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此岸にて。

作者: 佐井原 景

 提燈を持たねばならぬ、と釘をさしてきたのは渡し守だった。そう言われても灯りの持ち合わせなどはない。ではどうすればいい、船に乗せぬということかと問えば、渡し守は当然とばかりに岸辺を指した。

 ――花提燈を作ればいい。

 群を成す曼珠沙華まんじゅしゃげを一瞥する。

 ――花が光るものか。

 ――光るとも、折ってみろ。

 促され、かがみこんで一輪を手折る。ぱきん、と瑞々しい感触がした。

 ――茎の中ほどを、皮を残して折る。花に向かって皮を少し剥ぐ。反対側を同じ様に折って、花に向かって皮を少し剥いで……その繰り返しだ。

 渡し守に言われるがままに、花提燈を作る。途中何度か間違えて、茎と花とが分かれてしまった。そのたびに花を川に放り、新しい曼珠沙華を手折る。音もなく流れる水面には、紅い花がいくつも浮かんだ。草の汁に塗れた指が冷える。

 ――これは毒を持つ(あだ)(ばな)だと聞いていた。手が腐って落ちるかもしれない。

 ――毒を持つのは根ばかりだ。その根でも、昔は食ったものだった。

 ――何故。

 ――飢饉を知らないか、幸せなことだ。

 手を動かす傍らで、言葉を重ねる。渡し守はこちらを待っているらしかった。

 蛇腹のようなその構造にようやく合点がゆき、拙いながら何とか小さな花提燈を作り上げる。幼子のころに戻ったようで、なにやら嬉しくなって手に提げてみると、冷えた風にゆらりと紅い花が揺れた。

 ――さあ、これでいいだろう。

 勝ち誇ったように言って、顔を上げる。

 そこには川は無く、色づいた稲穂がこうべを垂れるばかりであった。

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