最強との模擬戦
二人はレイティアの口から発せられた言葉に驚き一瞬静止してしまった。
そしてフィデスは、一拍おいてこの言葉の真意を探っていた。
普通の生徒ならば学園の深層へと至りし者たち、それも1位から、模擬戦を申し込まれるなど飛び上がってしまう程嬉しいはずだ。どこの学園も1位は4大対校際に出場すれば、で常に優勝候補筆頭であり、学園のイベントなどでも何かに参加するとなればそれだけで学園新聞に載るというような、色々な意味で有名な人たちだ。
しかしフィデスとリューネはこの1位、レイティアがハクアの姉であること。そしてフィデスとリューネが隠れて見ていた、レイティアによるハクアへの魔法攻撃などから、かなり警戒していた。しかしこれを断れば周りにいる野次馬たちから、1位の模擬戦を断ったなどと変な噂が流れてもおかしくない。
これは受けるしかなさそうだと、フィデスが了解の返事を返そうと口を開きかけた時、意外な方から抗議の声が上がった。以外にもその声の主はハクアだった。
「やめて姉さん。フィオとティリュはシャリオールソードに出るのよ。姉さんがケガさせて二人が出れなくなったらどうするのよ?それともまた昔みたいに私の仲良くなった人を壊したいだけ?」
ハクアが少し悲しそうな声でレイティアに問いかける。
「ああ、そういえばそんなこともあったねぇ。あれはあの子たちが悪いんだよ、あの子たちが弱いから足や手がなくなったんだ。殺さなかっただけ感謝してほしいくらいだよ」
しかしレイティアは、心外だと言わんばかりにわざとらしく否定する。
ハクアはレイティアのあまりの言い分に声を荒げてしまう。
「私達はあなたのおもちゃじゃないわ!」
しかしレイティアはひょうひょうと受け流すと、話がそれたといわんばかりに視線をハクアから外そうとする。
「っていうかもうそんな前の事はどうでもいいんだよ、欠陥品のハクアちゃんじゃなくて今はフィデス君とリューネちゃんに聞いてるの」
「なら私が受けるわ!私だって新入生次・・・席・・・」
ハクアは怒りを強めレイティアの決闘を受けようとしたが、突如フィデスの方から猛烈な怒気がはなたれハクアは言葉を詰まらせてしまう。
「いいね、いいね。すごくいい怒気だ。どうやら準備はできたみたいだね。第11アリーナが開いてるみたいだから行こうか」
レイティアはそう言い、フィデス達に背を向けて歩き出そうとすると一瞬、強烈な殺気が二ヶ所から放たれる。レイティアは一瞬探知魔法を発動して正体を突き止める。
「もう明日の夜か・・・」
その言葉はほとんどの人の耳には入らなかった。
そして、レイティアはアリーナに向かいまた歩き始めた。
そのころハクアは涙目になりながらフィデスとリューネに頭を下げていた。
「二人とも、私の家の事情に巻き込んでしまって本当にごめんなさい」
フィデスとリューネは一瞬向き合うとクスッと笑いハクアの方を向き、話し始めた。
「シア、頭を上げて?私はね、シアが悲しんでる姿を見ることが一番つらいんだ。まだ会って間もないけどシアは私にとって一番大切な友達だから」
リューネは珍しく語尾を伸ばすことなく優しげな口調で告げた
「ティリュの言う通りだ。俺達はもう仲間であり友達だ。だからシアやティリュを悲しませる奴は俺が全力で叩きのめしてやる」
フィデスは自信満々に胸をたたいた。
「ティリュ、フィオ、ありがとう。私は幸せね、こんないい友達を持てて」
ハクアの目から涙はいつの間にか消えており笑顔で二人に御礼を言う。
「ありがとう。行きましょう」
ハクアはそう言うと歩き始める。しかし、突如ハクアの足が止まる。気づかず少し先まで行っていたリューネがハクアに「大丈夫ぅ~?」と尋ねるがハクアは「大丈夫よ少しだけ先に歩いててくれない?」と言いリューネとの差を広げる。ハクアはリューネに気づかれないよう半歩後ろにいるフィデスに歩調を合わせる。するとフィデスが確認するようにハクアに顔を近づけてくる。
「もう良いのか?」
「ええ、二人のおかげでね」
「それは良かった」
「それで・・・その・・・」
ハクアはやはり一対一で話すのが気恥ずかしくなったのか頬を赤らめてフィデスの方を見ると、フィデスにしか聞こえないような声で
「フィオは…その…さっきのティリュが言ったことどう思っている?」
フィデスは一瞬考えるが、すぐに思い出し答える。
「ああ、一番大切な友達がどうかってやつか?」
「そうよ。フィ、フィオは誰なのかなって?」
フィデスは言ってる意味が理解できなかったが、仲間と同じ意味かと思い何の気なしに答える。
「俺は勿論、シアとティリュだよ」
しかしそれを聞いたハクアは赤く染まった頬を隠すようにうつむくと
「…ありがと」
と誰にも聞こえないような声で呟いた。
「ん?なんか言ったか?」
「何でもないわよ!」
「そ、そうか」
「…バカ」
「さっきからなにを言って・・・?」
フィデスはハクアが何をこそこそ話しているのか気になり聞き直そうとするが
「早く追いつかないとティリュ見えなくなっちゃうよ?」
ハクアがリューネの方に向かって走り出してしまったので、フィデスは考えるのをやめ置いて行かれないよう数舜遅れて走り出した。
そしてリューネに追いついた二人は
「すまん待たせた」
「ごめんね。待たせて。姉様の能力とかについては今から説明するわ」
リューネは理由は聞かずそのまま「分かった」と了承の意を示した。
二人の話が終わり、リューネと合流した後、ハクアは姉のレイティアの能力を説明していた。
「姉様の二つ名は【狂嵐の巫女】。適正は風。使用するアーティファクトは八帝神滅武具の一つ。杖型のアーティファクトで【嵐帝神滅杖】」
フィデスはそこで聞きなれない単語がいくつか挙がったのでハクアに質問する。
「シア、話の途中で済まないんだが、アーティファクトと八帝神滅武具ってなんだ?」
フィデスとしてはただ知らなかったから尋ねただけのつもりだったがハクアにリューネまでもが呆気に取られている。やがてハクアは頭に手を当てやれやれとでも言いたげな顔で溜息を吐いた。
「あなたは・・・はぁ。もうあなたが無知なことは理解しているつもりだったのだけれどまだまだだったようね」
「そんな、有名なのか?」
ハクアはこれは重傷だと言わんばかりに、説明を始めた。
「そうよ、メイヴってあるでしょ。そのメイヴの中には一部特別な力を持ったものがあるのよ。それがアーティファクト。普通のメイヴとアーティファクトの違いはかなりあってアーティファクトは固有能力と天穿魔法が使えること。そして、アーティファクトはシリーズとソロの二種類があるわ。ソロは一旦置いておいて、シリーズのアーティファクトの中の一つが八帝神滅武具。この都市内では比較的新しくできたアーティファクトとしてかなり有名だけど、他に有名なのはフェリミオス学園のフェリシエントシエテチーム【聖騎士団】のチームメンバーが使う七聖円卓武具とかね。この二種類は幻想書にある伝説上の世界『チキュウ』という世界の神話をモチーフに作られた武器らしいわ。七聖円卓武具に関しては毎年フェリシエントシエテで毎回使われてるから殆ど能力が判明しているけどね」
「と、いうことは八帝神滅武具はあんまり情報はないのか?」
「ええ、そこが八帝神滅武具は質が悪いのよ。例外はあるけど学園所有のアーティファクトは基本的に適正値を図って所有者を決めるんだけど、八帝神滅武具は武具自体に強い意思があって勝手に消えちゃうから、所持者を見つけるのが大変なのよ」
「今所持者が判明しているのは何本なんだ?」
「今所持者が判明しているのは初日に戦ったデイトリウム・ヘミトリアの所持する【氷帝神滅槍】、フェリミオス学園の『境界を越えし者たち』クライス・メイクルネの使う【炎帝神滅剣】、アリシディア学園の『深層へと至りし者たち』イディス先輩の使う【水帝神滅弓】、そして姉様、レイティア・リーフェンシアの持つ【嵐帝神滅杖】、世界最大の犯罪者、牢獄破りの持つ【冥帝神滅剣】で全部。後の3本の内の1本、【地帝神滅書】は現在も学園の保管庫にあって、その他の2本は所持者が不明なのよ」
「後の2本っていうのはいつ頃保管庫から消えたんだ?」
「【雷帝神滅刀】はつい、先日に行方不明になったって聞いたわ」
「先日、ということは…」
「ええ、たぶん新入生の誰かが選ばれたんでしょうね」
「まぁ、今は一先ず雷帝神滅刀は忘れて。それで、話を続けるけど、最後の【天帝神滅剣】は1年前に行方不明よ」
フィデスはその言葉を聞くと少しうつむいて
「【冥帝神滅剣】か…」
と聞こえないほどの声で呟きフィデスは腰に差しているメイヴをなでた。
「そして、【嵐帝神滅杖】の固有能力は【反射】。その名の通り直接物体に影響を与える魔術を完全に反射するわ。そして天穿魔法は【臨界を裂く開闢の刃】アリーナのバトルステージ全体を暴風で覆い中にいる自分以外の人を数千、数万の風の刃で引き裂く。たぶんここまではしてこないとは思うけど、はっきり言って勝率は0に等しいわ」
「それは勿論承知の上だ」
「だよねぇ~それだけで諦めるほど諦め良くないもんねぇ~私達」
フィデスととリューネはお互いを見つめ、決意を確認する。
それを見たハクアは二人は本気で勝とうとしてくれているのだと気づき、一%でも勝てる可能性の上がることはないかと考えていたところ、フィデスから質問が入った。
「反射の方は何とか物理攻撃で対処するとしてもし天穿魔法を使われたとして、防ぐ方法はないのか?」
「ないわ・・・」
しかしハクアは途中で言葉を止めると「これだわ!」と言い二人に作戦を提案した。
確かに防ぐ方法はないわ。でも天穿魔法を使うには【能力開放】をして能力を開放して、更に短い詠唱を唱えなきゃいけないはずだから。二人とも【聴覚強化】は使える?」
「俺は使える」
「私もぉ~」
「なら話が早いわ。二人は模擬戦中ずっと【聴覚強化】を使っていて。天穿魔法を防ぐ方法は姉様が【能力開放】を使ったら即座に、【身体能力強化】を最大出力でかけ続けて、詠唱が聞こえた瞬間に詠唱を妨害して。もし成功すれば詠唱途中で破棄させられた魔法に使うはずだった魔力は戻らないからかなり有利になるはずよ。」
ハクアは勝率がぐんと上がるこの作戦に少し浮かれてしまっておりこの作戦の欠点に気づくことはなかった。
ハクアの作戦で決まりかに思われたが、フィデスが少し疑問を発する。
「他の魔法の詠唱っていう可能性はないのか?」
しかしその問いに対する答えは意外なところから発せられた。
「ないと思うなぁ~」
「ティリュ、なんでだ?」
「だって、あのレイティアって人私たちの事全く警戒してないもん。たぶん天穿魔法を使う気なんかまったくないよ。だから使う気がない人がその魔法の詠唱妨害の対策なんてしてこないと思うよ」
「なんで、警戒してないなんてわかるんだ?」
「そりゃそうでしょ、アリシディア学園の現『深層へと至りし者たち』の最高位の人がいくら新入生主席とはいっても『境界を越えし者たち』に敗北するレベルの人を警戒するはずがないよ」
「たしかに、そうだな」
フィデスは見落としてたと言わんばかりにうなずく。
ここでリューネはハクアに決定的な質問をした。
「ねえ、シア。【永久凍土】みたいな直接ダメージを与ない魔法系は効くの?」
「ええ、範囲事象系の魔法は反射も無効もできないみたい」
二人は攻撃手段が少し広まった事に少しの安堵感を覚えた。
「じゃあ、まだやりようはあるね」
二人は気を取り直すと作戦を練り始める。
「何か作戦があるのか?」
「うん、まず・・・」
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アリーナのステージ上につくと正面の観客席から声が聞こえてきた。
「やあやあ、逃げずに来たんだね。それは良かった、あまりに遅いから逃げちゃったのかと」
「期待に沿えなくて済まないな。あいにくと大事な友達が泣かされた借りをあんたにまだ返してないからな」
フィデスとしては今のやり取りはただのあいさつのようなものだった。
「そっか、なら良かった。ハクアちゃんを泣かせておいて」
しかしレイティアのあまりの発言にフィデスは早くも怒りを見せる。
「お前!」
「フィオ、落ち着いて。相手の思うつぼだよ」
リューネが宥めたことによりフィデスは冷静さを取り戻した。
「っあ、ああ。済まないティリュ」
フィデスが平静を取り戻した頃、レイティアはこっちに向かって笑顔を向けると
「始まりの合図はないから二人の好きなタイミングでかかってきていいよ」
そう言ってレイティアはフィデス達に向かってひらひらと手を振る。
フィデスは待ってても勝ち目はないと判断し
「なら、こっちから行くぞ」
フィデスは剣型、リューネは双剣型のメイヴをそれぞれ構え【身体能力強化】を発動する。
「行くぞ!」
「…任せて!」
そう言って二人は左右に向かって走り出すとほぼ同時に
「「【風乗り】!」」
二人はそれぞれ風の加速魔法を発動させレイティアを挟み込み同時に切りかかった。
二人もこれでダメージを与えられるなどとは思っていなかったが、案の定レイティアは薄く微笑むと待機させておいた魔法を発動した。
「【円周防御】、【風旋刃】」
レイティアの周囲に円柱状の血界が作られ二人の斬撃を防ぐ。
そして二撃目を放とうとしたふたりに風の刃が襲い掛かり、二人は攻撃を中断してそれを防ぐと同時に後方にとんだ。
後退した二人を見てレイティアは二人に挑発をかける。
「この程度?だとしたら、今年の新入生は不作かな?」
二人は当然だと言わんばかりに剣を構えなおすと
「ああ、もちろん、まだまだ準備運動だ。行くぞ!」
「・・・うん!」
そう言ってフィデスとリューネは合流し、今度は横に並んで同時に駆けだす。
「ふふふ、今度は戦技で勝負?良いよ、【風刃形成】」
すると、レイティアの持つ【嵐帝神滅杖】の先端に30センチほどの風の刃が形成された。それを両手で構えている。
「あの形状からして槍か」
「せいかーい。それじゃあ、ちょっとだけ力を解放するよ」
そう言って走ってくるフィデスとリューネに向けて横薙ぎに槍を一千。
フィデスとリューネは何をしているのかと、警戒してメイヴをフィデスは縦に、リューネは双剣を体の前で交差させ、構えている。
その時突如フィデスとリューネの体が後方に吹き飛ばされる。
二人は立ち上がったのを見てレイティアは
「おおー、ずいぶん吹き飛んだねぇ」
壁まで吹き飛ばされたフィデスは立ち上がりレイティアを睨む。
「何をした?」。
「ん?ただ風の刃を飛ばしただけだよ」
「さっきあんたが発動していた【風刃形成】の効果は風刃の形成だけじゃなく、その形成された風刃による斬撃が行われたとき同じ方向に風の刃を飛ばす効果もあるってことか」
レイティアは少しうれしそうにわざとらしく手をたたく。
「そうだよ、せいかーい。それで、どうするの?まだやる?」
「ああ、生憎諦めは悪いほうなんでね」
「そうこなくっちゃね。まだ私準備運動にもなってないから、次はもうちょっと激しく来てくれることを期待しようかな」
フィデスは今までの攻防でそれなりに体力を使ったのだがレイティアがまだ準備運動にもなっていないといったことで、改めて実力の差を実感していた。しかしそれでもフィデスの頭に降参の二文字はなかった。
「はっ、その余裕。直ぐに無くしてやる」
そうして立ち上がったフィデスは横で一拍遅れて立ち上がったリューネに一瞬目線を向けると、それだけで理解しあった二人は同時にうなずき、駆けて行った。