<12.計画進行>
「暗殺されたのか……」
高原は椅子の肘掛けにもたれかかり、低くつぶやいた。
福間から、蝕東会の坂口が殺されたことを聞いての発言だ。
「それで、犯人は分かっているのか」
「いえ、今の所は」
福間が事務的に答える。
「おそらく、対立する暴力団組織の仕業だと思われますが」
「それはどうかな」
高原は執務室の天井を見上げながら、疑問を口にした。
「手口を聞く限り、かなり特殊な方法のようだ。ヤクザのヒットマンなら、銃やドスを使うのが普通ではないのか」
「そう言われると、そうですね」
福間は、すぐに同調した。
「これは、単なる暴力団抗争ではないかもしれないぞ」
「別の理由があると?」
「個人的な恨みか、あるいは、もっと他に何かあるのか。いずれにせよ、殺ったのは普通のヒットマンではなさそうだな」
高原は顎に手をやり、考えを巡らせる。
「理由はともかく、坂口の死は、我々にとって大きな痛手になります。裏側での支出の大半は、蝕東会から上がってくる金によって捻出していましたので」
「奴が死んでも、蝕東会が潰れるわけではないだろう?」
「しかし正直に言いまして、あの組織は坂口のワンマン組織でしたので、彼がいなくなると弱体化は避けられません」
福間は、淡々と状況を説明する。
「後継の組長が決まっても、これまでと同じような資金供与は困難になると思われます。それどころか、内部分裂の可能性も高いと予想されます」
「くそっ、トップがワンマンな組織は、こういう時にダメになる」
高原は、吐き捨てるように言った。
「何しろ、あの組織は坂口の求心力で保たれていた組織ですので」
「あんな奴でも、求心力はあったのか」
「ええ。ですから総理、もう蝕東会については見切りを付けて、また新たな資金源を探すのが賢明かと思いますが」
「そうだな、考えよう」
高原は言いながら、椅子に深く座り直す。
「ところで福間よ」
「はい、何でしょうか」
「例の件は、進んでいるのか」
「今の所、順調に進行しております」
短い言葉だけで、福間は高原の質問の意図を理解した。
「地獄山は圧倒的な力で勝ち続けて、ついにチャンピオンの座に就きました。こちらの指示通り、彼はUFAに大幅なギャラのアップなど、特別待遇の要求をしたようです」
「なるほど」
高原は満足そうにうなずく。
「さらに、リングの外で他の選手を暴行するなど、素行の悪さも目立っているようで」
「それは指示に従ったというより、あいつの性格の問題ではないのか」
「そうかもしれませんが。いずれにしてもUFAから煙たがれていることは確かです」
「あまり煙たがられると、追い出されないだろうか」
「ご心配無く。その筋にはキッチリと圧力を掛けてありますので、地獄山を追い出すことは不可能です」
「そうか、予定通りだな」
「後は、お目当ての男が現われるのを待つだけです」
「しかし、こんな方法で、本当に上手く行くのだろうな」
高原は、疑問を呈した。
地獄山をアングラ・ファイトの世界に送り込んだのは、高原の意思ではない。
伝説の殺人王を誘い出すために、福間が提案した計画だった。
「必ず上手く行きます」
胸を張って、福間が言う。
「完全に煙たい存在となった地獄山を、このままUFAがチャンピオンにさせておくはずがありません。必ず彼を追い落とそうとするでしょう。そのために、地獄山を倒せる人物を招聘するはずです。それは、殺人王を置いて他にいません。殺人王も、馴染みの深いUFAが困っているとなれば、きっと救いの手を差し伸べるでしょう」
「だが、もしも現役のアングラ・ファイターの中に、地獄山を倒すほどの強敵がいたらどうなるんだ。その場合、外部から選手を呼んでくる必要は無いだろう」
「その時は、残念ながら計画は失敗ということになります」
福間は、臆面も無く答えた。
「そういうことを、あっさりと言うのだな」
「総理、地獄山の強さ、凶暴さはご存知のはずです。そう簡単に、地獄山が負けるはずがありません」
「確かに、あいつは強いが」
「それに、最近のアングラ・ファイターは、以前に比べてかなり弱くなったと言われています。地獄山を倒せるような選手はいませんよ」
「大した自信だな」
「ええ、私はアングラ・ファイトのマニアなもので、詳しいのです」
福間は真面目な顔で言った。
「お前、殺し屋マニアじゃなかったのか」
呆れたように、高原が問う。
「そうですが、同時にアングラ・ファイトのマニアでもあるんです」
「まあ、お前が何のマニアであろうが、私の忠実な下僕であり続けるのなら、一向に構わないんだが」
高原は、諦めたような顔を見せた。