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<3.店内放談>

 「相変わらず、閑散とした店だな」

 芭皇は、つぶやいた。

 彼は、極楽園から1キロほど行った場所にあるセルDVDショップ“ピカソ・トリガー”を訪れていた。

 ピカソ・トリガーは小さな店で、看板の豆電球も半分ぐらいは消えている。随分と前からずっと消えたままなのだが、照明器具を付け替える気配は全く無い。

 いかにも売れ行きが悪そうな、まるで店全体で「寂れています」と宣言しているような状態だ。

 しかし、店は潰れることもなく、5年以上も営業を続けている。

 その理由は、多くのマニアを惹き付ける品揃えにある。


 ここで言うマニアとは、アダルトビデオのマニアのことだ。

 外のガラス壁に面したディスプレイには一般向けDVDが陳列してあるが、中に入れば一目瞭然だ。

 一般向けDVDは、申し訳程度に置いてあるだけ。

 店の奥には、アダルト専用の広いスペースが広がっている。

 いわゆるスタンダードなアダルトDVDから、熟女、SM、ホモ、レズといった所まで、ジャンルごとに、きれいに整理されている。


 特に、フェチ系DVDの品揃えが豊富だ。

 ボンデージ、足フェチ、尻フェチ、さらにワキ毛や鼻フック、顔面騎乗や全身タイツといったマニアックな物まで、ありとあらゆるジャンルが揃っている。

 その充実ぶりは、まさにマニア垂涎といった感じだ。

 ネットでの通信販売も行っていて、全国のフェチからの注文が毎日のように届く。というのも、普通の店ではなかなか手に入らないような零細レーベルや素人撮影のフェチ系DVDが充実しているからだ。

 現在は来店する客よりも、ネット注文の方が圧倒的に多い。

 店の2階に上がると、そこは鑑賞用ルームになっている。そこでは、裏のルートで仕入れた特別なDVDを見ることが出来る。

 例えば、某アイドルのデビュー前の素人撮影ビデオであったり、某女子アナの盗撮ビデオであったり、そういった物を、特に限られた常連だけに見せているのだ。もちろん、それなりの金を積めば購入も可能だ。

 ただし、そもそも来店する客が少ないので、2階の利用者は滅多にいない。


 *


 毎月最初の日曜日、芭皇は必ずピカソ・トリガーに行く。

 別に、アダルトDVDを借りに行くわけではない。

 その行動は、極楽園の収入に関係している。


 その日、芭皇が店に入ると、店長の安藤貞康あんどう・さだやすはレジの横に置いた丸椅子に座ってスポーツ新聞を読んでいた。

 芭皇に気付き、安藤は顔を上げた。

 「よお」

 安藤は昔の尾崎紀代彦のように、モミアゲを長く伸ばしている。眉毛がやけに太く、ワシ鼻でギョロ目という、かなり濃い顔の持ち主である。

 「いつものブツを持ってきたのか?」

 「ああ」

 芭皇は、短く答えた。

 「これだ」

 そう言って、芭皇は持参したDVDを手渡した。

 「今回も、いいのが撮れたか?」

 安藤はDVDを受け取り、そう尋ねた。

 「ああ。今回は趣向を変えて、赤いパンストを履かせてみた」

 「赤か。前回までは、黒や茶色など地味な色が続いていたな」

 「10作目だし、たまには派手なのもいいかと思ってな」

 「なるほど。しかし、いつの間にか、もう10作目なんだな」

 「そうだな」


 芭皇は、棚の一角に目をやった。

 そこには『パンスト万歳』と書かれたシリーズが、第1作から第9作まで揃っている。

 「大ヒットシリーズ!」と書かれた手書きのポップが、飾り付けられている。かなり前に作ったポップなので、薄汚れた状態だ。

 芭皇が持ち込んだのは、その『パンスト万歳』の第10作となるマスター・フィルムだ。彼はパンストにこだわったフェチ向けのDVDを撮影し、それを安藤に1本5万円で売っている。

 手にした5万円は、極楽園の面々の生活費として使われる。

 最初は3万円だったが、シリーズの人気が高まったことで値段が上がった。

 ちなみに、DVDの売り値は1本3780円だ。


 「それにしても、こんなマニアックなDVDがヒットするんだからなあ。正直、おれにはサッパリ分からんよ。世も末だな」

 安藤は皮肉っぽく唇を曲げた。

 「俺だって分からんよ。だが、それで稼いでいるんだから、マニアには感謝しないとな」

 芭皇が淡々と口にする。

 「まあ、それはそうだな。マニアがいなけりゃ、この店も成り立たないし」


 「ところで」

 そう言って、芭皇は店の入り口を指差した。

 「あれは、何だ?」

 入り口のドアには、1枚のポスターが貼られていた。

 ポスターの中では、逆モヒカンで金髪のいかつい男が、左手にマイクを握ってポーズを取っていた。

 男は浴衣姿で、上半身をはだけて鍛え上げた肉体を見せている。

 なぜか、右手には連射式のボウガンを持っている。

 下の方には、『マッチョ桜井・第2弾シングル。“男ボウガン日本海”をヨロシク!』という文字が印刷されている。


 「ああ、あのポスターか」

 安藤は、椅子から立ち上がりながら、ちょっと困ったように言った。

 「あれは、江里杉が持ってきたのさ」

 「江里杉が?」

 「ええ、そうなんですよ」

 そう言いながら、2階から、その江里杉が降りてきた。

 髪はセンター分けで肩まで伸びており、黒縁の眼鏡を掛けている。ペーズリー柄のセーターにジーンズという服装だ。


 江里杉は21歳、アニメーションの専門学校に通う男である。

 中学時代は秀才として有名だったらしいが、高校に入ってから次第に成績が下がり、大学受験に失敗して、2浪した後にアニメーション専門学校に入学した。

 ただし、特にアニメの仕事に就きたいわけではなく、親元を離れて上京するためなら何でも良かったらしい。

 彼はピカソ・トリガーの常連で、3日に1回ほどのペースで通っている。2階の観賞用ルームを使用する、現在では唯一と言ってもいい客だ。ピカソ・トリガーは週末より平日の方が客が多いという珍しい店で、土日は江里杉しか来店しないこともある。


 「どうも、芭皇さん。今回のDVDは、どんな感じですか」

 江里杉は、眼鏡の位置を直しながら尋ねた。

 頻繁に通っているので、芭皇とも顔見知りだ。

 「ああ、いい感じだよ」

 芭皇は当たり障りの無い答えを返す。

 「それより、あのポスターは何なんだ?」

 「見ての通り、マッチョ桜井さんのポスターですよ」

 「マッチョ桜井って?」

 「知らないだろ?オレも知らないんだ」

 安藤が薄笑いを浮かべた。


 「2人とも、遅れてますねえ。人気急上昇中のパンク演歌歌手ですよ」

 江里杉は得意げに言う。

 「パンク演歌?」

 「ええ、その名の通り、パンクと演歌を融合した新しいジャンルですよ。まあ、そのパンク演歌を歌っているのはマッチョ桜井さんだけですけどね。僕、彼のファンクラブに入ってるんですよ。だから、ここにもポスターを貼ってもらうことにしたんです。イカしてるでしょ、マッチョ桜井さんって」

 「どこがだ」

 安藤は、すぐに言い返した。


 「……やっぱり、世も末だな」

 芭皇は軽く首を振り、そう漏らした。

 それと同時に、店の外からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 「はは~ん、ありゃあ、おかしなことを言う江里杉を捕まえに来たな」

 安藤が、からかうように言った。

 「やめてくださいよ。そりゃあ、確かに僕は犯罪者クラスのド変態ですけど、捕まるようなことは何もしてないですよ」

 江里杉は、真剣な表情で否定した。

 もちろんパトカーは彼を捕まえに来たわけではなく、すぐにサイレン音は遠くへと通り過ぎていった。


 「それにしても最近、この辺りは警察の動きが目立つようになったな」

 安藤が言う。

 「ほら、あれじゃないですか。この前、近くに住んでるトルコ人が捕まったじゃないですか。あの事件の関連で、テロ組織の捜査をしてるんですよ」

 「しかし、あれは、ただのトルコ料理店の店長だぞ」

 「それは表向きで、裏ではテロ組織のリーダーだったんですよ。この辺りの外国人は、みんなテロ組織に所属してるらしいですよ。詳しくは知りませんけど、外国人ばかりが集まってる、イデ会ってのがあるそうじゃないですか。それがテロ組織の隠れ蓑なんですよ。知らないんですか、この話。有名なのになあ」

 江里杉は、ちょっとバカにしたような言い方をした。

 「それは知らなかったよ。勉強になった」

 芭皇は、含んだような物言いをした。

 「では、僕はそろそろ帰りますから。店長、また面白いDVDがあったら、教えてください。今回の関西流出の裏モノはなかなか良かったので、続編が出たらすぐに情報を知らせてくださいね」

 「ああ、分かったよ」

 「それじゃあ店長、芭皇さん、さようなら」

 江里杉はそう言って、店を出て行った。


 彼が去った後、芭皇は安藤に話し掛けた。

 「あいつ、さっきのトルコ人の話、本気で言ったのかな」

 「たぶん、本気だろうと思うよ」

 「イデ会ってのは、外国人が集まって日本のアニメを観賞する会なんだがな」

 「ああ、知ってるよ」

 安藤はうなずく。

 「でも、実はテロ組織だったらしいという話があるのさ」


 「おい安藤、お前もその話を信じているのか」

 「まさか。この店の常連にもイデ会の人間がいるが、ただの包帯フェチだぞ。テロなんて、そんな大それたことが出来るかよ。あんな奴らにテロが起こせるなら、犬や猫にだって可能さ」

 「極楽園にも、キンドというイデ会のメンバーがいる。トルコ人じゃなくて、キンドはバングラデシュの出身だが。あいつも、テロを起こせるような男じゃないな。そんなことより『美少女戦士セーラームーン』に夢中で、たまに主人公の衣装を着てコスプレ・パーティーにも行ってるぞ」

 芭皇が言う。

 「セーラームーン?」

 「ああ、そういうアニメがあって、セーラー服の女の子が戦うらしい」

 すました顔で、芭皇は説明する。


 「男なのに、女のコスプレか」

 「ああ。そういう意味では、ちょっと危ない奴ではあるが、意味が全く違うな」

 「だけど、この辺りに住んでる連中の大半は、どうやらイデ会がテロ組織だと信じてるようだぜ。まあ、マスコミもそういう風に書き立てるから、信じ込んでも仕方が無いが」

 「なるほど。やはり世も末だな」

 「仕方が無いさ。何しろ、高原首相がテロ組織の撲滅を訴えて、外国人の組織を徹底的に叩いてるしな」

 「あのオッサン、頭がおかしいからな」

 芭皇が言う。

 「オッサンって言うなよ。あの首相、まだ若いぞ。それにイケメンだしな」

 「俺には、ちっともイケメンには思えないが」

 「それは、お前がひねくれ者だからさ。お前がどう思おうが、あの首相が国民に絶大な人気があることは確かだしな。未だに支持率は80パーセントを超えてるなんて、スゴいことだぜ。高原が創設した太陽館も、入門希望者が殺到しているそうだ」

 「世も末だな」

 芭皇は、呆れたように首を振った。


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