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<24.逆襲開始>

 「お前の方から事務所を訪ねて来るなんて、珍しいじゃないか」

 鷹内が組長室の椅子から立ち上がり、来客を迎えた。

 やって来たのは、芭皇である。

 「もっと珍しいことを起こしてやるよ」

 芭皇は部屋へと足を踏み入れながら、そんなことを口にした。

 「もっと珍しいこと?」

 「ああ」

 芭皇は勧められる前に、ソファーにドッカリと腰を下ろす。


 「お前の依頼、受けてやるよ」

 「依頼って、高原の件か」

 「そうだ」

 「どうしたんだ、前は断ったくせに」

 鷹内は、探るように芭皇を見る。

 「断ってはいない。思い出してみろ、俺は50年ほど考える時間をくれと言ったんだ」

 「お前の中では、もう50年が過ぎたのか?」

 「時が経つのは、意外に早いからな」

 芭皇は飄々と答える。

 「何にせよ、嬉しいよ」

 鷹内は、そう言いながら椅子に座り直した。

 「ようやく、日本を救おうとするオレの気持ちを分かってくれたのかと思うとな」


 「おい、勘違いするなよ」

 芭皇は、チッチッと人差し指を横に振る。

 「別に俺は、お前に共感したから依頼を受けるわけじゃない」

 「そうなのか。てっきり、この国の未来を憂えるオレの考えを理解してくれたんだと思ったんだが」

 「理解はするが、同調する気は無いな」

 「ハッキリと言うんだな」

 鷹内は、苦笑いを浮かべた。

 「お前は所詮、人生の勝ち組だからな」

 芭皇が言う。

 「どういう意味だ?」

 「勝ち組の人間が理想の社会を語る時は、遠くばかり眺めて、ふもとの景色は見えていないものなんだよ」

 「もっと分かりやすく言ってくれ」

 「いや、そういうのは、説明して理解するようなものじゃないさ。いいんだよ。別に、社会についてお前と論争するために来たわけじゃない」


 「だが、それなら、どうして引き受ける気になった?どういう心境の変化だ?」

 「事情が変わってな」

 芭皇はテーブルに肘を突き、低く言った。

 「高原を始末しないと、おちおち眠ってもいられない状況になった」

 「どうした、命でも狙われているのか」

 当てずっぽうで言った鷹内だったが、それが正解だった。

 「その通りだ。高原の奴、俺を殺そうとしている」

 「本当にそうなのか」

 鷹内が驚き、続いて質問をぶつける。


 「しかし、どうしてだ?お前が狙われる理由が分からないな」

 「高原の子分になれという誘いを断ったら、殺し屋を差し向けてきやがった。味方にならない奴は、敵とみなすということだろうな。あいつは単純バカだぜ、全く」

 「それじゃあ、今も殺し屋が狙ってるのか」

 鷹内は前傾姿勢になり、やや小声で聞く。

 「いや、その殺し屋は始末した」

 芭皇は即答した。

 「ただ、これで終わるかどうか。また新たな殺し屋を差し向けてくる可能性が高いと、俺は思っている」

 「そうだな。高原なら、そうするだろう」

 「殺し屋を待ち受けて1人ずつ殺すなんて、そんなことを楽しむ趣味は俺には無い」

 「なるほどな。それで、高原を殺そうというわけか」

 「臭い匂いは、元から断たないとダメだからな」

 「そういうことか」

 鷹内は、皮肉っぽく笑う。

 「ああ、そういうことだ」

 そう返答し、芭皇は鷹内の顔をジッと見る。

 「その意味ありげな笑みは、引っ掛かるな。何か言いたいことでもあるのか」


 「国がどうなっても気にならないが、自分のことになると動き出すというわけだな。全く、お前はいかにも日本人らしい奴だよ」

 鷹内は、嫌味っぽい言葉を発した。

 だが、芭皇は怒ることもなく、すました顔で言った。

 「大抵の人間ってのは、そういう生き物なんだよ。遠くで何かが起きても、自分の周囲に影響が無ければ、どうだっていい」

 「それでいいのか?」

 「それが悪いのか」

 鷹内の問い掛けに、すぐさま芭皇が言い返す。

 「負け組の人間は、自分のことだけで精一杯なんだ」

 「だけど、お前は負け組じゃないだろう?」

 「いや、俺は負け組さ」

 芭皇は、キッパリと言う。


 「しかし、お前は今も伝説と言われるほどの実績を残した殺し屋だぞ。それは勝ち組と言っていいんじゃないのか」

 鷹内は、フォローするかのように告げる。

 「殺し屋をやっていたのは、過去のことだ。それに、殺し屋稼業という時点で負け組だよ。さらに言うなら、今の俺はホームレスだ。勝ち組のホームレスなんて、聞いたことが無いだろう?」

 芭皇は冷めた言い方をする。

 「お前がそう主張するなら、これ以上は言わないが」

 「そう、そんなことは、どうでもいいんだ。とにかく、お前は高原を抹殺したい。そして俺は高原を殺る。それでいいじゃないか」

 「まあ、そうだが」

 「金銭欲は無いが、仕事を引き受ける以上、それに見合った報酬は貰うぞ」

 「ああ、当然だ。報酬は前にも言った通り、1億円を用意してある。何なら、前金で半額を渡しておくが」

 「いや、結構だ。俺は成功報酬しか受け取らない」

 「そうか。そこは昔と変わらないんだな」

 鷹内はフッと小さく笑い、椅子から立ち上がった。

 そしてソファーに歩み寄り、芭皇の向かい側に座る。


 「蒸し返すようだが、芭皇よ、高原の暗殺に成功して1億円を手に入れたら、それで勝ち組になれるぞ」

 「別になりたいとも思わないが」

 そこで言葉を区切り、少し考えてから、芭皇は言った。

 「勝ち組になれるかどうかは分からないが、セーラームーンのコスプレ衣装は余裕で買うことが出来るな」

 「コスプレ衣装?」

 「いや、俺が欲しいんじゃないぞ」

 芭皇は余計な誤解を避けるため、すぐに言葉を足した。

 「極楽園の仲間で、愛用していたコスプレ衣装を盗まれた奴がいてな。それで、新しいのを買ってやろうかと思っているんだ」

 それを聞いて、鷹内はすぐにピンと来た。

 「そうか、では、あれは極楽園から盗んだ物だったのか」


 「あれって、何のことだ?」

 「いや、実は、オレの部下を極楽園に行かせたら、コスプレ衣装を持って帰ってきたことがあってな」

 「そんなことがあったのか。……もしかして、そいつは前の膨らんだ靴を履いて、ステッキを持ってるか?」

 「ああ、ドタ靴とステッキは、奴のトレードマークだ。茶留という男だが」

 「なるほど」

 芭皇は納得した。

 「どうやら、そいつが盗んだのに間違いなさそうだな」

 「申し訳無いことをしたな。オレの部下が、お前の仲間に迷惑を掛けたようで」

 「コスプレ衣装の持ち主は、ハンパじゃないぐらい必死で探していたからな。では、その部下を呼び出して、すぐに返してもらうことにしよう」

 「それが実は……」

 鷹内は、眉をしかめる。

 「どうした?」

 「今は、連絡が取れない状況なんだ」

 「連絡が取れないって、お前の部下なんだろう?」

 「そうなんだが、数日前から行方不明でな。探しているところだ。連絡が付き次第、コスプレ衣装を返すようにオレから言っておこう」

 「部下の居場所も把握できていないとは、組織のタガが緩んでいるんじゃないのか」

 「そう言われると、返す言葉も無いな」


 「まあいい。では、こうしよう。もしも、その男と連絡が取れなかった場合、お前がコスプレ衣装を買うんだ」

 「オレがか?」

 鷹内が困惑した表情を浮かべる。

 「可愛い部下の起こした不祥事なんだから、ボスが責任を取れよ」

 「別に可愛くはないが……。しかし、確かに責任は取るべきだろうな。よし、分かった、そうしよう」

 鷹内は少し考えて承諾し、さらに言葉を続けた。

 「ところで、実はオレの方からも、お前に話があるんだ」

 「話が?」

 顎に手を当てて、芭皇が尋ねる。

 「それは、いい話か、悪い話か?」

 「どちらかと言うと、悪い話だな。実は、高原の暗殺とは別に、もう1つ頼みたいことがあるんだ」

 「他にも殺してほしい奴がいるのか。贅沢な奴だな」

 芭皇は苦笑する。

 「いや、殺しじゃない」

 鷹内は真剣な顔付きで、首を横に振った。


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