なワードに、愉悦に浸るその笑い方は、まるで勇者としてのそれではなく、人間でありながら悪魔だと比喩されてもおかしくない、最悪の化身を連想させるような笑みであった。
とりあえずここまで。
次回は出来次第、投稿します。