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氷竜の騎士

『それでは、この後は新入生主席フィデス・オービットVS高等部2年【|氷竜騎士(リンドヴルム】デイトリウム・ヘミトリアによるエキシビションマッチを行います。新入生の皆さんはアリーナの観客席に移動して下さい』


(いよいよか……)


入学式が終わった直後、ドームの周りに取り付けられているスピーカーから放送が入る。

三年生との模擬戦。今日の最後にして最大のイベントだった。

フィデスは緊張しながら壇上から降りると、去りがけに二人の少女が前を通ってフィデスの肩を叩く。


「フィオ、観客席から応援してるわ、先輩に一泡吹かせてやって!」

「フィオ、応援してるよぉ。頑張ってねぇ~!」


それだけ言って二人は足早に観客席に走って行った。

急造で設置されたであろう木で出来たひな壇などが片付けられていく。


その数十秒後、入学式で使われたものがすっかり片付けられたころ、フィデスの前の扉が開き紫紺色の髪をした一人の男が入ってきた。


(あれが、俺の対戦相手か‥‥‥)


氷竜騎士、デイトリウム・ヘミトリア。

鍛え抜かれた身体や武術特有の歩き方は、相当に洗練されているのだろう。

情報では確か、槍を扱う氷魔法師。


「君が今年の主席のフィデス・オービット君かな?」

「はい。先輩が氷竜騎士(リンドヴルム)ですよね?」

「ああ」


二人が既定の開始位置に移動する。

そして、互いの足元に一つの魔法陣が出現した。


「「武器召喚ウェポンコール」」


刹那、二人の足元にある魔法陣からそれぞれ剣と槍が出現する。

武器召喚、それは学園に入学する際必ず無条件で渡される魔法式であり、入学時に学園側に預け入れた各々のメイヴを手元に呼び出す魔法師や戦闘師共通の戦闘前準備。


(先輩のも、汎用型か‥‥‥)


メイヴは基本的に二種類ある。

フィデスや今のデイトリウムが持っているような、武骨な何の能力も持たない純粋な武器。

そして、もう一つは。


『定刻になりましたのでエキシビションマッチを始めさせていただきます。勝敗はライフゲージの全損(ロスト)――――――』


その時、フィデスの思考を打ち切るように二人の胸に付いている校章が光る。

ライフゲージ、攻撃を受けると光っている部分が減り、完全に暗くなったら敗北というシステムだ。

より実戦に近づけるため、軽傷の場合は出血、腕や足を切られた場合には精神的負荷に加えその部位が使えなくなり、心臓を切られた場合には一撃で昏倒するという機能まで付いている。


「いよいよか‥‥‥」


アナウンスの直後、『10』という数字が二人の右上のモニターに表示される。

10秒間の沈黙。

試合開始の合図とともに、それを最初に打ち破ったのはフィデスだった。


(先ずは正面から‥‥‥!)


フィデスが大地を蹴る。

狙うは一撃、相手が油断している隙を付いた不意打ちの一閃。


「はぁっ!!」


剣を振り下ろす。

空を切る音が響き、一拍遅れて金属同士が衝突したような音が響いた。


「くっ、読まれてましたか!」

「不意打ちか、悪くはないが舐め過ぎだ」


学園の上位に不意打ちなどは通用しない。

否、普通の不意打ちでは通じないと言った方が正しいのだろう。

デイトリウムは拮抗した槍を跳ね上げ、流れるように反転させ、振り下ろす。

フィデスは、済んでの所でその反撃を防いだが、頬に一筋の線がはしった。


「どうした、この程度か?」

「‥‥‥いえ」


(強いな。これが学園の上位か‥‥‥)


力と速さは五分だが、技術が高い。

戦い慣れていると言った方が良いのだろう。

それも、まだ本気ではないはずだ。


(打ち合いは無理か‥‥‥それなら‥‥‥!)


フィデスが手元に一つの闇色の魔法陣を展開する。

直接的な衝突が無理なら、勝ち目は魔法と武器の混合戦闘だけ。


「ほう、闇魔法か珍しいな」

「暗き雲よ、我が手に集え、盲目の傘(ブラインドヴェール)


刹那、魔法陣から大量の黒い霧が吹きだす。

盲目の傘、魔術黙示録(ライブラルマギ)の下位級魔法に登録されている半径数メートル以内の視界を奪う闇属性魔法。

攻撃性能がないうえ、自身の視界も半減させてしまうという使い勝手の悪い魔法だが、限定的な場面、特にフィデスの場合にはとても有用な魔法になる。


「むっ、気配が消えた?」


黒霧の中、デイトリウムが呟く。

前方数メートル、黒霧の外に感じていたフィデスの気配が消えたのだ。


(珍しい技を使う‥‥‥まるで暗殺者だな‥‥‥)


多くの魔法師は、基本的に魔法で代用可能な技術を覚えない。

魔法で全てが出来るからと言えば聞こえは良いのだろう。

技術を極めるよりも、同効果の魔法を極めた方が有用。

これが魔法師の一般常識だからだ。


「面白い手だが、場所が分からないのなら一帯を吹き飛ばせばいいだけのこと‥‥‥!」


デイトリウムが槍を突き刺す。

同時に、デイトリウムの後方に大量の氷の柱が出現した。


平定されし氷原(ヴェルニール)


それは、無数の氷塊により敵を殲滅する氷の範囲攻撃魔法。

気配など全てを攻撃してしまえば関係ないという事だろう。


(まともに喰らうのは不味い。でも‥‥‥)


これを、待っていた。

フィデスは座標固定を終え、魔法が発動した瞬間、勢いよく霧の中から飛び出す。


「何っ‥‥‥!?」

「今度こそ、一本取りましたよ!」


上位級などの大規模魔法の欠点は直ぐに座標の切り替えが効かないこと。

槍もこの間合いでは十分な威力を発揮できない。

勝った、そう思ったフィデスだったが。


「‥‥‥ふっ」


窮地に陥っているはずのデイトリウムの表情は確かに笑みを湛えていた。






「おおっ、上手いね~」


その頃、観客席では試合の様子を見ながら二人の少女が楽し気に言葉を交わしていた。


「フィオ、勝てるかしら?」

「どうかなぁ。でも、あの奇襲なら防ぐ手段はないんじゃない~?」


魔法の座標変更は既に間に合わない。槍も詰められた状態では力負けする。

十分に勝ち目はあるように見えるが。


「そうね。でも、そう単純でもないの」


だがその時、二人の会話を遮るように、ふと聞き覚えのある声が二人の耳に響いた。









微かな悪寒がフィデスの肌をなぞったのは、振るった剣がデイトリウムの槍と衝突した時だった。

デイトリウムの手元に現れた、もう一つの槍と。


「‥‥‥何っ?」

「惜しかったな」


刹那、デイトリウムが右手に握ったメイヴを振り上げる。

フィデスは咄嗟に剣を戻し後方に跳ぶも、遅い。


「くっ‥‥‥!」


右足に鮮烈な痛みがはしる。

切られた、そう認識したのはデイトリウムから距離を取った直後のことだった。

観客席側に表示されたモニターに映るフィデスの校章が僅かに削れ、光を失う。


「不意打ちだと思ったが、浅かったか」

「アーティファクト、持っていたんですね‥‥‥」

「ああ、抜くつもりは無かったがな」


デイトリウムが槍を持ち変える。

アーティファクト、それは現代の魔法額でも未だ解明されていない神秘の武具。

メイヴと同じく鍛冶魔法師の手で造られながらも、極稀に見つかる魔帝石だけを使用し、幻想書に残る神話の武器を元に造られた神造武具(オリジナル)


「‥‥‥氷帝神滅槍(ゲイボルグ)


刹那、呟かれたフィデスの言葉を聞き取ったものは誰も居なかっただろう。

デイトリウムは槍を地面に突き刺すと、直後、槍を中心に地面を冷気が覆っていく。


「‥‥‥!!」

「驚いたか?この槍の能力は浸食。触れたもの全てを凍らせることが出来る」


その言葉と同時、デイトリウムが走り出す。

わざわざ能力を見せてくれたのは親切心か。

はたまた能力を知られても負けることはないという自信の表れか。

どちらにせよ、フィデスのやることは変わらない。


「今度はこっちから行くぞ。防いでみろ」


デイトリウムが槍を突き出す。

空気を裂き、圧倒的な速度で迫る槍に、フィデスは剣を合わせ軌道をずらすと、槍を戻すよりも早く距離を詰め、剣を薙ぐ。

対するデイトリウムは槍の柄でその一撃を受け止めると、そのまま素早く後方に跳び、剣の間合いから外れると、今度は連続で槍を薙ぐ。

リーチを活かした一方的な攻撃。

フィデスもタイミングを合わせ的確に攻撃を弾いていたが、次第に身体が追い付かず、身体に幾数の線がはしる。


「どうした、見破っただけでは勝てないぞ?」

「分かってますよ。だから……」


突如、フィデスが一撃を撃ち漏らす。


「……何っ!!」


当然阻むものがなくなった槍はそのままフィデスの脇腹を深く抉り、ライフゲージを四分の一程削り取る。


「くっ、不味いな。でも……」


今なら、槍は使えない。

フィデスは即座に詠唱を完了させると、頭上に二つの黒色の球体を出現させる。


「【闇覆(ぺディル)】」


それは、ぶつけた相手の動きを僅かな間奪うという単純な闇の初位級魔法。

剣の間合いで魔法を選んだのはフィデスより詠唱速度が速いであろう、デイトリウムの魔法を潰しておくため。

二つの黒色の塊は高速で射出され、直後、デイトリウムの周囲で弾かれた。


「【守の護法(バリオン)】」


予想通り、今以上にその言葉が当てはまることは無い。

デイトリウムの周囲を覆う初位級の結界魔法、守の護法。

わざわざ初位級の魔法を選んだのは今の短い隙にそれしか発動が間に合わないと判断したのか。


(いける‥‥‥!!)


フィデスが剣を握り直す。

今、槍はデイトリウムの手元にあるが、この距離では十分な威力は出せない。

唯一つ誤算があったとすれば、有り得ない可能性を考慮しなかったことなのだろう。


「惜しいな、【刺し穿つ氷柱(ヴェグ・メルネス)】」

「なっ!!」


刹那、フィデスが剣を振るうよりも早く、上空に巨大な氷柱が出現する。

詠唱が早い、否、これはそういう次元ではない。


(二重詠唱(デュアルキャスト)‥‥‥っ!?)


二重詠唱はその名の通り、同時に二つの魔法を構築し展開する魔法技術だ。

簡単そうに見えるが、その難易度は通常の詠唱の比ではなく、二倍では収まらない大量の魔力に加えて高度な魔力制御を必要とする。

一瞬の油断、否、フィデスはまだ心のどこかで無意識に侮っていたのだろう。

予想よりも善戦出来てしまっていたこの状況に。


「まず……っ!!」


直後、フィデスの身体全てを呑み込むように、二人の間を特大の衝撃が襲った。








「ティリュ、見て見て!氷竜騎士のの上位級魔法よ!!」


同時刻、試合場を取り囲む観客席では、三人の少女が戦いの成り行きを見守っていた。


「氷の上位級魔法、先輩も本気ね‥‥‥」

「あれ、というかシアはフィオを応援してたんじゃなかったの~?」

「勿論応援してるわ。けど、いつも映像で見てた上位の先輩の試合が生で見られてるのよ!勝ち負け以上にこの試合を楽しまなきゃ損だわ!」

「ええ~」


そういうものなのぉ、と首を傾げるリューネに、そういうものよ、と楽し気に頷くハクア。

ハクアは生粋の魔法オタクだ。

否、魔法師オタクとも言えるかもしれない。

飛行機の中で話し始めて直ぐに、魔法位階についての討論会が始まってしまった時はさしものリューネも少し引いた。


「でもこれで決まったかなぁ~?」

「さあ、でもフィオも強かったわ」

「そうだねぇ~」


ハクアとリューネの二人は思い思いの感想を言いながらどこか無意識に試合を終結させる。

表示されているライフゲージは残り4分の1。

大量の砂煙でフィールドの中心部は見えないが、勝敗を付けることが目的ではないエキシビションマッチであれば、この辺りで終わるのが妥当。

恐らく、それは二人だけでなくこの試合を観戦しているすべての生徒、或いはそうではない者までがそう思っただろう。

結局、新入生主席と言えど、学園の上位には敵うはずもない、と。


「さて、ここからが本番ね」


だが、試合を取り仕切る審判であるイディスだけは、未だ微笑を湛えたまま試合場を覆う砂煙の中を見据えていた。






「……終わったか」


大量の土煙が舞う中、氷帝神滅槍を構えたデイトリウムは呟く。

明らかに今の一撃、フィデスは防げていない。

魔法の直撃など結界がなければ即死だ。


(新入生にしては悪くない。とはいえ、彼女(・・)を見た後では何とも言えないが)


デイトリウムは槍を握りなおすと、既に力の入らない右腕を見る。

魔法の二重詠唱(ダブルキャスト)による魔力の過剰消費と、不利な体勢から槍を振るったことによる軽い痙攣。

後、一手フィデスが詰めてきていたら、危なかっただろう。

とはいえ、試合は決したのだ。


「イディス、試合終了だ!」


デイトリウムは試合を中々終わらせないイディスに、左耳に着けた無線に話す。

しかし、何時まで経っても試合終了のアナウンスは聞こえてこない。

その時、デイトリウムの頭を一つの可能性が過る。


(……まさかな)


それは一瞬にも過ぎない些末な懸念だったが、結果的にそれがデイトリウムを救うことになった。


「……まだ――――――」


刹那。空間全てを震わせるような衝撃と共に、土煙の中から黒色の髪の男子生徒が現れた。






「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

「ん、どうしたのフィデス?」

「今日はどんな特訓するの?」


それは、数年前のいつかの日。

小さな道場の様な場所。その中央で二人の少年少女が両膝を曲げ背筋を伸ばしたまま座っている。

正座と呼ばれる精神統一の一種だろう。

きっちりと背筋を伸ばす少女に対して、少年はもぞもぞと時折退屈そうに身体を動かしていた。



「フィデス、特訓の前には精神統一って言ったでしょ?」

「えー、お姉ちゃんの大和式?特訓、始まるまでが長いんだもん」

「全く、何度も言っているでしょう?これは……」

「私の師匠の言葉、でしょ?もう聞き飽きたよー!!」


頬を膨らませるフィデスに姉、ユフィアはしょうがないなぁ、とでも言うような微笑を浮かべると、すっと立ち上がり、壁に掛けられている二本の刃付きの両刃剣を取る。

そして、片方をフィデスに渡すと、ついさっき正座していた位置まで戻った。


「フィデス、これから教えるのはね。とっても危険な魔法」

「危険な魔法?」

「ええ。でも覚えておけばいつかあなたを必ず守ってくれる」


そう言うと、ユフィアは剣を構えゆっくりと目を閉じる。

すると、次の瞬間。剣身と柄の接合部に半透明の魔法陣が出現したかと思うと、紅い光が剣全体を覆った。


「……きれい」

「ふふっ、ありがとうフィデス。この魔法の名前は――――――」






「――――――紅閃(ルミナス)


フィデスの剣を紅い光が覆う。

魔法が使えなかった自分に姉が教えてくれた唯一の魔法。

姉が使っていた時よりも光は淡く、儚いが、それでも凄まじい魔力を纏っているのが分かる。

既に残りのライフゲージは四分の一。

後一撃、槍が直撃すれば負けるだろう。

それでも――――――


「負けるわけにはいかない!」


フィデスが全力で大地を蹴る。

魔力は既に紅閃(ルミナス)に半分以上つぎ込んでいる。

残り少ない魔力を身体能力強化に回し、速度を上げる。

デイトリウムも一拍遅れて気づくが遅い。


「くっ……!!」

「はぁああああああああああーっ!!」


刹那、膨大な魔力爆発と共に、天をも揺らすほどの衝撃が試合場を襲った。






「おおっ、決まった」


その瞬間、突然と大部分の光を失ったデイトリウムの校章に、ハクアとリューネ、否、この場にいるほとんどの生徒が自身の目を疑っていた。


「なに、あの魔法!?」

「う~ん。身体強化?いや、付与魔法かなぁ~」


リューネの言葉にハクアが驚いたような視線を向ける。


「ティリュ、あの魔法を知ってるの?」

「ううん。でも魔法陣は視えてる(・・・・)から……」

「……?」


リューネの言葉に首を傾げるハクア。

だが、ハクアが考えを巡らせるよりも早く、リューネが視線を試合場に向ける。


「フィオ、勝ったかなぁ?」

「え、ええ。流石に勝ったんじゃない?」


二人とも確証はないながらも、先ほどまでとは一転フィデスの勝利をほとんど疑っていないように見える。

気のいい話だが、それほどまでにあの魔法は別格。

しかし、二人から視線を向けられたイディスはクスリと微笑むと。


「フィデス君は勝てないわ。きっと……」


微かに下がり始めた気温に抵抗するように、冷えてきた細腕を撫でた。






「なるほど。さっきの氷柱を防いだのはこれか……」

「……ああ」


試合場の端。

壁にもたれかかるデイトリウムは槍を地面に突き刺したまま言い放つ。

ライフゲージの残りは僅か。

既に限界なのか、時折苦しそうに息を吐いている。


「でも、これで俺の勝ちだ」

「ふっ、口調が戻ってるぞ?」

「あ、す、すみません」

「いや、構わないさ。君のような強者とは学年を超えて親しい付き合いをしたいからな」

「そ、そう……か」


フィデスの言葉にデイトリウムは小さく笑う。

そして、ゆっくりと槍を持ち上げ、フィデスに向けた。


「だが、私にも境界を越えし者(ボーダー)としての誇りがある。悪いが……」

「……っ!!」


デイトリウムが殺気を発したのと、フィデスが飛び退いたのは同時だった。


「凍りつけ……永久凍土(ニブルヘイム)!」


次の瞬間。あらゆるものを凍てつかせる絶対零度の冬が訪れた。


「なっ……!!」


飛び退いたフィデスは最上位級の魔法の発動に驚愕するとともに自身の選択ミスを理解する。

――――――この状況を打開するには……


『あら、その選択はお勧め致しませんわ』


刹那、頭の中に声が響く。

そして、意識を戻したときには手遅れだった。


「くっ……もう凍って……!!」


試合場全てを包み込むように発動した冷気の渦は飛び退いたフィデスを一切の抵抗すら許さず凍らせていく。


「……黒麗塊(ダリエル)!」


途切れ行く意識の中、フィデスは最後の気力を振り絞り、魔法を発動するが、冷気の壁に阻まれ、デイトリウムに衝突するよりも前に消滅してしまう。

意識を失う直前、フィデスの目に映ったのは、試合場の遥か上。屋上に座りこちらへ手を振る身に覚えのない女子生徒の姿だった。






『――――――ライフゲージ全損確認(ロスト)。勝者、アリシディア学園2年【氷竜騎士(リンドヴルム)】デイトリウム・ヘミトリア』


アナウンスが響く。

だが、観客席は未だ驚愕の渦に取り残されていた。


「お、おい。見たかあの試合……」

「上位の先輩は皆あんなに強いのか……」

「でも、あのフィデスってやつ、先輩に勝ちそうだったぞ」

「馬鹿だなぁ、ケール。あれは先輩がわざとピンチを演出しただけに決まってるだろ」


様々な感想が飛び交う中。


その後担架で医務室に運ばれたフィデスを一瞥したデイトリウムは勝利を示すためとして槍を掲げていた。

観客席では溢れんばかりの歓声がデイトリウムと担架に載せられているフィデスに向けられている。その様子を遠くから見ていたハクアとリューネは周りの歓声を全く気にせず冷静に今の戦闘を分析していた。


「やっぱ強かったねぇ〜、先輩」

「そうね。でもフィオもかなり強かったわ、悔しいけど今の私じゃ手も足も出ないくらい」

「しかもフィオまだ本気じゃなかったみたいだからねぇ〜。本気だったら勝ってたんじゃないかなぁ?」

「そうなの?私には本気に見えたけど」

「ああ、うん。まぁ本気だとは思うけど、何て言うんだっけ……躊躇……?」

「躊躇?フィオが手加減をしたってこと?」

「いや、そこまではいわないよぉ。でも……」


それっきりリューネは黙り込んでしまう。

ハクアは何が言いたかったのか分からず首を傾げるが。


「フィオ()なんだね」

「ん?ティリュ何か言った?」

「ううん、何にも言ってないよぉ。折角だし後から一緒にフィオのお見舞い行こっか」


リューネは一瞬で表情を笑顔に戻し、のんびりとした口調でハクアに返答をする。


「ええ、そうね」


恐らくそう重要なことではなかったのだろう。

ハクアはそう結論付けると、リューネの言葉に頷いた。


「イディス・クレミット先輩。少し危ないかなぁ~……?」


会話の終わり際、ぼそりと呟いたリューネの言葉を聞き取った者は誰も居なかった。






時は少し遡る。

模擬戦が終わり、フィデスが担架で運ばれ始めた頃、イディスがデイトリウムの側まで歩いて来る。


「お疲れ様です、先輩」

「……イディスか」

「本気を出していないとはいえ、実力的には深層へと至りし者たち(オーダー)と言われている貴方が苦戦するところなんて久し振りに見たわ。今年の主席はどう?」


イディスの問いに、デイトリウムは不機嫌そうに顔を背ける。


「……白々しいな。そんなもの分かり切っている」

「やはり、彼でも……」

「ああ。強いには強い……それこそ俺がこれまで見た新入生の中で二番目にはな。だが……」

「彼女のこと?」

「……そうだ」


デイトリウムが頷くのと同時、周囲にコール音が鳴り響く。


「あら、私ね。誰かしら……」


イディスは画面を開き、応答と表示された画面をタッチする。

音声通話のようだが、開口一番呟かれた言葉にイディスの表情が変わった。


『会長、彼女がまた問題を起こしました!!』

「……はぁ、言った側からね。場所はどこ?」

『は、はい。第6アリーナから北西7キロ商業区です!』

「分かったわ。直ぐに向かいます」


イディスはそれだけ言うと、通話を切り、デイトリウムへと向き直る。


「ごめんなさい。急務が入ってしまって」

「例の件か?」

「ええ。なので申し訳ないけれど、先輩には新入生の案内をお願いしても?」

「分かった」

「助かるわ」


イディスはデイトリウムの返事を聞き届けると、自身の弓だけを抱え、アリーナの出口へと歩いていく。


「八帝神滅武具、か……」


残されたデイトリウムは、疲労からか微かに震える腕を握り、眼下に集まり始める新入生たちの元へ歩いて行った。






その夜、一緒の部屋になったハクアとリューネは一緒に寮の温泉に入っていた。


「いやぁ〜、今日は色々あったねぇ〜」


リューネ浴槽の淵に顎をのっけてのびている。


「ほら、ティリュ。だらしないわよ」

「ええ〜、いいじゃ〜ん。今日色々あったから疲れたんだよぉ〜」


そう言うとティリュは小さく寝息を立てて眠り始めてしまう。


「まったく、ティリュったら」


そんな可愛らしいリューネの様子に、ハクアが体を洗いながら苦笑いを浮かべていると。


「うぅ~ん、シァ……」


微睡ながらハクアの名前を呼ぶリューネ。

いったいどんな夢を見ているのだろうか。


「ほらティリュ、起きないと逆上せるわよ」

「うぅ〜ん」


ハクアの声に、起き上がったリューネだが、寝起きでぼぅっとしていたのか風呂桶で足を滑らせてしまう


「あっ、危ない!」


ハクアは咄嗟に身を乗り出しギリギリのところでリューネを受け止めるも、無理な体勢で受け止めたためか体勢を崩し、リューネに諸共倒れてしまう。


「……いたた、ティリュ大丈夫?」


ハクアは、微かに痛む腕をさすり、下敷きにしてしまったリューネへと視線を向けるが、そこには無視できないものがあった。


「ティリュ、貴女……そんなに大きかったの?」


雷に打たれたかのようにぴしゃりと固まるハクア。

そう、制服の上からではそこまで分からなかったが、湯煙の中でも見えるリューネの胸は同学年の中でも相当大きい部類。

対して、ハクアはと言うと。


「大丈夫、ハクアの大きさでも需要あるよぉ~」

「ありがと……って、フォローになってないわ!」


ハクアの虚しき叫びが風呂場の中に木霊する。

こうして、慌ただしい入学初日の夜は過ぎていった。







「んっ、ここは?」


フィデスは起き上がり、周りを見渡してみると、眠っていたベッド以外には出入りのためのドアと簡易的な窓以外何もなく見渡す限りすべてが真っ白の部屋だった。


フィデスはとりあえず何か情報を得なければと思い、扉に向かって歩こうとする。

しかし【永久凍土(ニブルヘイム)】で負ったダメージが抜けきっていないのか、フィデスはその場に倒れこんでしまう。

すると突如ドアが開き、綺麗な青髪の少女が珍しく慌てた様子で入ってきた。


「フィデス!」

「イデ‥‥‥ディー‥‥‥」

「全く、まだ傷は完治しきっていないのよ?」

「あ、ああ。悪い、ありがとうディー」


イディスの肩を借りてベッドに座ったフィデスはこれまでの経緯やその後どうなったかなどをイディスの口から説明された。


まずフィデスが運ばれた後、試合はデイトリウムの勝利となったこと。そしてその後寮に案内され解散したこと。どうやらフィデスは相当な時間眠ってしまっていたらしい。モニターに深夜一時とかいてある。フィデスはこんな時間まで待たせてしまったことをイディスに謝罪した。


「こんな時間まで待っていてくれたのか?」

「ええ、少しだけ話したいことが有ったから」


そう言うと、イディスは近くの椅子に腰かける。

一つ一つの淑やかな動作に見とれてしまうのはフィデスだけではないだろう。


「俺って明日から授業出られるのか?」

「ええ、勿論。軽い低体温症と火傷、傷だけだから、今の魔法医学なら明日の朝には完治しているはずよ。それと、少し前にハクアさんとリューネさんもお見舞いに来ていたから、明日教室でお礼を言ってあげて」

「ああ、そうするよ」


フィデスが頷くと、イディスは満足そうに微笑む。

未だにこの美しい少女が自分の幼馴染だという実感がわかない。

記憶が無いのだから当然と言えば当然なのだが。


「でも、今日の試合は惜しかったわね」

「ああ。けど、やっぱり強いな境界を越えし者たち(ボーダー)は」

「くすっ、評価してもらえるのは嬉しいけれど、彼でその反応だとしたら、私はどうなってしまうのかしら?」

「……化け物?」

「……」

「……痛っ、痛い痛いっ!!悪かった、悪かったからそうつねらないでれ……!」

「それなら私は……?」

「……可愛い女の子?」

「……」

「痛っ!不満だったのか……!?」


何が正解なんだ、と心の中で叫ぶフィデスにイディスが視線を反らす。

微かに赤らんでいる頬に、フィデスが気づくことはなかった。


やがて、暫くの間雑談を交わした後、イディスの画面が鳴る。


「あら、もうこんな時間。時間が経つのは早いものね」


そう言うと、イディスは席を立ち、扉の方へと歩いていく。


「戦っている時のフィデス、とっても格好良かったわ」


去り際、微かにほほ笑みながら向けられる視線に、フィデスは一瞬だけ見惚れていた。

第二話。最初を除けば初めての戦闘シーン。楽しんでいただけたなら幸いです。次話もぜひよろしくお願いします。先輩噛ませ感を出しておいて結構強かったですね。

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