プロローグ
虹ファンがなくなって以降、久々に帰ってきたので投稿。
何時の日からだろう。混沌とした世界に生まれて後悔したのは。
何時からだろう。彼が勇者として勝手に祭り上げられていたのは。
何時からだろう。自分が弱い勇者と知って扱いが冷遇されるようになったのは。
そして、何時だったか? 全てが嫌になったところへ必要な力を持ったもう一人の勇者が現れ、退け者となり嫌になってしまったのは。
世界は甘くない。人生は香辛料のようなスパイスと言葉があるが、彼に降りかかっていたそれは香辛料程度ではない。
意味も無く勇者に仕立て上げられ、付いても行けない訓練を無理矢理やらされ、挙げ句に勝手に失望されては罰を与えられる、辛みと苦みと渋みを混ぜ込んだ嫌がらせに似たジュースの様。
彼がそんな人生を歩まざるが得なくなった切っ掛けが、数年前に遡る。
人間界に突如として進軍を始めた魔王軍を名乗る亜人が、この国の王国軍と武力衝突を起こした事が事の発端となる。
魔王とは、五百年から千年に一度定期的に現れては人間を支配しようとする、魔族と呼ばれるこの世界とは違う何処かから現れる種族の王だ。
数千年前と言う長い時を経て蘇ったそれは、当時最強とも言われていた王国軍に対して対等以上の戦いを見せつけた。
それは人類に最悪を招く災いにして、最強の敵でもある。最強の軍を魔王直属の軍隊によって壊滅させられた王国は、すぐさま過去の文献や数千年生きていると言われている賢者から情報を収集。それが何なのかの正体を突き止めた。
魔王の復活。それは賢者の祖父や父からも聞かされた事であり、人間の寿命を超えて人目の付かないところへ隠居した今でもその事だけはしっかりと覚えているのだと言う。
すぐにその対策の解明を急がせた王国は、すぐにそれの存在に辿り着いた。
その名も勇者。
いつの時代でも現れた、魔族に対し強力な力を持った者と言えよう。
すぐに王国は勇者の適合者を探し出そうとした。しかし文献によると、その血筋の者は力を恐れた千年前の王国の権力者が根絶やしにしたと書かれてあった。
王国は血眼になって、難を逃れた血筋の者がいないかどうかを探し続けた。少なくとも正規の王国軍に魔王軍は倒せない。
魔族と言う種族は、魔導結界と言う特殊な結界を身に纏っているらしく普通の剣や槍では攻撃が通らない。格下とも言われている魔物はそんな特殊な結界は持っていないので普通の人間でも倒せるが、人型である魔族に対して攻撃を与えるには、魔法を用いた武器や術を使うしか方法が見つかっていない。
王国の軍の中にも魔術を使える者も存在はしていた。していたのだが、何しろ相手は全てがバリアで覆われているような怪物が相手だ。それに数も多く、生半端な魔術では到底太刀打ちできなかった。
しかし勇者とならば話は別だ。どう言う理屈か、勇者には魔族からの攻撃に対し耐えうる加護を持っているとの話だ。
勇者の持つ加護は、仲間にも効果を与えると言われている。その為、勇者を加えた軍がどれだけ魔王に立ち向かう為の鍵となるかは一目瞭然。
最初は国では有名な占い師の助言によって勇者捜索計画はスタートした。
様々な村や町を探し続け、数ヶ月と言う月日を得て、ようやく見つけたとの報告があった。
とある村で家族に虐待に遭っていたとある少年が、微かながら勇者としての印、勇者の加護を示す反応があったと言うのだ。
勇者の加護を測る手段としては、賢者が教えてくれた特殊な魔法観測術による魔法の波の測定だと言う。
普通の魔法観測術とは違い、勇者の加護でしか見せない特殊な魔法の波を感知する事が可能となる。
ところが、その少年から感知できた勇者の加護による波は本当に微弱で、ハッキリと言うと本当に加護の波を感知できたのか? 気のせいではないだろうかと言う程に弱かった。
だが、事は一刻を争う事態。王国が金で買い取り、半ば奴隷扱いにしようとも成し遂げなければならない事であった。
挙句、その占い師も数日前に持病で他界し、どんな勇者の加護かさえも誰も知らされないままである。
それがこの少年にとって、不幸の始まりと言われ様とも……。
♰ ♰
それから数年が過ぎたとある日の出来事だ。
窓から照らしつける朝の光に眩しさを感じつつ、少年は目を覚ました。
レン・セイバー。彼こそが家族に虐待されていた少年であり、半ば奴隷として王国に買われてしまった、別名「偽の勇者」である。
レンはいつものように来る朝の日に憂鬱を覚えながらも、とりあえず身を起こして布団の中から這い出て来た。
そして小屋とも言えるような家から出ると、辺り一面の緑豊かな景色に視線を移し、そして溜息を吐いた。
彼は既に勇者と言う肩書きを捨てたせいで王国におらず、森奥にひっそりと佇む小さな村「シェナー村」にその身を置いていた。
ここは農家で出来た村であり、面積の大半は畑や牛小屋で覆われていた。
住んでいる村人も老人が半数を占め、残りは行く当てもなくここに住む浪人や農家の後継ぎとして残っている若者ばかりだ。
彼はここの村で生まれたわけではない。成り行きでここへ辿り着いた、余所者だ。
と言うのも、ここに暮らしている訳ではない。彼は今、旅をしている。
王国を追放された際、少なからず金を受け取り、二度とここへ近づかない事を誓わせられた。
レンはどこへ行こうと考えたが、どこに行こうにも偽の勇者として名を知られてしまった為に、ぞんざいにしか扱われない。
その為、一つのところに留まらずに転々とする事で、自分が住みやすい土地を探しているのだった。
が、今のところそんな願いは叶わず。空に浮かぶ雲のように、噂とは移って行くものなのである。
レンがこの土地へ来たのがほんの数日前。にも関わらず、村の人間は彼が例の偽の勇者なのではないかと言う噂話が溢れかえっていた。
分かってはいる。自分の風評を自身で知っているのだから、視線である程度は察してしまう。
つまるところ、いつもの扱いだ。決して普通に相手される訳ではない。
望みもしなかった勇者の肩書きも、捨てた今となっても尚、その肩書き自体が、彼を蝕む鉛と化していた。
レンはボロ切れのフードで顔を隠しつつ、周りの人達に怪訝な目を向けられながら目的の場所へと足を動かす。
いつもならチンピラ紛いの人達に絡まれお金を多少取られたりするのだが、今回はそんな事は起こらなかった。
その代わりと言っては何だが、レンが目的の場所。討伐ギルド集会所の建物の中に入った途端、皆が皆レンの方へ視線を向ける。
どうやらこの村でも偽の勇者の噂が入り込んできたらしく、レンに向けられる視線が疑惑の目となっているのを察した。
こうなったら、ここに居られる時間も少なくなる。良くて通告ありの強制退去。悪くて暴行ありの強制退去。
使えない勇者など、誰も求めていない。むしろ、その身を置かれていては周りの村や町からどんな文句が飛んでくるのかが分かったものではないからである。
残念ながら、味方などどこにもいない。今は魔族との戦争の真っ只中。早く安定した生活に戻りたいと思う気持ちが勝る。
そんな自分勝手な理屈に嫌気がさす。
「はぁ、人間って陰湿だよ。自分さえ良ければそれで良い。こっちの気持ちなんかおかまいなしに厄介者扱いにするからね。それを直接受けている身としたら、本当に嫌な気持ちになるよ」
なんて気持ちを吐露する。周りに聞こえないように小声を悪態を吐く訳なのだが、そうしなきゃ身が持たないとは本人の余談。
だが、そんな小声に答えてくる声がレンの体の中から響いてくる。
『(悲しいが、それが人間って奴だ。期待にそぐわない者、意に答えない者にはレッテルと言うモノを貼る。最も、俺には関係の無い話だがな)』
レンはその声を聞くなり、更に深いため息を吐いてしまう。
もはやこの声についてはいつもの事な為に、周りの人達に気が付かれないよう口元をフードの端で隠しつつ、更に小さな声で文句を言い始めた。
「キミも少しは気にしてくれないかな。流石に僕の中にいる癖に、他人事を決めているのはあまりにも酷いと思うんだけど?」
だが、中から聞こえてくる声は意に返さないような口調で返してくる。
『(馬鹿言うな、俺はお前じゃない。それにこれはお前の問題だ。お前自身で解決しなきゃいけねぇ事だろうが)』
正論だ。その棘しかない言葉が、心に突き刺さる。
だけど! とレンは叫びそうになり立ち上がってしまう。我に帰り辺りを見渡してみると、周りの人達が自分に変な人を見る目で見ていたのに気がついた。
大人しく腰を落とし、再び小声でそれに言葉を送る。
「そうは言うけどね、ここまで広まったら名誉挽回なんて今更過ぎてどうしようもないと思うんだけど? 全く、僕だって好きで勇者になろうとした訳じゃないのに。理不尽過ぎて泣きたくなるよ」
『(言ったところで何か始まる訳じゃない。今やるべき事は、愚痴を零すだけじゃないだろ。ここ周辺で魔物が目撃されていると言われているのは、周辺からの話声で分かるハズだ)』
言われて、レンは耳を澄ましてみる。
近くに居た男達が、何やら落ち込んでいる様子が伺えてしまう。その話を耳を凝らして聞いてみた。
「最近、近くにある林の中でミノタウロス種の魔物が目撃されているって噂だけどよ、どうも本当らしい。林の中に設置していた穀物倉庫が破壊されていやがった」
「そりゃ不味いな。そろそろ冬に差し掛かろうってのに、穀物が保存出来ないとなると俺たちの食料に関わっちまう。早めに手を打たねぇと、取り返しの付かない事態へ至る危険もあるな」
そんな笑えない会話がされていた。
冬が近づくにつれ、食料を保存するのはごく普通の事だ。それらは冬を超す為に必要な備蓄となる。
当然ネズミに狙われる危険性があるものの、それらを殺す為に中で猫を飼ったり、ネズミ除けの薬草を床一面に蒔いたり、罠を仕掛ける等してある程度は対策を練っている。
しかし、相手が魔物なら話が別だ。大きさも自分達程から軽く凌駕するモノも存在するとの事だ。
おまけに凶暴性もある。一般人が立ち向かったところで、訪れるは死の一文字。特にミノタウロス種と呼ばれる魔物は攻撃性が高く、知性も他の魔物と比べて高い方だ。
人間が持っていた武器を奪って更に凶暴性が高くなると言う事も多発している為、好んで立ち向かおうとはしない。
だが、今回のような間接的に命に関わるような事になれば、嫌でも戦わざるが得ない。
その為に討伐ギルドと言うのが存在する。普通の人間では対処できない魔物や魔族事案が発生した場合、それらを退治なくとも撃退する為に腕っぷしのハンターや冒険者が集う場所が必要になる。
場所によっては情報登録が必要なところもあるが、ここでは特に必要ない。
レンにとって、自分の事情を隠せたまま金を稼げる場所と言うのは重要だ。何せ、偽の勇者として噂が出回っているせいで、そのレッテルが彼の私生活までもを邪魔しているからだ。
「……君ってさ、本当に何者なの? そんな話、君と会話しているのに夢中で聞こえなかったけど? 耳を澄ませて、やっと聞こえる程度だよ」
『(長生きしていたら、勝手に染みついたスキルみたいなモンだ。情報収集は旅の基本中の基本だ。流石のお前でも、下級の魔物相手に遅れを取ったりはしないハズだし、せめて悪名挽回の為にでも狩って来い。俺はお前の中でヤジと小言をいい続けるからな)』
何もしないどころか邪魔する発言。普通にキレてもいい事案だが、事実、中から聞こえてくる声の野次には、これまでに何度も救われている。
その為、文句を言おうにも言えずじまいになっている現状だ。
「……分かったよ。多分クエストとして張り出されると思うから、すぐにでも受けてやれば良いんだろ。名誉挽回の為じゃなく、金の為に僕は行くよ。明日を行きたくば、まずは稼げと言ったのは君じゃないか」
そう言いつつ、村にあるギルド集会所へと歩き出した。
これは、最弱と言われ、偽の勇者のレッテルを貼られ追放された勇者レン・セイバーと、彼の中に居候している謎の声、レン・セイヴァーによる、相異たる物語である。
世界観とか設定とかは、話の流れで明かして行きたいと思いまーす。あと、最弱勇者よりも偽の勇者の方が扱いやすいのでサイレント修正加えておきます。




