最高のクリスマス・イヴ
クリスマスイヴということで、合作で書かせていただきました。
拙作ではありますが、どうぞご一読お願いします。
良いクリスマスを。
今日はひどい寒さだった。
12月22日が8割ほど終わった頃、ボクはコタツでみかんを食べながら、お母さんと話していた。
「東京? やだよあんな電気が煌々と付いた場所……リア充の巣窟でしょ?」
唐突に、「クリスマス、東京とか行かないの?」と問われたわけで、ボクはそれを否定した。
だって、あんな所本当にリア充の巣窟でしかないもん。
ボクみたいなのがいたら、明らかに場違いなのは目に見えている。
「うーん……明日叶は結構東京に馴染めそうな気がするんだけど……気を悪くしたらごめんね?」
「別に? まぁ、彼氏でもいたらワンチャンあるけど、いないからね」
彼氏なんて、ボクにはできっこないし、東京に馴染むつもりもない。
そう簡単に彼氏ができたらボクも苦労しないし、東京だって行ったはずだ。
でも……。
「前言ってた好きな子っていうのは?」
ヒヤリ、と、背筋が凍りそうになった。
こたつに入っていて暖かいはずなのに、何故か外気の冷たさを感じた。
「あぁ、夕紀くん? あの子はダメだよ。モテすぎるからボクになんか振り向かない」
夕紀くんは、頭も良くて、優しくて……。
つまるところ、才色兼備というやつだ。
そんな彼に、ボクみたいなのが振り向いて貰えるはずもないじゃないか。
ボクなんて、ちょっと運動ができるだけだし。
「あら、そんなことないわよ? あなたは可愛いんだから、もっと自信を持ったら輝けると思うわよ? まぁ、今が輝いてないわけじゃないんだけど」
お母さんの言葉が全て、嫌味に聞こえてくる。
親から見たら、そりゃ可愛いかもしれないけど、クラスの皆から見たら、ボクがどう思われてるかなんて分からない。
「別に、クリぼっちがなんだよ。ボクは構わないよ。どうせ非リア同士で寂しく暮らすし」
少し、怒気を孕んで言葉を発した。
それが、どの程度の効果を持ったのかは分からない。
「ま〜た翠ちゃんと? あの子も彼氏はいないの?」
「うん、非リア同盟結んでるから。お互いに彼氏は出来ないんだ」
翠も私も、彼氏がいない。
だから勝手に非リア同盟なんてものを結んでいる。
クラスの他の女子も何人か一緒に居たっけ。
割と大規模な同盟で、クラスにリア充なんて5ペアくらいだ。
「ふーん……なんか寂しいわね」
微笑、いや、必死で笑いをこらえて言うお母さんに、ボクはみかんを投げたくなった。
「やかましいわ!」
そして、ボクは叫んだ。
クリぼっちの寂しさをかき消すように。
そして、夕紀くんへの想いを閉じ込めるために。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「さぁて、明日叶ちゅわぁ〜ん。俺と一緒に遊ばなぁ〜い?」
「どうしたのそのテンション」
今日は終業式。
学校もすぐ終わってしまう。
きっと翠は夜更かしでもしてたのだろう。
たまに夜中にLONEで通話する時の、深夜テンションとよく似ている。
「いや、別に何も無いんだけどね? 明日叶、寂しそうな顔してるから」
「え? そう?」
自分では気が付かない間に、寂しい顔をしていたらしい。
なんでだろ、昨日お母さんに、彼氏の話をされたからかな。
「うん、もう世界の終わりってくらい暗い顔」
それを聞いた瞬間、「やられた!」と思った。
ボクに対するイタズラで、冗談を言ったのだろう。
だからボクは、適当に返した。
「そりゃあ大変だね……」
「どうした〜? また夕紀くんに振られたか?」
フラ……。
振られたという言葉に少しショックを覚えながら返す。
「またってなんだよ。またって。まだ振られてないから……」
そう、まだ告白もしていない。
しかももう半分くらい諦めてる。
まだ告白してないボクがいったいどうやったら振られるのだろう。
「まぁ元気出しなって。明日叶も夕紀くんもお互いに引っ込み思案な所あるからさ、どっちかが手を出せばすぐに仲良くなれるよ」
そう簡単にことが運ぶとは思えない。
しかも、自分から声をかけるなんてこと、絶対したくない。
恥ずかしさで死んでしまいそうだから。
本心は、変な人と思われたくない、から。
「……引っ込み思案であの人気ぶりって? ボクは――」
「あんたは一ヶ月に一回はラブレター貰ってるでしょうがぁっ!」
そうだ。
ボクは確かによくラブレターを貰う。
どうやったかは知らないけど、ロッカーに入ってたり、机に入っていたり。
あとは翠ツテに渡されたり。
「でもさ、そんなの……本命じゃないとやだよ……」
紛れもない本心。
そう言ったつもりだった。
つもりだったのに。
「あぁ〜……またしおらしくなっちゃって。そういう所が男子にモテる理由なんだろうね」
どうしてこうも、上手く気持ちが伝わらないんだろう。
これだからコミュニケーションはあんまり好きじゃないんだ。
「しおらしくないもん! ただ……なんかさ、夕紀くんに避けられてる気がするだけで……」
慌てて反論する。
そう、ボクはしおらしくない。
絶対に、そんなことは無い。
仮にあったとして、それで誰が得するの?
「よかったら私が聞いてこようか?」
耳を疑った。
聞いてこようか? なんて。
そんなことさせられるはずがない!
そんなことしたら、せっかく閉じ込めてたこの気持ちがバレてしまう。
だから、そうされる前に釘を打ちたかった。
「どうやって?」
「いや、普通に『なんで明日叶を避けるの?』って」
いや、それもうほとんどボクの気持ちバラしてるよね?
もう言う気満々だよね!?
危なっかしいよそれ!
「なんか……自爆しそうで怖いよねそれ」
「そう? そんなことないと思うけど」
よし。
ここでさっきの仕返しをしてやろう。
さっきは良くもやってくれたね翠。
「どっちかと言うと翠の顔が怖いよ」
もう、世の中の猛獣が逃げていくくらいに。
ちなみに事実なのは、本人には内緒である。
「あっそ。別に、私の顔なんてどうでもいいもん。まぁ、応援してるから――っと、言ってるそばからチャンスが舞い降りたね」
「ん? 何?」
少し間の抜けた返事になってしまった。
これが翠に気づかれてなければいいけど。
チャンスっていったい何だろう。
確か、今日は部活は無かったはず。
智輝先輩に会うチャンスって、年明けくらいまでないんじゃないの?
「クリスマスパーティーだとさ。智輝パイセンも来るんだと〜。その妹の春乃ちゃんも。夕紀くん、誘ってみたら?」
あれ? 智輝先輩、妹いたんだ。
普段全くそんな雰囲気を出さないから分からなかった。
初対面になるだろうけど、仲良くなれたら嬉しい。
って、ボクはなん行く気でいるんだろう。
「クリスマスか……まぁ、気が向いたら。翠は行くの?」
たぶん、行くんだろうな。
そう思ったからあえて訊いた。
うん、たぶん皆は、「訊く意味ないじゃん」って言うけど、別に構わない。
ボクは翠の答えを、翠から聞きたかった。
ボクのこの弱気な心を、吹き飛ばしてくれる気がしたから。
「ったりまえよぉ! 智輝先輩が来るのに行かないわけないでしょ!? あぁ!?」
予定通りの答え。
予定通りのテンション。
それが何よりも心地よい。
ボクは、こんな時にいつも思うことがある。
「翠と友達で良かった」ってさ。
「急に熱いよ……」
だから、いつもみたいに返答する。
だから、いつもみたいに微笑する。
これが普段通り、何ひとつ不満も欲求もない、ボクの日常。
「あぁ!?」
必要以上に熱くなっている翠は、前からそう。
智輝先輩の事になるともう止まらない。
また、語り始めるね、きっと。
「はいはいわかったわかった…………クリ……スマスね……」
そう返して、ボクは帰りの支度を始めた。
そして、目だけで教室内を見渡す。
教室内には数人だけ、クラスメイトが残っていた。
でもそこに夕紀くんの姿はなかった。
もう帰っちゃったのかな……。
早く誘えばよかった。
そう、ガッカリする直前だった。
夕紀くんが何故か教室に戻ってきたのだ。
でも、なんで? なんてこと、気にする暇は無い。
ボクの直感がそう告げていた。
ボクは、このチャンスを逃すまいと、勇気を振り絞って声をかけた。
夕紀くんだけに……。
「ゆ、夕紀くんっ!」
「は、はいっ…………?」
いきなり声をかけられて、驚きを隠せない夕紀くん。
そりゃそうだよね。
だって、ボクなんかが声をかけるだなんて。
誰がそんなこと思っただろう。
「あの……明日、クリスマスパーティーあるみたいなんだけど、一緒に……どうかな?」
声が裏返っていたらどうしよう。
そんなことはもう頭にはない。
何よりも頭の中を埋め尽くしているのは、断られたらどうしよう、という気持ちだ。
「クリスマスパーティー……? 白鷺さんと一緒に?」
「ダメだったら全然いいんだけど……」
ウソ。
本当は一緒に行きたいクセに。
本当は、引っ張ってでも行きたいクセに。
そう煩わしく話しかける心を、無理矢理押さえつける。
ボクは、ボクを演じなきゃ。
だから鍵をかけるんだ。
煩わしく話しかける、紛れもない本心に。
「いや、むしろ行きたいんだけど」
「ほ、ほんと!?」
予想外の答えに、目を見開く。
もしかすると、今までで一番声が裏返ったかもしれない。
だって、それくらい嬉しかったから。
それくらい驚いたから。
「うん、誰が来るの?」
「えっと……多分、先輩ばっかりだと思う。それでもいい……?」
だって、部活のLONEで送られてきたから。
ボクら1年生は、そういった行事には基本的に参加しない。
翠は別として、だ。
「大丈夫、全然構わないよ」
「そ、そう……じゃあ、明日の昼に智輝先輩の家……って、知らないよね。またLONEで住所送っとくね」
なぜ夕紀くんのLONEを持ってるのか。
それは、入学した時にクラスのみんなを追加したから。
そうでなきゃ、話しかけることすら出来ない。
「うん、ありがと。誘ってくれて」
そして、ボクは以前からずっと気になっていたことを言った。
「……うん。ところでさ、LONEって、なんかさ……」
「返さないといけなさそうな名前だね。いつか」
よかった。
ボク以外にもこの感覚が分かる人がいてくれて。
それがまた、夕紀くんで。
ボクは少しだけ嬉しい気持ちで、家へ帰ることになった。
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12月24日。
今日は楽しいクリスマスパーティー。
の、はずだったんだけど……。
「見るからにクソスマスパーティーだよね」
そう。
春乃ちゃんとはお話出来てないし、夕紀くんとも話せてない。
しかも翠なんて、ずっと智輝先輩のことを目で追っかけてる。
ボクひとり、やることが全くない。
「なんでよ! 智輝先輩がいるのにクソとはなんだこの野郎ッ!?」
そうだった。
翠は智輝先輩さえ居ればどこでも、どんなのでもいいんだ。
翠に話を振ったボクが馬鹿だった。
はぁ、こんなパーティーなら、来なければ良かったかな……。
お母さんの言う通り、東京行った方が良かったかもしれない。
「斯く言う翠もアタックすればいいのに」
ボクは、少し呆れながら言った。
そんなに智輝先輩のことが好きなら、さっさと言ってしまえばいいのに。
もどかしい。
「ぐぬぬ……それはキツいな……」
「なんでさ」
心からの言葉だ。
嘘偽りない、ボクの本心。
なんで、自分が告白するのは“キツい”のに、人にはそう言うんだよ。
ボクだって、そう簡単に告白なんててきないのに。
「だってさ、人に言うのは簡単でも実際やってみると難しいってのあるじゃん? それと一緒だと思うの……はぁ……」
「ボクに散々告れ告れ言っておいて、それはないんじゃない?」
皮肉を込めて問う。
それが翠にどう聞こえたかはもう気にしない。
「べっ、別にいいじゃん! いいから、夕紀くんが来たらすぐに告るんだよ! 私遠くで見てるから!」
「えぇ……」
見てるのかよぅ……。
しかも、遠くで……。
ボクは呆れた表情を見せながら、先輩の方へふらつきに行く翠を見送った。
「……若葉さんはどこに?」
「ぅにゃあっ!」
はっきり言う。
かなり驚いた。
心拍数が跳ね上がるのを感じ取った。
そして、気づいた時には
「ぅにゃあっ!」
と、叫んでいた。
「に、にゃあ?」
思考が間に合わない。
驚かれたと言うのもあるし、こっちが驚いたのもある。
そして、ボクは慌てて答えた。
「あぁっ! え、えっと……智輝先輩のとこ」
「ふーん。白鷺さんは行かないの?」
ボクが?
なんで?
いろいろと聞きたかった。
智輝先輩と話したい気持ちは確かにある。
でも、翠の邪魔しちゃ悪いし。
だから、見え透いた嘘をついた。
「ボクはちょっと……用事があるから」
「用事?」
そ。
当然聞き返してくるよね。
だって、用事がないってバレてるから。
ボク、なんでこんな嘘吐いたんだろ。
吐いたって、何の意味もないのに。
「大したことじゃないんだけどね」
それも嘘。
ボクにとっては大したことだ。
もちろん、いろんな意味で。
夕紀くんに告白するなんて、ボクじゃ考えられない。
周りから見てもきっとそうだろう。
「そうなの? 手伝えることなら手伝うよ?」
手伝えることなら?
じゃあ。
じゃあ──
「……手伝ってよ……」
ボソリと呟く。
でもそれは、賑やかなパーティーの声にかき消されて、彼の耳には届かなかった。
「え? ごめん、なんて――」
聞き返してくる。
そりゃそうだよね、ボク自身でも聞こえないくらい小さな声だったもん。
そしてボクはまた嘘を吐いた。
「ううん、何でもないよ。……クリスマスパーティーだからか、皆目がきらきらしてるね」
嫌な空気だった。
話を変えたかった。
明るい話をしたかった。
今日くらい、恋のことなんて忘れて、純粋に楽しみたかった。
だから、ボクは強引に話題を変えるんだ。
「そりゃあ、一年に一回の行事なんだもん。楽しいよ」
確かに、クリスマスは年に1度だ。
そんなこと言ったら、ほとんどの行事が年に1度になる。
お正月も、節分も、ひな祭りもこどもの日も。
みんな全て、年に1度だけだ。
それが楽しくないと言えば、当然嘘になる。
「夕紀くんは今楽しい? ……って、来たばっかりだったね、ふふ……」
「……楽しいよ。すっごく」
来たばかりでこんなこと訊いて、気を遣わせたかな?
なら、ボクも今は気を遣っておこう。
そう思って、少し静かな声で呟いた。
「……そう。誘った甲斐があったよ」
「それで」
と、夕紀くんは半ば強引に話題を変えた。
「なんで僕を呼んだの?」
「え?」
質問の意味が分からなかった。
背筋に嫌な感覚が流れる。
足下から、凍りつくように冷たい感覚が登ってくる。
やっぱり、迷惑だったのかな?
「いや……白鷺さんなら、他にも友達とかいっぱいいるし、なんで僕なのかなって……」
「……それは――」
今は、まだ。
まだ答えられない。
なのに、ボクの口は勝手に動き出しそうで。
「白鷺、ちょっといいか?」
言ってしまう寸前、ボクは智輝先輩に呼び出された。
「――智輝先輩?」
「話がある」
そりゃ、話があるのは誰でも分かる。
先輩から呼び出されるなんて、そのくらいしかないから。
でもボクは、一瞬頭の中が真っ白になった。
「な、何ですか?」
「ちょっと来て」
そしてボクは、智輝先輩に引っ張られて階段の踊り場へと歩いた。
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「それで、話って……?」
早く話を終えて、あの賑やかな空間に戻りたかった。
だから、ボクはすぐに先輩に訊いた。
「白鷺……お前さ、夕紀のこと好きだろ?」
一瞬、何を聞かれたか分からなくなる。
ボクは誰だか、分からなくなる。
この空間が何なのか、見失う。
ボクは、数秒遅れて声を発した。
「――えっと……」
「……え? 違った? 違ったのか?」
いや、違わないけど。
違わないんですけど。
どうして先輩は、ボクの好きな人を知っているんだろう。
とりあえず、訊いてみよ。
「なんでわかったんですか?」
「あぁなんだ。合ってたのか。……なんでって……それ聞くか?」
ホッとした表情を見せて、質問される。
正直、質問を質問で返されると困る。
話の内容を、見失ってしまいそうで、何だか怖い。
あれ? ボクって何の話をしてたんだっけ?
ってさ。
「はい……まぁ、好きなんですけど」
でも、それを考えた時にはもう口が動いていた。
これが反射ってヤツか……。
え? 違うって?
そんなことは、もう気にしない。
「えっと……まぁ、なんだ。部長のカンってやつだな」
「え、そんなものなんですか?」
推理みたいなカッコイイのを想像していたら、その実は意外としょぼかった。
残念!
でも、カンで分かる先輩も凄い。
「うん。そんなもん。てか、なんで驚いてたんだ?」
そうだ、別に何も、驚く要素も必要もないじゃん。
ボクはなんで、驚いたんだろう。
………………………。
その答えは、意外と近くにあった。
と言うより、すぐそばにくっついていた。
「いやぁ、いきなりだったから、告白かと思って」
大丈夫、自然に答えれている。
タネが分かれば面白くないマジックと同じ。
タネが分かれば、緊張も何も無くなる。
むしろ、この会話を楽しめそうな気さえする。
「いやいやいや、それはない。告白とかマジでありえない」
「え?」
驚いた。
先輩ほどの人なら、女子なんて選び放題だと思っていたのに。
先輩は、全力で否定した。
それに対してボクは、全力で驚いた。
そういえば、この前体育館裏で告白されてた時も断ってたような……。
「いや、俺には春乃がいるしな。アイツがいるだけで俺は、充分やっていけるんだよ」
「春乃ちゃんが……」
なんという兄妹愛。
もしかして、先輩シスコン……?
なんて、考えたくもないことを考えてしまうボクだった。
だって、春乃ちゃんがいるだけで充分って。
ねぇ?
「おう。それと、ここだけの話な、春乃は人間不信なんだ。だから、俺がついててやらないとな」
え……。
衝撃の言葉に、ボクは言葉を失った。
春乃ちゃんが、そんなに大変な状況だなんて。
思ってもみなかった。
パーティーでは、みんなと同じように笑って、楽しんでいたはずなのに。
「どうして」
その言葉が頭の中をぐるぐる回った。
「アイツな、皆の前では無理して笑ってるんだよ。だから、俺が受け止めてやらないとな。ほっといたら、潰れちゃうんだよ」
「なんか、今日はいつもに増してカッコイイこと言いますね先輩」
自然に出た言葉だ。
気を遣おうだなんて、一切考えていない。
そんなことしたら、余計に先輩を困らせるだけだ。
だから、自分が思ったままに、答えよう。
ボクは、先輩の目を見て、微笑んだ。
「そうか? ま、素直に喜んでおこう。で、夕紀には告白しないのか?」
やっぱり先輩はカッコイイ。
恋愛対象としてではなく、人間として。
まだ高校2年のはずなのに、もう大人みたいな言葉を発してる。
ボクは、そんな先輩が羨ましかった。
早く、ボクもこんな人間になりたいって、そう思った。
「……はい。叶わない恋って分かってますから」
「絶対叶わないのか?」
絶対なんて無い。
そう言うように、問われる。
でも、この世の中には「絶対」が存在していて、いつもボクの邪魔をするんだ。
それでも、そんなことは無いって、信じたくて。
「……多分」
こう返すのが、精一杯だった。
「まぁいいや。お前がちゃんと好きな人と一緒になれるまでずっと応援してるぞ。先輩としてな」
あああもう泣きたい……。
こんなに気にかけてもらえて、ボクは幸せ者だなぁ。
ボクは、少し俯いてお礼を言った。
「……はい、ありがとうございます」
肩に手を置かれ、先輩がパーティーに戻る時に一言。
「頑張れよ」
ボクは、一人きりになった階段の踊り場で、小さく「はい」と返事した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
パーティーを早めに抜け出して、帰り道。
いつもよりも暗い帰り道に、少し恐怖を覚えた。
隣を見ると、いつの間にか翠がいなかった。
「そういえば、若葉さんはどこに?」
なんて言ってたっけ。
あぁ、確か告白しに行くとか何とか言って、戻ってった気がする。
「あぁ、翠なら智輝先輩にアタックしに行ったよ。先に帰っててって言ってた」
先に帰って、とは言われてない気がする。
言ってしまってから気がついた。
まぁ、ボクとしては好都合だね。
二人きりで帰れるし、心を決めて、告白することだってできる。
この空間に、翠の存在は邪魔だった。
「そうなんだ。そういえば智輝先輩の話は何だったの?」
実に答えにくい内容だ。
口が裂けても、好きな人の話をしてただなんて言えない。
でもこれは、もしかすると告白する流れに持っていけるチャンスなのでは?
ボクはそう考えた。
「あぁ……えっと、応援、された……」
「……そう。……なんの?」
やっぱり聞き返してくるか……。
どうしてボクの話に興味を持ってくれるのかは全く見当もつかないけど、それはそれで嬉しい。
片想いって苦しいけど、時々幸せをくれるんだね……。
この幸せはきっと、好きな人と恋人同士になれないボクへの、神様からのクリスマスプレゼント。
そういうことにしておこう。
「うーん、それは言えない」
恥ずかしいから。
言ってしまったら、なんか、気持ちは伝わったのに告白出来てない、そんな感じが残る気がして。
だから言えないの。
それでも、夕紀くんは訊いてくる。
もっと、深いところも。
「……えっと。どうして言えないの?」
「……恥ずかしくてね。」
ここまで。
これ以上は訊かないで。
そんな意志を込めて、ボクは言葉を発した。
国語の先生に習った事がある。
『言葉には魂が宿る。言霊ってやつだ。だから、言葉は慎重に選んで使えな、若者ども』
って。
冗談だろう、なんて思ってたけど、今は“そうなって欲しい”と望むボクがいる。
「なんか、すごい気になるんだけど……」
夕紀くんは、少し笑いながら、詮索を辞めようとはしなかった。
「そんなに気になるの? まぁ、智輝先輩のおかげで今日、踏ん切りが着いたかな。明日にでもLONEで告白しよっかな、ふふっ」
無理だよね。
どうせボクなんて。
「そう……頑張って」
少し表情を曇らせ、目を逸らしながら夕紀くんは言う。
気のせいか、声のトーンも少し落ちていた。
ボクは、本能的に何かを感じ取った。
それが何かはよく分からない。
「……嘘。今日に、今にしようかな」
今、この場で。
ちゃんと自分の言葉で。
だから、先生、今だけは信じさせて。
普段全く信じてない先生だけど、今だけは。
言葉に魂が宿るなら、この想いもきっと、言葉にすれば届くよね。
こんなボクの言葉でも、魂を動かすことはできるよね。
「……」
暗く、落ち込んだような表情の夕紀くん。
驚くだろうなぁ、まさか、落ち込んでる自分が告白されるだなんて。
心ここにあらず、て感じだけど、ボクの言葉で、心を掴んでみせる。
見てなよ翠。
ボクは絶対、夕紀くんと恋人同士になってみせるから!
「夕紀くん?」
「あ、え? 何?」
驚いた様な顔を見せる。
顔が熱い。
きっと、ボクの顔は真っ赤だろう。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎて、この場から逃げ出したいくらい。
ボクの心臓は、鼓動をどんどん速くしていった。
「あの……ね」
「うぇ……?」
なんて顔してるの。
そんな顔されちゃったら、告白しにくいでしょ?
「ボクね? ……え……と、ずっと、キミの事が好きだったの。夕紀くん」
言ってしまった。
ついに、告白してしまった。
玉砕覚悟だ、断られたら、また一緒に同盟の一員としてやっていこうよ、翠。
「──へ?」
鳩が豆鉄砲喰らった様な顔だった。
でも、その表情は死んでなくて。
落ち込んで、死んでるような表情よりはよっぽどいいよ。
だから────
「聞こえなかった? ……大好きだよ」
「えぁ? 僕に言ってるの?」
うん。
そうだよ。
そのくらい、気付いてよ……。
「今キミ以外に誰がいるの……てゆーか、恥ずかしいからこっち見ないでよ……」
「あ、ごめん……」
お互い、目を逸らした。
ホントは、見つめたいのにね。
恥ずかしくなると、人間はどうして目を逸らしたがるんだろう。
今度生物の先生にでも訊いてみよ。
「で……返事は?」
一番大事なのは返事だ。
夕紀くんのリアクションを楽しんでいるのも良いけど、早く返事が欲しかった。
「うん、僕も大好きだよ。ずっと前から、ね」
「……本当に?」
声が裏返った。
恥ずかしさが頂点に達したけど、それ以上に嬉しかった。
「本当に?」
と訊いたボクに、夕紀くんは冷静に答えた。
「嘘ついても仕方ないでしょ」
「そ、そうだけど……本当に?」
まだ信じられない。
夢だったらどうしよう。
そんなボクに、夕紀くんは笑いながら言ってくれた。
「本当だってぇ。」
だったら。
ボクの事を好きになった人に訊いてみたかった事がある。
でも、なかなか皆答えられなくて。
「ど……どこが好きか言ってみてよ……」
「素っ気ないフリして、そうやって僕のことを思ってくれてた所」
「――そ、そそ、そう?」
即答。
今までボクに告白してきた人とは違う。
まるで、ボクが聞きたい事を分かっているかのような。
そんな答えだ。
「ボク呼びなのに結構女の子な所とか?」
「も、もういいから!」
ほとんどの人が出てこない、2つ目もすぐに出てくるなんて。
本当に、ボクのこと好きすぎでしょう。
「もういいの? まだまだあると思うけど」
「もう、十分だよ」
それだけ聞ければ十分。
もう、聞きたいことは聞けたもん。
夕紀くんの、「大好き」って言葉を聞けたもん。
ボクはそれだけで嬉しいよ。
「……そっかなら、いっか」
そうだ、夕紀くんは、東京とか興味あるのかな?
「明日、さ。暇?」
「え? 暇だけど……」
よかった、暇みたい。
よし、じゃあボクに付き合って貰おうかな。
「東京行こうよ。デート……ダメ?」
恋人が出来たんだもん。
東京がボクに似合わないはずは無いよね?
お・母・さ・ん?
ボクと夕紀くんの後方を、じっと見つめる。
するとそこには、真っ黒なドゥルーン(超小型ヘリコプター的なもの)が浮かんでいるのが見えた。
鈍く光るそのカメラと目が合った瞬間、それはボクの家の方向へと飛んでいった。
そう、お母さんに、ボクらの様子を撮影されていたのだ。
「よし、じゃあ明日、東京行こっか」
夕紀くんも、楽しみにしてくれたらいいな。
そう、明日に期待を膨らませるボクだった。
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「あらぁ、バレちゃったみたいね……」
我が娘が無事に結ばれたのは良いけど、バレちゃったのは想定外。
しかも目が合っちゃったし。
ドゥルーンの免許持ってたこと、もしかしてバレてた?
「んふふ、賑やかになりそうね。この家も」
もうすぐ今年が終わる。