<7.園内場景>
「芭皇さん、至急速やかに探さないと大変だ」
極楽園の住人の1人、バングラデシュ人のキンドが、血相を変えて芭皇のテントに飛び込んで来た。
キンドは小柄で撫で肩、垂れ目の31歳だ。
布団にくるまって眠っていた芭皇は、渋面で目を開けた。
「キンド、いつも言ってるだろう。テントに入る時は、まず入ってもいいかどうか声を掛けて確認を取れと」
芭皇は目をこすり、枕元の時計を見た。
「おい、まだ朝の8時じゃないか。どうしたんだ、こんな早くに」
午前8時というのは、それほど早い時刻というわけでもないが、芭皇は午前10時頃に起きるのが日常なのだ。
「大変なんだよ。緊急事態だ。ボクは切羽詰まっている。助力を要請したい」
キンドは早口で、妙に固い日本語を幾つも並べ立てた。
彼は日本語がベラベラで、そこいらの日本人よりも日本語を知っている。
だが、自分の覚えた言葉を無闇に使おうとして、妙な文章を作り上げる傾向がある。
「緊急事態?」
そう言いながら、芭皇は上半身を起こした。
「そう、ボクの生命に関わる問題」
「まさか、イデ会の一件か」
芭皇の表情が険しくなる。
会長のシティミがテロ組織のリーダーとして逮捕されたからには、メンバーであるキンドに捜査が及んでも不思議ではない。
ところが、キンドはキョトンとした顔で、芭皇を見つめている。
「イデ会?何を言っているの、芭皇さん」
「違うのか」
「全く違うよ。そんなことじゃなくて、セーラームーンの衣装が消失してるんだ」
「はあ?」
芭皇の肩から力が抜けた。
「だから、セーラームーンの衣装が消失してるんだって。知ってるでしょ、美少女戦士セーラームーンだよ」
キンドが繰り返した。
「そんなにうるさく言わなくても、セーラームーンは知っているさ。お前が何度も口にしているからな」
顔をしかめて芭皇が言う。
「1ヶ月前のコスプレ・パーティーで使ってから、ずっと箱に収納してあったんだ。今度のパーティーに向けて手入れしようと思ったら、無くなっていたんだ」
キンドは早口でまくし立てる。
さくらの衣装は、彼の手作りだ。他にも数点のコスプレ衣装を所持しているが、それが一番のお気に入りだ。
キンドは基本的に、女性キャラのコスプレしかやらない。小柄で細身、しかも顔立ちがソフトなので、女装しても意外に違和感は薄い。
「大変だよ。あれが無かったら、コスプレ・パーティーに行けなくなってしまう。芭皇さん、きっと誰かが窃盗を働いたんだ。どうしよう。すぐに捜索しないと」
「あのな、キンドよ」
芭皇は思わずため息をつき、頭を押さえた。
「こんな朝早くに緊急事態だと言って叩き起こされて、セーラームーンの衣装が盗まれただと?バカなのか、お前は」
「バカ?失礼千万だね。ボクはバカじゃないよ」
「生命に関わる問題と言っただろうが」
「セーラームーンは、ボクの生命よ」
キンドは、堂々と言い切った。
「はいはい、そうだな、お前の生命だ」
あくびをしながら、芭皇は適当に相手をする。
「真剣に聞いてる、芭皇さん?」
「ああ、一応は聞いてるよ」
芭皇は、座ったままで背伸びをする。
「盗まれたかどうかはともかく、コスプレ衣装を探すのは手伝ってやるよ」
「さすが我らの頭領、頼りになる」
キンドはニッコリと笑った。
「頭領はやめろよ。そんな呼び方、お前だけだぞ」
芭皇は困った顔で告げる。
「それにしてもキンド、お前は呑気だな」
「呑気?どうして?」
「お前、イデ会の会長が捕まったのを知らないのか」
「ああ、シティミさんのことか。知ってるよ。大変だよ」
キンドは、大げさな口ぶりになった。
「そうだ、芭皇さん、何とか彼を救助してあげられないかな」
「シティミのことを心配するのもいいが、自分のことはどうなんだ。彼が捕まったということは、お前だって捕まるかもしれないんだぞ」
「コスプレは犯罪じゃないよ」
「いや、別にコスプレで逮捕されるわけじゃないさ」
芭皇は穏やかに言う。
「だけどボク、何も悪いことはしてない」
「だったら、シティミは悪いことをしたのか?」
「いや、してないはず」
「だろう?つまり警察は、お前が悪いことをしていなくても、捕まえに来るかもしれないということだ」
「でも、大丈夫だと思う」
キンドは、妙に落ち着いていた。
「どうして、大丈夫なんだ?」
「だって、芭皇さんがボクを守ってくれるからね」
キンドは、あっけらかんと言った。
「お前なあ……」
芭皇は困惑の表情を浮かべる。
「悪者が極楽園に来ると、いつも芭皇さんが退治してくれる。この前は西崎さんを守ったんでしょ。だから、ボクも守ってくれる。だから心配無用」
「だが、あの時の相手は、ただのバカな兄ちゃんだからな。お前の場合、相手は警察だ。同じようにはいかないぞ」
「大丈夫。芭皇さん、強いから」
「いや、そういう意味じゃないんだ」
芭皇は苦笑するが、キンドは平然と言葉を続ける。
「相手が警察でも、芭皇さんなら勝てるよ。芭皇さん、滅法強いからね。たぶん、アングラ・ファイトに出たらチャンピオンになれるよ」
キンドは、歯を剥き出して笑った。
屈託の無い笑顔に、芭皇は思わず言葉を忘れてしまった。
「じゃあ、コスプレ衣装のことは頼むね、芭皇さん」
キンドは、そう言ってテントを出て行った。
「あいつ、肝心な所は抜けているのに、アングラ・ファイトの存在なんて知っているんだな。知識があるのか無いのか、良く分からない奴だ」
芭皇は、また苦笑いを浮かべた。
「アングラ・ファイト、か……」
ポツリと、芭皇はつぶやいた。