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<28.力士逆上>

 「困ったことになったな、全く」

 鷹内は、舌打ちをした。

 そこは深夜の荒無飛行場だ。

 荒無飛行場は、鷹内組と繋がりの深い有坂航空が建設した、軽飛行機専用の飛行場である。既に一般の利用時間は終了しており、職員の姿も無い。

 鷹内は特別扱いで、いつでも飛行場に自由に出入りできるようになっている。何か特殊な事情がある場合に限るという条件付きだが、時間を問わず飛行機を飛ばすことも有坂航空から許可されている。


 「身を隠すというのは柄じゃないんだが、今の状況では仕方ないな」

 つぶやきながら、鷹内は格納庫に向かって歩いている。

 格納庫には、彼が所有するジグソー社の小型軽飛行機MM-1000が見える。

 鷹内は椎奈から自分が狙われていることを聞かされ、しばらく東京を離れることを決めた。今から彼はMM-1000に乗り、沖縄へ向かうつもりだ。

 そんな鷹内の傍らを、椎奈と茂戸が歩いている。

 椎奈は両肩と右足に怪我を負っているため、やや歩くのが辛そうだ。見送りはいいと鷹内は言ったのだが、どうしてもと申し出て付いてきたのだ。


 「組長、やっぱり海外に逃げた方がいいんじゃないですかねえ」

 茂戸が、“桜桃月下”と書かれたTシャツを触りながら、軽い感じで言った。

 「スペインとか、どうですかね。スペインのサッカーは面白いですよ。スタジアムで観戦すれば、きっと興奮しますよ」

 「お前な……」

 全く危機感を抱いていない茂戸の態度を見て、鷹内は怒りを必死に堪える。

 「これは観光じゃないのよ」

 椎奈はピシャリと言ってから、鷹内の方に顔を向けた。

 「しかしボス、確かに海外に逃げた方がいいとは、私も思います。国内で身を隠しても、すぐに見つかる可能性が高いのでは」

 「オレは外国が嫌いなんだ。日本語が通じないと、不便でしょうがない」

 鷹内は仏頂面で言った。

 「だったら、ハワイかグァムに行きましょうよ。日本語が通じますよ」

 茂戸が、また呑気な様子で会話に入ってくる。


 「ちょっと待て。今、『行きましょうよ』と言ったな」

 鷹内は足を止め、茂戸を見た。

 「お前、まさか一緒に来るつもりなのか?」

 「もちろん、そうですが」

 茂戸は当然といった顔をする。

 「思い込みにも程があるぞ。どういう感覚をしているんだ、お前は」

 「えっ、違うんですか?てっきり、連れて行ってもらえるものだとばかり」

 「……一緒に来て、何かの役に立つのか?」

 「こう見えても、外国語なら少しは話せますよ」

 「英語か?」

 「いえ、エスペラント語ですけど。日常会話程度なら話せますよ」

 「……」

 鷹内は閉口した。

 エスペラント語は言語学者が創案した人工の言語であり、世界中で公用語としている国は存在しない。


 「どこへ行くにせよ、お前だけは絶対に連れて行かないからな」

 殴ってやりたい気持ちを抑え、鷹内は低い声で告げた。

 「とにかく、オレは国内で身を隠すつもりだ。それから椎奈、お前もしばらくの間、おとなしくしているんだぞ」

 「いえ、そういうわけには」

 椎奈は、首を横に振った。

 「何としても、高原を倒さないと」

 「奴の暗殺については、芭皇に全て任せてある。お前は何も心配しなくていいんだ」

 「しかし、彼が成功するとは限りません」

 「芭皇邪九は、引き受けたからには絶対に成功させる。そういう男だ」


 「しかし……」

 椎奈が反論しようとした時、飛行場のゲート付近からエンジン音が聞こえてきた。

 「何だ?」

 3人が、ほぼ同時に音の聞こえる方向を見た。

 エンジン音の正体は、大型のトライク(三輪バイク)だった。

 矢見田重工の最新型トライク、“イナヅマK5”だ。

 トライクには、まわし姿の巨漢が乗っていた。

 地獄山である。

 まるで般若のような顔をして、真っ直ぐに鷹内達の方へ向かって来る。


 「あれは、何ですかね?」

 茂戸がノンビリした態度で、鷹内に尋ねた。

 地獄山は、左手でトライクのハンドルを握り、右手にはFN社のサブマシンガン、P90を持っている。

 「貴様、許さんぞぉっ」

 良く通る声で叫び、地獄山はP90を掲げた。


 「ボス、伏せて」

 椎奈が叫ぶ。

 彼女と、その声に反応した鷹内は、即座に身を伏せた。

 しかし、茂戸は突っ立ったままで、椎奈を見下ろすだけだった。

 「何をしてるんですか?」

 「バカっ、早く伏せて」

 椎奈は慌てて言った。

 だが、遅かった。

 地獄山は鷹内達まで100メートルほどの距離でトライクを停止させ、P90を撃ってきた。


 ダダダダッ。

 静寂の飛行場に響く銃声。

 同時に、茂戸の体が揺れる。

 複数の銃弾が、彼の体を撃ち抜いたのだ。

 Tシャツは穴だらけになり、書かれた文字が一瞬にして解読不能になった。

 「へっ……」

 茂戸は力の抜けた声を発し、クニャッと体を折り曲げる。

 そしてヘナヘナと地面に崩れ落ち、鷹内を見つめる。


 「このっ、バカヤローが」

 鷹内は、吐き捨てるように言った。

 「う、撃たれちゃいました……」

 茂戸は地べたに倒れ込んだ状態で、弱々しい笑みを浮かべた。

 「くそっ、鈍いにも程があるだろうが」

 鷹内は怒鳴った。

 「す、すみま……」

 そこで声は途絶え、茂戸の頭がガクッと下がった。


 「くそっ」

 唇を噛み、鷹内は内ポケットからベレッタM92FSを取り出す。

 だが、構えた瞬間に、P90の音が響いた。

 その発砲は的確に鷹内の右腕を撃ち、その衝撃でベレッタが弾き飛ばされる。

 「うっ」

 鷹内は小さくうめき、顔を歪めた。

 右手首からは、鮮血が滴り落ちている。

 「ボス、血が」

 椎菜が小さく叫ぶ。

 「大丈夫だ、ただのかすり傷に過ぎん」

 手首を押さえながら、鷹内が言う。


 「おい、鷹内!」

 地獄山がトライクにまたがったまま、大声で叫んだ。

 鷹内は絶命した茂戸から視線を外し、前方を見据える。

 「貴様、俺の女を奪いやがって!」

 「女?」

 そうつぶやき、鷹内は椎奈を見た。

 「アタシじゃありませんよ」

 椎奈は鷹内の考えていることを察知し、即座に否定した。

 「女って、誰のことだ?」

 鷹内は伏せたまま、地獄山に問い掛けた。

 「とぼけるな。お前が絵麻を奪ったことは分かってるんだ」

 「エマって、誰なんだ?」

 「しらばっくれる気か。隠しても無駄だぞ。全て松岡から聞いた。もし絵麻を返すのなら、命だけは助けてやってもいいぞ」

 「助けるなんてウソばっかり。あの銃撃、明らかに殺す気だったじゃないの」 

 椎奈は、ボソッと言った。


 「少しだけ待ってやる。絵麻を返すのか返さないのか、考えて返事をしろ」

 そう言って、地獄山はP90の銃口を下ろした。

 「松岡というのは、高原の秘書のことか」

 鷹内は椎奈に小声で聞く。

 「たぶん、そうだと思います」

 「なるほど、あの男、オレが恋人を奪ったとウソを吹き込まれたようだな」

 鷹内は事情を把握した。

 「しかも、あの様子だと、どうやら誤解を解くのは無理のようだな」

 「そうですね。説明して分かってくれる相手ではなさそうです」

 「さて、どうするかな」

 切羽詰まった状況の中、鷹内は思案する。


 「ボス、アタシが何とかします」

 「まず傷も癒えていないんだ、無理をするな。それに、相手はサブマシンガンを持っているんだ」

 鷹内は言いながら、茂戸の死体をチラッと見た。

 それから格納庫に視線を移し、その距離を確認する。

 「椎奈、格納庫まで走るぞ」

 鷹内が囁く。

 「えっ?」

 「オレにくっ付いて、急いで走れ」

 そう言って鷹内は茂戸の死体を抱え上げ、立ち上がった。そして彼は死体を盾のようにしながら、格納庫へと走った。

 椎奈は言われた通り、鷹内に体を寄せて、右足を引きずりながら必死に走る。


 「おいっ、貴様らっ」

 地獄山は怒声を上げ、P90を構え直した。

 ズバババッ。

 銃弾の内の1発が、茂戸の死体の眼球をえぐる。

 しかし鷹内と椎奈は、何とか1発も当たらず、格納庫の中に逃げ込んだ。

 「椎奈、奥に行くぞ」

 鷹内と椎奈は、地獄山に正対するように茂戸の死体を掲げ、そのまま後ろ向きで格納庫の奥へと進んだ。

 「待てっ、この」

 地獄山は、ひとまず発砲を止めて、トライクを格納庫に向かって走らせた。


 鷹内と椎奈は、箱が積み上げられている格納庫の隅へ行き、物陰に隠れた。照明が付いていないため、格納庫の中は真っ暗だ。

 地獄山は格納庫の前まで来て、トライクを停める。

 「隠れても無駄だぞ、出て来い」

 地獄山は、格納庫の奥に向かってP90を乱射した。

 銃声が、広い格納庫の中で共鳴する。

 鷹内と椎奈は大きな鉄箱の裏に腰を下ろし、身を潜める。鷹内はハンカチを取り出し、右の手首に巻いて止血する。

 「ようし、分かった。もう撃たないから、そこから出て来い。絵麻を返してもらえれば、お前らは殺さない」

 地獄山は興奮した様子で、そう言った。


 「さあ、撃たないぞ。早く出て来い」

 そう呼び掛けて、地獄山はP90を下ろした。

 しかし、格納庫の中からは、何の反応も戻って来ない。

 「バレバレの罠で誘いやがって。そんな分かりやすい罠にハマる奴がいるか。出て行ったら、すぐに撃ち殺すくせに」

 鷹内が、腹立たしげにつぶやいた。

 「ボス、あいつが格納庫に入ってきたら、隙を見てアタシが倒します」

 椎菜は言いながら、吹き矢の入った筒型のペンダントを握り締めた。

 「そうだな、近距離におびき寄せれば、何とか勝負できるかもしれん」

 鷹内がうなずく。


 一方、地獄山は再びP90を持ち上げた。

 「どうやら、俺の与えたチャンスを生かさないらしいな」

 地獄山は、憤怒の形相で言った。

 「だったら、殺すしかない」

 言うと同時に、地獄山はP90を乱射した。

 ズババッ、ズダダダダッ。

 しかし、その銃弾は格納庫内の木箱や布袋を損傷させるばかりで、鷹内と椎奈には1発も当たらない。

 何しろ、地獄山のいる場所からは、鷹内と椎奈の姿さえ確認できないのだ。


 「くそっ、くそっ、くそっ」

 地獄山は手応えの無さに、言葉を吐き捨てる。

 「おい、これで俺が中に入って行くと思ったら、大間違いだぞ」

 憎しみに満ちた顔で、地獄山が言う。

 「俺だって、そこまでバカじゃない。映画やドラマでは、こういう時に中まで追い掛けたら、待ち伏せされて逆襲を受けるんだ。それぐらいは分かってるんだ」

 「ボス、こちらの作戦は気付かれています」

 椎奈は小声で言う。

 「思ったよりも利口だったか」

 鷹内は、厳しい顔付きになった。


 「お前ら、見えるか。俺はな、こういう武器も持ってるんだ」

 地獄山はトライクの後ろのケースを開けて、中から手榴弾を取り出した。

 「これはな、手榴弾だ。これを投げ込んだら、どうなるだろうな」

 「そんな物まで。これはマズい」

 椎奈の声が、やや上ずった。

 「出ていけば撃たれるが、待っていても死ぬということか」

 鷹内は険しい表情を浮かべ、拳を握り締めた。

 「よし、どうなるか見てみたいから、試しにやってみるか」

 地獄山は手榴弾を口に近付け、歯でピンを抜こうとした。


 その時。

 彼の背後で、ドタンッという音がした。

 それは、何かが地面に落下した音だった。

 いや、「落下した」というのは、正確な表現ではない。

 降って来たのだ。

 もっと具体的に表現すると、格納庫の屋根の上から、1人の男が地上に向かって飛んだのだ。そして、見事に着地したのだ。

 その男とは、芭皇邪九であった。


 地獄山は、もちろん背後に芭皇が着地したことなど知らないまま、振り返ろうとした。

 しかし、それは試みただけであり、実際に振り返ることは出来なかった。

 芭皇が着地するや否やトライクに駆け寄り、地獄山の後頭部に破田を突き刺したからである。

 ジュグブッ。

 グロテスクな音と共に、破田の刃が肉へとめり込む。


 「ぐえっ」

 年寄りのアヒルのような声で、地獄山がうめく。

 そして彼は、左手で手榴弾を掲げた状態のまま、動きを止めた。

 「頂戴するぞ」

 芭皇はそう言って手榴弾を奪い取り、破田を引き抜いた。

 地獄山の重く大きな頭が、ダラリと垂れる。

 芭皇はトライクのグリップを右に曲げ、地獄山の両手を掛ける。

 地獄山は操り人形のように、芭皇にされるがままとなっている。


 芭皇は手榴弾のピンを抜いた。そして、手榴弾を地獄山の口に捻じ込んだ。続いて、トライクのグリップアクセルを握らせた。

 「さあ、行け」

 そう言うと芭皇は、アクセルを全開にして地獄山から手を離す。

 トライクは格納庫から離れるように、地獄山を乗せて走り出す。

 しばらく進んだところで、手榴弾のタイムリミットが来た。

 ドゥグォーンッッ!

 爆発。

 強烈な音が轟き、地獄山はトライクもろとも吹っ飛んだ。

 「うわぁ、これは激しいな」

 芭皇は爆発を眺めながら、淡々と言った。


 「さて、と」

 彼は格納庫へと向きを変え、中の2人に向かって呼び掛けた。

 「おおい、もう出て来ても大丈夫だぞ」

 声に反応して、鷹内と椎奈が物陰から顔を出した。

 「あなた、どうしてここに?」

 椎奈が口を開いた。

 「たぶん、俺がヒーローだからだろうな」

 芭皇は、ニヤッと笑った。


 「相変わらず、バカのようね」

 椎奈は立ち上がり、冷たく言う。

 「そんなバカに助けてもらわないと死ぬところだったお前は、もっとバカってことだな」

 破田を懐に収めながら、芭皇はそう口にする。

 「何ですって」

 椎奈は喧嘩腰で近付こうとした。

 「おい、やめろ」

 鷹内が後ろから駆け寄り、割って入る。


 「しかし芭皇、この場所が良く分かったな」

 「ヒーローだからな」

 「まあ、とにかくお前のおかげで助かったんだ。礼を言うよ」

 「お前が死んだら、コスプレ衣装の約束が無しになってしまうからな」

 芭皇が微笑した。

 「なるほど、確かにな」

 鷹内も、笑みを返す。


 「しかし芭皇よ、オレの所に殺し屋が来たということは、お前の所にも来る可能性はあるぞ。大丈夫なのか」

 「殺し屋なら、もう来たぞ」

 芭皇は軽く言った。

 「何だと?」

 「殺し屋というか、歌手というか、まあ奇妙な奴だったが」

 「ということは、始末したのか」

 「ここに俺がいるということは、そうなるな」

 「そうか、それは良かった」

 鷹内は安堵の表情を浮かべた。


 「とにかく鷹内、お前は早く逃げるんだ」

 芭皇が言う。

 「俺は、引き受けた仕事をやり遂げる。向こうも追い込まれているのか、マヌケな罠を仕掛けて来たしな」

 「マヌケな罠?」

 「ああ、明日の午前中に高原が1人で太陽館を訪れるというメッセージを、俺の所に来た殺し屋が残してくれたよ」

 「分かりやすい罠ね」

 しかめっ面で、椎奈が言った。


 「それで、俺は明日、太陽館へ行ってみるつもりだ」

 「えっ?」

 椎奈が小さく驚く。

 「だって、明らかに罠なのよ。高原は、そこへ誘い出して殺すつもりなのよ」

 「そんなことは分かっている。誰がどう考えても、バカな罠だよ」

 芭皇は、平然と答えた。

 「バカな罠と分かっているのなら、どうして行くのよ?」

 椎奈は責めるように尋ねた。

 「それは、俺がもっとバカだからさ」

 なぜか胸を張って、芭皇が告げる。


 「はっ、呆れた」

 椎奈は失笑混じりに言った。

 「そんなことで、本当に高原を殺れるの?」

 「はてさて、どうなることやら」

 芭皇は、おどけた表情を見せた。

 「ボス、アタシも行きます。こんな奴に、任せておけません」

 椎奈は感情を高ぶらせ、鷹内に直訴した。

 「その体では無理だ」

 鷹内は冷静に告げる。

 「そうそう、お前は怪我を負っているんだから、しばらくは安静にしているのが賢明というものだぞ」

 芭皇が、小さい子をあやすような言い方をする。

 「俺みたいなバカに、無駄に付き合うことは無い」

 「あなたに付き合うわけじゃないわよ。あなたが頼りないから、代わりにアタシが高原を殺すのよ」

 椎奈は怒鳴った。


 「そう興奮するな。傷口に響くぞ」

 芭皇がなだめるように言って、視線を鷹内に移す。

 「鷹内、お前、身を隠すのなら、こいつも連れて行け。どうせ、傷が癒えるまでは安静にすることが必要なんだし」

 「そうだな、それがいいかもしれん」

 鷹内は同意した。

 「ちょっとボス、冗談じゃありません。アタシは休みなんか要りません。今すぐにでも、高原を殺しに行けます」

 「無理をするな。時には休むことも大切だ」

 「でも、逃げるなんて」

 「逃げるんじゃなくて、しばらく別の場所へ行くだけだと考えろ」


 「だけど」

 椎奈がさらに不服を述べようとした時、芭皇が彼女の肩に左手をそっと置いた。

 「あのなあ、お嬢さん」

 「気持ち悪い呼び方はやめてよ」

 「たまには、オッサンの言うことも素直に聞いた方が可愛いぞ」

 「ふざけないで」

 椎奈は、芭皇の手を振り払った。

 その瞬間、芭皇は右手で椎奈の首筋を強く打ち据えた。

 ピシッ。

 「えっ……」

 椎奈は、何が起きたのか分からないまま、膝から崩れた。

 地面に倒れそうになるのを、芭皇が腕を回して抱き止めた。


 「おい、何をしたんだ?」

 鷹内が驚いて尋ねる。

 「気絶させただけだ。ダメージはほとんど無い。このままだと、こいつは言うことを聞きそうに無いからな。おとなしくさせるには、これが最適の方法だろう」

 芭皇は椎奈を抱え、そう言った。

 「鷹内、こいつを運んでやってくれるか」

 「分かった、任せてくれ」

 鷹内は、椎奈の体を預かった。

 「じゃあ、またな。俺は罠に掛かってくるから」

 芭皇は右手を軽く挙げ、別れを告げる。

 「死ぬなよ、芭皇」

 真剣な眼差しで、鷹内は重々しい言葉を口にする。

 「努力してみるさ。そんなの苦手だけどな」

 芭皇は飄々とした態度で答え、鷹内に背を向けた。

 それから彼は、一気に引き締まった表情に変わり、独り言を口にする。

 「さあて、そろそろクライマックスだな」


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