暗躍する者達
「ん、んん。ここは・・・」
フィデスが目覚めると、そこは前回目覚めた時と同じ一面が純白の部屋だった。辺りには何もなく唯一つ壁に掛かっている時計がカチ、カチと音を響かせている。何が起きたのかを把握するため、一先ず外に出てみようとベッドから起き上がると、そんな思考を遮るように足元で何かが蠢いた。
(ん、何だ?)
動物にしては大きい"何か"はゆっくりと青色の髪を靡かせながら立ち上がると、人形のような美しい笑顔をフィデスに向けた。
「フィデス、起きましたか。リューネ、ハクア。フィデスが起きましたよ」
立ち上がった透き通るような青色の髪を靡かせた女子生徒イディスはフィデスに軽く挨拶を交わした後、再度屈み込むと、床に横になっている二人をそっと揺らす。二人は少し気だるげに目を覚ますと、目を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
「さて、これで皆起きましたね」
全員起きたのを確認すると、イディスは手を叩いて仕切り直そうとする。ハクアは寝起きが良く既に完全に目を覚ましているものの、リューネは寝起きが相当悪いらしく未だうつらうつらと船を漕いでいる。
「ああ、すまない。いつの間にか眠ってたみたいだ」
特に重要な話でもなさそうなため、再度別世界に旅立ちそうなリューネを放置し寝てしまった事を謝罪するが、そんなフィデスの発言に何を思ったのか、彼女にしては珍しく謝罪に対して返答をせず、即座に切り込もうとする。
「フィデス、先程の事なのですが・・・」
先程の話と言われフィデスは一瞬考えるが、心当たりがあったのか少し申し訳なさそうに頭を下げ謝罪をし始めた。
「さっき?ああ、本当にすまない。イディスと会った時のことを覚えてなくて」
「えっ」
その言葉は以外に過ぎるものだった。
これでもしまた苦しみ始めるようなら、イディスは即座に話題の転換を図ろうと思っていたが、どうやらそれ以上に複雑化してそうな予感をイディスは感じ取っていた。フィデスはあの時寝たのではなく気絶したのだ。そんな、重要な事を、フィデスが心配してくれた三人に対し説明を怠る筈がなかった。
覚えていたならば・・・・・・
「ティリュこれって・・・」
ハクアもまたそんなフィデスの反応を訝しむ様な目で見ると、直ぐに左にいるリューネに確認を取るように目線を送る。
「う〜ん。なにぃ〜?」
「・・・・・・」
どうやら聞いていなかったらしい。小さく咳払いをしたハクアは、助けを求めるようにイディスに視線を向ける。
「・・・そうですね。記憶が消されてます」
悟ってくれたらしい。フィデスに聞こえないようハクアの耳元で小さく囁くように答えた。
「ん?何の話だ?」
フィデスから見れば、三人が自分にだけ聞こえない様にボソボソと何かを話しているだけに映っているため、何を話しているのか聞きたくもなるだろう。
「う、ううん、何でもないわ」
ハクアはフィデスに悟られないよう、慌てて手をワタワタと振って何でもないことを示す。フィデス自身も話したくない事を無理に聞こうとは思わないのか直ぐに納得し、話題を切り替える。
「そうか、ところで俺の怪我はもう治ってるのか?」
フィデスの唐突な振りに、深い思考に陥っていたイディスはビクッと反応すると、コホンと咳払いを一つして気を取り直す。
「いえ、まだ半分ほどです。明後日には完治すると思います」
フィデスの方から話題を変えてくれたことを丁度いいと思ったのか話題が戻らないように、少しずつフィデスの怪我の方に話題の主軸を持っていく。
「そうか」
一瞬、フィデスのこの言葉にイディスは隠している事がバレた様な意図を感じ取った、これが本当かは本人しか預かり知らぬところだが。
「では、私たちは寮に戻りますので、フィデスはゆっくり休んでください」
「ああ、もうそんな時間だったのか?」
フィデスは三人から目線を外し壁に掛かっている時計を確認すると、時計の針は夜の10時を指していた。
「三人ともこんな時間までありがとな」
こんな時間まで待っていてくれた事に感謝を告げると、未だ眠りかけているリューネの頭を優しく撫でた。
それだけで二人は察したのか、何度も声をかけリューネの目を完全に覚まさせる。相当強敵だったようで五分もの時間を要していたが。
「いえいえ、では私達はこれで」
「おやすみなさい、フィオ」
「じゃあねぇ~フィオ」
三人はその言葉を最後に部屋を後にしていった。
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「フィデスの過去は思ったより深刻なようですね」
「まさか記憶が消されてるとはねぇ~」
完全に目を覚ましたリューネはこれまでの経緯を二人から聞き、話し合いに参加していた。空から降り注ぐ月光が廊下に等間隔に設置されている窓を通り三人を幻想的に映し出す。
「これは、やっぱり触れないほうがフィデスにとっても幸せなのかもしれないわね・・・妹さんには気の毒だけど」
先程までは事情を尋ねるべきと言っていたハクアも流石に今は触れるべきではない判断したらしい。
「放置した方がいいとまでは言いませんが少なくとも、情報が集まるまではそっとしておいた方がいいと思います」
どうやらイディスも二人と同じ意見らしくここで三人の意見は初めて一致しフィデスの問題の様子見が決定された。
「今はシアのお姉さんの方の問題もあるからねぇ」
フィデスの話題が終息した事によって、リューネは偶然か当初の予定だったレイティアの話に話題を転換しようとする。
「ハクアの方の問題とはなんでしょうか?」
しかし、イディスは聞いたことが無かったらしく、リューネに説明を求める。
「ああ、そっか。イディスには説明してなかったねぇ」
イディスの言葉に二人は、一瞬何を言っているのかと顔を見合わせるが、直ぐに話していなかったことに気づき、歩きながらこれまでの経緯を説明した。
街でハクアがいきなり不審者に襲われそうになったこと。それを撃退した後レイティアにハクアが攻撃されたこと。そして二対一で模擬戦をすることになった経緯や、決着をつけずに去ったことなどを事細かに説明した。
「なるほど、レイティアさんはハクアのお姉さんだったのですね。道理で二人とも同じリーフェンシアだったわけですか」
全てを聞き終えたイディスは、一瞬考え込むような仕草をした後に頷いた。どうやら直ぐに納得した事から、薄々は勘づいていたらしい。
「はい、いろいろ姉がお騒がせしてすみません。私が優秀でないばっかりに」
姉と比べ直ぐに自虐的になり、暗い顔になってしまうハクアに、リューネは慰めようと小さく頭を撫でる。
「いえいえ、ハクアは何も悪くないのですから、そんなに悲観的にならないで下さい。」
撫でられながらも暗い顔が晴れないハクアに、イディスもフォローをいれるが未だに表情が晴れず沈みこんでいる。
「ですが、その生徒さん達には私が代わりに謝りますのでその生徒さんのいる病院を教えていただけませんか」
未だ表情が晴れる兆しすら見えないハクアに、これを晴らせるのは自分ではないな、と手元のモニターを開き学園内の事件の一覧を開く。
「そうですか、それでは一応その病院の場所だけ・・・」
イディスは巻き込まれた二人が搬送された病院の載っていたページを探すため画面をスライドしていくイディスだったが、途中何を見たのか口に手を当てクスクスと笑い始めてしまう。
「イディス壊れちゃったぁ、働きすぎ?」
「ど、どうしたの、イディス」
二人は突如笑い始めたイディスに何事かと視線を向けるが返ってきたのは以外にも過ぎる言葉だった。
「いえいえ、ハクアが謝りに行く必要はないですよ」
「・・・え?」
生徒会長としてはどうなのだろうかとさえ思える発言にハクアは思わずキョトンと聞き返してしまう。生徒会長とは全生徒の規範となるべき存在ではなかったのだろうか?
「この男子生徒たちは・・・いえ、ここから先はハクア自身で確かめるべきことですね」
ハクアは状況が把握出来ず狼狽えるが、その間にもイディスは問題ないとでも言うように画面を閉じてしまう。
「そ、そうなの?分かったわ」
最早何が何だか分からないハクアは頷くしかない。
しかし、イディスの表情から悪い事では無いのだろうと結論づけ追求はしなかった。
「ふふっ、相変わらず不器用な人です」
「イディス、なんか言った?」
未だ笑顔のイディスが一瞬ボソッと何かを呟いた様な気がしたが何かは分からなかった。
「いえいえ、何もありませんよ」
「そ、そう」
「ここで失礼します。ハクア、リューネ今日はありがとうございました」
結局、その後別れる予定だった突き当たりまで笑顔を崩さなかったイディスは貴族のように優雅なお辞儀をして御礼を述べると二人とは反対の右へ曲がって行く。
「えっ、あっ、うん。ありがとう、イディス。お休みなさい」
「おやすみぃ、イディス」
最後までイディスが笑っている理由が分からなかったハクアは少し曖昧に返答するとリューネと共に左へ曲がって行く。
だが、歩き始めて数歩も経たない内に二人は背中から声を掛けられ振り返る。
「あ、そうだ一つよろしいですか?」
「どうしたの?イディス」
何か言い忘れていた事があったのか、振り返ったハクアは確認するように問いかける。
「これから、どの程度の規模の事件が起きるかはわかりませんが、私もいるという事も忘れないでください」
突如先程までが嘘のように真面目な顔で告げるイディス。ハクア自身意味は分かっていなかったが、イディスの表情から何かを感じ取ったのか、聞き返すような野暮はしなかった。
「分かったわ」
そんな様子を見て大丈夫そうだと判断したのか、イディスは満足そうに再度挨拶を告げた。
「それでは、ハクア、リューネ、おやすみなさい」
そして、その言葉を最後に、イディスは振り返ることなく違う道へと歩いて行った。
「さっきのイディス、なんか不思議だったね」
それからイディスが見えなくなるまでの間、静かに背中を見つめていた二人は先程のイディスの事を小さな声で歩きながら話していた。
「そうね、それに・・・何かもう一回姉様と話をしてみたくなったわ」
答えを言っているようで言っていないイディスの言葉に、ハクアは不思議な気持ちに襲われていた。何故か、今まであれだけ嫌悪していた姉とまた話してみたくなったのだ。
「お、それはいいねぇ。じゃあ、今度会ったら少しお話してみよっかぁ」
どこか雰囲気の変わったハクアの様子にリューネは若干驚きながらも、当然ハクアの意思を砕くような真似はせず、肯定するように小さく頷いた。
その後は二人共特に会話を交わすことは無かったが、少し嬉しそうな顔で歩いて行った。
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「あんまり眠くないな」
フィデスは深夜、なかなか寝つけずにいた。
とは言っても、寝付けない原因は明白だった。レイティアが誰にも聞こえないほどの声で呟いていた言葉だった。
リューネとハクアは聞こえていなかったが、フィデスは聴覚強化でその呟きを聞き取っていた。
「レイティア・・・あれはどういう意味だったんだ?」
集中魔法術式治療室から出たフィデスは保健室の窓の淵に肘を掛け、外を眺めて考えていた。
「・・・ダメだな。少し中庭でも散歩しに行くか」
フィデスは気分転換にと、外へ歩いて行った。
辺りは暗闇に包まれ、所々に付いている寮の部屋の明かりだけが道を薄らと映し出している。フィデスは少し煌びやかな絨毯の引いてある廊下を抜け、中庭まで歩いた所で、ふと噴水の傍で俯いている一つの影が目に入った。
(あれは・・・レイティアか。どうしたんだ、こんな時間に)
フィデスは声を掛けようか悩んだ。レイティアにはついさっき敵意を向けられ叩きのめされたばかりだった。だが、今俯いているレイティアからはそんな雰囲気は微塵も感じさせず、寧ろ儚げで今にも消えてしまいそうな雰囲気を纏っていた。
そして、レイティアがまた呟き始めたのを見て、フィデスは咄嗟に柱に隠れてしまう。
「・・・100人強。・・・ちゃん・・・のは50人弱ってとこかな。・・・けど・・・なのは・・・だし、あの三人なら・・・よね」
話を盗み聞きするのはフィデス自身あまり好きでは無かったし、褒められた行為ではないが、レイティアの悲しげな語調に何もせずにはいられなかった。
(レイティア、君は何をしようとしてるんだ)
「でも、これでやっと終わりかぁ。長かったなぁ」
一位の時のレイティアであったならフィデスがバレずにここまで近付く事など出来なかっただろう。だが、今噴水の前で蹲っているのは、一位ではなく唯の一人のレイティアという女の子だった。
だからこそフィデスはそんな泣きそうな顔をしたレイティアを見ていられなくなり、思わず隠れていた柱から飛び出してしまう。
「レイティア!」
「わっ、フィデス君か。もしかして、聞いてた?」
突然大声で話しかけられ、レイティアは驚いて立ち上がると、後ろを振り返った。
「ああ」
聞いていないと言って逃げるのは簡単だ。だが、どんな相手であれ、フィデスは悲しそうな顔をしている女の子を前にして無視できるような性格ではなかった。
「どこから?」
「レイティアが何かの人数を言った時から」
フィデスにはもう盗み聞きしていた事を隠す気もなかった。それでレイティアがもし治安部隊に、付き纏われて盗聴されたと言って通報したとしても構わないと。それ程までにレイティアの顔は見ていられなかった。
「意味は、分かっちゃった?」
そんな堂々としたフィデスの様子にレイティアは少し苦笑すると、確認のためフィデスに問いかける。
「そんなには分からなかったけど、少なくとも明日レイティアが何をしようとしているかとレイティアの本当の気持ちについては分かったつもりだぞ」
「そっか。なら私の言いたいことも分かるよね?」
レイティアは先程から変わらない少し笑ったような顔のままフィデスに問いかける。
「ハクアのことを守れって?」
今までの話を繋ぎ合わせて出した答えが間違ってるとは思わなかったがその内容に確認するように問い返す。
「そう、よくわかってんじゃん」
その答えに正解とでも言うように肯定すると、小さく笑いを浮かべる。だがその瞬間にフィデスから発せられた問に、レイティアは一瞬答えるのを躊躇ってしまう。
「レイティアは・・・どうなるんだ?」
「私は・・・ね?でも大丈夫。父様は何をしてでも倒す。ハクアちゃんは、絶対に自由にするから」
少しの笑みを浮かべて答えるが、その瞳には夜の黒にも勝るほどの影が射し込んでいた。
「シアから嫌われたまま?」
「うん、それでも良いの。私にとって最も重要なのはハクアちゃんが幸せであること」
上手く取り繕ってるように見えるが、その瞳には光は宿っておらず、言葉を紡ぐ度にそれは深くなっているようにさえ見える。
「そのためなら、自分の命を懸けても構わないって?」
「うん、それぐらいしか欠陥品の私にはできないから」
自嘲的な笑がフィデスが目を離す事を許さない。だが言葉とは裏腹に、手は地面を握り締める様に小刻みに震えている。
「レイティアが欠陥品?」
「そうだよ、あの子の魔力は私以上だから。私達の家はね16歳以上の人たちの中で4年に一度魔力量の最も多い人が党首に選ばれるんだけど今年はハクアちゃんが選ばれるんだ。使える魔法は少ないけど魔力量が私を超えちゃったから・・・でも私はハクアちゃんの自由に生きたいっていう願いをかなえてあげたかった。だから徹底的にハクアちゃんにはずっとダメだと言い続けて、頑張って訓練したんだけどなぁ。やっぱり私じゃダメだったみたい」
一度も笑は崩していない。だがそれは瞳の青も同義であり、相反する二つの感情がレイティアを崩そうと揺れていた。
「敵っていうのは強いのか?」
戦いにおいて敵が魔法師かそうではないかというのは大きな意味を持つ。前回ハクアを襲った襲撃者達は殆ど全員が魔法師では無かったので簡単に勝つことが出来た。あれがもし、全員魔法師だったのならハクアはもっと苦戦を強いられていただろう。下手をすれば負けていた恐れもある。それ程に魔法師というのは隔絶した存在だった。
「うん。でも大丈夫。君たち三人で撃退できると思うよ」
この時、レイティアはフィデスがこれ以上何か言い出さないよう敢えて希望的観測で答えた。
これ以上フィデスが関わってこないように・・・・・・
これ以上気持ちが揺らがないように・・・・・・
「レイティアの方は・・・?」
しかし、そんな事は知らんと言わんばかりにフィデスは追求の手を緩めない。
「私の方は・・・大丈夫だよ。ハクアちゃんやフィデス君、リューネちゃんには迷惑かけないから」
あくまで迷惑はかけないと言い張り、この話題の中で一番重要な自身の安全について話さないレイティア。
「レイティア!」
フィデスは小さく息を吸うと、レイティアの顔を両の手で挟み、現実に引き戻すように少し大きな声で名前を呼んだ。
「うわっ、どうしたの急に?」
唐突に大声で名前を呼ばれ、驚いたのかレイティアの瞳に僅かに光が戻る。
そのまま手を離さず、戻った光を失わない様に目を合わせて離さない。
「俺は・・・二人が笑い合う所を見てみたいよ」
そんなフィデスの言葉にバツが悪そうに瞳を逸らすと、顔を見られないように小さく俯いてしまう。
「そんな・・・私がいなくてもハクアちゃんがいるよ。あの子は可愛いし性格もいいし勉強も魔法もできるんだから」
取り繕うために笑顔を作っているのに、俯いて顔を見られないようにしているという矛盾に、レイティアは未だ気付かない。
「なら、なんで・・・そんな悲しい顔をするんだよ」
「・・・え?」
この少年には何が見えているのだろうか・・・?
レイティアは何を言っているのか分からないといった顔で聞き返す。自分の顔には確かに笑みが浮かべられており、何も知らぬ者が見たなら総じて可愛いと言うだろう。
だが、フィデスは閉ざしているレイティアの心が助けを求めていることを感じ取っていた。それこそ、気持ちの持ち主であるレイティアよりも・・・
「本当にそれで幸せなら俺が立ち入ることではないかもしれない。でもレイティアは今、幸せじゃないだろ・・・」
フィデスは閉ざされているレイティアの心に訴えるように悲痛な顔で訴える。そして、それと同時に唯の一人の少女にここまでの覚悟をさせている何者かへの怒りも湧き上がってくるのを感じていた。
「あれ、おかしいな。私はハクアちゃんが幸せならそれで良いはずなのに」
自分の感情が理解できないと言ったように自分の顔のあちこちに触れる。柔らかい感触から得られたのはいつの間にか普通の形に戻っていた口の感触、そして少し湿っている頬に流れ落ちる水滴の感触だった。
「それが、普通なんだよ。表情を取り繕っても・・・感情を欺き続けても・・・自分の幸せをもっと考えてくれ、レイティア!」
これはフィデスの心からの叫び。目的の為に全てを塗り潰していく偽りで出来た一位の少女ではない。レイティアという唯の一人の女の子に向けての叫びだった。
「・・・・・・さい」
「ハクアだけが幸せならそれでいい?違う!本当のレイティアはハクアと一緒に幸せになりたいと思ってる筈だ!」
「・・・・・・るさい」
フィデスはレイティアの頬を挟んだまま離さない。何も答えないレイティアは俯いたままボソボソと何かを呟いているがフィデスの耳には入らず、俯いたままのレイティアに訴え続ける。
「レイティアはハクアを救った。なら今度はお前が救われる番の筈だ!」
いつの間にかレイティアの頬からは涙がこぼれ落ち、時折小さく肩を震わせている。フィデスは少し感情的になりすぎた事を反省し、レイティアの頬を挟んでいる手を解こうとしたが、その刹那、全てを吹き飛ばす程の暴風が吹き荒れた。
「うるっさい、うるさい!私だってハクアちゃんの未来を見ていたいし、普通の女の子みたいな事もしてみたい、してみたいに決まってるじゃない!でも・・・でも欠陥品の私がハクアちゃんを自由に過ごさせてあげるには、私の命を使うしかないの!欠陥品である私には、両方を選ぶなんてことはできないのよ!」
吹き荒れる暴風の中心では、レイティアが耳を塞いで泣き叫んでいる。拒絶の意思を代弁するかのように暴風がフィデスを吹き飛ばそうと吹き荒れる。昨今の戦いでかなりの負傷をしたフィデスが耐えきれるはずも無く、容易く吹き飛ばされていく。
「くっ、レイティア!」
そして、数十メートル程吹き飛ばされ地面を転がったフィデスは所々痛む身体を強引に動かし、レイティアに向かい手を伸ばす。
「来ないで!」
そんなフィデスの手を拒絶するようにさらに強い暴風がフィデスに向かい吹き荒れる。
「悪いな。同じ手はもう食わないよ!」
しかし、再度暴風に曝されたフィデスは身体能力強化を最大出力で発現させると、近くの木を支えに再度レイティアに手を伸ばす。
「・・・来ないでよぉ・・・もう・・・これ以上・・・私に・・・夢を見せないで・・・」
何度暴風を打ち付けても手を伸ばすフィデスにレイティアは懇願するように訴える。嗚咽の混じった声は暴風に遮られ思うように届かない。
その間にもフィデスは最大出力の身体能力強化を纏わせ、ゆっくりと一歩ずつ歩み寄る。
「・・・レイティア、気付いてるか!レイティアは無意識の内にあれが夢だって認めてるんだ!夢なら俺が叶えてやる!だから・・・だから・・・諦める事だけはしないでくれ!」
そして、その言葉の直後少し暴風が弱まった。その隙にフィデスはそのまま咄嗟に組み上げた紅閃を足に纏わせると、レイティアに向けて走り出した。あまりの暴風の勢いに皮膚が裂け、鮮血が吹き出す。だが、フィデスが紅閃を足にかけた時の速さは身体能力強化を最大出力でかけた時の四倍を超える。
そんなフィデスを暴風程度で止められるはずがない。
フィデスは一瞬の内に接近すると、レイティアを力の限り抱きしめた。
「ひっぐ・・・えっ?」
レイティアもそんな直ぐに突破されるとは思っていなかったのか暖かい感触に驚いたような声を上げた。
「レイティア、俺は君も守りたい」
抱きしめたまま、ゆっくりと慰めるように頭を撫でる。そんなフィデスに、レイティアは嗚咽を漏らしながら顔をグリグリと押し付ける
「ひっぐ・・・フィデス君に何ができるのよぉ。私より弱いのにぃ」
泣きながら攻めるように呟くレイティアだが、嫌ではないのか抱きしめられている状態から抵抗をしようとはせずフィデスの腕の中に収まっている。
「確かに俺は弱い。けど、レイティアを守ることぐらいならできるよ」
「でも、でもそうしたらハクアちゃんたちの方が」
「レイティア、もう少し自分の妹を信じてあげてくれ」
「ハクアちゃんを・・・信じる?」
「ああ、ハクアはレイティアが思ってるよりずっと強いよ。それに、リューネもついてる」
「でも、あの子には普通のメイヴしかないし」
「レイティア。さっき自分で言っていたじゃないか、もう魔力量はハクアの方が上だって」
「確かに言ったけど、でもハクアちゃんは、まだ魔力制御とかが得意じゃないから」
「でも、魔力量がレイティアより上なのに普通のメイヴを使ってるっていうのはおかしくないか?」
「もしかして、選ばれたの?」
「いや、でも動きがあったらしい。時間は、ハクアが昼間のカフェで不審者を撃退したのと同じ時間だ」
「そう、なら本当に・・・」
「ああ、だから、50人程度二人で十分なはずだよ」
「なら私も生きられるの?」
「勿論。俺はそんなに強くはないけど、レイティア位は守り抜いてみせるよ」
「そっか。私・・・生きられるんだ・・・」
フィデスの腕の中で泣き始めるレイティア。
「生きていて…いいんだ…ひっぐ…ひっぐ…よかった…よかったよぉ…」
フィデスは泣いているレイティアを抱きしめ続けていた。
_________________________________________
「…ありがとう、もう大丈夫よ」
「そうか…」
そう言ってフィデスが腕を解くとレイティアがそこから離れフィデスの方を向く。その顔にはまだ涙の跡があるが会った時と違いとても穏やかな顔をしている。
「フィデス君」
「どうした、レイティア」
「私ね、明日の戦いが終わったらハクアちゃんと話してみる」
「そうか、それがいいと思うよ。ハクアもきっと喜ぶ」
「それでね…その…」
急に声が小さくなり、うつむくレイティア。よく見るとその頬は涙の跡か、少し赤く染まっている。
「ん、どうした?」
「明日の戦いの後フィデス君もついてきてくれないかな」
「ん?姉妹水いらずで話さなくていいのか?」
「うん、仲直りは勿論するんだけど…もう一つハクアちゃんに伝えたいことがあるから」
「何を伝えるんだ?」
「ふふっ、秘密」
「そ、そうか。まあ嬉しそうで何よりだ」
「うん、こんなことを考えられるようになったのは、全部フィデス君のおかげだよ」
「まあ、明日を乗り切れて初めて意味を持つんだけどな」
「でもフィデス君が守ってくれるんでしょ?」
「それは・・・勿論全力を尽くして守るが完全に守り切れるとは限らないから・・・」
「ふふっ、意地悪な言い方しちゃってごめんね。大丈夫だよ、私だってアリシディア学園の最深層を超越せし闘技者達だよ。そんな簡単にやられるほど弱くないよ。それに・・・」
「ん、どうした?」
「なんでもないよー」
「そうか」
「うん、ともかく明日はよろしくね、フィデス君」
「ああ、よろしく」
「もっと話をしていたいけど、これ以上話してると明日の朝起きれなくなっちゃうかもしれないから」
「お、もうこんな時間か」
時刻を見ると深夜二時になっていた。
「じゃあ、俺は部屋に戻るから。また明日」
フィデスはそう言って部屋に戻ろうと男子寮の方へ体を向ける。
しかし歩き出そうとしたところで、後ろから誰かに服をつかまれた。
フィデスが後ろを向くとそこには顔を真っ赤にしたレイティアが立っていた。
「どうした、レイティア?」
「その、今日はありがとね」
「どうしたんだ急に?」
「生きていられる道を見つけてくれて、本当に感謝してる」
「なんだ、そんなことか。もし、レイティアが死んじゃったら、ハクアが悲しむからな」
「それだけ?」
「ん、後はそうだな。目の前に死のうとしている女の子がいたら助けるだろ」
「それって、誰でも?」
「そりゃそうだろ、って痛っ!なんだよ、レイティア。急に怒り出して」
「べっつにー」
レイティアは少し拗ねたような顔でフィデスの左膝を蹴る。
「少しくらい・・・」
「ん、なんか言ったか?
「何でもないよーだ。おやすみ!」
そう言ってスタスタと歩いて行ってしまう。
「変なやつ…」
そう言って少し笑ったフィデスも帰宅の路についた。
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「部隊はどれくらい集まった」
ランプの明かりだけが照らす洞窟の中、黒の上下に身を包んだ男が、軍服のようなものを着た男と話している。
「はっ、今日の時点で150人程です」
「そうか、間に合うか?」
「現状では間に合うかと思われます」
「分かった、下がっていい」
「はっ、失礼します」
軍服の男は敬礼をし下がっていく。
残った男の口は弧をえがいていた。
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高層ビルの部屋の中、赤髪の男ヘリオスとローブを纏った男が話していた。
「本当か?」
「ああ。リーフェンシア家が3日後、ハクア・リーフェンシアとかいう娘を連れ帰るために、大規模な戦闘を起こすらしい」
「それは良いな。丁度成長したフィデスの力も知りたくなっていた所だ」
「・・・やりすぎるなよ」
「分かっている」
ヘリオスは興味が抑えきれないとでもいうかのように不気味な笑みで答えると
「おい!シル、キラ!」
すると、何もないはずの空間から二人の小さめの銀色の髪をそれぞれ右と左で一本に纏めている瓜二つの少女が現れた。
「ほぉ、これは驚いたな、リーフェンシア家の失敗作か。それも双子」
「ヘリオス様。このローブの人殺していい~?」
「いいでしょ。ヘリオス様ぁ~」
少女というよりは少年のような口調で話す双子の少女はヘリオスの反応を待つことなく双子はローブの男にナイフを投擲する。
常人には認識不可能なほどの速度で投げられたナイフだが男は動く気配すらない。
しかし、ナイフは男に突き刺さることなくその奥にある壁に突き刺さる。
ローブの男はわざとらしく竦んで見せると、ヘリオスは呆れたような顔で双子の頭に手を置くと
「気持ちはわかるがやめておけ。お前たちじゃこいつにいかすり傷一つ与えられねぇよ」
「「むぅ~!」」
双子はむくれるが、それ以上何もしかけることなく、おとなしく引き下がる。
「さて、本題だが、シル、キラ、3日後の襲撃の時にリーフェンシア家のおいぼれの軍に紛れ込んでフィデスの実力を確かめろ。必要ならば俺の名前を出して煽り立てても構わない。但し…殺すなよ」
「ええ~、殺しちゃダメなのぉ~?」
「ダメだ、あくまで実力を確かめるだけにしろ」
「むぅ~、分かった~」
「なら、行ってこい」
「「はーい!」」
返事をした直後、双子の体が再び空間に溶けていく。
「さあ、フィデス。俺の期待を裏切るなよ…。クククッ。クァーハッハッハー!」
男の笑い声とともに夜は更けていった。
レイティア、新ヒロインになれるのか。そして、若干少ない気がするイディスの出番は増えるのか・・・