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<2.総理策謀>

 「総理、また外国人テロ組織の首謀者が逮捕されました。総理が進める“テロ組織一掃計画”の成果が、確実に出ているとお考えでしょうか」

 大勢の政治記者が、日本国総理大臣・高原清澄たかはら・きよすみを囲んだ。

 何本ものマイクと複数のテレビカメラを前に、高原は軽く咳払いをした。

 それから、威圧感を込めてゆっくりとカメラを見回す。

 自信に満ち溢れた表情は、とても最年少で就任した総理大臣だとは思えない。


 高原清澄は、まだ38歳という若さである。

 しかも、ただ若いだけでなく、器量がいい。

 男前と言うよりも、美貌の持ち主と言った方がふさわしい。

 きっと女装をすれば、映画『クライング・ゲーム』のジェイ・デヴィッドソンに匹敵するほど似合うだろう。

 身長は178cm、顔は小さくて足は長く、一見すると細身だ。

 しかし肩幅は広く、胸板も厚い。

 中性的でありながら、それでいて体付きはガッチリとしている。

 その端正なマスクやスタイルの良さが、高い支持率に大きく貢献していることは間違いないと言っていいだろう。

 高原内閣の支持率は発足当時から非常に高く、最近の調査でも80パーセントを超えるという驚異的な数字を示している。

 大手マスコミは、高原のことを“日本の太陽”と称している。


 「皆さん」

 高原は、カメラ目線に注意しつつ、堂々とした態度で語り出した。

 「以前から私は、外国人テロ組織を必ず一掃すると訴えてきました。これまでにも、複数のテロ組織のメンバーを、幹部クラスを中心にして何人も捕まえてきました。ここまでは順調に進んでいると言えますが、まだ甘いとも思っております」

 そこで1つ間を取って、さらに続ける。

 「テロ組織のネットワークは、世界中に広がっています。これからは、日本の治安を守るために、世界に目を向けるという考え方が必要です。そのためにも、これまで以上に自衛隊の存在が重要となってくるでしょう」

 「総理、先日の世論調査では、テロ組織撲滅のために警察だけでなく自衛隊も重用すべきだという国民の意見が90パーセントを超えましたが、どのようにお考えでしょうか」

 記者の1人が尋ねた。

 「私の考えに賛同してくださる意見が多いことに、感謝の気持ちで一杯です。国民の皆様が、本当に日本のことを考えるようになった、ようやく自立した国作りを目指すようになった表れだと思います」

 高原は、真っ直ぐにカメラを見つめた。

 「国民の皆さん、他人任せにしていては、いけないのです。我々の国を守るのは、我々です。平和な日本を作るためにも、国民の生命を脅かす敵に対しては、命懸けで戦わねばならないのです」

 強い口調で、高原はそう述べた。


 *


 「ああ、もっと攻めてくれ」

 男は、快楽に悶えた。

 「おお、やはり最高だ。もう君じゃないと感じなくなってしまった」

 「どうです、ここも感じるでしょう」

 「ああ、いいぞ高原君、いいよ」

 男は腰をくねらせ、悦びに打ち震える。

 首相官邸の寝室で、高原が1人の人物を抱いていた。

 ベッドで声を上げているのは、自正党の大物政治家・黒川である。


 自正党は、高原が党首を務める民合党とは連立政権を組む関係にある。

 黒川は首相経験者で、自正党の影のドンと呼ばれるほどの人物だ。現在は党首ではないが、実質的に自正党を仕切っているのは彼である。

 「ああ、久しぶりだが、やはり素晴らしい。高原君、前よりもさらに愛撫が上手くなったんじゃないか」

 「黒川先生が感じやすくなったんじゃないですか。ここなんて、どうですか」

 高原は、黒川の耳たぶを軽く噛む。

 「はあっ、そんな所まで」

 黒川の低いあえぎ声が、寝室に響いた。


 *


 高原は、ルックスの良さを存分に生かして国民からの圧倒的な支持を得ていたが、それだけの男ではない。

 巧みに人の心を掌握し、操作し、誘導する術を持っているのだ。

 彼は利口であった。

 いや、狡猾と言うべきだろうか。


 高原は大学で心理学と政治学を学び、卒業後に渡米してマーケティング戦略を学んだ。アメリカで暮らす内、彼はカルト教団に入信した。だが、その団体が白人至上主義へと傾倒して行く中で、彼は差別や糾弾の対象となり、居場所を失ってしまった。

 挫折感に打ちのめされた高原は、アメリカに対する疑心を募らせていく。

 帰国して政治団体に参加した彼は、やがて大きな野望を抱くようになった。

 それは、「アメリカの保護に頼らない、自立した強い日本を作る」という野望である。

 そのためには軍事力を強化し、核を保有せねばならないと彼は考えた。

 野望を実現するために、高原は絶対に総理大臣になるという決意を固めた。


 彼は政治団体を離脱し、元防衛庁長官の秘書となった。

 以前から知り合いだったわけでも、特別なコネがあったわけでもない。

 彼は、自分が美貌の持ち主だということを自覚していた。

 学生時代から、彼はとにかくモテた。

 それは、男女を問わずだ。

 だから高原は、自分の美貌に大きな利用価値があることも分かっていた。

 そこで、高原は元防衛庁長官を魅了し、衆道の契りを結んだのだ。

 高原はカルト教団で性的なテクニックを学んでおり、それは利用価値のある人々を虜にする上で大いに役立った。


 やがて高原は、政界再編で誕生した民合党から、小選挙区で衆院選に出馬した。

 その選挙区からは、地元で根強い人気を誇る大物政治家が出馬する予定だった。

 だが、高原は密かに彼と接触して肌を重ね、麻薬漬けにして出馬辞退に追い込んだ。

 28歳で当選を果たした高原は、民合党の幹部連中と次々に性交渉を持ち、ことごとく虜にしてしまった。

 そして彼は、初当選からわずか3年後には、民合党の党首選で勝利を収めた。

 当時の党首を上手く抱き込み、後継者として指名させたのである。


 党首となった高原は、自正党の大物政治家として君臨する黒川に接触した。

 高原は黒川と関係を持ち、民合党と自正党の連立政権を誕生させた。

 だが、彼はいきなり首相になろうとはしなかった。

 まずは自正党の元大蔵大臣・久呂を首相の座に座らせた。

 久呂は無能で軽率な男であり、首相になるような器ではなかった。

 だが、そうであるからこそ、あえて高原は首相に就任させた。


 高原の思惑通り、久呂は失言を繰り返し、支持率は急激な下降線を辿った。

 辞任論は自正党の中からも高まり、マスコミに女性スキャンダルをスッパ抜かれたことが命取りとなって、久呂は首相の座を追われた。

 そのタイミングで、高原は首班指名選挙に名乗りを挙げた。彼は、久呂に対する悪評の反動で、自分の評価が高まることを計算していたのだ。

 こうして高原は、ついに内閣総理大臣の座に上り詰めたのである。


 *


 高原は閣僚として、器量の整った人物や人気の高い人物を多く揃えた。

 大臣としての能力に関しては、二の次だった。

 その代わり、洗脳した有能な人物を副大臣に配置して、大臣のフォローを任せた。

 大半の国民が、中身よりも外見やパフォーマンスなど分かりやすい部分を優先して政治家を判断することを、高原は良く理解していた。

 狙い通り、組閣直後の支持率は70パーセントを超えた。

 高原は、まず人事面で国民の高い支持を得ることに成功したわけである。


 また、高原は言葉を大切に考えていた。

 言葉を上手く使えば、それほど内容が充実していなくても、国民を惹き付けることが可能だということを彼は知っていた。

 彼は、公の席では、必ず断定的な言い方をするよう心掛けた。

 「実現できるよう努力する」や「前向きに検討する」といった、政治家特有の曖昧な言い回しではなく、「必ず実現する」「絶対にやり遂げる」といった表現を使った。

 そして、何か方針や政策を発表する際には、必ず語尾を強めるようにした。

 そうすることで、国民に対して「何かをやってくれる強い首相である」という印象を与えることに成功した。


 *


 高原は確かに人気があったが、彼の独裁的な政治手法を快く思わない者もいた。

 そういった連中を1人ずつ美貌と性的テクニックで虜にしてしまうことも、その気になれば出来たかもしれない。

 だが、高原は他の方法を選択した。

 彼は殺し屋に命じて、自分への反対意見を持つ人々を殺害させたのだ。

 そして、その罪を全て外国人に被せ、「外国人犯罪が増加しているのだから、外国人は排除すべきだ」という風潮を作り上げた。

 さらに手名付けたマスコミ関係者を使って「複数国の軍事的脅威が高まっている」と煽り、「早急に自衛策としての武力が必要だ」という印象を国民に植え付けようとした。

 現在、高原は自衛隊の権限を強化する法案を通過させようとしていた。自衛隊を「自衛軍」に名称変更し、制約を受けずに武力を行使できるようにする法案だ。

 彼の考える“強い日本”へ向けた計画は、着実に進行していた。


 *


 「ところで高原君」

 肉体の交わりを終え、服を着ながら黒川が言った。

 「何ですか、黒川先生」

  高原はワイングラスを片手に持ち、裸のままでベッドに腰を下ろしている。

 「まずいよ、あの記者会見は」

 黒川が渋い表情を見せた。

 「まずいとは、どういう意味です?」

 「自衛隊を重用すべきだとか、敵と戦わねばならないとか、ああいった過激な発言は、少し控え目にしてくれと頼んだじゃないか」

 「あれでも、抑えたつもりなんですがね」

 「そうは思えなかったが。ああいうのは困るよ」

 「しかし先生は、私の考えに賛同してくださっているはずでは?」

 高原が無表情で尋ねる。


 「もちろん、私は君の味方だ」

 黒川は高原に擦り寄り、肩に手を回す。

 「しかし、自正党にも穏健派の議員は大勢いるんだ。彼らも世間の目を考えて表向きは君を支持しているが、腹に不満を抱えている連中もいる。幾ら儂だって、君が過激な言動を続けていると、彼らを抑え切れなくなる」

 「それは、建て前でしょう?」

 高原は、ワイングラスを見つめながら、そう言った。

 「建て前だと?」 

 「そうですよ。本当は、黒川先生自身が私の考え方に反対なのではありませんか。強い日本を作るため、武力を増強しようとする私の考えに」

 「それは……」

 黒川は、答えをためらった。

 「確かに、最近の君は少し急ぎすぎていると思える所もある」

 それを聞き、高原はワイングラスを指でピンと弾く。

 「ほう、私が急ぎすぎていると?」

 「いや、強い日本を作るということに反対しているわけじゃない。ただ、君のやり方は、少し強引すぎるように思えてな」


 「黒川先生」

 高原は、冷たい視線を黒川に移した。

 「強引にやらなければ、国というのは変わらないのです。それは、長く政治に携わって来た黒川先生なら、良く御存知のはずですが」

 「それは、そういう部分も否めないが。しかし何事も慎重さが大切であって」

 「私は慎重ですよ」

 高原は、黒川の言葉に被せるように言った。

 「慎重にやっているからこそ、ここまで順調に進んでいるのです」

 「しかし……」

 「黒川先生、正直になりましょうよ」

 「どういう意味だね」

 黒川は、額に皺を寄せた。


 「先生は、怖いのでしょう?」

 高原が静かに言う。

 「怖い?」

 「そう、黒川先生は、私に恐れを抱きつつあるんですよ。自分がコントロールできる範囲で動いていたはずの若造が、想像していた以上の脅威になろうとしていることにね」

 「いや、そんなことは」

 黒川は、誤魔化すように笑った。

 だが、高原は彼の動揺を見透かしていた。

 そして、心の中で思っていた。

 そろそろ、こいつは処分すべきだなと。

 「相変わらず、君は底の見えない男だな」

 黒川は苦笑いを浮かべつつ、高原の頬を軽く撫でた。

 高原は髪をかき上げ、冷ややかに言葉を返す。

 「黒川先生は、相変わらず底の見えやすい人ですね」


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