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<22.裏切発生>

 椎奈が持参したケースを開けると、中には妙な道具が入っていた。

 長いロープがあって、片方の先には手裏剣、片方の先には棍棒が結び付けられている。棍棒の頭部には、金属製の棘が装着されている。

 茶留は興味をそそられたのか、前屈みになって覗き込んだ。

 「これは?」

 「流暗りゅうあんよ」 

 椎奈は、自慢するように答えた。

 「いや、流暗と言われても。その流暗が何か分からないんだけど」

 茶留は困った顔をした。

 「見て分かるでしょ、武器よ」

 「オリジナルの武器ってこと?」

 「そうよ。今回は、これを使うわ」


 「ああ、そうか」

 茶留は、何かに気付いたらしい。

 「君が特殊なオリジナル武器を使って、いちいち名前まで付ける理由が分かったよ。芭皇邪九も殺し屋時代、破田という独自の武器を使っていたもんね」

 「それが、どうしたのよ」

 椎奈は、ジロッと茶留を見た。

 「つまり、使用する武器からして、彼を意識しているということだね」

 「悪い?」

 椎奈は、開き直ったような態度を示した。

 「いやいや、誰も悪いなんて言ってないさ」

 茶留はニヤニヤと笑った。


 ところで、2人がいるのは、三本指マンションの地下駐車場である。

 そこの一番奥に車を停めて、椎奈は運転席、茶留は後部座席に座っている。

 茶留の情報によれば、高原は必ず車を地下駐車場に入れて、そこから愛人のいる部屋へ行くらしい。

 だから、椎奈は地下駐車場で待ち伏せることにしたのだ。

 椎奈は1時間前から、高原の到着を待っていた。

 そして30分ほど前に、茶留が様子を見にやって来た。

 茶留がケースのことを気にしたので、椎奈が中身を見せたのだ。


 「それにしても、本当に高原が来るのは今日なんでしょうね」

 椎奈は、外の様子を確認しながら聞いた。

 「間違いないって」

 「だけど、あなたの情報によると、いつも午後7時頃に来るはずでしょ。もう7時半になるわ。ちょっと遅いんじゃないの」

 「そうだね。予定とは違うなあ。ちゃんと時間は決まっているはずなんだけど。オイラも予想外だよ」

 「今さら情報が間違っていたとか、そんなこと言い出さないでよ」

 「言わないよ。だけど、おかしいなあ。こんなに遅れるはずはないんだけど。何かトラブルでもあったのかなあ」

 茶留は、首をかしげた。


 「予定が変わって、今日は来ないという可能性もあるわね」

 椎奈は、ケースをトントンと指で叩く。

 「それは無いと思うけど。オイラ、ちょっと外の様子を見てくるよ」

 そう言って、茶留は山高帽を押さえながら車のドアを開けた。

 「ちょっと、あんまり目立つ行動は取らないでよ」

 椎奈が声を潜めて注意する。

 「分かってる、分かってるって」

 茶留は駐車場の出入り口に向かって、小走りで姿を消した。


 「高原の車と鉢合わせしたら、どうするつもりなのよ」

 椎奈は渋い顔でつぶやく。

 それから彼女は、外の様子を気にしながらも、流暗の棍棒の部分を手に取って握り具合を確かめた。

 実は、その武器を使うのは、今回が初めてなのだ。

 茶留が指摘した通り、オリジナルの武器を使うのは、芭皇への対抗心からだ。


 「そうよ、あんな男に負けるもんですか」

 椎奈は独り言を吐く。

 芭皇と同じようにオリジナルの武器を使用し、高原の暗殺を成功させる。そうすることで、彼を超えることが出来るというのが、椎奈の考え方だった。

 ただ、その心の奥には、まだ伝説の殺し屋に対する憧れが残っているのかもしれない。

 だから、芭皇の真似をしたくなったのかもしれない。

 椎奈は考えを巡らせる。

 その時。


 (誰かいる……!?)

 彼女は人の気配を察知した。

 緊張した面持ちで、パッと右に視線を送る。

 すると、黒いスーツ姿の男が、ゆっくりと車に向かって来るのが見えた。

 がっしりした体格で、髪の毛を緑色に染めている。


 (こんなに接近するまで、まるで気付かなかったなんて)

 椎奈は身構えた。

 ということは、相手は只者ではないはずだと彼女は察知した。

 椎奈は流暗を握り締め、素早く車から出ようとする。

 その瞬間、正面に回り込んだ男が、勢い良く警棒を振り上げた。

 椎奈は、慌てて身を伏せた。


 ガシャンッ!

 激しい音を立てて、男の警棒が運転席側の窓ガラスを粉々に砕いた。

 伏せた椎奈の背中に、破片が飛び散る。

 その内の一片は頬に飛来し、彼女の皮膚に小さな裂傷を作った。

 ツーッと血が垂れ落ちる。

 だが、じっとしていたら危険だということを、椎奈は認識している。

 ささいな怪我に構っている暇は、今の彼女には無かった。


 椎奈は流暗を持ったまま、体を滑らせるようにして助手席側に移動する。

 そして素早くドアを開け、車の外に飛び出した。

 前方回転して受け身を取り、すぐに立ち上がって緑髪の男に向かおうとする。

 だが、そちら側にも、黒いスーツを着た別の男が、警防を持って待ち構えていた。

 こちらは長髪を茶色に染めている男だ。


 「てやっ!」

 甲高い声を上げ、茶髪男は椎奈に目掛けて警棒を振り下ろした。

 「むっ」

 椎奈は地面を転がり、攻撃をかわす。

 すぐに立ち上がり、彼女はスッと身構えた。

 見ると、敵は2人ではなかった。

 車の傍には、同じ黒いスーツを着た4人の男が、警棒を持って立っている。

 先程の緑髪と茶髪の他に、赤い髪の男と金髪の男がいる。


 「これは、罠?」

 考える暇も無く、男達が一斉に襲って来た。

 「ちっ」

 椎奈は足元のコンクリートを強く蹴り、車のボンネットに飛び乗った。

 そこから隣の車にジャンプし、再び地面に着地して、車の無い広い場所へと走る。

 少し4人組との距離を取ってから、椎奈は戦闘態勢を作り直す。

 男達は、距離を詰めようと一斉に駆けてくる。

 椎奈は重心を低くして、左手には棍棒をしっかりと握り、右手に持ったロープを頭上で横回転させる。

 ビュンビュンとロープが唸る。


 「しゅっ」

 細く息を吐き出し、椎奈はロープを男達に向かって投げた。

 ロープの先に付いた手裏剣が、金髪男の首を斬る。

 「げっ」 

 男は警棒を振り上げた形のまま、前方に倒れた。

 首が大きく裂け、シャワーのように血が噴き出す。

 「うううっ……」

 金髪男はうめきながら、ピクピクと体を震わせる。

 残る3人の足が停止し、倒れた仲間を見やる。

 しかし、それは一瞬であり、すぐに警棒を構えて向かってくる。


 (訓練された刺客のようね)

 椎奈は緊迫した戦いの中で、冷静に判断する。

 回転するロープの勢いを止めず、椎奈は次の攻撃を仕掛けた。

 ビュンッ。

 ロープが標的へ飛び掛かる。

 今度は赤髪男の右手に手裏剣が命中し、彼は警棒を落とした。

 男は警棒を拾うため、その場でしゃがむ。

 残りの2人は並んで椎奈に突進し、接近戦の距離に詰める。

 「死ねっ」

 汚い言葉を同時に吐き、彼らは同じタイミングで警棒を振り下ろした。


 「このっ」

 椎奈は体を右に移動させながら、向かって右側にいる緑髪男の警棒を、棍棒で左に強く払った。

 その勢いで、緑髪男の腕が、左側の茶髪男に当たった。

 「ぬっ」

 接触した2人の男は、グラッと体勢を崩す。

 その間に、椎奈は後方へステップし、やや距離を開ける。

 椎奈は右足に体重を掛け、今度はロープを縦回転させた。

 そしてソフトボールのピッチングのようなフォームで、ロープを2人の男達に向かって飛ばした。


 男達は体勢を立て直し、再び椎奈に襲い掛かろうと構えた所だった。

 そこへ、手裏剣が飛んで来る。

 ズバッ。

 茶髪男の眉間に、手裏剣が見事に突き刺さった。

 「ぐわっ」

 男はアッパーカットでも食らったかのように、顎を上げて後ろに引っくり返る。

 椎奈はロープを引っ張り、男に刺さった手裏剣を抜いた。

 茶髪男は仰向けのまま、ピクリとも動かない。

 即死だ。


 その時、警棒を拾い上げた赤髪男が、椎奈の右側から走ってきた。

 一方、正面からも緑髪男が襲ってくる。

 椎奈は、再びロープを横回転させた。

 そして正面の敵を見ながら、右から襲ってくる赤髪男に向かってロープを投げる。

 「何度も食らうかよ」

 男は頭を下げて、攻撃をかわす。

 だが、すぐに元の姿勢に戻ったのは失敗だった。

 ロープが勢いを止めずに回転を続け、次の攻撃が来たからだ。

 ちょうど男が頭を上げた所に、手裏剣が彼の右側から飛んで来た。

 男には、それが見えていなかった。


 シュパッ。

 手裏剣は、赤髪男のこめかみに突き刺さった。

 彼は1本の棒のように真っ直ぐになって、右側にバタンと倒れた。

 そして、ほぼ同時に、もう1人の男も倒れていた。

 椎奈はロープを飛ばしながら、正面の緑髪男にも対処していたのだ。

 男が警棒を斜めに振り下ろした時、椎奈は上半身だけを後ろに引いて攻撃をかわした。

 そして、棍棒で素早く男の頭を殴打したのだ。


 ガシッ。

 痛みの伝わる音。

 「おえっ」

 緑髪男は舌を出し、うつ伏せの形で地面に崩れ落ちた。

 それを確認しながら、椎奈はロープの回転を緩めた。

 最初に倒した金髪男に目をやると、既に痙攣は止まり、息絶えている。

 椎奈は、大きく息を吐いた。


 「もしかして、高原に気付かれていた?」

 ロープの回転を止めて手裏剣を手元に寄せながら、椎奈はつぶやいた。

 その時、彼女は背後に気配を感じた。

 パッと後ろを振り向くと同時に、棍棒を振り上げる。

 「待った待った、オイラだよ」

 茶留が、慌てて飛び退いた。

 「なんだ、驚かせないでよ」

 椎奈はホッと息をつく。

 「いやあ、ごめん。だけど、ちょっと席を外している間に、随分と暴れたみたいだね」

 茶留は、倒れている男達に視線をやった。


 「こいつら、きっと高原の手下に違いないわ。こちらの計画は、どうやら完全に気付かれていたみたいね」

 椎奈は唇を噛み、悔しそうに男達を見回す。

 「そうだね、間違いなく気付いていた」

 茶留はそう言いながら、右手に持ったステッキを、チラッと横目で確認する。

 その目には、鈍い光があった。

 だが、椎奈は全く気付いていない。

 「それにしても、どうして気付かれたのかしら」

 彼女は、一番近くに倒れている男の体を調べようとした。

 「そりゃあ、情報を知らせた奴がいるからに決まってるじゃないか」

 茶留は淡々と言いながら、ステッキの取っ手の部分をクイッと捻った。

 すると、ステッキの先から仕込み槍が現れた。


 「情報を知らせた奴?」

 椎奈が向き直る。

 その瞬間、茶留の突き出したステッキが、彼女の右肩に命中した。

 「えっ?」

 椎奈は、自分の肩に突き刺さったステッキに、視線を落とした。

 「茶留……。何のつもり……?」

 言葉と同時に、痛みが襲って来た。

 右手から、ロープが落ちる。

 「つまり、オイラが情報を知らせていたってことさ」

 茶留はステッキを引き抜き、すぐに次の攻撃を仕掛けた。

 「何をっ?」

 椎奈は棍棒で払おうとしたが、1つタイミングが遅れた。


 ズブッ。

 肉をえぐる音。

 ステッキは、今度は椎奈の左肩に突き刺さった。

 「はうっ!」

 椎奈のうめき声と共に、棍棒が地面に転がった。

 茶留はステッキを引き抜き、流暗を遠くへ蹴る。

 「さあ、君の大事な武器も、これで使えないよ」

 茶留は、ニヤッと笑った。


 「たぶん君は、オイラが戦いは不得意分野だと思っていたんじゃないかな。でも、そうでもないんだ。必要が無いから、普段は戦わないだけなんだよ」

 「あなた、高原の犬だったのね」

 椎奈は痛みに耐えながら、茶留を睨み付けた。

 「犬ではないよ。こっちに付いた方が得だと思っただけさ」

 「それを犬って言うのよ、この犬野郎」

 「それは解釈の違いだね」

 茶留は落ち着いた態度で言う。


 「それにしても、連絡した時間に刺客は来ないし、たった4人しかいないし、やる気が無いのかなあ、あちらさんは。10人ぐらい用意してくれと言っておいたんだけどな。オイラがいなかったら、全て台無しになるところだったじゃないか」

 「今からでも、台無しにしてやるわよ。このっ」

 椎奈は肩の痛みをこらえて、素手で殴り掛かろうとした。

 「おっと」

 茶留はステップバックでかわし、ステッキで椎奈の右太股を突いた。

 「あぁっ!」

 椎奈が悲鳴を上げる。

 「やめた方がいいって」

 茶留がステッキを引き抜くと、椎奈は太股を押さえて、その場にうずくまった。

 「無駄なあがきは勘弁してよ。下手をして、殺してしまったらどうするつもりなのさ」


 「殺すなら、早くやってみなさいよ」

 椎奈は苦痛に顔を歪めながらも、必死に強がった。

 「いやいや、殺すつもりは無いよ。生け捕りにするよう言われているんでね」

 「生け捕りですって」

 「そうさ」

 そう言って、茶留は椎奈の顔を覗き込む。

 「それにしても、おかしいな。まだ効いてこない?」

 「何のことよ」

 「いや、槍の先に、麻酔薬を塗っておいたんだけどさ」

 「麻酔……?」

 そう言うと同時に、椎奈は頭に違和感を覚えた。

 そして目の前がグラグラと揺れるのを感じた。

 「あっ……」

 椎奈は、急に重くなった頭を、左手で支えた。

 「どうやら、ようやく効果が現れたみたいだね」

 茶留は山高帽の鍔に触れながら、ニヤニヤと笑う。


 「アタシを、どうする気なの?」

 椎奈は、歯を食いしばって聞いた。

 「さあね。どうするのかは、オイラが決めることじゃないから。オイラの役目は、君を捕まえて、指定された場所に運ぶことだけなんだ」

 「場所って、それは……」

 椎奈の言葉は、途中で切れた。

 目を閉じ、地面にゴロリと倒れ込む。

 麻酔で眠ってしまったのだ。

 「薬が効くまでに、こんなに時間が掛かるとはね。さすがに、しぶとい人だなあ」

 茶留は、半ば感心したように言う。

 「さてと、お仕事、お仕事」

 そう言って、茶留は椎奈を抱え上げた。


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