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黄昏の終わりと始まりの世界《ステラ》  作者: ガイハ
銀の姉妹
6/61

記憶の相違

「フィー君、次あのお店行こ!」

「うん、ユーちゃん」

二人の少年と少女は街の中を駆け抜けていく。どこにでもある様な街並み。夕日は沈みかけ、時間を知らせるように鳥の鳴き声が鳴り響いている。

二人はあまり人がいない静かな商店街を駆けていく。

周りの景色とは隔絶された様な灰色の髪を靡かせた少年は鮮やかな黒髪の少女の手を、どんなに早く走っても決して離すことなく駆けていく。


そして、お菓子屋さんなどを何軒か回ったころ、少女がなにかに気づいたように時計を見た。

「フィー君、もうこんな時間だから、いつもの公園行こ!」

それだけ言うと少年の手を離し、駆け足で走っていった。

「ユ、ユーちゃん、ちょっと待ってよー」

「ほら、時間なくなっちゃうよー」

一拍遅れて気づいた少年は走り出そうとするが、それより早く少女は少年のもとに駆け戻ると少年の手を握って走り出した。


二人は商店街を駆け抜けて行き、夕日が沈み終わる頃、二人は街が一望できる公園に到着した。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・なんとか間に合ったね」

「はぁ、はぁ・・・うん、この公園の夕日を二人で必ず毎日見ようって約束したもんね」

少年は息を切らしながらもしっかりと立ち上がり沈みかけている夕日を眺めた。夕日は既に殆ど沈んでおり、夕日と言えるのかも微妙な所だったが二人にはそんな事は関係ないようだった。


「じゃあ、んっ!」

そう言って少女は唇を少年の方へ向ける。少年は何を意図してるいるのかを理解しそっと少女の方に歩み寄り軽く唇をあてた。

「んっ、キスってあったかいね」

少女は余韻に浸るように自分の唇に触れた。

「きっと僕とユーちゃんがコイビトだからだよ」

少年もほんのりと頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。

少女はその言葉が嬉しかったのか少年に思いっきり抱きついた。

「フィー君大好き!」

「僕も大好きだよ、ユーちゃん」



__________________________



ズキッとした痛みを感じ、目が覚めるとそこは、前と同じ真っ白の部屋だった。

「誰なんだ、君は…」

唇に触れてみるがさっきまでの感触はなく、気が付くと、フィデスの穂には涙が流れ落ちていた。拭うと直ぐに収まったが、自分でも涙が流れている理由が分からなかった。しかしその事を考える前にどこからか、眠たげな女の子の声がした。


「んっ、フィオ起きたのぉ?」

眠そうに目を擦る少女、リューネはそのまま立ち上がるとフィデスの目線と同じ位置に顔を合わせた。

「ティ、ティリュ!いつの間に、というかどこに?」

「ん、床に毛布敷いてフィオが起きるの待ってた。ほら、そっちにシアと生徒会長もいるよ」


フィデスは部屋の中を隈無く確認したつもりだったが、ベッドの下は資格になっており気づくことが出来なかった。しかし、そんな感想と同時に三人が心配してくれたことに対する感謝も込み上げてくる。

「そっか、ありがとな。ティリュは怪我とかしなかったか?」


フィデスのお礼に対して小さく頷くことで返した。

そして、守ってくれたフィデスにお礼を告げるが、その直後リューネは俯いてしまう。

「うん、フィオのお陰でね。でも…」

「ん?」

フィデスはどうしたのかとリューネの肩に手を置いて、訪ねようとしたが、その時にリューネの頬を滑り落ちる雫を見つけてしまった。


「フィオ。もう二度と、あんな事はしないで。あの時は致命傷を気絶に変換してくれる結界は発動してなかったんだよ!下手したら死んでたかもしれない。私、大事な友達が・・・フィオが死ぬのは耐えられない」

リューネは涙を流しながらフィデスに懇願する。フィデスは自分が予想以上に周りに心配を掛けていることに気づいた。フィデスはベッドから起き上がると、リューネの方を向くようにして座った。


「そっか、心配掛けてごめんな。でも、俺もシアやティリュが傷つくのは耐えられないんだ。だから、もしまた同じ状況に陥ったとしても同じ行動を取る」

フィデスは心配をかけていたことを謝罪した。だが、それと同時に宣言した。自分の命より二人の命を優先すると。


リューネは涙を掻き消すように笑うと、決意をしたような表情をする。

「そうだね、フィオはそういう人だったね」

「こればっかりは性分だからな」

「なら・・・私は守られる必要が無いって言ってもらえるくらい強くなって、その時はは私もフィオの隣で戦う!」

フィデスは、助けを求めなくても自分より他人を優先してしまう人だ。どれだけ強かろうが、きっと関係なく助けるだろう。


だから、これはリューネ自身が決めた決意。守るというのは優しさだが、それは同時に相手を信用してない事でもある。だからこそそれは、リューネが守られる存在ではなく信頼され背中を預けられる存在になるという揺るがない決意。そして、それは同時にフィデスが既に自分とはかけ離れている領域にいるという確信だった。



「そっか。ならその時は、隣で一緒に戦おう」

少し前のフィデスなら適当にはぐらかしていたかもしれない。だが、フィデスもリューネの身に纏う空気の変化を感じ取ったのか、はぐらかすことなく宣言した。もし強くなったならその時は背中を預けると。そして、同時に自分がリューネより高みにいると。

「うん!」

リューネは言質を取ったからか、嬉しそうに頷きぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「さて、話も終わったし二人を起こすか」

そして、しばらくしてリューネが落ち着いた後、フィデスは他の二人をどちらから起こそうか悩んでいた。どちらでも良かったのだが。

「そうだねぇ、二人もかなり心配してたから、たぶん二人もさっきの私と同じようなことすると思うけど」

リューネはいつの間にか何時もののんびりとした口調に戻り、フィデスに二人が心配していたと告げる。

「そっか、そんな心配させちゃったのか。二人が起きたらお礼言わないとな」


フィデスはリューネが泣いてくれていた時点で二人も似たような事になりそうだと予想はしていたが改めてリューネに言われ、申し訳ないことをしたなと苦笑い気味に微笑んだ。そして、取り敢えず二人ご起きたら謝ろうと心の中に決めつつ、二人を起こそうと前かがみになって手を伸ばし、床で毛布をかぶって横になっている二人を起こそうとした。しかし模擬戦で受けたダメージが抜けきっていなかったのかバランスを崩してフィデスはベッドから落ちてしまう。


「ったた、危なかった」

幸いにも床に手を付いたおかげで 怪我はしなかったが、そんな事を知らないリューネは大丈夫かと急いで確認するがそこである事を発見してしまい頓狂な声を上げてしまう。

「フィオ大丈夫!・・・って、ええ!」

「ん、どうしたティリュ?」


フィデスはいつの間にかまたのんびりとした口調では無くなっているリューネの叫びに何事かとリューネを見るが、リューネは何かを気づかせるように両手でそれぞれ矢印を作り、下に向けている。

「フィオ、下、下」


「ん、下に何が・・・」

フィデスは何事かと下を見て・・・気づいてしまった。今、フィデスの下に寝ているハクアがおり、見方によってはフィデスはハクアを地面に押し倒したようにも見えてしまう体制になっていた。しかも不幸なことに今の衝撃によってハクアがゆっくりと目を覚ましてしまった。


「ん、んん。フィオ起きたの?」

「ち、違うんだシア!これは…」

これは何も知らないハクアに見られたら何を言われるか分からないと、慌てた様子で弁解しようとするフィデスだが、ハクアから罵倒は飛んで来ず、その体勢からフィデスの首に手を回し強く引き寄せると、勢いよく抱き着いた。何事かと、混乱したようにハクアの顔を確認すると、その瞳からは涙が流れ続けていた。


「フィオッ!フィオッ!ごめんなさい!私の問題に巻き込んでしまって。こんな大怪我させてしまって。あなたの痛みに気づいてあげられなくて。本当に…本当に…生きていて・・・よかった」


フィデスは不意に引き寄せられたことにより支えを崩されハクアに上から抱きつく体制となっていて、理性やら何やらが悲鳴をあげていたように感じたが、嗚咽の混じったハクアの啜り泣く声に、フィデスは抱きしめ返すようにハクアの頭に手を回し、感謝と謝罪を込めて、ゆっくりと撫でた。


「ああ、心配いっぱいかけちゃったな。ありがとな、シア」

何度も撫でられている内に少し落ち着いたのか、時々身体を震わせながらも先ほどのような不安は薄れているように見えた。

「ひっぐ・・・フィオぉ・・・フィオぉ・・・ひっぐ」

抱きついている間、ハクアは何度も確認するようにフィデスの名前を呼んでいる。死んでしまうと思ったのだろう。


「ああ、大丈夫だよ。シアを置いて死んだりしないから」

フィデスはハクアを安心させるようにずっと撫で続ける。

「ぐすっ・・・もう少しだけ・・・このままでいさせて・・・」

ハクアは顔を見られたくないのか抱きつく力を強め、フィデスはそのままの体制だとハクアに体重が掛かってしまうと思ったのかそっと上から退くようにハクアと共に横になった。

「ああ・・・」

フィデスは相当な心配を掛けてしまったと少し反省し、ハクアが泣き止むまでずっと抱きしめ続けていた。


__________________________



「ありがとう、もう大丈夫よ」

しばらくして、落ち着いたハクアはフィデスに手を貸してもらい立ち上がって涙を拭くと、同時に後方の扉が開いた。

「フィデス、起きたのですね」

入ってきた女子生徒、イディスの言葉に、フィデスが頷く。

するとその直後、フィデスの身体に小さな衝撃が走った。

「イディス?」

「・・・・・・ふふっ、温かいですね」

泣いているような声は聞こえなかったが、時折確かめるように腕の力が強くなるのを感じていた。

「ああ、心配してくれてありがとな」


そして少しの時間が経ち、イディスは満足したのか、ゆっくりとフィデスの腕から離れる。

その後、イディスは少しの間、余韻を確かめるようにフィデスの手を握っていたが、手を離すとゆっくりと儚げな笑みを浮かべて、話し始めた。

「フィデスの優しさはあの頃から何も変わっていませんね」

「そうか?」

「はい。知っていますか?その優しい抱きしめ方、妹さんにそっくりなんですよ」

「えっ?」


しかし、やっと二人が妹という単語を聞き取れた直後、今の今まで普通に話していたフィデスの頭を激痛が走った。

「ぐっ、がああああああああ!」

頭を抱えて苦しむフィデスを見てハクアとリューネも事態の深刻さに気が付いたのか、急いで駆け寄るとリューネはフィデスに呼びかけ、ハクアはイディスに事情を聞いた。


「フィオっ、どうしたの!」

何度も呼びかけるが返事はなく、頭を抑え呻き続けている。

「イディスさん、フィオに何をしたの?」

ハクアも今まで見たことのないフィデスの状況に相当な危険を感じ取ったのか、イディスに凄い気迫で詰め寄った。

「いえ、私にもわかりません」

しかし、イディス自身も全く原因が分からず、ハクアにただ否定をすることしか出来なかった。


「っ!とりあえず原因の追及は後にして、フィオを横にするから手伝って!」

普段ののんびりとした口調は消え切羽詰まった声で、急いで二人に協力を求める。その言葉で我に返った二人の協力を得て、何とかフィデスを横にすると、暴れないよう抑えつける。


それから数分抑えていると、最初は呻き声を上げ苦しそうにしていたフィデスは、気絶したのか眠ってしまったのか、ピクリとも動かなくなった。

ハクアとリューネは生きている事を確認して一息つくと、リューネはそのまま空いているベッドのスペースに座った。しかし、ハクアはフィデスを心配そうに見ているイディスの方を向くと、穏やかとは言い難い心境のまま少し普段より怒ったような口調で尋ねる。


「イディス先輩、フィオに何を言ったの?」

ハクアの口調は返答によっては許さないとでも言うように怒気を孕んでいる。しかし、自分が疑われるのは当然だと思っていたイディスは起こっているハクアに冷静に返答をした。

「ハクアの怒りは最もですが本当に私は何も言っていません。抱きしめ方が妹さんとそっくりですねと言っただけで」


「そう・・・」

イディスが嘘をついているように見えなかったのでハクアは怒りを収めると少しフィデスの顔を見たまま考えこんでしまう。しかしリューネはイディスの言葉の後からずっと言っていることが分からないとでも言うように首をかしげていた。

「イディス、フィオに妹さんはいないよぉ」


リューネとしては前にフィデスに教えて貰った事を思い出して、イディスが妹と姉を間違えていると指摘しただけのつもりだったのだが、その言葉にイディスは関わっている中で初めてと言っていいほど強い語調で反論する。

「そんなはずありません!フィデスの妹さんとは昔一緒にフィデスを交えて何度か遊びましたし、フィデスから妹のリネアだと紹介もして頂きました!」


イディスは自分がフィデスの事で言外に間違っていると言われた事に予想以上に怒っている事に気付いた。

「でも私も、レイティア先輩との模擬戦の時にフィオの口から教えてもらったよぉ」

リューネもイディスが怒っていることに気が付いたが、それで事実が曲げられては意味が無いと、自分がフィデスに言われた事もあくまで冷静に述べる。

リューネの間延びした声が冷静な時の声なのかという件についてはハクアも沈黙せざるを得なかったが。


「妹さんはいないと?」

イディスは荒れている心を抑えリューネに聞き返す。

「ううん、お姉さんがいるってぇ」

それに対してリューネは前に聞いた記憶を呼び起こし返答する。


「そんな筈はっ!フィデスは妹さんとの二人兄妹のはず」

イディスはもしリューネがこれで妹がいないと言われただけなのであればリューネにフィデスがそこまで話す気がないと無理やり納得させるつもりだった。しかし、姉がいたと言われたのであれば話は別だ。情報を開示したくない場合はあっても、意味もなく情報を偽装する意味は無い。


「ここまで違うという事は、イディスとリューネの記憶違いという訳ではなさそうね」

ここまで黙っていたハクアだったが、このままでは話が進まないと思い、一先ず話を先に進めようと二人の間に割って入った。

「ええ、私がフィデスに言われたことを忘れるはずありませんから」

イディスはハクアの介入で少し落ち着いたのか、まだ少しだけ荒れている心を抑え話した。


「私も嘘はついてないと思うよぉ。イディスさんも私たちと同じくらいフィデスのことを強く思ってると思うから」

ここでどちらかがどちらかは嘘をついているなどと言い出したのであればもうそこから進展は望めなかったが、リューネは一度イディスの瞳を見つめると、イディスの言葉を肯定するように頷いた。

「はい、そこだけは断言できます」


イディスはフィデスの事を強く思っているという点には、間髪入れず頷いた。しかし、そんなイディスの様子を見たハクアが今度はリューネに尋ねた。

「でも、ティリュも嘘ついてないんでしょ?」

リューネは当然だと言わんばかりに頷くとその時の事を詳細に話し始めた。


「うん、レイティアさんとの模擬戦の時にフィオが【紅閃(ルミナス)】を発動して先輩を吹き飛ばした後に頭をなでてもらったんだけど、その時にフィオに頭撫でるのうまいね。妹さんでもいたの?って聞いたら、妹はいないって言うから、じゃあお兄さんかお姉さんでもいたの?って聞いたら姉さんがいるって」


「話を聞く限りリューネの記憶違いでも無さそうですね」

そこまで鮮明に状況を覚えているのなら、記憶違いではないだろうとイディスもリューネの発言を肯定するように頷いた。

「と、なるとフィオは相当複雑な家庭環境だったってことかしら?」

ハクアは自分で言っておきながらも内心では有り得ないなと思っていた。そして、イディスはハクアの考えに気づいたのか、ゆっくりと訂正を含め可能性を提示した。


「いえ、それだけの可能性もないことはないのですが、フィデスの妹さんのことに関してのあそこまでの拒絶反応。恐らくですが、昔に何か魔法的な何かによって記憶がロックされている。または相当過酷なトラウマがあり体が思い出すのを拒否しているか」

イディス自身、言っていて気持ちが暗くなるのを避けられなかった。


「どっちにしても辛いねぇ」

聞いていた二人も少し悲しそうな顔で、俯いている。

「ええ、でもフィオには悪いけど少し話を聞いてみなくちゃ」

しかし、ハクアは悲痛な顔をしながらも原因を聞くべきだと告げた。

イディスは迷うこと無く頷いたが、以外にも反論を切り出したのはリューネだった。


「そう?やめておかない?」

あまりリューネという少女は一度決まった事に対して異議を申し立てるような性格ではない。だからこそハクアはリューネが反対した事に驚いていた。

「ティリュ、どうして?」


ハクアが理由を聞くと、リューネはゆっくりと話し始めた。

「だって・・・どっちにしてもフィオは辛いし、誰にだって聞かれたくないことや思い出したくないことだってあるよ。昔のことを聞かなきゃフィオはいつも幸せそうなんだよぉ。私は今のフィオが幸せならそれでいいよ。それに・・・なによりあのフィオの顔を見るのは辛いよぉ」

「ティリュ・・・」


ハクアはリューネのその言葉を悲痛な顔で聞いていた。リューネが言ったことをハクアとイディス以外の人が聞いたらその通りだと言うだろう。人の忘れたい過去を勝手に思い出させて苦しめようというのだから二人の方が特殊だろう。ただそれでは、フィデスの事を本当に理解する事が出来ないかもしれない。そんな曖昧な理由がハクアに言葉を続けさせた。


「でも、どんなに過去を忘れようとしたって、過去は消えないのよ」

ハクアはしっかりとリューネを見据えて答える。

「・・・でもぉ!」

リューネは尚も食い下がろうとするが、ハクアはその肩を掴むと、しっかりと瞳を見つめ、訴えた。


「ティリュの言ってることもわかるわ。私達だって辛いわ、フィオのあんな顔を見るのは。でもだからこそ今聞かなくちゃいけないのよ。忘れ去られた妹さんや、それまで生きてきたフィオの軌跡。なにより妹さんを愛していたフィオの気持ちはどうなるの?もし辛い思い出だったとしても、それを上書きできるほど幸せで満たしてあげればいい。これからの学園生活で、きっとできるはずよ」


ハクアの目は絶対に譲らないと言葉以上に物語っていた。

そして少しの間が空いた後、先に諦めたのはリューネの方だった。

「・・・・・・分かったよぉ。ならせめて、今夜はやめて別の日にしない?今日はフィオも疲れてるだろうし」

リューネはハクアから少し目を逸らすと、仕方なくと言ったふうに頷いた。


「そうね、今日はゆっくり休んでもらって、明日か、明後日にでももう一度聞いてみましょう」

リューネの提案に二人は肯定するように頷いた。

「なら私たちはこのままフィデスが起きるのを待ちましょうか」

イディスのこの一言によって冷静になった二人はお互いに反省し熱くなりすぎていたことを謝罪した。

そしてフィデスが起きるまでの間、三人は雑談に興じたのだった。



__________________________




「・・・ちゃん」






どこからか声が聞こえてくる。姿は見えず声だけが耳をつつく。






「・・・きて・・・いちゃん」






徐々にはっきりと聞こえてきた声に、フィデスはゆっくりと意識を取り戻す。






「・・・ん」






「起きて、お兄ちゃん」






優しく、それでいてどこか幼さの残った少女の声で起こされ、目覚めたフィデスは見知らぬ部屋のベッドの上にいた。窓から日が差し込んでいて起こしてくれた少女の顔は見る事が出来ない。

「あ、やっと起きたぁ!おはよ、お兄ちゃん!」

少女は嬉しそうな声ではしゃぎ、フィデスの手を離すと、その場で跳ね回る。しかし、フィデスは事態が呑み込めず前で跳ねている少女に尋ねる。


「あ、ああ。おはよう。起きてすぐに悪いんだが、ここは一体・・・」

フィデスの当然の疑問に、跳ね回っていた少女は少し申し訳なさそうな顔になる。

「分かってるよ、お兄ちゃんが聞きたいことは全部。でもごめんね。その質問には答えられないんだ」

フィデスより少し小柄な赤色の服を来た少女は嬉しいのか一度も笑みを崩さない。


「俺は確か・・・イディスから妹は元気かと聞かれて、それで・・・ダメだ、思い出せない」

フィデスは一先ず経緯を思い出そうと考えを巡らせるがイディスとの会話以降の記憶がすっぽりと抜け落ちている。

「お兄ちゃんはその後気絶しちゃったんだよ、そしてここは、お兄ちゃんの記憶の一部分。色々あってこの部屋以外は真っ白だけど」


少女は思い出そうとしているフィデスに心配ないとばかりにその間の出来事を話した。

「そうなのか、俺はあの後気絶しちゃったのか」

「そうだよ、イディスさんって人がお兄ちゃんの妹の話なんてするから少し綻びができて一時的に封印されていた私の記憶が出てきたって訳」

少女は事態を把握しようとしているフィデスにさらに混乱させる情報を話す。


そして、何とか今までの状況と話を把握したフィデスは目の前の少女に尋ねた。

「という事は君が俺の妹なのか」

「正解。正確に言うとお兄ちゃんの妹の記憶だけどね」

「ああ」

少女は手を叩いて嬉しそうにフィデスを賞賛する。そして笑顔を崩すことなく説明を始めた。


「お兄ちゃんの記憶にはね、今魔法がかけられてて、7歳までの事が思い出せないように記憶が封印されてるんだよ。まぁ、正しく言えば封印っていうより風化なんだけど。だから何にも思い出せない」

フィデスは少女の話を聞いているうちにこれが自分の記憶だということを忘れそうになっていた。それほどまでに少女の顔は嬉しそうに笑っていた。


「いいのか、そんなこと話しちゃって」

フィデスは本人が覚えていない記憶を自分に聞かせて大丈夫なのかと思ったがすぐに答えは前の少女から得られた。

「うん、どうせ覚えていないから」

「それってどういう・・・」

フィデスが少女の言葉の意味を尋ねようとするが、その瞬間フィデスと少女の姿が薄らと透明になり始めた。


「あ、始まったね」

少女は一瞬消え始めている自分の身体を見るが驚く様子もなくサラリと告げた。

「何が起きてるんだ!?」

何も知らないフィデスは消え始めた自分の身体に何事かと狼狽えるが少女に「落ち着いて」と言われ、大きく深呼吸すると再度ベッドに腰掛けた。


「さっき、封印に綻びができて一時的に出てきたって言ったでしょ。この魔法よく出来てて何か欠損を見つけると自動的に再封印するんだよね。それも、その欠損を作り出すきっかけとなった言葉のところから。つまり、イディスさんの言った妹さんは元気ですかっていう言葉を聞いたところから起きるまでの記憶も無くなるってこと」

「そうか・・・」


フィデスは記憶が消えるという事実に悲しみを覚えていた当然イディス達と話した事も大事な日常の一つであり、消えて欲しくはない。だがフィデスはそれ以上に、今初めて会ったはずの目の前の少女との記憶が消えてしまう事が耐えられなかった。フィデスは無意識に目の前の少女を大切な存在だと認識してしまっていたらしい。


そんなフィデスの感情を読み取ったのか少女はフィデスの事を抱きしめた。

「大丈夫だよお兄ちゃん。べつにちょっとの記憶が消えるだけなんだから」

『その抱きしめ方、妹さんにそっくりなんですよ』

フィデスはこの時、イディスの言った言葉を思い出していた。自分が三人にする時と同じ抱きしめ方。既にこの時、フィデスはこの少女が妹だという事を微塵も疑っていなかった。だからこそ、どうにかしてこの少女の記憶を残したかった。


「君と話した記憶を残す方法はないのか?」

フィデスのその言葉が嬉しかったのか、小さな声で「ありがとう」と言うと小さく首を振った。

「ないよ。大丈夫。またいつか会えるよ、お兄ちゃん」

そして、フィデスは殆ど見えなくなってしまった少女の方を向くと静かな声で尋ねた

「最後に、君の名前を教えてくれないか?」


フィデスのその質問に嬉しそうに頷くと、フィデスに小走りで近付き耳元で囁いた。

「うん、私の名前は・・・・・・」

それを聞いたフィデスは穏やかな笑顔をすると優しく少女の頭を撫でた。

「・・・そうか、素敵な名前だな」

フィデスから言われたその言葉に、少女は笑顔でフィデスの顔を見つめた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

それを最後に二人はゆっくりと消えていき、その場所に残ったのはベッドのある部屋だけだった。

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