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<17.王者降臨>

 「俺の要望を、UFAが飲まないんだ」

 地獄山は不服そうな様子で腕を組み、長椅子に座っている。

 そこは、アングラ・ファイト会場の控え室だ。

 「それでいい」

 傍らで姿勢良く立っている松岡が、抑揚の無い声で言った。

 部屋には、地獄山と松岡の2人だけだ。


 「それでいいって、どういうことだよ。UFAに対して無茶な要求を出せと言ったのは、お前だろうが」

 「そうだ。全ては予定通りに進んでいる。そして、UFAが簡単には要求に応じないのも、こちらの予定通りだ」

 「意味が分からないぜ。高原総理は、何がやりたいんだ?」

 「お前は、何も知らなくていい」

 松岡は地獄山と目も合わさず、冷淡に告げた。

 「また、それかよ。俺が目的を尋ねると、いつもそうだ」

 地獄山が愚痴った。

 「お前が同じことを聞くから、同じ答えが返ってくるのだ。それがイヤなら、質問をしなければいいだけだ」

 「愛想のかけらも無い奴だぜ、全く」

 「お前に愛想良くする必要など無いからな」

 「くそっ、ムカつく奴だな」

 地獄山は腕組みを解き、吐き捨てるように言う。

 「お前が高原総理の秘書じゃなかったら、ぶっ飛ばしてやる所だ」


 「どうした、いつも以上に短気だな」

 松岡はチラッと地獄山を見やる。

 「ひょっとすると、女に逃げられてイライラしているのか」

 「うるせえ。そんなこと、お前に言われたくない」

 地獄山は唾を飛ばした。

 だが、松岡が言ったことは当たっていた。

 5日前から、絵麻の行方が分からなくなっている。彼女は住んでいたマンションも引き払っており、行き先は全く不明だった。

 そのことで地獄山は動揺し、そして苛立っていた。


 「それに、絵麻は逃げたんじゃない。姿を消しただけだ」

 自分に言い聞かせるように、地獄山はそう口にする。

 「それを一般的に、逃げられたと言うんだ」

 松岡は、すました顔で言った。

 「そんなことはない。きっと、あいつはすぐに帰って来る。何か事情があって、ちょっと旅に出ているだけさ」

 「まあ、どう解釈するかは自由だが」

 「くそっ、なんで何も言わずに消えちまったんだ、絵麻の奴」

 地獄山は唇を噛んだ。


 「女というのは、変わり身の早い生き物だからな」

 「なあ、お前から高原総理に言って、警察にでも絵麻を捜させてくれよ」

 松岡を見上げて、地獄山が頼みを持ち掛けた。

 「そんなくだらないことで、警察を動かすことは出来ない」

 「俺は総理のために、こうやって命令通りに働いているんだぜ。1人の女を捜し出すことぐらい、簡単だろ?」

 「お前の女を見つけるために、わざわざ総理の手を煩わせるなど、天地が引っくり返っても出来ない相談だな」

 「いいのか、絵麻がいないと、俺は試合で充分に力が発揮できないかもしれないぞ」

 地獄山は、松岡を睨み付けた。

 「妙な脅しもあったものだな」

 松岡は無表情のまま、天井を見上げる。


 少し間を置いてから地獄山に顔を向け、彼は言葉を発した。

 「よし、いいだろう。女を探してやろう」

 「本当か?」

 地獄山の顔が、パッと明るくなった。

 「ああ。ただし、総理に頼むわけではない。女を探すぐらいなら、総理の力を借りずとも、私個人の人脈で対処できるからな」

 「松岡、ちょっと見直したぜ」

 「ただし」

 松岡は、地獄山の言葉を遮るように言った。

 「今日の試合に勝ったらの話だ。負ければ、女を探す話も無しだ」

 「そんな条件なら、楽勝だぜ」

 地獄山は胸をパンと叩き、唇を舐めた。


 「良かったぜ、これで絵麻を連れ戻せるな」

 「それで安心したのなら、女のことは、とりあえず忘れることだな。それよりも、今日の対戦に集中することだ」

 「そんなの、いつもと同じだ。今日だって、あっという間に終わらせてやるよ」

 地獄山は、余裕の態度を示した。

 「今日の相手は、いつもとは違うぞ」

 「俺にとっては、誰でも同じさ。今のアングラ・ファイターで、俺に勝てる奴はいない」

 胸を張って、地獄山が言う。

 「だが、UFAはお前を倒すために、かつて半年間に渡って王者の座に君臨した奴を呼び戻した。それが、今日の相手だぞ」

 「知ってるさ。だが、2年も前に引退した奴だろ?そんな奴に負けるわけがない」

 「油断して、足元をすくわれないようにな」

 松岡は、冷淡な表情で忠告する。

 「そんなこと、絶対に有り得ないぜ。それこそ、天地が引っくり返ってもな」

 地獄山は大きく口を開け、豪快に笑った。


 「さて、そろそろ出番だな」

 部屋の掛け時計を見て、地獄山が言った。

 「さっさと終わらせてくるか」

 地獄山は立ち上がり、ドアへと向かう。

 ノブを握ったところで、彼は振り返った。

 そして松岡を見て、こう言った。

 「さっきの話、忘れるなよ。ちゃんと約束は守ってもらうからな」

 「ああ」

 松岡は無表情で、短く答えた。

 「よし。じゃあ、今日も俺の強さを、観客に見せ付けてくるかな」

 そう言ってニヤリと笑い、地獄山は控え室を出て行った。

 それを蔑むような目で見つめながら、松岡はボソッとつぶやいた。

 「お前が勝とうが負けようが、もはや、どうでもいいことだがな」


 *


 地獄山が出て行った直後、ノックも無しにドアが開いた。

 松岡は、警戒して身構える。

 その前に姿を現したのは、絵麻だった。

 「松岡さん、来ちゃったわ」

 彼女は唇を突き出し、誘惑するように言った。

 「おい、こんな所に来るなんて、何を考えている」

 松岡は冷たい表情を崩さず、そう言った。

 「地獄山に見つかったら、どうするつもりだ」

 「だって、あなたに会いたかったんだもん」

 絵麻は、媚びを売るように体をクネクネと動かした。


 彼女が地獄山の元を去ったのは、数週間前に松岡と関係を持ったことが原因だった。

 以前から松岡に興味を抱いていた彼女が、自分から誘惑したのだ。

 最初の性交渉で、絵麻は完全に松岡の虜になってしまった。

 その後も絵麻から誘う形で、何度かホテルでの密会を重ねた。

 そして彼女は、ついに地獄山との関係を断ち切ることを決めたのだ。


 「大丈夫よ、地獄山には見つからないように、ちゃんと気を付けて来たから」

 絵麻は、松岡に歩み寄った。

 「ホテル以外では会わない約束だったはずだぞ」

 「そうだけど、あたし、淋しくなったのよ」

 絵麻は甘ったるい声を出し、松岡に寄り掛かる。

 「何度か性交渉を持ったぐらいで、恋人にでもなったつもりか。私はベタベタされるのは大嫌いだ」

 松岡は、ポンと絵麻を突き放した。

 彼にとっては、絵麻は性欲を処理するための対象でしかない。


 「いやん。でも、そういう冷たい所も好き」

 転んで床に倒れ込みながらも、絵麻は嬉しそうな表情だ。

 「そんなセリフ、地獄山が聞いたら、どう思うだろうな」

 「彼のことは言わないでよ。あたしの中では、完全に過去の男なんだから」

 絵麻は渋い表情で言う。

 「だが、奴にとっては過去ではない。今もお前を待っているぞ」

 「そりゃあ、黙ったまま姿を消したのは悪いと思う気持ちもあるけど、本当のことを打ち明けるわけにもいかないでしょ」

 絵麻は、立ち上がりながら言った。


 「奴は、お前を捜してくれと頼んで来た」

 「もちろん、断ったんでしょ」

 「いや、今日の試合で勝てば、探してやると約束した」

 松岡が平然と答える。

 「ちょっと、本気なの?そんなの、あたしはイヤよ」

 絵麻は、やや焦ったような表情を浮かべる。

 「心配するな。奴は、たぶん負ける」

 「えっ?」

 「今日の試合、たぶん奴は勝てない。それに、勝とうが負けようが、あいつにとって大きな違いは無い。どうせ用済みで、処分されることになるだろうからな」

 松岡はドアを見つめて、冷静に言った。


 「さて、私も試合を見に行くとするか」

 「もう行っちゃうの?」

 絵麻が、名残惜しそうに言った。

 「試合を見なければ、ここに来ている意味が無いからな」

 「だけど勝とうが負けようが、どうでもいいんでしょ?」

 「地獄山に関してはな。だが、私の目的は、対戦相手の動きを見ることにある」

 「対戦相手?」

 「おっと、お喋りはここまでだ」

 松岡は、絵麻に背中を向けた。

 「ねえ、今晩は会えるんでしょ」

 「気が向いたらな」

 そっけなく言い放ち、松岡はドアを開けて控え室の外に出た。

 彼は廊下を進み、格闘場に出て観客席へと歩いていく。


 そんな松岡の様子を、物陰からジッと覗いている男がいた。

 茶留だった。


 *


 アングラ・ファイトの試合会場は、熱気に包まれていた。

 大会は進行し、いよいよ本日のメインイベント、タイトルマッチを残すのみとなっている。

 出場選手2名は既に入場を終え、リング上にいる。

 チャンピオンとして後からリングに上がった地獄山の対面には、今日の相手がロープにもたれかかるようにして立っていた。

 その男はスキンヘッドで、作務衣を来ている。


 「今日の相手は、坊さんか?」

 地獄山は、首をかしげた。

 そんな格好の相手を、彼はアングラ・ファイターになってから初めて目にした。


 通常、対戦相手に関する情報は試合の前に知らされる。

 しかし今回はデータがほとんど無い。

 だから、相手がどういう格闘技を使うのかも、良く分かっていない。

 相手選手について分かっているのは、身長と体重、“バオー”というリングネーム、引退していたアングラ・ファイトの元チャンピオンだということ、それぐらいだ。

 そしてリングに上がった時点で、その顔や服装は分かった。


 「あいつ、やる気あるのか」

 地獄山は、まるで殺気を感じさせない相手選手の様子に、思わずつぶやいた。

 敵は、ボーッと天井を眺めているばかりで、とても今から真剣勝負をしようという雰囲気には見えない。

 いきなりUFAがタイトルマッチの挑戦者に指名するぐらいだから、ブランクがあるとは言っても、それなりに強いファイターだろうと地獄山は思っていた。

 だが、いざ間近で見ても、全く強そうな気配が無いのである。

 これまで対戦したどの選手と比べても、最も弱そうに地獄山には感じられた。

 ファイターとしての気迫や戦闘意欲が、微塵も伝わってこないのだ。


 「両者、リング中央へ」

 地獄山が拍子抜けしていると、レフェリーが対戦する2人をリング中央に呼んだ。

 レフェリーと言っても、ほとんど反則の無いアングラ・ファイトでは、仕事は少ない。

 試合の開始を告げるのと、終了を確認するのと、その程度だ。

 地獄山は足を進め、“バオー”と名乗る相手選手と顔を合わせた。

 そして挑発するように、敵に額を擦り付けた。

 だが、敵は目も合わせず、面倒そうに後ろへ下がった。


 「なんだ、お前?」

 地獄山は、バカにした目付きで相手を見た。

 「お前みたいなのが、本当に元チャンピオンなのか」

 「一応、そうらしい」

 敵は、ノンビリした口調で言った。


 「どうやらアングラ・ファイトってのは、今も大したことはないが、昔はもっとレベルが低かったんだな」

 地獄山は、完全に相手を見下していた。

 「そりゃあ、大したことは無いだろうな」

 バオーは淡々と言う。

 「何しろ、お前みたいな奴が、チャンピオンになれるぐらいだからな」

 その言葉に、地獄山はカッとなった。

 「何だと、こいつ」

 「おい、まだ試合は始まってないぞ」

 地獄山がバオーに掴み掛かろうとすると、レフェリーが間に割り込んで注意を促した。


 「さあ、一旦離れて」

 「分かってるって」

 地獄山はうなずき、コーナーに戻った。

 そしてバオーを指差し、睨み付ける。

 「お前も1分以内に叩き潰してやるからな」

 しかしバオーは、明後日の方向を見ながら待機している。

 「あの野郎、ボコボコにしてやる」

 地獄山は両手を合わせ、パチンと弾いた。


 「行くぞ、レディー、ゴー!」

 レフェリーが合図を送り、ゴングが鳴らされた。

 「一気に片付けてやる」

 地獄山はそう叫び、相手に向かって突進しようとした。

 しかし敵の姿を見た地獄山は、一瞬にして動揺に襲われた。

 その目付きが、さっきとは別人のように鋭くなっていたからだ。


 だが、地獄山は構わずにラッシュした。

 そのまま突っ張りを連発し、コーナーで押し潰してしまおうと彼は考えていた。

 「死ねやっ!」


 地獄山が最初の突っ張りを出した瞬間。

 敵の姿が、フッと目の前から消えた。


 「むっ?」

 体重を掛けた攻撃をかわされて、地獄山はバランスを崩した。

 そのまま前のめりに倒れそうになったが、右足を踏ん張って耐える。

 しかし直後、右足の膝の裏に、激しい痛みが走った。

 「痛っ!」

 地獄山は、ガクンと右膝をマットに着いた。

 バオーは、頭を下げて突っ張りをかわしたかと思うと、素早く背後に回り込み、地獄山の膝の裏を思い切り踏み付けたのだ。

 だが、あっという間の出来事で、地獄山には何が起きているのか理解する暇が無かった。


 「くそったれ」

 地獄山はそう吐き捨て、左足に体重を掛けて上体を起こそうとした。

 しかし、首の後ろに鈍器で殴られたような痛みを感じ、両膝をマットに付いた。

 バオーが右の掌底で、地獄山の首の後ろを殴ったのだ。


 「何だ……?」

 地獄山は痛む頭を右手で押さえながら、後ろを振り向いた。

 その瞬間、グキッという妙な音が、体の内部から聞こえた。

 地獄山の顎が砕けた音だった。

 そして地獄山の目の前の風景は、斜めに傾いた。

 それは、彼の顔が傾いたからだった。


 だが、その事実を地獄山は理解することが出来なかった。

 理解するには、あまりにも時間が足りなかったのだ。


 地獄山が斜めの風景を見ることが出来た時間は、1秒にも満たなかったであろう。

 スッと一瞬にして気が遠くなり、地獄山は体を捻じるようにしてマットに倒れ込む。

 バタン、と大きな音がして、リングが揺れた。

 自分が顎にエルボーを食らって気を失ったことなど、地獄山には分かるはずもなかった。


 動かなくなった地獄山を、バオー、いや、芭皇邪九は無表情で見下ろした。

 「お前の言った通り、1分以内で片付いたな」

 試合時間は、30秒ジャストだった。


 *


 試合を終えた芭皇が控え室に戻ると、そこには先客がいた。

 顔立ちの整った男が、部屋の奥で腕組みをして立っている。


 「ここは、俺の控え室じゃなかったかな?」

 芭皇が部屋を見回し、つぶやいた。

 「そうだ、貴様の控え室だ」

 先客は、無愛想な態度で言った。

 「では、俺の控え室に、俺よりも先に入っているお前は、いったい誰なんだ?」

 「まあ、とりあえず座ってもらおうか」

 男は質問に答えず、そう言った。

 「そうさせてもらおう。俺の控え室なんだからな」

 芭皇はドアを閉めて、長椅子に座る。


 「で、お前は誰なんだ?」

 あらためて、芭皇は尋ねた。

 「私は松岡という者だ」

 男は芭皇に一歩近付き、名前を告げた。

 「松岡?知り合いじゃないよな?その顔に見覚えは無いが」

 「貴様は私を知らないだろうが、私は貴様のことを知っている。貴様は伝説の殺人王、芭皇邪九だ」

 「ほう、そうかい」

 芭皇の眉が、ピクッと動いた。

 「殺し屋引退から10年、アングラ・ファイター引退から2年。ブランクで腕が落ちているかと思ったが、さすがだな」

 「お褒めに預かり、光栄だな」

 芭皇は、長椅子の上で胡坐を組んだ。


 「安心したよ。腕が衰えて使い物にならないようだと、私は残念な情報を総理に伝えることになるからな」

 「総理?高原のことか?」

 「そうだ。私は高原総理の秘書なのだ」

 「ちょっと待てよ、何だか嫌な予感がしてきたぞ」

 芭皇は額に手を当てる。

 「それで、その秘書さんが、どうしてここに来たんだ?俺に用事があるってことだろ?」

 「実は貴様に、総理の警護役になってもらいたいと思ってな」

 「警護役?」

 「そうだ。総理は高いカリスマ性を備え、多くの人々から愛されている人物だが、それでも快く思わない者がいる。中には、物騒な連中もいるだろう。そんな敵から、総理を守ってもらいたいのだ」

 「また頼み事か。何なんだ、全く」

 芭皇は、ため息をついた。

 「ひょっとして俺は、みんなから頼まれ事をする魔法でも掛けられたのかな」


 「何を言っている?」

 松岡は、ジロリと芭皇を見た。

 「いや、いいんだ、こっちの話だから。それで、警護役が何だって?」

 「だから、危険な連中から総理を守る役目を引き受けてもらいたいのだ」

 「それはSPの仕事だと思うが」

 「SPでは、間に合わないこともある」

 「間に合わないこと?」

 「SPは、敵が襲って来た時に初めて行動を取ることが可能になる。しかし、それだけでは総理を守り切れない」


 「ははーん、読めたよ」

 芭皇はうなずき、松岡を指差して言った。

 「つまり、邪魔な相手を排除する時に、俺を使おうというわけだな」

 「そういう表現も出来るだろう」

 松岡は表情を動かさずに告げた。

 「それで、元殺し屋の俺に目を付けたわけか。しかし、現役の殺し屋の所に行けばいいだろうに。こんなロートルに頼んでも、仕方が無いだろう?」

 「伝説の殺人王が味方になってくれれば、こんなに心強いことはない」

 松岡は、抑揚の無い調子で誉め言葉を述べた。

 「是非とも、引き受けてもらいたい。もちろん、それなりの報酬は約束する」


 「お前さ、重いよ」

 芭皇は胡坐を崩し、そう言った。

 「重い、とは?」

 松岡が聞き返す。

 「だからさ、話が重いんだ。重いのは苦手だ。だから、断る」

 「断る?」

 「そう、高原の警護なんて、ごめんだね。他を当たってくれ」

 芭皇は手で追い払うような仕草をする。

 「そう簡単に断られては、困るな」

 「困ると言われても、知らんよ。こっちだって、そんなことを頼まれても困る。まあ、もう少しバカバカしい話になってくれたら、考えてやったかもしれないけどな」

 「具体的に、どうすれば引き受けるのだ」

 「引き受けるとは言ってない。考えると言っただけだ。う~ん、でもまあ、バカバカしい話になったとしても、結局は断るだろうな」

 「なぜだ?」

 「高原のことが好きじゃないから」

 芭皇は、キッパリと言った。

 「だから、この話は断る」


 「本当に、断るというのだな」

 松岡は、芭皇を凝視して聞いた。

 「ああ、断る」

 「それは、高原総理を敵に回すことになるぞ。本当に、いいんだな」

 「おいおい、もう脅しかよ。早いな。もうちょっと粘ってからにしろよ」

 芭皇は微笑した。

 「そんなに簡単に、ワルの本性を表してもいいのかい、秘書さんよ」

 「脅しではない。単なる確認作業だ」

 「今度は屁理屈か。まあ、何でもいいが、とにかく引き受ける気は全く無い。お前の親分に、そう伝えてくれ」


 「貴様は、あまり利口ではないようだな」

 松岡は、重々しい口調で言った。

 「その通りさ」

 芭皇は立ち上がった。

 「利口に生きられないから、ホームレスなんかやってるのさ」

 そのまま芭皇は、ドアへと歩いて行く。

 その背後で、松岡が言った。

 「どうなっても知らんぞ」

 「いや、知らないことはないだろう。どうやらお前は利口らしいから、どうなるのかを知っているはずさ」

 芭皇は振り返らず、ドアを開けて控え室の外へと出て行った。


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