表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/31

<18.抹殺指令>

 「もう少し、利口に振る舞うべきだったな」

 高原は、松岡に言った。

 静かな口ぶりだが、その言葉には厳しさが込められていた。


 2人は、首相官邸の執務室にいる。

 高原は椅子に腰を下ろし、机を挟んで向かい合う形で、松岡が直立している。

 松岡の斜め後方では、福間が両腕を後ろに回して立っている。


 「せめて敬語ぐらい使うべきだった。最初から見下すような態度で話し掛けては、さぞや芭皇邪九も気分を害しただろう」

 「申し訳ありません」

 松岡は、深々と頭を下げて謝罪した。

 「お前は頭が悪いとまでは行かないが、少なくとも交渉役には向いていないようだな」

 「やはり、私が行くべきだったでしょうか」

 話を聞いていた福間が、一歩前に出て口を挟んだ。

 「そうだな。お前の方が適任だったかもしれん。松岡を差し向けたのは、どうやら私の間違いだったようだ」


 「しかし、どのような言葉遣いであっても、芭皇は引き受けなかったと思います」

 松岡が釈明した。

 「ほう、責任逃れか」

 高原は冷たい笑みを浮かべ、松岡を見た。

 「いえ、そういうつもりでは」

 松岡は、慌てて否定した。

 「ただ、奴の話しぶりを聞いた限り、私の態度に機嫌を悪くして断ったようには思えませんでした」

 「だが、それはお前が思っただけだろう?」

 「それは、そうですが」

 「彼の言う通りかもしれません」

 福間が口を挟み、松岡を擁護した。

 「さっき松岡が説明した内容が全て真実だとすれば、私も、芭皇は何があろうと断っただろうと思います」

 「嘘は言っていません」

 松岡は高原に向かって、キッパリと言う。


 「結局、松岡の態度が気に入らないとか、あるいは報酬が足りないとか、そういう問題ではなく、総理の警護役などまっぴら御免だと、そういうことなのだろうと思われます」

 福間は、手厳しい内容を丁寧に述べた。

 「なかなか言うじゃないか、福間」

 高原は机に右肘を突き、体を前方に傾けた。

 「いえ、私はあくまでも、芭皇の考えを推理しただけです。誤解しないでください」

 福間は、自分の言葉に高原が立腹したのではないかと思って、そう弁解した。

 「確かに、お前の言う通りかもしれん」

 高原は、別に怒ってはいなかった。

 「どうであろうと、奴は私の下に付くことを拒否したということだ。それが事実だ」

 「申し訳ありません」

 松岡が、また頭を下げた。


 「過ぎたことは仕方が無い。問題は、今後の対処だな」

 高原は顎に手を当て、考え込んだ。

 「今後の対処ですか」

 「そうだ。芭皇邪九に対して、どのような行動を取れば良いかということだ。ところで、奴の住み処は分かっているのか」

 「はい、突き止めてあります。奴は、荒無川の河川敷に住んでいるようです」

 松岡が答える。

 「河川敷?ホームレスじゃあるまいし、どうしてそんな所に?」

 「そのホームレスをしているようです」

 「本当か?」

 「ええ、間違い無いようです」


 「訳が分からないな」

 高原は戸惑いを見せた。

 「伝説の殺し屋が、なぜホームレスをやっているんだ?妙な世の中だな」

 「それで、どうしましょうか。今度は私が行って、説得に当たってみましょうか」

 福間が、そう持ち掛ける。

 「いや、やめておけ。お前は自分で言ったはずだ。芭皇は何があろうと断っただろうとな。ならば、お前が行った所で態度を変えるとは思えない」


 「放っておけば、良いのではないでしょうか」

 やや遠慮がちに、松岡が申し述べた。

 「奴が味方にならなくても、特に問題はありません。もしも優秀な殺し屋が必要であれば、現役の人間を雇えばいいだけの話です」

 「本当に、放っておいていいと思っているのか?」

 高原は鋭い視線と共に、言葉を投げ掛ける。

 「松岡、お前は私に説明したな。芭皇邪九は、私が好きではないからという理由で断ったのだと」

 「そうです」

 「それは裏を返せば、好感の持てる人物から依頼があれば、それを受ける可能性があるということになる」

 「そうかもしれません」

 「その依頼主が、私を狙っている反政府組織の人間だったら、どうする」

 「なるほど、それは危険です」

 松岡より先に、福間が返答した。


 「しかし、総理の警備は完璧です。芭皇が命を狙っても、そう簡単に暗殺を実行できるとは思いません。まず間違いなく失敗するでしょう」

 松岡は、強気に言った。

 「暗殺が未遂に終わったとしても、問題は残る。伝説の殺し屋が私を狙ったという噂が広まったら、反政府運動の連中に大きな勇気を与えてしまうかもしれん」

 高原は説明する。

 「もちろん、それで意気上がる連中など、抹殺すればいいだけの話だ。だが、大きな障害に育つことが事前に分かっているのだから、芽が出る前に潰してしまうのが利口だとは思わんか?」

 「なるほど……。確かに」

 松岡は、ようやく納得した。


 「つまり、総理は芭皇邪九を始末しようというお考えなのですね」

 福間が、自分の推理を確認するための質問を述べた。

 「そういうことだ」

 高原は、眼光鋭く告げる。

 「ただし、簡単には行くまい。とうの昔に引退しているにも関わらず、地獄山を簡単に捻じ伏せたほどの男だからな」

 高原は、芭皇と地獄山が戦う映像を目にしていた。松岡がアングラ・ファイトの会場で密かに撮影していたのである。


 「では、とびきり優秀な殺し屋を送り込みましょう」

 福間が進言する。

 「誰か目ぼしい奴がいるのか」

 「並の殺し屋連中では、おそらく芭皇邪九には歯が立たないでしょう。しかし奴がターゲットなら、適任者がおります」

 「もちろん、優秀なのだろうな」

 「芭皇邪九が現役だった頃、殺し屋の世界で1、2を争う関係にあった男です。性格に少々の問題はありますが、射撃の腕前なら世界一ではないかと」

 「射撃が世界一か。それは頼もしいな。性格など、仕事さえ受けてくれれば、どうでも良いことだ」

 「頑固でプライドの高い男なので、囲い込むことは出来ていませんが、この仕事であれば必ず引き受けます。芭皇に対して、並々ならぬ思いがあるはずですから」

 「では福間、手配を頼む」

 「了解しました。では、今すぐに」

 福間はうやうやしくお辞儀をして、執務室から出て行った。


 「ところで、総理」

 松岡は、福間の退出を目で追った後、高原に話し掛けた。

 「何だ?」

 「地獄山の処置ですが、どうされるおつもりですか」

 「そうか、地獄山か」

 高原はそう言って、椅子の背もたれに体重を掛けた。

 アングラ・ファイトで芭皇に敗れた地獄山は、病院送りとなっていた。

 「もうすぐ、退院できるのだな?」

 「ええ、3日後には」

 「回復が早いな。右脚と顎を骨折して、全治2ヶ月と聞いていたが」

 「ええ、知恵は足りませんが、体力だけは有り余っているようです。すぐにでも芭皇邪九にリベンジしたいと燃えています」

 「なるほど、たくましい奴だな」

 高原はニヤリと笑った。


 「私はてっきり、負けた直後に地獄山を始末するものだと思っていたのですが」

 松岡が言った。

 「どうしてだ?」

 「もう用済みですから」 

 「いや、あいつは、まだ使える」

 高原は何か思案しながら、松岡の考えを否定した。

 「試合に負けて心が折れるような奴なら、すぐに殺す。だが、あいつはそうではない。上手くやれば、もう少し利用できる」

 そこまで言って、高原は松岡に視線を向けた。


 「松岡、絵麻をあまり外に出さないようにしておけ」

 「絵麻を、ですか」

 「地獄山を上手く使うには、絵麻への気持ちを利用するのが一番だからな。もし絵麻と顔を合わせでもしたら、何の意味も無い」

 「でしたら、御心配には及びません。絵麻と地獄山が出会う可能性はゼロです」

 「なぜだ?」

 「あまりにベタベタして煩わしいので、蹴り殺しました」

 松岡は、平然と言った。

 「そうか。それなら問題は無いな」


 高原がそう言った時、ノックの音がして、福間が部屋に戻って来た。

 「総理、殺し屋と連絡を取りました」

 「そうか、ご苦労」

 「今回は、私が交渉に行ってよろしいでしょうか」

 「そうだな、頼むとしよう」

 「では、これから早速、会いに行きます」

 福間が出て行こうとすると、後ろから高原が声を掛けた。

 「おい、福間。その殺し屋、名前は何と言うんだ」

 福間は振り返り、質問に答えた。

 「名前は、カウント乃木です」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ