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<25.倉庫激闘>

 「さっさと殺しなさいよ」

 椎奈は眉を吊り上げ、挑戦的に言った。

 「相変わらず可愛げの無い人だね、君は」

 茶留は椎奈の目の前に立ち、ステッキでトントンと地面を突く。

 「だけど、もう少し自分の置かれている立場を考えて発言した方がいいよ」

 確かに椎奈の態度は、その場の状況にはそぐわないものであった。


 そこは、閉鎖された工場跡地の大きな倉庫である。倉庫はガランとしており、木箱や鉄屑、ダンボールや金属部品などが隅の方に散らばっている。

 広い倉庫の一番奥に、鉄で作ったオブジェらしき物体がある。それは、土台の上に鉄板が立て掛けられ、大きなバツ印になるように鉄柱が張り付けられているという代物だ。

 そして、そのオブジェに、椎奈は手足を広げた状態で、ロープを使って縛り付けられているのである。

 つまり、彼女は全く身動きが取れない状態にあるということだ。


 「まあしかし、君がどれだけ生意気な態度を取っても、オイラは殺したりはしないよ」

 茶留は余裕の笑みを浮かべ、椎奈に顔を近付けた。

 「大体、殺すつもりなら、わざわざこんな所に運んだりしないよ」

 「アタシを、どうする気よ」

 椎奈は怒りを込め、茶留を睨み付けた。

 「普通はこういう時、捕まえた女に対して悪党が起こす行動は決まっているよね」

 「まさか……?」

 椎奈の脳裏には、1つの答えしか浮かばなかった。

 「たぶん、それで当たっていると思うよ」

 茶留は顔を離して言った。

 「つまり、女性の同意を得ずしての性的行為だね。回りくどい表現が好みじゃなかったら、レイプと言い換えてもいい」

 「い、いやよ、あなたなんかと」

 椎奈は必死に手足を動かそうとしたが、ロープが食い込んだだけだった。


 「いやいや、オイラは手を出さないよ」

 茶留は笑いながら、首を横に振った。

 「オイラは、10代の女の子にしか興味が無いからね。それも、処女じゃないと性欲が沸かないのさ」

 「ただのロリコンじゃないの」

 椎奈が蔑む視線を向ける。

 「失礼だな。まだ汚れ無き若き蕾を愛する、崇高なロマンチストと言ってほしいな」

 自分の表現に酔うように、茶留が言う。

 「この変態男が」

 椎奈は嫌悪感を露にした。

 「それに僕のストライクゾーンは中学生や高校生だから、ロリコンには程遠いよ。ともかく、悪いけど君のようなケバい女性には、全く興味が沸かないんだ」

 「悪かったわね、ケバい女で」

 椎奈は茶留を蹴り上げようとした。

 しかし、もちろん足を縛り付けられているので、それは不可能だった。

 おまけに力を込めたのは、怪我を負っている右足だった。

 ズキッと、鈍い痛みが体を走る。

 「くっ……」

 椎奈は顔を歪めた。


 「おいおい、怪我人なんだから、そんなに無理しちゃダメだよ」

 茶留は、本気で心配するような態度を見せる。

 「あなたが怪我をさせたんでしょうが」

 椎奈は歯を食いしばり、茶留を睨んだ。

 「そうだけどさ。その代わり、ちゃんと手当てもしてあげたじゃないか」

 茶留が恩着せがましく告げる。

 彼の言う通りで、椎奈の負傷した両肩と右太股には、ちゃんと包帯が巻かれていた。

 「オイラ、こう見えても紳士だからね。君のようにタイプじゃない女性に対しても、ちゃんと優しくするんだ」

 「その紳士が、仲間を裏切るとはね」

 椎奈は、たっぷりと皮肉を込めて言った。


 「どうせ三本指マンションの情報も、全てウソなんでしょ」

 「正解。あのマンションに、高原総理の愛人なんて住んでいないよ。最初から、君を誘い出すための罠さ」

 「ずっと鷹内組をスパイしてたのね」

 「おっと、それは違うよ」

 「今さら無駄な言い訳でもする気?」

 「そうじゃないさ。本当にオイラは、最初からスパイとして鷹内組に入ったわけじゃない。そこは勘違いしてほしくないな」

 茶留は異を唱えた。

 「言っておくけど、高原総理を探ってくれと君から頼まれた時は、真面目に調べようとしていたんだよ」

 「だったら、いつから高原の犬に成り下がったのよ」

 「成り下がったんじゃなくて、むしろ成り上がったと解釈しているけど。まあ、それはいいや。ともかく、高原総理を調べている最中に、秘書の松岡と会ってね。そこからだね、こちら側になったのは」

 「なぜ裏切ったのよ」

 「だってさ、そそられる条件を出されて、高原総理のスパイにならないかと誘われちゃったもんだからさ」

 悪びれることなく、茶留は言った。


 「お金に釣られたのね」

 「違うよ、そうじゃない」

 「だったら、何よ」

 「どれだけ少女を拉致監禁しても、高原総理が裏から手を回して見逃してくれるっていうんでね。それなら、この話は乗るしかないと思ってさ」

 「この、犯罪者!」

 椎奈は激しい怒りをぶつけた。

 「君に犯罪者呼ばわりされたくはないなあ」

 茶留はサラッと受け流し、軽い調子で言う。

 「何度でも言ってやるわよ。何の罪も無い少女を拉致するなんて、アンタはどうしようもない犯罪者よ」

 「だけど君の方が何人も殺しているんだから、犯罪者としては上だよ」

 茶留は、ある意味では正論を述べた。

 「それに、ちょっと待ってくれよ。オイラは、まだ誘拐も監禁もしていないんだから、それに関して非難されるのは心外だな。そりゃあ、ずっと欲望はあったけど、一応は我慢してきたんだ。だけど、これで思う存分、欲望を満たすことが出来るよ。セーラームーンの衣装も着せることが出来るしね。そうそう、スクール水着も使いたいな」

 どうやら想像を巡らせたらしく、彼は嬉しそうな表情を見せた。


 「このっ、変態男が」

 「いやいや、オイラなんかより、もうすぐ来る人の方が遥かに変態だと思うけどね」

 「もうすぐ来る人?」

 「そう。君を殺さなかったのは、その人の指示でね。つまり、君の相手をするのが、その人ってわけさ」

 「誰よ、それ?まさか、高原なの?」

 椎奈の声が、鋭くなる。

 「惜しいね。でも高原総理じゃないよ」

 そう言った時、ちょうどタイミング良く倉庫の扉が開いた。

 茶留は視線を向け、入ってきた人物を確認する。

 「おっ、登場のようだよ」

 椎奈は首を曲げ、扉の方へ目をやった。

 「あれは、福間?」

 「ああ、そうだよ」

 現れたのは、官房長官の福間だった。


 「悪いな、遅れてしまった」

 福間は茶留に言いながら、早足で近付いて来た。

 「いいんですよ。少しぐらい遅れても、獲物は逃げませんし、腐りませんからね」

 「アタシは魚じゃないのよ。そんな言い方はやめてよ」

 椎奈は怒鳴った。

 「おお、いいねえ、生意気で」

 福間は椎奈を見て、愉快そうに言う。

 「お前の言っていた通りだな、茶留」

 「そうでしょう。喜んでもらえると思っていましたよ」

 「谷屋椎菜、だね?」

 福間は椎奈の体を嘗め回すように眺めながら、そう尋ねる。

 「さあね」

 椎奈は、そっぽを向いた。

 「ほほう、その反抗的な態度、いいじゃないか。私の期待した以上だ。美人で生意気、まさに私の好みだよ」


 「なるほどね。アタシは、茶留からあなたへの献上品ってわけね」

 顔を背けたまま、椎奈が言う。

 「まあ、そういうことかな」

 福間ではなく、茶留が返事をした。

 「君の容姿がもっと悪かったら、こんな目には遭わなくても済んだのにね。あっ、だけど、その場合はすぐに殺されてるよね、きっと。果たして、どっちが幸せなのかな?」

 「どっちも幸せじゃないわよ」

 椎奈が言葉を吐き捨てる。

 「いや、こちらの方が遥かに幸せなはずだよ」

 福間がニヤニヤと笑った。

 「何しろ私のイチモツで、今までに味わったことの無い快楽を味わえるのだから」

 「それは、あなたの快楽でしょ。アタシにとっては不快以外の何物でもないわ」

 「まあ、それは味わってから言ってもらいたいものだな」

 福間は妙な自信を見せる。


 「それじゃあ、オイラは用も済んだので、帰らせてもらいますよ」

 茶留が福間に告げた。

 「ああ、ご苦労だったな。帰っていいよ」

 福間は椎奈から視線を外さずに、手で追い払うような仕草をした。

 「はいはい、邪魔者はさっさと退散しましょうか」

 茶留は、山高帽を取っておどけたように一礼し、大げさに胸を張った姿勢のまま、扉の方へと歩いて行った。


 茶留が倉庫を出て行き、扉の閉じる音がした時には、既に福間は上着を脱いでいた。

 「さて、始めるとしようか」

 ネクタイを緩めながら、福間が嬉しそうに言う。

 「冗談はやめてよ。誰が、あなたみたいな人と始めるもんですか」

 椎奈は殴り掛かろうとしたが、それで両腕の拘束が解けるはずもない。

 「君のような生意気でケバい女は、なかなか犯しがいがありそうだ。私は、ケバい女マニアなんだよ」

 「何よ、その妙なマニアは。というか、アタシはケバくなんかないわよ」

 椎奈はそう言って、ペッと唾を吐き掛ける。

 福間は顔に付着した唾を手で拭き取り、白い歯を見せて笑う。

 「いいねえ、たまらないな。そうやって、反抗的な態度を是非とも最後まで続けてくれよ。その方が、征服した時の満足感が強くなるのでね」

 「ちょっと、いいかげんにしなさいよ。このロープを今すぐに解かないと、ただでは済まさないわよ」

 「ただで済まさないのは、私の方だよ。君を未知の世界に連れて行ってあげよう」

 福間は、ズボンのジッパーに手を伸ばした。

 「しょぼいチンポでアタシを犯そうなんて、1千万年早いわよ」

 「ふふふ、これを見ても、まだそんなことが言えるかな」

 福間はジッパーを下ろす。

 そして股間から、男のイチモツを取り出す。


 「な、何よ、それ……?」

 椎奈の顔が、一気に引きつった。

 「言っただろう、未知の世界だと」

 福間はニヤッと笑う。

 ズボンのジッパーから取り出した彼のペニスは、普通ではなかった。

 いや、巨根という意味ではない。

 人間のモノではなかったのだ。

 彼の股間からは、怪しく光る金属の機械が飛び出していた。それは全長約15センチの、先端が尖ったドリルのような物体だ。


 「に、人間じゃないわ」

 椎奈はゾッとした。

 「いや、私は正真正銘の人間だよ」

 福間は、すました顔で言った。

 「ただ、残念なことに数年前、浮気癖に腹を立てた妻によって、大事な部分を包丁で切り落とされてしまってね。その時、工学研究所に勤務している友人に頼んで、機械のペニスを付けてもらったのさ」

 「そんな、信じられないことを」

 「だが、これで驚いてもらっては困るよ。まだ終わりじゃない」

 福間は、機械の根元の右側に付いている、小さなボタンを押した。

 するとドリルがニョキッと伸びて、倍ほどの長さになった。


 「なんて悪趣味なの」

 椎奈が顔をしかめる。

 「さらに」

 そう言って福間は、今度は左側のボタンを押した。

 すると、ドリルがウィーンと音を立てて、高速回転を始めた。

 「世界でたった1つ、私しか持っていないドリルペニスだ」

 福間は腰を突き出し、得意げに言う。


 「そんなヘンな物を付けるのは、あなたぐらいしかいないでしょうよ」

 椎奈は動揺しながらも、喧嘩腰で言葉を返す。

 「その世界に1つしか無い物を味わえるんだから、君はとてもラッキーだよ」

 福間は、椎奈に一歩近付いた。

 「や、やめてよ」

 椎奈は必死で体を引こうとしたが、無駄な抵抗でしかない。

 「そうそう、言い忘れていたよ」

 いやらしい笑みを浮かべながら、福間は粘るような声で言う。

 「このドリルペニスは素晴らしい道具だが、1つ大きな問題があってね。挿入された女は、必ず性器がグチャグチャになってしまうんだ」


 「ちょっと、本当にやめて!」

 椎奈は大声で叫ぶ。

 「やめて!誰か助けて!」

 その声が、人気の無い倉庫に響き渡る。

 「どれだけ叫んでも、無駄なことだよ。外には聞こえない」

 福間は不敵に微笑する。

 「これが映画やドラマなら、ヒーローが救出に来てくれるかもしれない。だが、現実はそう甘くないんだ。誰も助けになど来てくれないぞ」


 「ところが、来るんだな」

 扉の方から、明快な声が轟いた。

 「何っ?」

 福間は、慌てて振り向く。

 その人物を見て、彼はそれが誰なのか、すぐに分かった。

 「き、貴様は、まさか」

 視線の先には、作務衣の男が首をゆっくりと回しながら立っていた。


 「ヒーローかもしれない男、ここに参上」

 芭皇は仁王立ちになり、大仰に言った。

 「ば、芭皇邪九」

 椎奈が、驚きの表情を見せた。

 「よっ、久しぶりだな」

 芭皇は椎奈に手を振りながら、ゆっくりと彼女に向かって歩いて行く。

 「だけど、どうして、ここに?」

 「どうしてって、お前が発信機で居場所を知らせたんだろうが」


 「発信機だと?」

 福間が、椎奈に視線を戻した。

 「そんな物を、隠し持っていたのか」

 「ちゃんと調べないのが悪いのよ」

 「だが、仲間である茶留が気付くはず」

 「茶留は知らないわ。アタシが個人的に付けているんだから」

 1週間前、椎菜は鷹内から超小型の発信機を渡された。

 鷹内からは、

 「ボタンを押せば現在地が分かるようになっている。もし助けが必要にも関わらず、通常の連絡方法が取れないような事態に陥ったら使え」

 と言われていた。

 椎菜が独断で行動することを想定して、鷹内はそれを渡しておいたのだ。


 「く、くそっ。しかし、まさか芭皇邪九を呼ぶとは」

 「あいつを呼んだ覚えは無いわよ」

 「では、どうして奴が来る?」

 「仕方が無いんだよ、彼女のボスから、救出するよう頼まれたものでね」

 芭皇は懐から破田を出しつつ、福間に告げる。

 「そうか、鷹内に頼まれたのか」

 福間が芭皇に向き直る。

 「ほう、鷹内のことも知っているんだな」

 芭皇は足を進めながら、左手に持った破田を抜こうとした。


 「ま、待て」

 福間は、芭皇が接近している事実にようやく気付いた。

 慌てて彼は、椎奈にドリルペニスを向ける。

 「それ以上近付くと、こいつを殺すぞ」

 芭皇が無視してさらに前に出ようとすると、福間はドリルペニスを椎奈の下腹部に接近させた。

 「脅しじゃなく、本気だぞ。お前が近付いたら、私のドリルペニスで彼女の子宮をグチャグチャにしてやる」

 「うーむ、微妙に緊張感を欠いた脅し文句だな」

 芭皇は、頭を掻きながら言った。

 「まあしかし、落ち着けよ福間。まだ彼女を助けるかどうか、ハッキリと決まっているわけじゃないからな。場合によっては、このまま立ち去るかもしれん」


 「ちょっと、訳の分からないことを言ってないで、早く助けなさいよ」

 椎奈が怒鳴る。

 「お前、俺を呼んだわけじゃないんだろう?だったら俺に頼るなよ」

 「あなた、アタシを助けるように、ボスから頼まれたんでしょ」

 「そうだ。ただし、問題が1つある」

 「問題?」

 「この仕事の報酬は、お前の体ということになっているんだ」

 「こんな時に、冗談はやめてよ」

 「いや、本当だ。鷹内も、お前がOKするなら、それでいいと言った」

 「あなた、ホモなのに、どうしてアタシの体を要求するのよ」


 「お前、ホモセクシャルなのか」

 福間が口を挟んだ。

 「俺はホモじゃないぞ」

 「だったら、茂戸を抱かせろと言ったのはタチの悪い冗談だったの?」

 椎奈が聞く。

 「いや、あれは本当さ」

 「だったら、やっぱりホモじゃないの」

 「違う、俺はバイセクシャルだ」

 芭皇は、キッパリと言い切った。

 「バイセクシャル……」

 椎奈は脱力感に襲われた。


 「お前が報酬を出すと約束すれば、ちゃんと助けてやる。断れば、このまま帰る。さあ、どっちを選ぶ?」

 「どうして、あなたみたいな奴に体を差し出さなきゃいけないのよ。そんなの御免よ」

 激しく首を振り、椎奈が拒否反応を示す。

 「こいつにドリルペニスを突っ込まれるか、俺に抱かれるか。なかなか難しい選択だな。まあ、俺はどちらでも構わない」

 芭皇は腰に手を当てて、ノンビリした表情で答えを待った。

 その間も、椎奈の太股近くにある福間のドリルペニスは、回転音を発している。

 「うっ……」

 椎奈は、ためらいながらも、覚悟を決めて芭皇に告げた。

 「わ、分かったわよ。約束するから、助けてよ」

 「契約書は無いが、口約束でも俺は確実に守ってもらうぞ」

 「分かったって言ってるでしょ」

 椎奈が捨て鉢になったかのように叫ぶ。


 「よし、では助けよう」

 芭皇は破田を鞘から抜き、右手に構えた。そして鞘を懐に収める。

 「お前達が何を決めようと勝手だがな」

 成り行きを観察していた福間は、自分のドリルペニスを指差した。

 「もしも近付いたら、どうなるか分かっているだろうな」

 「残念だが、お前の脅し文句は怖くない」

 平然と言いながら、芭皇は一歩近付いた。

 「ただの脅しだと思っているのか。私を甘く見るなよ」

 福間は、ドリルペニスを椎奈に押し当てようとした。


 彼が動こうとしたのと同時に、芭皇は地面を蹴って前方に飛んだ。

 その体は宙を飛び、一瞬にして福間との間を接近戦の距離に詰める。

 着地と同時に、芭皇は破田を振り下ろす。

 ビュンッ。

 破田は、福間と椎奈の間を瞬時に縦移動する。


 シュパッ。

 小気味良い音がした。

 福間の股間の突起物を、破田が斬ったのである。


 「えっ?」

 福間は呆けたような声を発した。

 目の前で起きた出来事を、彼はすぐに理解することが出来なかった。

 福間は、ゆっくりと自分の股に視線を落とす。

 そこにあるはずの機械が、見当たらなかった。


 そして福間は、地面に転がっている物体を見た。

 さっきまで彼の一部だった物体だ。

 ギュルルル。

 虚しい回転音を発しながら、ドリルペニスが地面でうごめいている。

 だが、すぐに活力を失い、回転は停止した。


 「そ、そんなバカな」

 福間は、激しくうろたえた。

 「わ、私の大事なドリルペニスが」

 「だから言っただろう、怖くないと」

 芭皇はすました顔で言った。

 「くそっ、貴様……」

 福間はしゃがみ込み、ドリルペニスを拾い上げた。

 彼は機械の根元を握り、怒りに燃えた目で芭皇を見た。


 「許さん。貴様、殺してやる」

 「ひょっとして、それを武器にする気なのか」

 芭皇は、困惑した表情で尋ねる。

 「そうだ、それが悪いのか」

 「いや、悪くはないが、拳銃は所持していないのか。お前ぐらいの立場なら、高原が護身用に携帯させているのかと思っていたが」

 「余計なお世話だ。お前を殺すのに、拳銃など不要だ」

 「どうせ格闘の技術など無いのだから、拳銃ぐらいは持っていた方がいいぞ」

 「ご忠告、感謝するよ」

 血走った目で、福間は芭皇を見据える。

 「だが、格闘の技術が無いというのは間違いだ。私はこれでも、太陽館で太拳道を学んでいるんだ」

 「ほう、太拳道を」

 「他にも、空手や合気道、柔道の経験もある。こう見えても、格闘技マニアでね」

 福間はドリルペニスを持ったまま、足を肩幅に開いて構えた。


 「オイラも手伝いますよ、福間さん」

 扉の方から、声が聞こえた。

 芭皇、福間、椎菜の3人が、同時にそちらを向く。

 声の主は、茶留だった。

 「お前、どうして?」

 福間が驚いて尋ねた。

 「何かイヤな予感がしましてね。戻って来たんですよ。それが大正解でしたね」

 茶留はドタ靴をバタバタと鳴らし、ステッキをクルクルと回しながら走って来た。

 「相手は芭皇邪九ですよ。あなた1人で勝てるわけがありません」

 そう言って彼は、福間と並んで立ち、芭皇と正対する。


 「助太刀してくれるのか」

 「ええ、まあ一応は」

 茶留はステッキの取っ手を捻り、仕込み槍を出現させた。そして凶器となったステッキを、サーベルのように構えた。

 「はは~ん、お前だな、セーラームーンのコスプレ衣装を盗んだのは」

 芭皇は茶留の姿を見て、すぐに気付いた。

 「ご名答」

 茶留がニタッと笑う。


 「そうか、それは残念だったな」

 芭皇は哀れむように、茶留を見つめる。

 「残念?」

 「お前を殺してしまうと、盗まれたコスプレ衣装のありかが分からない。しかしな、もう鷹内に、新しいコスプレ衣装を買ってもらう約束を取り付けてしまったんだ。いやあ、本当に残念だったよなあ」

 芭皇は大げさな喋り方をした。

 「何が言いたいんだ?」

 茶留は、芭皇の言葉の真意を計りかねた。

 「つまりだ、どうせコスプレ衣装は鷹内に買ってもらうんだから、お前を生かしておく理由が無いということだ」

 「なるほど、言いたいことは分かったよ」

 茶留は鼻で笑い、うなずく。

 「だけど、オイラを殺せるかな?」

 「すぐに答えは出るさ」

 芭皇は破田を握り直し、身構えた。


 だが、茶留よりも先に、福間が攻撃を仕掛けてきた。

 「芭皇、死ねっ!」

 福間はドリルペニスを振り上げ、襲い掛かった。

 「断るっ」

 芭皇は右に体を捻り、攻撃をかわす。

 そこへ、茶留がステッキで突いて来た。

 「キェェッ!」

 わずかな時間差で、怪鳥音を発した福間がサイドキックを放つ。


 芭皇は、破田で茶留のステッキを跳ね上げる。

 キーン。

 刃と刃のぶつかる高音が響く。

 同時に芭皇は、左手で福間の蹴りをガードする。

 しかしキックの威力で、体が後ろに持って行かれる。

 「ふんっ」

 芭皇は右足に体重を掛けて踏ん張った。

 間髪入れず、福間が左側からドリルペニスで殴り掛かった。同時に正面からは、茶留がステッキを伸ばして来た。

 芭皇は、破田を胸の高さで右から左に振り、ステッキを受け流した。


 カキーン。

 弾かれたステッキが、突進してきた福間の脇腹を突き刺す。

 グサッ。 

 「ぐおっ!」

 福間は腰を引き、うめき声を上げた。

 「しまった」

 茶留は慌ててステッキを抜く。

 福間が脇腹を押さえて顔を歪める。

 その隙を、芭皇は見逃さなかった。

 彼は破田を振り上げ、福間の胸元を袈裟に斬った。


 グバッ。

 肉に鋭い裂け目を入れる音。

 「うぎゃあっ!」

 福間は、大きく口を開けて絶叫する。

 彼は気付いていなかったが、その時点で既に死が約束されていた。

 口を開いたまま、福間はバッタリと倒れ込んだ。


 「このっ!」

 そう怒鳴って、茶留は再びステッキで突いて来た。

 芭皇は、後ろに飛んでかわす。

 その動きと同時に、彼は左手を後ろに回し、鉄楊枝をポケットから取り出した。

 そして着地すると同時に、芭皇は素早く鉄楊枝を投げる。

 ヒュッ。

 その高速移動を、茶留は肉眼で捉えることが出来なかった。


 「ごほっ!」

 茶留がくぐもった声を発し、目を白黒させる。

 開けていた口に鉄楊枝が飛び込み、口蓋に突き刺さったのだ。

 上手く呼吸が出来なくなった茶留が、口をパクパクさせる。

 その動きに合わせるかのように、激しく瞬きをする。

 そして彼の目は、鋭く光る凶器が迫って来るのを捉えた。

 しかし、捉えるのと、それに対処するのとは全く別問題だ。


 茶留は「逃げろ」という命令を脳から体に送ったつもりだったが、それは間に合わなかった。

 芭皇は破田を構えて軽やかなステップを踏み、その右手を水平に移動させた。

 それは、首を斬るための動きだった。

 シュザッ。

 茶留の首に、真横に入る鋭い線。


 「ぎょっ!」

 小さく裏声を発した茶留の体が、ピクンと反り返った。

 まだ首は斬られたことに気付いておらず、鮮血を噴射することも無い。

 茶留はフラフラと3歩、後ろに移動した。

 そして、ちょうど福間の死体の上に倒れ込んだ。

 倉庫での戦いは、それで終了した。


 「重なって死ぬとは、妙なところで仲のいい奴らだな」

 芭皇は2つの骸を見下ろしながら、破田を鞘に収めた。

 仰向けに倒れた茶留の首は、ようやく斬られたことに気付いたらしく、ドクドクと血が溢れ出している。


 「ちょっと、そっちが片付いたのなら、こっちも早く何とかして」

 苛立つ椎奈の言葉が、芭皇の背中にぶつかった。

 「分かった、分かった」

 振り向いた芭皇は、なだめるように言ってから、オブジェに歩み寄った。

 「助けてもらう立場なのに、偉そうな女だな、全く」

 芭皇は苦笑いを浮かべる。

 「無駄口はいいから、早くしてよ」

 「はいはい」

 再び破田を抜き、芭皇はロープを切ってやった。

 「ふうっ」

 ようやく拘束状態から解放され、椎奈は大きく息をついた。

 それから彼女は、ロープで締め付けられていた両手首を軽くマッサージしつつ、独り言を口にする。


 「茶留の奴、もう少し手加減して縛りなさいよね。跡形が残ったらどうするのよ」

 「おいおい、愚痴よりも先に言うべきことがあるだろう。助けてもらっておいて、礼の言葉も無いのか」

 芭皇は破田を収めながら、呆れたように言う。

 しかし椎奈は、それを無視して死体に視線を向けた。

 「茶留の奴、まさか高原に転ぶなんて」

 「どうやら、仲間に裏切られたようだな」

 芭皇は腰に手を当てながら、そう言った。

 「こんな奴、もう仲間でも何でもないわよ」

 椎奈は嫌悪の表情で吐き捨てる。


 「俺に当たるな。それより、身内から裏切り者が出たということは、お前達にとって懸念すべき事態なんじゃないのか」

 「どういうこと?」

 椎奈は芭皇に向き直り、尋ねた。

 「このステッキ男を通じて、高原が鷹内の動きを全て知った可能性が高いとは考えられないか」

 その言葉を聞いて、椎奈はハッとした表情に変わった。

 「ということは、もしかして」

 「高原のことだ、まず間違いなく鷹内を消そうとするだろうな」

 「それはマズいわ」

 「すぐに戻って、鷹内に身を隠すよう言った方がいいだろうな」

 「そうね」


 椎奈は、急いで倉庫を後にしようとしたが、あることに気付いて振り返った。

 「一応、あなたにも他人を心配する気持ちがあるのね」

 「何のことだ?」

 「さっきの言葉、鷹内が殺されるのを心配したからこその言葉でしょう?」

 「ああ、そういうことか」

 芭皇は理解し、返答する。

 「確かに心配だ。あいつが殺られたら、俺はタダ働きってことになるからな」

 軽い冗談だったが、椎奈には通じなかったらしい。

 「そんな理由だったのね」

 椎奈は、途端に軽蔑の眼差しになった。

 「何だよ、その顔は」

 「一瞬でも見直したアタシが愚かだったわ。アンタなんか、高原に殺されればいいのよ」

 そう吐き捨て、椎奈は扉へと向かった。

 「そこまで言うかね。殺されればいいとは、ひどいな」

 芭皇は肩をすくめた。


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